第237話 日常が変わる その3

【能力者ライセンス】とは…

 異能力庁またはその代理機関が審査・発行を行う、能力者の"能力の種類"とその"レベル(質)"が分かるライセンスをさす。

 事前に予約をし、開泉者・完醒者―――完醒者はその能力の種類と効果・威力を測定し、早ければ半日、最大1ヶ月ほどでカードが発行されるとのこと。

 カード記載の自身のIDナンバーは今後、国ないしは企業へ登録されることとなる。


「現状、ライセンスの取得は全能力者の義務ではないが、能力者雇用を利用する際は必ず必要となります…だそうだ」


 今のところ義務ではないとあるが、いずれマイナンバーカードのように作成せざるを得ない状況へと移行するのだろうな。

 国が能力者の完璧な管理体制を望むのなら…


「これが国の提唱する、"能力者の新しい生き方"のひとつ…ってことですね。卓也さん。」


 この中で唯一の一般人である愛が、冷静に方針を告げる。


「どうもそうみたいだな。そして早速その新しい生き方ってヤツを応援してくれる企業さんが名乗りを上げている。これだ…」


 俺はタブレットのキーボードにある"窓ボタン"と"矢印ボタン"を押し、画面の半分に資料を、もう半分に"とあるネットニュース"記事を表示した。

 その内容は、大手運送会社と警備会社が能力者の雇用を開始するという情報を扱ったものだ。

 運送会社は分かりやすく転送系能力者を、警備会社は『強い能力者』をそれぞれ募集すると表明している。(強いの判断は適性検査で確認という文言がある事から、もしかしたら社員に能力者がいるのかもしれない)


 またニュース記事によると、この能力者雇用に関してはルールが色々と設けられているらしく、その中のひとつに"雇える人数の上限"というのがあった。

 規模によって増減するが、企業は最大でも五人までしか能力者を雇ってはいけないという。


 この縛りは運送会社を例にとると、最大手が資金力にモノを言わせ転送系能力者の多くを囲い込んでしまう事で他の企業とのサービス内容の差が開きすぎてしまうという問題を防ぐために決まったのだと、ニュース記者は論じている。

 かたや車を運転して半日…かたや能力でコンテナごと一瞬…では勝負にならなくなるからだ。

 この縛りがあるおかげで、恐らく初めは各社能力を使用した"超速達"みたいな特別料金プランに落ち着くと思われる。


 他にも能力者の最低給与や待遇面でのルールもあるらしいが、一般にすべてが公開されているワケではないので詳細は不明。

 ただ公開されているルールから読み取れる国の意向としては、能力が"競争"に多大な影響を与えないよう、公平な市場となるようにしているということだ。


「でもこの取り組みが浸透し始めたら、冬樹くんとか塚田さんなんか引く手数多じゃないですか?」

「俺?」


 岩城が少しテンションを上げてそんな事を言う。

 歳が1つ下の冬樹と仲良く話していたので、さっそく"くん付け"しているみたいだが。


「冬樹くんは言わずもがなですけど、塚田さんもその治癒能力があればどこの病院に行っても大活躍間違いなしですよ!」

「あー…」

「ドクターTの誕生ですよ!」




 ===========



 群れを嫌い 権威を嫌い 束縛を嫌い

 能力者のライセンスと叩き上げのスキルだけが彼の武器だ


 治療術師 塚田卓也 またの名を…ドクターT


『俺、失敗しないので』




 ===========







「みたいな?」

「そうですよ!」


 魅雷が俺をテレビドラマに当て込んで、それに同意する岩城。

 何故そんなに楽しそうなのかは置いておいて…


「俺と冬樹は能力者雇用は難しいんじゃないかな…」

「えー、どうしてですか?」

「エネルギー関連や医療法人関連は利権とか五月蠅そうだからなぁ」

「そんなもんかしら?」


 残念そうにする岩城と、いたって普通に確認してくる魅雷。

 俺は彼らに想像を話してやることに。


「冬樹の能力があれば一日で相当なエネルギーが生み出せると思うんだ。それこそ、ひとり居れば発電所が何基もいらなくなるくらいに。それくらい強力だからな」

「まかせてよ、兄さん」


 嬉しそうに力こぶなんか作ったりする冬樹。


「で、俺の場合、転送能力者と協力して飛び回れば、日本中の患者を治すのにそれほど時間はかからないと思うんだよ。するとどうなるか…」

「医師や薬剤師や看護師がいらなくなるわね…」

「そ。全く要らないってことはないけど、治療術師だって俺だけじゃないからね。人手もそれなりに居るし、俺には治せない症状が治せる能力者だって居るハズだ。そうして医師や看護師の数をどんどん減らしていったところで、50年後…治療術師が全く生まれなくなりましたなんてことになったら、この国の医療はおしまいだ」


 仮定の将来の日本を想像する。

 今苦しんでいる患者の事だけを考えるなら、能力者が出て行った方が断然良いだろう。それは考えるまでもない。

 エネルギー関連も、冬樹やCBの炎使いみたいなのをたくさん用意すればエコなエネルギーが供給できる。

 しかし、公平性を謳い、能力によるバランスの崩壊を嫌う国や政府が、そんな目先の事だけを考えて治療術師や電気・炎系能力者の求人を許可したりはしないハズだ。発電所も医師も減らせないからな…。

 仮にそれを無視して治療なんぞして、その行為が"攻撃"とみなされてしまったらこちらもたまったもんじゃないし。


「だからまあ…、求人が出るであろう能力と、利権や倫理の関係なんかで大っぴらに活躍できない能力ってのはどうしても出てくるだろうね」

「ふーん…今最適な行動が、この先も最適とは限らないのね」

「そうだな。でもどこかが均衡を破ればあっという間に崩壊しちまうから、その為のライセンスなんだろう。能力者と企業の動きをキッチリ管理するよっていう…」

「コソコソと目先の利益を優先したら、遠慮なくしょっぴけるもんね」


 納得したように頷く魅雷。


「電力会社への就職は無理なのかぁ…」

「なんだ冬樹。入りたかったのか?」

「稼げそうじゃん!」


 最年少の発言で、場は和やかなムードに包まれる。

 丁度よいので俺はそれをキッカケに、最初の話し合いを行うことにした。


「さて。俺が喋ってばかりなのもアレだから、ここいらで今日の本題である意見交換をしようか。皆が気になっているであろう『自分はこれからどうしたら良いのか』という件でな」


 俺はニュースサイトを消し、再び資料だけの画面表示にする。


「国は能力を公表し、企業が能力者の公募を開始した。そして昨日の会見で特対部長は『能力者であるという事を明かしてもペナルティはないものとする』と発言した。それを受けて俺たちはどうするのがベストなのか。色々と話し合おう」


 何も一生の方針を決めるという事ではなく、中期での話だ。












 ________














 土曜日


 能力の証明を行う為に美咲と大月がデモンストレーションを行った直後にさかのぼる。

 質疑応答の時間が始まり、総理と神楽は質問を静かに待った。

 会見場では記者たちがまだザワついている中、ひとりの中年男性が挙手をする。


「はい、そこの方」

「えー…能力に関しては、一先ず信じる事にしました…。というか、トリックとは思えない現象に、まだ脳が追いついていませんが、理解しました」

「ありがとうございます」

「そこで神楽氏に質問なのですが、どうしてこのような能力の存在をこれまで隠してきたのでしょうか。そしてどうしてこのようなタイミングで公表することに決めたのか、能力者の代表である貴女からお聞かせ願えますでしょうか」


 記者からの質問に神楽はゆっくりとマイクを持ち話し始める。


「まず、能力を隠していた件に関してですが、理由は能力を持たない者から能力者を守るために決められた事なんです」

「能力者を…守る?」

「はい。今よりも能力者の数がずっと少なかった頃、能力に覚醒した者がその特異さゆえに周りから迫害を受けるという事がありました。いくら人より強力な力を持っていたとしても、やはり個は集団の力には及びませんし、能力者も争いを望んでいたわけではないですからね。そこで能力者同士で集まりお互いを守ろうとしたのが、今まで続いていた体制の始まりだったと聞いています」


 神楽はとても中学生とは思えぬ落ち着きようで話す。

 それはまるで中年記者よりも長く生きていたかのように錯覚するくらいの貫禄だった。


「そして、守ってきた秘密を明かすことに決めた理由の一つは、先日起きた"故人が蘇る"という現象です。皆さんもお察しのように、あれは能力者が引き起こしたものです」

「…」


 記者は言葉を発さないが、やはりと言った表情で神楽を見る。

 他の記者も反応の度合いは違えど、みな似たような反応であった。


「これまでは特対われわれが大きな事件を起こす前に未然に防げていましたが、今回は発達した情報社会と、それを利用した敵の綿密な計画を前に、防ぐことができませんでした。悔しいですが、我々の落ち度です…」


 死者が蘇るという普通ではありえない現象と、その事実について語った動画を大手動画サイトに投稿するという作戦は、瞬く間に人々に真実を拡散する事に。

 これまでの権利や利益を目的とした大規模な作戦と違い、"公表"を目的とする今回は、様々な工作もあり防ぐことがかなわなかった。


「それと、もうひとつ公表したのには理由があります」

「…?それは何でしょうか」

「先ほど申し上げた特対を始め、日本には様々な認可能力者組織が多数存在しております。全員ではないですが、もう理不尽な迫害を受ける事も無いと判断したからです」

「…それは……我々一般人に対する宣戦布告ということでしょうか…?」

「とんでもないです…みなさんには改めて言っておきますが……」


 そう言うと神楽は一台のカメラに向き、息を吸って、ゆっくりと話し始めた。


「我々はこれまでも、能力を持たない人々の為に命を削って戦ってきました。相手が能力者でも、武装した一般人でもです。中には家族や親しい友人にも能力の事が話せず、全てを捨てて力になってくれた職員もおります。そしてこれからも我々は平和の為に戦います。いきなり受け入れてくれと言うのは難しいかもしれませんが、能力者は敵ではありません。中には良からぬことに用いる者もおりますが、そのような者は速やかに排除します。どうか、我々も同じ仲間であることを忘れないようお願いします」


 ゆっくりと、しかしハッキリと話す神楽に、記者たちは皆静かに聞いている事しかできなかった。


「そして、日常生活を続けている能力者の皆さん。これまでは能力をみだりに明かす者には重いペナルティを課してきましたが、今後はそれを無くします。能力を使い危害を加える事は勿論引き続き禁止しますが、どうか、可能であれば…能力者とそうでない者との相互理解の為に、協力して頂けないでしょうか」


 ハッキリとは言わないが、自ら能力者であることを明かし布教活動に協力してくれと言う、神楽からのお願いであった。


「これまで散々窮屈な思いをさせておいてムシが良すぎるかもしれませんが、どうか協力をお願いします…。そして周りの方は、引き続き普通の生活を続けたい能力者を暴くような真似はせず、しかしもし打ち明けられたら、それを受け入れて頂くよう、お願い申し上げます」

















________













■ライセンスに記載される能力のランク


能力者の使う能力の威力・質・燃費などを総合的に判断し、S~DとEXの6段階に分けられる。

以下 ランクの目安


・Dランク 出力が極めて低く、機械などで代用可能

・Cランク 出力が低く、機械などで代用可能

・Bランク 機械や道具と同等の出力

・Aランク 機械よりも大幅に上回る出力

・Sランク 文明では実現不可能な出力

・EXランク 測定不能




■能力者雇用枠について


・法人によって最大五人まで雇用することができる。

法制定以前に在籍していた社員や職員に能力者が居る場合はこの枠には入らない。

ただし、元から在籍している社員・職員に、定款・寄付行為に記載の事業内容に準ずる業務を任せる場合は能力者雇用枠に切り換えを行う必要がある。





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