第235話 日常が変わる その1

「悪いな、愛。準備手伝わせちまって」

「いえ、これもいのり様の付き添いのついでですから」


 日曜日 11:15

 俺と愛は台所に並び、昼食の準備をしていた。

 のちほど打ち合わせの為に我が家へ来るメンバーは、全員合わせると十人を超える。

 なので早めに来たいのりと愛にもその準備を手伝ってもらう事になった、というワケなのであった。

 俺は主に買ってきた惣菜にひと手間を加え盛り付け、愛には煮物や炒め物・焼き物を作ってもらっている。


 正直、料理上手の愛が早めに来てくれたのは大助かりだった。

 昨日のニュースを受けてなのか何なのか分からないが、デリバリーを頼もうと思っていた店のいくつかがお休みしており、電話をかけても繋がらないという事態になっていた。

 そこで10時ごろやってきたいのりと愛にその話をした所、来る途中のスーパーなら営業していたという事で、急きょ手分けして色々準備しようという流れに…。


 三人で食材の買い出しに行き、その後俺と愛は調理を担当している。

 人数が人数なので、凝った料理でなくとも結構な作業量だ。一人だったら結構しんどかったな…。



「まあ、今のいのり様に付き添いは必要ないかもですけどね」


 料理中の愛がボソっと呟く。


「あー…いや、そう、かもな」


 "護衛"という観点で言えば愛の言う通りだ。

 女神込みなら、今のいのりをどうにかできる人間なんて果たしているのか…というレベルになっている。

 先日話に聞いたテレパシーの応用技は何かを破壊するという事に長けているワケではないが、防衛・対人戦闘においてはかなりの脅威だ。

 機械兵器でも無ければ何人いた所で敵ではないだろう。

 それに当然、女神自身の力もある…。万が一にも誘拐される心配はないかな。


 そんな安全ないのりは先ほどやってきた真里亜と一緒に、紙皿やら割り箸やらの備品を買いに行ってくれている。他にも必要なものがあれば買い足しておいてくれと財布を渡してあるので、少し時間がかかるだろうな。


「…でもホラ、愛の役目は別にボディーガードだけじゃなくて…精神面での支えとか、家族のような付き合いというか…」

「ふふ…」

「え…?」


 俺がフォローをしているとなぜか笑われてしまう。何かおかしなことを言ったつもりもないんだが…


「冗談です。別にお役御免だとかそんな事を思った事はありません。卓也さんの言う通り、いのり様と私は長年連れ添った家族のようなものですし」

「あ、ああ。そうだよな」


 能力が発覚してからは、家族以上にいのりに寄り添っていたしな。

 今更疎外感なんて感じるハズもないか。


「それに、"付き添い"というのも冗談です」

「ん?」

「いのり様に関係なく、ただ"私が"来たくて来ていますから」


 こちらを見ずに、調理をしている手元を見ながらそんな事を言う愛。


「…よくもまあそんなことを」

「ふふ…誰のせいでしょうかね」


 俺を揺さぶるために言ったであろうセリフに、誇らしげな彼女の横顔。

 勿論そんなことを言われて喜ばない男性はいないのだろうが…

 果たして気付いているのだろうか?


「そろそろ二人が帰ってくる頃ですかね…?」


 恥ずかしいセリフを言った彼女の耳までが、ちょうど今イチョウ切りしてくれているニンジンみたいに真っ赤だという事に…。


「料理をしていると暑くなっちゃいますね。火を使っているからですね…」

「はは…」


 必死に平静を装っている彼女にツッコミを入れないでそのまま準備をすることに。

 体力が低いのに反動技なんて使うから……なんてことを考えたのだった。














 ________
















「さて…後片付けも終わった事だし、そろそろ打合せでもしますか、みんな」


 14:15

 お昼頃に一斉にやってきた市ヶ谷たちとみんなで昼食を取り、デザートを食べ、後片付けをし、落ち着いたところで俺が話を切り出した。

 内容はもちろん能力者の今後についてだ。

 すると皆こちらに向き姿勢を正すように座る。素直でお行儀のよい子たちに、俺は大変感心した。


 今日が初めましての人たちも居たのだが、歳が近い事もありすぐに打ち解けてくれたのは非常に助かった。

 先ほどまでご飯を食べながらお互いの能力を見せ合い盛り上がっているのが見えた。

 能力者にとっては名刺代わりになって分かりやすいもんな…。もしかして、必死に隠そうとしていた俺がおかしいのかな?なんて思ったり。


 あ、あと料理の方は大変好評だったらしく、用意していた分は全て無くなった。

 中でも愛が担当した料理はみんな美味しい美味しいと言いながら食べていた。非常に家庭的な味で、俺も凄く好みだった。

 台所もあんな料理上手な子に使ってもらえて喜んでいる事だろう。


 と、考えが逸れてしまった。この場を進行しないとな。


「えー…みんなで色々と意見を交換する前に、そちらにいる特対職員である駒込さんに事前に送ってもらった資料があるから、それをみんなで見ようと思う」


 俺は予め駒込さんに送ってもらったPDFデータをタブレットPCに送り、それを家のテレビと繋いでおいた。

 これで、ここにいる全員で資料を見ることが出来る。


「駒込さんも、色々とありがとうございます。資料とか色々と持って来てもらって」

「いえ…。こちらこそ急にお邪魔して、ご飯までご馳走になって。ご迷惑じゃなかったですか?」

「とんでもない。でもこのタイミングでよく休みが取れましたね」

「鬼島さんから、月曜日以降物凄く忙しくなるだろうから明日くらいゆっくりしておけと言われまして…。私も大月もネクロマンサーの件でずっと休みなしだったせいでしょうかね。それで、ご迷惑かとも思いましたが、連絡を頂いていた塚田さんの家に遊びに行こうかなと…。説明も色々と出来ればと、大月と二人で決めたんです」

「別に、私は…」


 駒込さんに話を振られ、愛の隣で居心地悪そうにする大月。

 この二人の訪問は引っ越し祝いぶり二度目の事だ。その時はとんでもない事件の幕開けのタイミングだったが、今回もまあまあとんでもないタイミングだな。


「大月も、テレビ出演してたいへ…大変だったな…プッ」

「…?何こっち見て笑ってるのよ?」

「いや…別に……」


 いけね…

 あの会見中の何とも言えない顔を思い出して笑いそうになってしまう。


 しかし、何とか耐えきった俺に非情な一言が。


「卓也さんは会見中の大月さんの表情がツボに入っているんですよ」

「おまっ!バラすなよ愛…」

「はぁ?アンタね…」


 なんと愛が大月の加勢をしたのである。

 というのも、いのりの能力発覚の件で気遣ってくれた大月の事を愛が以前から気にしていて、恩人だと語っていたのだ。

 そして引っ越し祝いで無事二人は再会を果たすと、そこから愛が大月のことを(結構一方的に)慕うようになった、というワケなのである。


 それで今も、俺の笑いの理由を知っている愛が本人にチクってしまったのだ。


「お、落ち着け、大月…」

「私だって好きでやったんじゃないわよ…。鬼島さんに言われて仕方なく…」

「鬼島さん?」

「そうなんですよ。公表するにあたって、能力と特対のイメージ向上の為にこれから色々と活動する事になったんです」


 俺と大月が話していると、駒込さんが補足説明をしてくれる。


「例えば、これからしばらくの間は我々特対が堂々と一般事件の捜査にあたったり」

「え…超能力を使ってですか?」

「はい。超能力がどれだけ平和を守る存在であるかというのをみんなにアピールするんです。そしてその中でも、大月や水鳥、鷹森に藤林といった職員は特対の広告塔として、街のパトロールやメディア対応をしてもらう事になりました」

「はぁー驟雨介まで…」


 まあ確かに美男美女揃いな上、能力も分かりやすいわな。

 彼らが能力を使い目の前で華麗にひったくり犯でも捕まえようものなら、街の人々の支持を得られることは間違いないだろう。


 しかもこの取り組み、非能力犯罪者たちに対しての抑止にもなる。

 この四人からバイクや車で逃げ切るなんて想像もできないし、ナイフや銃弾など効かないだろう。

 一度その様子が中継されれば、犯行に及ぶ者も躊躇うかもな。『成功するわけない』ってな。


「プロモーションと防犯を兼ねた見事なプランですね」

「ええ。そうですよね」

「見事じゃない」


 大月はまだご立腹だ。

 余程カメラの前に出るのが嫌だったのだろう。


「でも、カッコ良かったぞ、スーツもバッチリ決まってて」

「………………はぁ?」


 とりあえずこれ以上機嫌を損ねないよう、少しずつ褒めていこう。


「いや、パンツスタイルのシュッとしたスーツよく似合ってたぞ?初めて会った時の事を思い出したわ」

「………」


 清野と調査しに行ったボッタクリバーの時と同じような装いだったからな。

 大規模作戦のような装備ではなく、普段の感じでこれからメディアに出るんだろう。


「あと、能力使うときは何だかんだ集中してるから、真剣な表情が映ってたし。ネットもそんな表情を見て盛り上がっているんだろうよ」

「…………」

「俺も妹分がみんなのアイドル的存在になってくれて、鼻が高いよホント」


 白々しいヨイショの連続を繰り出すが、反応が返ってこない。

 やはり嘘臭すぎて駄目か………?


 俺はチラッと横目で大月を見た。

 すると―――


「……………………あっそ」


 あ、大丈夫だコレ。

 特に顔が赤くなっていたりはしないが、怒りの炎が鎮火したことだけは分かった。


 これでようやく話が元に戻…


「兄さん。いつ妹が増えたのかは知りませんが、早く話を進めてください」

「…おう」


 真里亜さんに冷ややかな目で見られながら、俺はようやく話をすることが出来るのだった。





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