第226話 例えばの話
「ゴメンね…悠人くん……」
繰り返される母親の謝罪に困惑する尾張。
母の為を想い母の為に世界を変えようとした尾張にとってこの謝罪は、背骨が折れるのと同義だ。
協力者に見限られ、俺に追い詰められても、何とかここを逃げ切れば新世界計画の再起の道が僅かにでもあったかもしれない。
その時に、母親が隣で支えてくれさえすれば…
しかし当の母親は自責の念が溢れて止まらず、これ以上のサポートはもう不可能だ。無理もない。
自分の
それが引き返させられたかもしれない道であるなら、より強い後悔をしていることだろう。
「………僕もゴメン、母さん」
尾張は膝に手をつきながら何とか立ち上がると、正面に母を見ながら言葉を紡いだ。
「母さんを悲しませたいワケじゃなかったんだ……。ただ、母さんが笑って過ごせる世界を―――」
話の途中で言葉を切る尾張。何かを考えているようだ.
「いや、違うか……。僕は、逃げたかったんだ」
「悠人くん…?」
「母さんの死と向き合うのが怖くて…乗り越えられるほど強くないから、全力で逃げたかったんだ…。理不尽の無い世界という、温室の中に……」
「……」
死者たちの主、尾張が呟いたのは自身の弱さ。
大勢を巻き込み行ってきた計画の根底は、自身の弱さや現実と向き合いたくないという思考から来るものだった。
母の心が挫け計画の続行を諦めたのだろう。
今まで硬いうろこに覆われていた弱い部分が、うろこが少しずつペリペリと剥離したことで露わになったようだ。
「朽名さんも、ゴメンね。今まで、僕の無茶に付き合わせて…」
「主…私は………」
弱い心は一度漏れ出すともう止まらない。尾張は俺の後方で倒れている朽名にまで呟いた。
理不尽の無い世界を創るという目的は確かだったのにもかかわらず、その志まで自己否定する尾張。
これでもう、勝負はついたな。
「なぁ…塚田さん。僕のやったことは…間違いだったのかな…?」
目の前の俺に向かい、そんなことを問いかけて来る尾張。
恐らく、俺に一刀両断してほしくて聞いてきているのだろう。『そんなことないよ』と言ってほしいのなら聞く相手を間違っているからな。
それに対し、俺は…
「…さぁな」
と突き放した。
「現実は学校のテストじゃないからな…自分のやったことに対して必ず"正解"と"不正解"が出るわけじゃない。ただ…」
「…」
「今回お前がやったことに対して、沢山の賛同者が出た。感謝する者も出た。そして、お前の事を必ず殺すと今も躍起になっている者が大勢いる。それが今回お前がやったことの"結果"だ」
権田のように不本意な死に方をした者は、尾張の創る世界を支持した。
本多くんのように不本意な死に方をしたが新しい世界を支持しなかった者たちも、尾張の取り組みに感謝していた。
そして、衛藤さんのように尾張の犠牲者となった者に近しい人たちは、今もコイツを処そうと探し回っている。
これを受けて『やって良かった。正しかった』か、『やらなきゃよかった。間違っていた』かを判断するのは、他の誰でも無い自分自身だ。
まあ計画が頓挫している以上、前者を選べるのは中々の強メンタルだが。
「塚田さん、個人としてはどうかな…?」
問いかけをひらりと躱した俺に食い下がって来る尾張。
そんなに俺の意見が聞きたいのか。
「俺は…」
「…うん」
「俺から"大切な人の死"を奪ったお前が許せなくて、こうしてお前の前までやってきた」
「死を…奪う?逆じゃないの?塚田さんの大切な人を"死"が奪ったんじゃ…」
「違うな。お前が俺に差し向けた
あまり言いたくは無いが特別大サービスだ。
もちろん本当に、ちゃんと、元通り…生き返ってくれるなら、それほど嬉しいことは無い。
だが、魂だけを入れた操り人形として俺の目の前に出したことは、やってはいけない事だった。
それが俺に火を点けた。
その辺の認識については、前回の俺の家で西田とも答え合わせをすることができている。
"ぶん殴れ"と。
だから俺は特対の協力者としてではなく、塚田卓也としてここにいる。
「…なるほど。僕はあなたの弱点を突いたつもりが、やる気スイッチを押してしまったのか」
「個別指導塾もビックリな的確さでな」
「いや待てよ……。というか、僕は押させられたのか。…事故被害者として彼女を復活"させてしまった"時点で、もう連携は始まっていたんだ……」
西田が尾張に自分から事情を説明したと言っていたが、こうなることまで予想していたのだろうか。
あるいはこうなるよう信じていたのか。
後者なら、西田の期待に応えられて良かった…って感じだ。
「打ち合わせなんて無くても連携が取れている…。凄い信頼関係だったんだね。それに僕と違って…強い」
自嘲気味に吐き捨てる尾張。
俺の場合は状況が特殊過ぎて、一概に強かったからとは言い切れないがな。
「もし母が亡くなった時、近くに塚田さんが居たら…少しは状況が変わったのかな?」
「気持ち悪ぃぜ…。そういうのは普通、幼馴染の異性に言われたいもんだ」
「…」
俺が茶化しても、真剣な目で見て来る尾張。
何を求めているんだか…。
「……まあ少なくとも、今の俺がそこに居たら、こんな無茶な事はやらせてねーわな。今頃俺ん家でスラブレでもやってたんじゃね?」
頭をかきながらそう返してやる。
すると尾張から意外なリアクションが。
「スラブレ…塚田さんもやっているんだ。初代?」
「そうだが…俺も、ってことはお前もやってるのか?」
「ええ。僕に協力してくれた人が『暇な時間に』って、セッティングしてくれたんだよ。ネット対戦が出来る奴を。随分昔のゲームだけど、結構ハマるもんだね」
まさかコイツが初代をプレイしているとはな。
「"王"って名前でやってたらこの前も―――」
「王?王って、王様の王か?」
「え、ええ。少し大げさな名前だけどね」
「キングじゃなかったのか…あれは」
「…戦ったことあったのかな?」
俺は、先日ゲーセンでプレイした時に出会った"王"について話をした。
3戦目に降参した事もあって、それが尾張だという事はすぐに一致したのだった。
「あのやたら強いプレイヤーは塚田さんか…」
「ああ。しかしなんでまた"王"なんて名前を…」
「理由は単純。僕のイニシャル『Owari Haruto』の"OH"から取って"王"」
「おぉ…」
滅茶苦茶シンプルだった。
けどハンドルネームなんてそんなもんだよな。
「ふふ…それにしても、ゲームでもしてた…か。そっちのほうが楽しそうだね」
「ああ、今更悔やんでも仕方がない事だがな。さて…これからお前を拘束させてもら―――」
立ち話もそこそこに、尾張を拘束しようとカバンから"ガムテープ"を取り出そうとした。
巻いたあと硬化すればちょっとやそっとじゃ破れない拘束具の出来上がりだ。
その後今いる位置を調べて四十万さんに連絡して…
そんな段取りを頭の中で組んでいると、突如アジトの壁が爆発した。
「くっ…!」
「なんだっ!?」
壁の破片の飛来や爆発の余波で思わず防御をする。
見ると尾張や母親も驚いている。
どうやらこれは、彼らにとっても予想外の出来事のようだ。
「悠人くん…これは」
「分からない…」
「卓也くん…今のは…?」
俺と尾張と母が状況を掴みかねていると、転送先に指定されていた部屋に待機していたいのりと西田モモンガも心配してやってきた。
その直後、爆発で壁が取っ払われ丸見えになった外から声が聞こえてくる。
『尾張悠人!!抵抗せずに大人しく出てこい!!』
その声の主は、電子メガホン越しの特対職員、衛藤さんのものであった。
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