第228話 満たされて、心

「ゴメンね、朽名さん。最後の最後まで…」


 自身の右腕として働いてくれていた元特対職員の朽名に謝罪をする尾張。

 彼は先ほどアジトで体を銃弾に貫かれながらも朽名を操り、付与していた転移術を使って"終焉の地ここ"へと移動してきたのだった。


「気にしないでください…貴方には感謝しかない」

「…そう言ってもらえると、助かるよ……」


 朽名は戦闘で卓也に手足をもがれ転移により泉気を使い切ったせいで、地面に横たわりながら消えかけていた。

 にも関わらず、その表情はどこか満足げだ。


「嘘じゃないです…。貴方に蘇らせてもらって、かつての後輩と話をすることが出来たおかげで、僕は綺麗さっぱりこの世から居なくなったワケじゃない事を知りました…。だから、もう…思い残すことは、ありません……」

「そう…か。目的は…果たせたんだね……」


 朽名は特対本部襲撃時に駒込と話し、彼がいつまでも自分を覚えていることを知る。

 核となる強い目的が無い状態で蘇らせてくれた尾張に協力することを決めた朽名だったが、最後に自分の求めていたモノ、そしてその存在を確認でき、心の底から満足していた。

 

 後悔があるとすれば、そんな簡単な事を確認するために大勢の無関係な人間を巻き込んでしまったという事実だ。

 叶うならば謝罪し、償えればと思っていた。

 それは、特対職員としてずっと人々の平和を守り続けていた彼の本来の正義感が、今も強く残っている事に他ならない。

 なので二度目の黄泉の国では、一番辛い地獄に行くであろうことも甘んじて受け入れていたのだった。


「…それよりも、尾張さん……その傷。どうして治して貰わなかったんですか?」

「ああ、これね…」


 尾張は自分の手にベットリと付いた血液を見て、その出どころである撃たれた傷を再び押さえた。

 先ほどから生暖かい感触と、少しずつ命が流れ出ているのを感じている。

 もう、自分の命がそう長くない事は、本人でなくても明らかだった。


「これは、いいんだ…。これも僕の"結果"だからね…。すぐに治されないようにあえて跳んだんだから」

「そう…でしたか」

「時間も無いから、そろそろ行くよ」


 尾張はそう言うと、重い足取りで歩き出した。

 もう走ったり、普通に歩く力は残っていない。ただ、倒れる前になんとか卓也と約束した場所へ向かう為に進む。

 そんな彼の背中に、消滅する朽名が一言声をかけた。


「尾張さん…先に行ってます……」

「…すぐに行くよ」


 尾張が振り返らずに返事をすると、朽名は微笑みながら消えた。

 彼の体を構成していた泉気は強い光を放つ月に照らされ、明るすぎるくらいの空に溶けていった。















 ________














「クソ…!探知班、すぐに尾張の行方を追え!」

「どうして転送できたんですか!?結界は!」


 尾張が消えたことで、下に居る職員たちはバタバタと慌てている。

 どうやら転送防止の結界を張っていたのにもかかわらず、それが作動しなかったことに驚いているようだ。

 そして俺も、最後に尾張から告げられた待ち合わせ場所に行くために急いで行動する事に。


「いのり、さっきの転送陣で一旦戻るぞ」

「え…わ、分かったわ…!」

「急ごう!」


 俺たちは尾張の母親をそのままにし、職員がここへ上がってくる前に急いで転送陣のある部屋へと駆け込んだ。

 そして二人で陣を踏むと、最初に乗り込んだ地下のアジトに帰って来たのだった。

 また、追っ手に使われないよう転送陣はこちらから破壊しておく。

 形成していたと思われる水晶を何個か壊したところ、鈍い光を放っていた床の模様が消えた。

 これで一先ず安心だ。


「うし、それじゃあ時間も無いし早速移動しようか」

「移動って…さっきネクロマンサーが言っていた"終焉の地"ってところ?」

「ああ」

「場所、分かるの?」

「あれはな、ステージなんだよ」

「…ステージ?」

「そう」


 尾張の言う"終焉の地"というのは、スラブレのステージの名前だ。

 ストーリーモードで最終戦の舞台となる、ギミックもオブジェクトもない、シンプルなステージ。

 それが終焉の地。


 そしてその終焉の地は、実際の日本の名所を参考にデザインされている。

 それは、千葉県にある"犬棒埼いぬぼうさき"だ。

 厳密には、背景に犬棒埼灯台が望める浜辺がステージとなっている。

 おそらくそこに尾張はいるだろう。

 だが先ほどのケガの具合からして、そう長くはもたない。急いで向かわないと…。


「居る場所は分かっているんだ。だからあとは超特急で向かうだけなんだが…」


 この時間では電車は動いていないし、そもそも電車や車で向かっても尾張の命が尽きるまでに辿り着くのは到底不可能だ。

 どうしたもんか…。のんびり考えている暇もない。

 できれば強化した脚力で猛ダッシュしながらアイデアを捻り出したいところだ。


『あの、卓也さん』

「ん?どうした、琴夜」

『私、卓也さんに翼を授けられます』

「んん?」


 琴夜が急にエナドリのキャッチコピーのようなことを言い出した。


『私と融合すれば、黒い翼を生やすことが出来るんです』

「まじか!」

『はい。それなら高速で移動が出来ますよ』


 彼女曰く、融合する事で死神代行が移動で使うカラスの翼を得ることが出来るのだと。

 それがあれば空を最短距離かつ、かなりの速さで移動できる。


 しかし大変ありがたいが、どんどん人間離れしていくな…なんて。

 今はどうでもいいけど。


『それなら私も翼が―――』

「お、アフロディーテも持っているのか?」


 確か彼女のシンボルは白鳥だったか。

 それならいのりが融合すれば二人で飛んでいけるな。


『―――と思ったけど、やっぱり無理だったわ。ゴメンナサイね』

「え?」


 そんな勘違いあるのか…?

 いや、いいけど。


「じゃあ、いのりは俺が担いで行くよ。それでいいか?いのり」

「そ、そうね。特別にお姫様抱っこを許可するわ」

「…有り難き幸せで。落とさないように気を付けるよ」


 時間もないので俺は琴夜との融合を果たす。

 髪は紫色になり淡く発光している。

 先ほどと同様全身に力が漲り、同時に黒く大きな翼が背中から生えてきた。


 やだ…なにこれちょっとカッコいい…

 俺の中の中等部2年生よ…!鎮まれ…!


「と、早速行くぞ」


 俺は馬鹿な思考を断ち切ると、いのりをお姫様抱っこして西田モモンガを肩に乗せ、尾張の待つ"終焉の地"へと向かったのだった。












 ________


















「よォ…。調子はどうだ?」

「……やぁ…。元気だよ。腹に穴が…開いている以外はね」


 千代田区から超特急で終焉の地へと飛んできた俺は、西田モモンガを肩に乗せて途中で見つけた血痕を辿り尾張を見つけることが出来た。

 外が思いの外明るかったおかげで生きている内に発見できたのはラッキーだった。

 大きな岩を背もたれに座る尾張は、そう長くはない状態だ。


 ちなみにいのりは離れた所で休んでいる。

 余りの飛行スピードに気持ちが悪くなったのだそうだ。


 あと回復しようかと提案したが、丁重に断られてしまった。


「ああ…僕を治療する…必要はないよ……。間もなく僕は…死ぬ…けど、それで…いい」

「…………………そうか」


 治療の為に触れようと近付いたところ、尾張にも断られてしまった。

 息も絶え絶えで、たまに吐血しているが、治療を良しとしない。

 それはつまり、自分で死を選んだという事だ。


「…さっきの塚田さんの"行動と結果"の話と……衛藤さんの話している…内容を聞いて…決めたよ」

「決めた?」

「僕の能力は…様々な事件解決に役立つ…と思うけど…僕のするべき償いは…そうじゃない…って。僕の償いは…死ぬことだって」


 進んで職員の前に姿を現したのも、攻撃を受ける為ワザと出たんだな。

 そして尾張の言う通り、死霊術の有用性は非常に大きく、正しく使えば多くの功績をあげただろう。

 だが衛藤さんの言うようにそのことを良く思わない者が大勢居るし、生きていること自体が許せない者も大勢居る。


 それを汲んでなのか分からないが、彼は死を選んだ。


「転移…してきたのは…ゴホッ…!あそこじゃ多分特対の穏健派が…何としてでも僕を生きながらえさせようと…動いていたかもしれないから。それでまた、仲間割れが始まって…って」

「そうだな。お前を生かすか殺すかで、対策本部は真っ二つだ」

「でしょう…?」

「じゃあどうして、俺をここに呼んだんだ?ほっときゃ明日の朝にでも近隣住民がお前の死体を見つけて通報してたろ」


 一旦通常の警察を経由していただろうが、直ぐに身元が判明して特対に引き取られるハズだ。

 わざわざ俺が来るまでも無かった。


「塚田さんには…正解発表をしたくてね…」

「正解発表?」

「特対で塚田さんが言った、"人の命を弄ぶ奴が行きつく先は、地獄だ"っていう言葉…。正解だったよ…ってね」

「ああ…」


 初めて尾張と話をした特対本部でのやりとりか。

 あの時は非道の限りを尽くすネクロマンサーに何か言ってやりたくて、咄嗟に出たセリフだ。

 黄泉の国に行って、地獄に行くことについては裏が取れてたんだけどな。


「正解した…塚田さんには、"スーパーはるとくん人形"を贈呈…したいところだけど…。生憎そんなものは作っていないから…」

「分かっとるわ」


 まだ結構余裕そうじゃねーか。


「代わりに…コレを…」

「…?」


 そう言って尾張が手渡してきたのは、四つ折りにされたA4用紙だった。

 暗くてしっかりとは見えないが、人の名前が羅列されている。


「コレは…?」

「それは、僕の協力者だった人が…僕に能力で蘇らせるよう頼んできた"人物のリスト"だ」

「そんなもんが…」

「協力者は能力を…世間に公表する事を目的として、その人物を蘇らせて何かをしていたようだ。何かまでは分からないけどね…」

「それはヨシムラってヤツのことか?」

「…?協力者の名前までは知らなかったけど…もう掴んでいるなら、それは要らないかもね…」


 俺に紙を渡した手が地面にパタリと落ちる。

 限界が近いようだ。


「そろそろ…みたいだね……。僕が死ねば…能力は解除される。その肩に乗っている人も…数分で消えてしまうだろう。今のうちに…お別れの言葉を考えておいたほうがいいよ」

「余計なお世話だぜ」

「ふふ…。じゃあ、僕は…一足先に…黄泉に行ってくるよ…。また、会えたら…その時は…僕にスラブレを教えてくれると…嬉しい」

「黄泉の国の職員さんに、用意してもらうよう頼んでおくよ」

「ありが…とう。…よろしく…ね……」


 最期に微笑みながら、尾張は岩に体を預け寄りかかるように力尽きていった。

 特対で最初に見つけて、最期に看取るのも俺になるとはな…。



 そして俺が動かなくなった尾張を見ていると、肩に乗っていた西田モモンガが地面にピョンと降りて本来の彼女の姿に戻った。

 直後、彼女の体がボンヤリと発光し始める。


「センパイ、どうやら時間のようです。地下アジトにある私の本体が消えかけているので、こっちの私も消えそうですね」

「…そっか」

「ネクロマンサー討伐おめでとうございます!流石センパイですね」

「みんなが協力してくれたおかげだよ。もちろん西田もな」

「ふふ…。でもこれで、いよいよお別れですね」

「………ああ」


 これは、最初から分かっていた事だ。

 一度死んだ彼女と話ができて、こうしてお別れの時間が僅かにでもある事を最大の幸福と思わないとな。


「そうだ!センパイに"追加の注文"をしないといけないんでした!」

「追加の注文…?」


 相変わらず唐突な会話の切り出しだ。

 しかし検定1級の俺をもってして、何のことやらさっぱりだ。


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