【第6.5章】変わり始める世界

第234話 難しい課題

■し‐あわせ〔‐あはせ〕【幸せ】


1 運がよいこと。また、そのさま。幸福。幸運。

2 その人にとって望ましいこと。不満がないこと。また、そのさま。幸福。幸い。



■こう‐ふく〔カウ‐〕【幸福】


1 満ち足りていること。不平や不満がなく、たのしいこと。また、そのさま。しあわせ。






________






「………ま、こんなもんだよなぁ」


 世間が先ほどの会見でバタバタしているであろう中、俺はお茶を飲みながら居間で【幸せ】とは何かをスマホで調べていた。

 検索結果はやはりというか何というか…ループするタイプの答え、かつ個人の感覚に依存する内容になっている。

 つまり『俺の幸せ』については、ググル先生にも分からないということか。


 どうして急にこんなことを調べ始めたのかというと、多分俺もこの急な報せに少なからず動揺しているということなんだろうな。

 これから始まる未知の世界で、俺はどうやって幸せを見つけるのか…なんて思ったりした。

 まあ未知の世界への突入は数ヶ月前にも経験したし、恐怖とか不安といった感情はない。

 それに存在すら知らなかった人たちに比べれば、能力者であり、特対の知り合いがいて、犯罪者と対峙してきた俺は大分アドバンテージがあると言えるだろう。


 しいて懸念点があるとすれば、これまで能力のことを明かしてこなかった人たちとの付き合い方の変化だが、大まかな方針は先ほど急きょ設けられた"明日の会合"で決まることを期待しよう。


 ちなみに、会見で特対部長さんが言っていた『より詳細な内容は異能力庁のホームページで』というそのホームページは、アクセスが集中し過ぎて全く繋がらない状態が続いている。

 みんな突然のファンタジー宣言に、少しでも情報を集めようと必死なんだろうな。


 最初は報道陣も『総理が真面目な顔で何を言ってるんだ?』という目で見ていたが、能力証明の為に後から登場した美咲と大月のサイコキネシスで空気が一変した。

 報道陣の何人かを宙に浮かせたり、火や水を飛ばしたりして、見ている人たちに超能力の存在をアピールした二人。

 会見ではその流れで彼女らを紹介しつつ、特対という組織の活動について言及していた。


 あと、突然現れた美少女二人にネット上はちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。

 会見中の大月の滅茶苦茶嫌そうな顔は今思い出しても少し笑えるし、『無愛想な所がイイ!!』という書き込みも多く見られたし、それを聞いてさらに嫌な顔になるだろう事も想像に難くない。


 そんなこんなで、会見は多方面で話題となっているのである。



 と、そんなことよりも。幸せについて本気出して考えないとだったな…。

 今考えるべきはラッセルの幸福論のような話ではなく、もっと身近な話だ。

 一旦俺の事は置いておいて、一般的なケースに着目してみよう。


・美味しい物を食べると、人は幸福感を覚える。

 異論はないな……俺もそうだし。しかも俺の場合は高級料理も好きだが、大衆料理で十分幸福感が考えられていると思う。

 以前上司に高級すき焼きを奢ってもらった翌日の昼に牛丼を食った事があったが、どっちもウマイウマイ言って喜んでいたことを覚えている。


・人は、愛し愛されると幸福感を覚える。

 概ね同意だ…女の子と食事に行くだけでもテンションは上がるし、飯も2割増しで旨くなる。

 しかも勘違いではなく、俺はいのりと愛という素敵な女性二人から告白された。

 返事は保留…というか一度断っているが未だに仲良くしてくれている。間違いなく果報者だ。


・仕事で認められたり、趣味などでプライベートが充実していると幸せだ。

 これもその通りだ。人生という時間の多くを費やす仕事が上手く行っていればそりゃあ楽しい。

 俺も経理の仕事は順調で、先輩たちにも恵まれている。

 趣味はこれといった物はないが、最近はゲーム仲間も出来て楽しい休暇を過ごさせてもらっているな。


「…あれ?」


 ここまで考えて、ある事に気付く。


「どうかしましたか?卓也さん」

「いや…俺って今のままでも結構幸せだなって思って…」

「例えばどんな?」

「ご飯とか趣味とか仕事とか人間関係とか…」

「そういう当たり前の幸せに気付けたのは大変素晴らしい事ですね、卓也さん」

「だな…」

「あと、女子二人に囲まれておやつを食べられる事とかね」

「ああ―――ん?」


 いつの間にか会話にカットインしてきたいのりと愛が、こちらを見て微笑んでいる。

 いのりは土曜日登校の学校帰り、愛はその送迎の付き添いで共に聖ミリアムを後にし、例の会見のニュースを見てそのままウチに直行してきたというワケだった。

 ちなみに明日の"会合"とは、同じくニュースを見た真里亜・七里姉弟・チーム黄泉の六人からもそれぞれ今後の身の振り方を相談され、みんなで話そうという事になったのだ。

(いのりと愛もそのことで相談しに来たのだが、どうせなら明日まとめてやることになった)


 俺も人にアドバイスできるような立場ではないが、それでも頼ってくれている以上は精一杯応えてやりたいと思う。

 ちなみに、先ほど駒込さんに『ホームページにアクセスできない』と相談したところ、後でPDF資料をメールで送ってくれることになった。

 本当に感謝だ。



「聞いた?愛。卓也くんは私たちとこうしてノンビリしている時が幸せなんですって」

「そうみたいですね。流石は卓也さん。答えに辿り着くのが早い事で」

「いや…」

「これは私たちの告白の返事と思っても問題ないわよね」

「そうですね。その回答でFAです」

「愛はともかく、いのりはアウトだろ。年齢的に…」


 二人からの猛攻になんとか抵抗する俺。


「あら。今までだったらセーフな年齢なんだから、これはセウトよ」

「どゆこと…?」


 よく分からない単語が飛び出してくる。とりあえず一旦チルしよか…?


「ま、ようやく卓也くんもその気になったみたいだし。やるわよ、愛」

「はい。私といのり様のダブルアーツで仕留めましょう」

「ムグっ!」


 俺は両隣にいるいのりと愛から、羊羹を口に突っ込まれる。

 物凄く吹っ切れた二人の攻撃を受けつつ、変わり始める世界のことを考えるのだった。


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