第225話 粛清と懺悔

「『今更数え切れるか』…とでも言えばいいのかな?」

「よく分かってるじゃねーか」

「っ…!!」


 軽口を言ったかと思えば、倒れていた尾張は急に起き上がり、隠し持っていたナイフで斬りかかって来る。

 扱い慣れていないのか雑に振り回されるだけの拙いナイフをチョップで軽くはたき落とすと、脇腹、みぞおち、こめかみ、顎にそれぞれ1発ずつパンチを食らわせた。

 今のは犠牲になった特対職員と黄泉に送られて不安な思いをした市ヶ谷たちの分だ。


 そしてまたしても床に倒れ込む尾張。


「ごほっ!がはっ…!!」


 ナイフが床に落ちた金属音と尾張の苦しむ声が響く。

 お互い能力を使わない状態での勝負であれば、俺が圧倒的有利なのは試すまでもない事だ。

 奴の真骨頂は当然―――


「離れろ塚田ァ!!」

「朽名…」


 俺の背中側にある部屋から獅子の面の男こと、元特対職員朽名が飛び出してくる。素顔を直に見るのは初めてだったな。

 主がボコられるまで何をしていたんだ?という疑問はさておき、敵との距離はおよそ10メートル。

 そして体を覆う気を見て、能力を発動させたことは明らかだった。


 俺は近くにあったホワイトボードを掴むと、朽名目がけてぶん投げる。

 すると俺と朽名のちょうど中間くらいの位置でホワイトボードが爆ぜた。旧部室棟でも見た、コイツの能力による破壊だ。


「そんな攻撃が通じると…っ!?」


 延長線上にある爆弾の一つが消費されたのを見て、俺はすかさず持って来ていたパチンコ玉を朽名に投げつけた。

 それも1個ではない。片手に何個も持っては投げ、また持っては投げを繰り返す。


「ぐっ…!お…お…お…!!ぐぁ……!!」


 相手も急いで爆弾を生み出し防御に専念するが、爆弾ひとつ作る間に俺の広範囲波状攻撃パチンコ玉が次々と襲いかかる。

 防ぎきれない弾丸は徐々に朽名の体を貫いてゆき、やがて両手両足が千切れ達磨のようになってしまった。

 先日とは立場が逆転したな。


「く…そ…!」

「五体満足な俺に勝てるワケないだろうよ。そこで大人しくしとけ」


 油断もあっただろうが、左足以外が使えなかった俺に負けてるようじゃ、今の俺の相手ではない。


 止めを刺す事は出来たが、能力もまともに発動できない、歩くことすらできないコイツに構っているヒマはない。

 何故なら―――


「おっと、どこ行く気だ、コラ」


 俺が朽名の対応をしている後ろで、コソコソと尾張がどこかへ行こうとしていた。

 なのでパチンコ玉をひとつ掴むと親指の上に乗せ、人差し指で尾張の足に向けて弾く。


「ぐぁッ…!」


 弾は左足ふくらはぎあたりに命中し、尾張は三度みたび床にひれ伏すこととなる。


「もういっちょ」


 チョロチョロ動かれても面倒なので、倒れた尾張の右足を狙ってもう一発弾く。

 弾は見事に右足内くるぶしに命中し、尾張のうめき声が聞こえてきた。

 我ながら単発打ちの精度は抜群だな。練習の成果が出ている。


「くっ…う…!」

「痛いか?でもお前が皆にしてきた事に比べたら、きっと微々たるものだろう」

「…」


 無言で睨みつける尾張。

 そんなに凄まれても、今のコイツに切り札があるとは思えないが。


「まあいい。お前のツケはまだ返済し終わってないからな…。これから―――」


 尾張に近付きながら話していると、また別の部屋から誰かが飛び出してくる。

 その人物は俺から守るようにして倒れている尾張の前に立つと、こんなことを言い放った。


「待ってください!どうか…殺すのだけは勘弁してください!!!」

「…母…さん」

「尾張広恵さん」


 自ら盾となり迫りくる脅威から息子を守らんとする、尾張悠人の母、広恵。

 尾張が"死者と共存する世界"を作ろうとした直接の原因となった人物だ。

 

 そして傍から見れば少年をイジメる悪い大人と、それを守る母親という図だ。俺は悪役か?

 いや、いいけどね。


「どいてください」

「どきません!この子は…私が護らなくちゃ―――」

「本当に尾張の事を想うのなら、護るのは今でも、俺からでもなかったハズだ。傍に居たなら分かるでしょう」

「っ…!」


 図星を突かれたからなのか、悔しそうな表情をしている。

 止められるような状況じゃなかったかも知れないが、どうもそういう感じじゃないらしい。

 いくらでも引き返せる道があった事を、他でもない尾張広恵の表情が語っている。


 そして少し厳しい事を言うようだが、尾張の為と言うのなら革命こんなことはさせるべきじゃなかった。

 正しく使いさえすれば死霊術は多くの人を救い、多くの悪人を裁くことが出来るポテンシャルを秘めていた。

 母との暮らしだって、時間をかけてゆっくり進めればあるいは…。これはあくまでも"かも"だが。


「母さん…ダメだ。その人は…死者でも平気で殺すような男だ。下がって…」


 上体を起こしながら、盾となっている母を止める尾張。

 つか、"でも"ってなんだ"でも"って…。生きてる人間を手にかけたことはないぞ。

 救えなかった事はあってもな。


「ゴメンね、悠人くん…」

「え…?」

「あの人の言うように…本当は、私が止めなければいけなかったの。止めるべきだったのに…それを怠ったのは、私なのに…」


 護る姿勢は保ちながらも、俺の言葉を受け尾張に謝罪する尾張広恵。

 それはまるで懺悔をするかのように、出てこないよう腹の底にしまっておいた物を必死に絞り出すように、言葉にして発した。


「…どうして謝るんだよ。どうして…そんな顔をするんだよ…」


 尾張は、母の表情を見てそう呟く。


 尾張広恵の悲しそうな 後悔しているような 悔しそうな 辛そうなその表情は


 ドライブレコーダーに映っていた 3年前に尾張を暴走車から庇う為に身を挺した時の


 満足気で 優しくて 慈愛に満ちた表情とは正反対だった。


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