第231話 ご褒美

「はい!お兄ちゃん、穴子お待ち!」

「うまそう…」

「こっちのお嬢さんは中トロね」

「ありがとうございます」

「で、こっちのお嬢さんにはイクラ」

「どうも…」

「んで、四十万さんにはウニ」

「いいねいいねー」


 俺と志津香と廿六木は四十万さんに連れられ、ザギンにある寿司の名店【十兵衛】へと来ていた。

 というのも、ネクロマンサー・尾張悠人の"討伐報酬"が四十万さんに入ったので、代表して俺たちに還元してくれるとのことだった。


 今回撮影の手伝いから調査や運搬、南峯家の護衛をしてくれていた真里亜やチーム黄泉の生徒たちへは、後日改めて俺から何かをご馳走するというのを約束してあるので、今はありがたく高級寿司を頂くとしよう…。


 俺はタレのかかった輝く穴子を手で口に運んだ。


「……旨」

「そうだろうお兄ちゃん!ちょうどこの時期の穴子は抱卵してるから脂も乗っててプリプリよ」

「へー…道理で。タレも今まで食べたことないくらい旨いです」

「だろぉ?タレも特製の秘伝ダレを使ってるから、そんじょそこらの店には負けねえよ」


 目の前で寿司を握ってくれている大将が喜々として話す。

 この人は四十万さんの昔なじみらしく、なんと今の時間は俺たちだけの貸し切りにしてくれたのだ。

 また、過去に能力者絡みの事件に巻き込まれた際に裏の世界の事も知ったため、俺たちは堂々と今回の事件の事を話しながら食事が楽しめる、ということになっていた。(勿論話せないような機密情報は無理だが)


 さて、まずは今日に至るまでの経緯だが。

 終焉の地で尾張の死を看取った俺はすぐに四十万さんへ連絡をする。

 駆けつけた四十万さん達には、尾張が俺の治療を拒み自ら死を選んだので、その最期を見届けたと説明した。


 それと、俺といのりがあのアジトに居たことについて。

 西田の本体探知には触れずに、たまたま調査していたところ例の地下アジトへと誘う張り紙を見つけたのでそこへ入り、隠してあったスマホにかけてきた【ヨシムラカオル】という人物の指示で尾張の所へ転移した。

 と、そう伝えた。


 "たまたま"というところにかなり無理があったが、それよりも尾張の裏で糸を引いていたと思われるヨシムラカオルに注目が集まってくれた。


 しかし四十万さんの部下に調査を依頼したものの、現在その人物に該当する者は見つかっていないそうだ。

 同姓同名の人は居ても、9割が女性で、残りの1割の男性は高齢者だった。


 このことから偽名という説が濃厚になってくる。

 まあ、そんな簡単に正体を明かすとは思ってなかったが。

 引き続き調査は続行してくれるとのことで、四十万さんからの続報を待っている。



 聖ミリアムや南峯家、そして我が家への襲撃に端を発した一連の出来事が先週の木曜深夜のこと。

 そして今日は水曜日。事件から約1週間が経過している。


 世間はこの1週間、蘇った有名人が"残したモノ"で大いに沸きあがった。


 ある歌手は未発表の楽曲を配信し、ある俳優は未完成だった映画を完成させ、ある漫才師は新作漫才を披露し…

 ファンだった者からそうでない者までみな、触れる事の出来ないハズだった作品に触れて興奮していた。

 蘇った者たちは、作品と共に最後のメッセージを動画なり手紙なりに残して消えていったらしく、それがあとから公開され世間はさらなる熱気に包まれることとなる。


 しかし、そんな一時の熱気も時間が経てば当然冷めていく。

 すると世間の目はやはり『死者が蘇った』というありえない出来事へと再び向くことに。

 最早誤魔化しきる事は不可能に思えるが、特対はどういう対応を取るのだろうか…。


「四十万さん」

「ん?」

「特対内部は今、どんな感じなんですか?」

「んー…そうだな」


 寿司を食いながら少し考える四十万さん。それから少しして…


「まず鬼島さんと衛藤さんに関してだが……。ホラ、あの二人、アジトの時は険悪だったろ?」

「そうですね」

「今は尾張の件の事後処理とかに追われてて、ほとんど話してねえな。最後の対策本部会議の時も淡々としてたし。多分気持ちの整理をしてる最中なんだろ」


 どうしても尾張を生かしておきたくない衛藤さんと、一般人の安全を守るため裏で尾張を操る存在を突き止めようとした鬼島さん。

 そして真逆の方針である二人のリーダーに分断された対策本部の面々。


 普通に考えれば鬼島さんの方針の方が正しいように見える。

 しかし正しい事がすべてじゃない事は、衛藤さんに付き従った多くの職員の数が物語っていた。


 結果的には尾張は亡くなり【ヨシムラカオル】とそいつの依頼で蘇らせた【死者のリスト】という情報を入手することが出来たので、二人の目的は多少は達成できたハズだ。

 関係修復も時間の問題……だといいな。


 ヨシムラカオルに関しては偽名の可能性が高い為、黒幕に通ずる手がかりはリストの方になる。

 このリストに載っている人たちを蘇らせることで"最も恩恵を受ける"のは誰か…。切り口としてはそんなところだろう。

 こっちも現在調べて貰っている最中だ。


「あと、鬼島さんがお礼を言いたいってよ。会いに行ってやれよ」

「あー…」


 そう。アジトでのやりとり以来、俺は鬼島さんにも衛藤さんにも会っていないのだ。

 やはり特対を出し抜き俺の目的を優先させた手前、今更『どーもどーも元気ですか』と顔を出すのは少し躊躇われた。

 特にアジトでの時は衛藤さんの目的を妨害しようと動いたからな。

 もしかしたら俺を少なからず恨んでいるかもしれない、なんて考えていた。

 だから少し熱が冷めるまでは…という事だ。


 終焉の地に来た四十万さんに説明と貰ったリストを渡し(人物名はスマホのカメラで撮影しておいた)、その後のやり取りもメッセージで送るなどしてなるべく関わらないようにしていた。

 また、駒込さんや大月から鬼島さんの代理でコンタクトを取って来ることも無いまま今日まで経過する。


「鬼島さんについては大丈夫だろ。あの人は今回の件で塚田を裏切り者だなんて思っちゃいねえし、普通な感じだったぜ」

「…そうですかね?」

「おう。衛藤さんは…もう少し時間が必要かもだが、塚田に対してどうこうってのは思ってないだろ。むしろ俺は今回の件で、特対じゃない塚田が解決してくれたことがベストだったと思ってる」


 四十万さんがそう断言する。


「制度上、仮に尾張を生きて捕まえることが出来ていたら、そこからヤツを殺害するのはいくら衛藤さんでも難しいからな。やるとしたら全てを投げ打つ覚悟で強引に、だ。クビで済めば御の字だろうな。止めようとして職員が怪我をしていた…なんて可能性だってある」

「そこまで…」

「そして先に衛藤派閥の誰かに捕まっていたら、尾張の即殺は間違いなかっただろう。ヤツだけに関しては駆け引きとか取引とかは一切なしの処刑命令が職員に伝わっていたからな。きっと裏に居るヨシムラってやつ?偽名だったが…それに辿り着くのは到底不可能だっただろうな。あのリストも、ヨシムラが望んだ相手だと尾張本人の口から聞かなければ情報として弱いからな」


 確かにあのリストを何の説明もなく発見しても、どういう内容の人物たちなのか辿り着くのは難しかっただろう。


「要するに、塚田が動いて無ければ"尾張の死"と"最大限の情報"…この二つが同時に手に入る事は無かったってこった。しかも尾張のヤツ、最期は穏やかな顔してたじゃねえか。これ以上を望むのは強欲過ぎってもんだぜ」


 四十万さんの言うとおり、皆の願いがそれなりに叶った着地だ。

 これよりも上の結末があるなら見てみたい。



「えーと…それで、何の話だっけ?」

「大人は面倒くさいでふねって話でふよ」


 俺の隣で"イカ2貫"を口いっぱいに頬張りながら、これまで静かにしていた廿六木が話に入って来た。

 リスやハムスターみたいだ。今ほっぺた突いたら怒るかな?


「あーそうだ。だから、お前も一回特対に顔出せよって話だ。多分もっと詳しい話を聞きたがっていると思うぜ、鬼島さんはよ」

「…そうですね。今度声かけてみます」


 いつまでも避けてるワケにもいかないしな。

 今後の調査の為に、ひとつ協力させてもらうとしますか。


「そういえば、対策本部以外のメンツの様子はどうだ?志津香」


 茶碗蒸しを食べている志津香に質問する。

 志津香や光輝といった特に仲の良い面々は対策本部入りしていなかったので、その様子を聞いておこうと思った。


「特にいつもどおり。犯罪件数はむしろ減った気がする」

「へぇ…。便乗して世間をかき乱してやろうって連中はいないんだな」

「うん」


 尾張に多くリソースを割いている特対を狙ってー…とか、混乱に乗じてー…って輩が出るものだと思ってたが、違うようだ。

 いや、いいんだけどね…無い方が。


 俺と志津香のやり取りを聞いて、廿六木が補足してくれた。


「犯罪をこれからしよう、或いは日常的にしている人にとっては、今ここで動いた方がデメリットが大きいからでしょうね」

「デメリット?」


 廿六木の言うデメリットの理由にピンと来ず、思わず聞き返す。


「はい。特対が取り締まる犯罪者の多くは『能力で一般人に危害を加えたから』ですが。その"危害"の中には直接的な攻撃以外の、例えば宝飾店での窃盗やパチンコなどでの不正も含まれます」

「うん、そうだね」

「そういう事をコッソリとやっていた人からしたら、尾張さんによって超能力の存在が明かされた今は最もやりにくいタイミングだと思うんです」

「……そうか。超能力の存在の真偽は別としても、一般人の警戒心が上がっているから避けているのか」

「はい」


 これまでは超能力の仕業だとは夢にも思わなかった店員とかも、今は違う"かもしれない"と考えるようになる。

 そう思えば、犯行を控えようとする者が多く出てきてもおかしくないか。

 ほとぼりが冷めるまで…ってやつだな。


「まだ入職前なのによく分析してるじゃねーか」


 廿六木の考察に称賛を送る四十万さん。

 それに対し廿六木は『ピース生ですから』とサラリと返すのだった。

 彼女が【特公】所属だという事は四十万さんや駒込さんレベルでも知らない最重要機密だからな。無理もないか。


「ま、あとは超能力のことをどうやって否定するかだがな…」


 四十万さんが心底面倒くさそうに呟く。

 確かにここまで説得力の高い方法で流布されてしまうと、それを打ち消すのには相当骨が折れそうだ。

 何か手はあるのだろうか。


「そのあたり、昨日の部長会議で部長が『任せてください』って言ってたから大丈夫なんだろうけどな」

「へぇ…」


 特対部長。

 一度も会った事の無い、超能力者を束ねる組織のトップ。

 随分と自信ありげだが、一体どんな対応をしてくれるのかな?



「はい、お兄さんギョクお待ち!」

「おー、プルプルだ」


 その後も色々と話をしているうちに、締めのタマゴ寿司が出てくる。

 やっぱり最後はこれでしょう。


「アイスクリームも美味しいですね、竜胆先輩」

「うん」


 志津香と廿六木は黒蜜きな粉アイスクリームを美味しそうに食べている。

 こうして見ていると、普通の女子って感じだ。

 特対とか特公なんて存在を忘れてしまいそうになるな。


「俺はもうちょい飲んでくからよ」

「そうですか?分かりました」

「これからも宜しくな、塚田」


 日本酒を飲みながら上機嫌に手を振る四十万さん。

 恐らく今回の件は、査定にいい影響を及ぼしたのだろう。

 俺の方も四十万さんと組んだおかげで動きやすかったし、やりたいことをやるための人員も後ろ盾も得られた。


 いつだか俺に『出世の匂いがする』などと言っていたが、俺の方も権力の割にまだ特対のしがらみにそれほど囚われていない四十万さんとは相性が良いかもしれないな。

 今後もしばらくは持ちつ持たれつの関係を続けていきたいものだ。










________

















 本合三丁目駅 22:00

 ザギンでシースーを食い終わった俺は志津香・廿六木と別れ、丸ノ内線で最寄り駅へと帰ってきた。

 程よくアルコールが入り心地よくホームを歩いていた俺は、駅の反対側に停まった電車を見て違和感を覚える。


「随分と乗客が多いな…」


 小声で独り言を漏らす。

 この時間の電車はそれほど混んでいないハズなのに、見ると結構な乗客がいた。

 この駅ではほとんど降りていないが、珍しいことだ。


「………まいっか」


 酩酊状態の俺にとってはそんなことを考えるのはどうでもよく、気にせず地上に出ようとした。

 しかし―――


「塚田さーーーん!」


 反対のホームに降りた数少ない乗客の内の二人が、大声で俺を呼ぶのであった。


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