第238話 日常が変わる その4

「―――まあ、いきなり『どうぞ話し合ってくれ』と言われても困ると思うから…そうだな……。この中で、親御さんと昨日の会見について既に話をしたよって人は挙手してくれるか?」


 俺の問いかけに、該当する者は静かに挙手をする。

 そして予想通り、チーム黄泉は全員挙手していた。


 彼らは覚醒時点で家族に能力についての説明が行われているハズだから、当然と言えば当然か。

 魅雷と冬樹は挙げておらず、いのりと真里亜は挙げている…。


「んじゃその中で、もう能力の事を明かす明かさないとか…今後どうするってのを決めた人はいる?」


 俺の2度目の質問に挙手をしたのは真里亜と市ヶ谷だった。


「市ヶ谷は、どうするって?」

「俺はそもそも、もう普通の能力が使えないですからね。隠して生きていくって親には言いましたよ」

「なるほど…」

「一応沼気にも身体能力を高める効果はありますし、武器七ツ星もありますけど…。周りに被害が及ぶんじゃきっと使えないですからね」


 そう。今の市ヶ谷はその体質ゆえ、能力者でも非能力者でもない存在と言える。なにせ生きた人間が沼気を発するなんて、特対の記録の中にもないケースなんだそうだ。

 だから能力者であることを公表して、国の推し進める新しい生き方に沿う事もまだ難しい。


「……駒込さん」

「はい?」

「例えば彼が特対に入職する事って、出来そうですかね?」


 このまま能力を一生隠して生きていく。

 これまでの多くの人間がそうしてきた生き方だが、新しい時代でその選択肢しかないのは少し可哀想だからな。

 何とか広げてあげられればと思う。何様だと言われればそれまでだが。


「…前例がないので断言はできませんが、可能性はあります。鬼島さんもこのことは承知していますしね…。今度私の個人的な興味、ということで聞いてみますよ」

「助かります…。良かったな、市ヶ谷。道がひとつ増えるかもしれないぞ」

「…ありがとうございます。でもそれなら塚田さんが組織を起ち上げてくれたら、迷いなくそこに入るんですけど」

「俺がぁ?」


『またおかしな事言うてからに…』と一笑に付すつもりでいたが、真面目な表情の市ヶ谷を見て止める。

 俺が自分の認可能力者組織を作り一声かければ二つ返事で来る…。そんな本気度が市ヶ谷の目からは見て取れた。


 しかしそんなこと考えたこともなかったので、俺は―――


「………まあ、考えておくよ」


 と濁して話題を切り上げた。


「真里亜は、親父とお袋に何て言ったんだ?」

「普通に隠して進学しますとだけ」

「何か言ってたか?」

「了解とだけ」


 反応薄…

 まあでも、俺が真里亜の父親でもそんな反応になりそうだな。しっかりしてるし。

 信頼されているんだろう。


「じゃあ他の皆は親御さんと話はしたけれど、方針については保留中ということでいいかな?」


 ウンウンと頷く生徒たち。


「オッケー分かった。大丈夫だとは思うけど、あくまで今日の話し合いは参考ということで、決めるのは自分だということを忘れないでほしい。それと、何も今日中に一生の生き方を決めろとは言わない。明日にはまた違う考えが生まれるかもしれないから、そこも頭の隅に置いておいてくれ」


 俺は改めて前置きをしてから、本題に移すことにした。

 生徒たちはその間も静かに耳を傾けてくれている。



 そして俺は、彼らが方針を決める材料となる話題を話し始めた。


「皆の年齢だと、能力覚醒が確認された時点でまず本人と家族に説明がされる。それは特対からかもしれないし、認可組織からかもしれない」


 あえてアウトローな連中、とは言わなかった。

 今のところそんな様子はないしな。


「どちらにせよ能力については強い緘口令が敷かれるワケだ。んで、日常生活を続けるか組織に所属するかの2択が迫られるんだけど、皆は日常生活を選びここにいる。だから従来であれば、その後の生き方としては皆に能力のことを隠して普通に暮らすだけだった…」


 もちろん気が変わって、成人してから特対や組織に入ってもそれは自由だ。

 そうなった場合日常からは切り離された生活が待っているが、同じ境遇の仲間が居る分、深い関係が築ける可能性が高い。


「ところが昨日を以て、能力者に新たな選択肢が増えた。"能力のことを話しても良い"ということと、"能力者として一般企業に入社する"ということだ。後者の場合はもれなく前者も行うワケだが……小川」

「はっ、はい!」


 まさか自分が名指しされるとは思わなかったのか、うろたえながら返事をする。


「もし友達から『小川さんは能力者ですか?』と聞かれたら、無難に躱す自信あるか?」

「………自信無いかもしれません、まだ」

「そうか。八丁は上手く躱せそうだな」

「ひどーい。それって私は嘘が得意そうってことですかー?」


 少しだけ笑いが起きる。


「ごめんごめん。ただ、会見で特対の部長は"暴かないように"なんて忠告していたが、学生なんかはきっと好奇心でそんな事を聞いたりすると思うんだよ。冗談半分だったりな。で、小川や岩城は不意打ちに対して、咄嗟に躱せ無さそうだからさ」

「確かに、自分も準備してないと慌てちゃうかもしれませんね」

「そうだよね…」


 二人は俺の指摘を肯定する。


「俺は別に言ってもいいかなと思ってますけどね、能力者だって」

「お、そうなのか」

「はい」


 聞かれても誤魔化せるかどうかの話をしていると、稗田がそんなことを言う。

 彼は能力者バレしても問題ないと言うのだ。

 なので俺は少しだけ彼を試すことに。


「なぁ稗田」

「はい?」

「もし物凄く仲の良い友達から『じゃあ他に能力者はいるのか?』と聞かれたらなんて答える?」

「そりゃあ市ヶ谷先輩みたいに言われたくない人も居るだろうから、『他にはいないよ』って言いますけど」

「フッ…」


 稗田の隣に座る守屋が頭を抱えたので思わず笑ってしまう。


「稗田くーん、何で居ないって断言できるんですかー?生徒全員確認したんですかー?」

「…あ」

「そこは"分からない"とか"確認したことない"でしょ…」


 代わりに守屋が模範解答を言う。

 能力者同士は存在が分かる、と咄嗟に嘘を言ってもいいが、のちに国からの追加情報公開があったとき『そんな機能はない』と言われてしまうと心象が悪くなってしまうのであまりオススメはしない。


「まあ俺みたいなことを言うやつばかりとは限らないけど、ゼロとも言い切れない…。他にも、例えば稗田と八丁が名乗り出たことで、誰かが『そう言えばあの六人、最近よくつるんでない?もしや…』と変な言いがかりから他の四人までバレてしまう可能性も無くはない」

「………俺が軽率でした」

「ああ、いや…ダメって言ってるんじゃないんだよ。ただ、どんな状況になるかは誰にもわからないから、よく考えて動かないとなってことよ。あと、あらゆる想定をしときなよって」


 何も能力者に限った話ではない。

 悪意をもって火のないところに火を放つ連中はどこにでも居るもんだから、特に俺たち能力者は初めのうちは最大限警戒しなくてはならない。


「あと、稗田は高2だからいいけど、もし能力者であることを明かした上で大学進学した場合、入学後に『能力でカンニングした』なんてあらぬ噂を立てられたら面倒だろ?」

「うわ……それ聞いたら、ちょっと鳥肌が立ちましたよ」

「な。まあ今年受験する真里亜と市ヶ谷は自分で言うつもりはないって言うからいいけど…」

「……………慎重に考えます」


 あらゆる想定をすると、能力者だと明かすことは決して自分だけが嫌な思いをするかもしれない、という話ではないのだ。


「ただここまで話しておいてなんだけど、もう明かしてもいいよと言われて尚隠し続けたって、後で奥さんとか親友に詰められるなんて話もあるかもしれないから、言うタイミングと相手は慎重にな」

「もーーーわかんないッスよーーーー!」


 稗田の悲痛な叫びがこだまする。

 そこからは七里姉弟や駒込さんや大月や愛も交えて、明かすこと明かさないことのメリット・デメリットを洗い出した。


 こうして心構えをしておくだけでも大事だからな。

 彼らは頭がいい。それに多少は修羅場もくぐっているから、些細なことでは動じない強さもある。

 俺はそんな彼らの手伝いをしてやるだけでいい。



「そういえば塚田さんはどうするんですか?」


 守屋がそんなことを聞いてきたのは、ある程度みんなの方針が固まった頃だった。


 チーム黄泉と真里亜といのりは全員とりあえず様子見。七里姉弟は中学を卒業したら組織か企業に所属する。

 ということに決まった頃。


「うーん…俺はその状況によってかなぁ…。ミリアムの理事長は能力のことを知っているから、暴くような真似はしないだろうけど。ウチの社長がもし『どうか名乗り出られる者は、説明を…』なんて言い出したら挙手しちゃうかもな」

「居づらくなったりはしないんですか?」

「正直分かんね。でも、もしそうなったら素直に能力者として生きていくよ。巻き込むような人も多分居ないと思うから」


 世間が能力者に向ける目は羨望か、偏見か。

 それは誰にも分からない。

 ただ個人的には、もうどっちの世界とかのこだわりはなくなったから、どうなっても幸せを掴むために全力で生きていくまでだ。


「そうなったら是非特対に」

「組織を立ち上げてください」

「南峯家に来なさいよ」

「誰もいないところで静かに暮らしましょう、兄さん」

「お前も鬼にならないか」


 同時に色々と言われてよく分からなかったが、どう転んでも楽しい未来にしてしまえばいい。

 そんな事を思いながら、笑いあったのだった。

 何かひとりボケてるやつ居たけど…




「そう言えば、資料はもう無いんですか?兄さん」

「…」


 真里亜の問いかけに、俺は思わずピクッと反応する。

 というのも俺たちには直接の関係はないが、ある意味一番衝撃の情報。

 そのPDFファイルを恐る恐る開く。


「あー…サラッと見るだけな」


 俺は前置きをして、該当するファイルをテレビに表示した。



 その資料の表紙には


【能力開発の手引】


 と大きく記載されていたのだった。





【日常が変わる】 完


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