第224話 探偵

 電話からは聞き覚えの無い男の声がしてくる。機械で声を変えている様子もない、肉声だ。

 相手は俺たちが電話を探している間もずっとかけ続け、その上で『やっと出た』と言った。

 つまりこの男は誰かしらが電話に出る前提でかけていたという事になる。


 アジトに入るところを見ていて、適当なタイミングでかけてきたか?

 しかし罠を発動させるワケでも無い。一体何が狙いなんだ?


『あれ?聞こえてますかー?もしもーし』


 俺が考えていると、男は応答がない事でさらに呼びかけてきた。

 西田の言葉じゃないが、毒を食らわば皿までなら話をしない選択肢はないな。


「…もしもし」

『あ、なんだー、いるんじゃないですかー。電波障害でも起きているかと思いましたよ』


 男はまるで友人にでも話しているかのような気安さで話をしてくる。

 素性を知らないというのはお互いだと思っていたが、その認識は誤りなのだろうか。


「あんたは誰だ…?」

『そうですねぇ…。しいて言うなら"ネクロマンサーの協力者"でしょうかね?』

「そうか…。お前が尾張をたぶらかして、こんなバカなことをさせたんだな」


 俺は少しだけ先回りした質問をぶつけ出方をうかがってみることにした。

 すると…


『んー…それは少し誤解がありますね。あくまで彼と僕は持ちつ持たれつ。対等な関係だったと認識していますが』

「対等だと…?」

『ええ。僕は彼に必要な情報や資源、場所の提供を。そして彼は僕にとって必要な物を提供してくれました。言わば僕らは、一つの大きな目標に向けて共に歩むパートナーですよ』

「その目標も、それを達成するための手段も、お前が刷り込んだもんだろう?」

『いやいや、確かにお話を持ちかけはしましたが、決断をしたのは彼です。強制なんてしていませんよ』

「未成年のガキをノせたんだろうが」

『未成年って…もう中高生なんだから、やっていい事と悪い事の分別が付いていないと判断するのはおかしいでしょう。犬猫じゃないんですから』


 楽しそうに話す男。

 ここでコイツを言い負かすことに意味は無い。だが、尾張を操ったのは間違いなくコイツだ。

 口では認めていないだけで、関係を隠そうともしない。

 捕まらない自信があるからだろう。


 このまま話しても埒が明かないので、進めることにする。


「で、何の用でかけてきたんだ?お前は」

『ああ、そうでした。ちなみに貴方は特対の職員ですか?』

「いいや。ただの探偵だ」

『特対職員ではない…か。じゃあ彼かな…?』


 ブツブツと向こうで呟く男。

 この電話に出たのが特対ではない事に少し驚いているようだ。


『…まあいいや。今、そっちに転送陣を発動させました。会議室みたいな部屋にあると思うのであとで確認してみてください。その転送陣を踏めば、今尾張くんがいるアジトに跳ぶことが出来ますよ』

「なんだと…?」


 突然こちらに都合の良い話をし始める男。

 にわかには信じがたい……というかここに来てから終始胡散臭い展開の連続だ。

 ご都合主義にも程がある。魔王の城に最強の武器が置いてあるくらい都合がよい。


『あー信じられないなら、いいですよ。その時は、まあ地道にアジトを探してください。今ならハズですから』


 また意味ありげな事を言う男。

 主導権が向こうにあるのは間違いない。

 少しでも情報を引き出したいところだが、離れた相手を探る能力は持ち合わせていない。

 あっても、向こうもプロテクトを用意していると思うけどな。


『もしかして、理由が必要ですか?』

「なに…?」

『自分に都合のよい展開ばかりで、一歩踏み出すのに理由が必要ですか、と聞いているんです』


 こちらの心理を読んだかのように話す男。

 情報戦でも心理戦でも分が悪いな。

 こういうときは…アレに限る。


「いや、要らないよ。アンタの事は100%信用してるからな」

『…急に掌返しで気色悪いですね。どういう心境の変化ですか?』

「いやいや。ラスボスの部屋まで送ってくれるお助けキャラに最大の敬意をはらっているだけだが?」

『…そうですか。では、僕はこのへんで…』

「ちょっと待った」


 用件を話し終えて電話を切ろうとする男を止める。


『何か?』

「いや、名前を名乗り忘れてるぜ?出来れば住所まで教えて貰えると、お礼の品物を送りやすいんだが」

『………ふっ』


 笑われたよ。

 しかし先程までの余裕からくる笑いではなく、思わず漏れたっぽい感じ。

 流れが変わったか…?


『面白い事を言いますね。アナタ』

「そうか?社会人として当然の―――」

善斑よしむら かおる

「ん?」

『僕の名前ですよ。お礼の品は要りません。それではまた、塚田くん』


 一方的に名前を伝えられると、今度こそ通話が終了してしまう

 ていうか俺の名前、知られてるじゃん…。


「結局誰だったのよ、今のは」

「…さぁ?」


 いのりからの質問に回答を持ち合わせていない俺は、曖昧に答えるほかない。

 ヨシムラ カオル…聞いたことの無い名前だ。だが向こうは俺の名前を知っていた。

 尾張の件が解決したら、重要参考人として鬼島さんと情報共有しておいた方が良いかもしれないな。


『みなさーん。こっちに転送術式が発動していますよー』


 先んじて調査をしてくれていた琴夜から呼ばれ声のする部屋へ行ってみると、電話の男が言うように転送の準備が完了していた。

 遠隔で起動したんだろう。

 恐らく、電話の男はこのアジトに辿り着くであろう"誰か"に対し、尾張の元へと送る準備をしていた。

 その"誰か"というのも多分誰でも良く、とにかくアジトの一つを探り当てられたのを契機引き際に撤退する予定だったのだ。


 あの男の目的はきっと…

 いや、もういいか。今は目の前の問題を最優先に考えないと。



「ああ、こんなような転送装置使っていましたね。別のアジトの行き来に」


 発動した転送術式を見るや、西田モモンガがそんなことを言う。

 どうやら以前から尾張達も運用していたようで、電話の男が言う『尾張のいる場所に行ける』という言葉の信ぴょう性が少し高くなった。

 まあ、全く同じかどうかまでは分からないけど。


『どうしますか?卓也さん』

「いや、ここまできたら行くしかないさ。一応大爆発されたら困るから、それなりの備えはしないとだけど」

『あたしが三人とこの施設にシールドを張るから、安心して爆発してくれよな』

「できれば爆発しない方向で…」


 頼もしい霊獣たちと気さくなやりとりをする。

 彼女たちがいるので、攻撃的なトラップに関しては微塵も心配はしていない。

 いのりも西田(本体とモモンガ)も、まとめて守ってくれる事だろう。


 困るのは変な所に転送される事だが、これだけお膳立てしてやることがそんな嫌がらせだとは考えにくい。

 わざわざアジトの中まで案内して、電話までして、飛ばされたのが関係ない場所…。

 それがどうしたって話だ。

 確実に自分を追ってきている特定の人物に絞って打つ手としてならまだ分かるが、話の感じだと一番乗りした相手に向けている。もしそうだったら理解不能だ。考えるだけ無駄である。

 と言うワケで、ここは行ってみるしかない。


「あの、センパイ」

「ん?」


 いざ突入する準備を整えた所で、西田から声をかけられた。


「突入した先にネクロマンサーがいるなら、油断させる良い手がありますよ」

「お、マジか?」

「はい。それは―――」














 ________












「それではまた、塚田くん」


 男はアジトに置いておいた"飛ばしスマホ"との通話を終えると、次に別の人物へ電話をかけ始める。

 その様子は、どこまでも余裕があり、楽しげであった。

 しばらく電話から聞こえるコール音を耳にしていると、スピーカーから聞きなれた声がし、話を始める。


『もしもし…。善斑さん?』

「どうもどうも。そっちの首尾の方はどうです?」


 声の主は、ここしばらく尾張の協力者として彼をサポートし続けていた二人の人物の内の一人で、情報担当が"ボス"と呼んでいた男である。

 それに対し善斑は色々と省略し話を切り出したのだった。


『ええ、問題ありません。貴方の言う通り、全てのアジトのセキュリティの解除及び我々の痕跡の抹消、そして尾張悠人氏へ三下り半を突き付けたのち、撤退を完了しております』

「おやおや、含みがありますねぇ。別に彼と我々は一蓮托生でもないんですから。風向きが悪くなれば手を引く…当然の事じゃないですか。軍の司令官でも企業経営者でも、皆がやっている事ですよ」

『確かにそうですね。でも善斑さん…』

「はい?」

『貴方は途中から、ワザと彼の計画が頓挫するよう動いていましたよね?』

「そうですね」

『…』


 追及された善斑はアッサリと白状する。

 自身が協力者の立場を取りつつ、途中から尾張の死者たちなどに働きかけ計画が"上手く行かないよう"立ち回っていた事を。

 そんな、言わば裏切りともいえる行為を、何の悪気も無く白状する善斑に電話の向こうの男は黙ってしまった。


「だって、死者と共存するセカイなんて成立するワケないし、気味悪いでしょう?」

『ええ…』

「あれ?もしかして尾張くんに情でも移っちゃいましたか?」

『……移っていないと言えば嘘になります。しかし、我々の目的がほぼ確実に達成されそうな今、余計な要素は排除するというのは理解できます。そしてそれが善斑さんにとって最初から決めていたのだとしたら、仕方のない事です…』

「あはは。君のその、10を3で割り切れるところを僕は買っていますよ」

『どうも…』

「じゃ、後ほど連絡するまではゆっくりしてていいですよ。お疲れ様ー」

『はい』


 全てを納得したわけではない男との通話を終了させた善斑。


「忙しいなー」


 必要事項を伝え終わった善斑は、またしてもどこかに連絡を始める。

 画面には名前が表示されておらず、番号だけが映し出されていた。


「もしもーし。お元気ですかー?」

『…誰だ』

「やだなぁ、忘れちゃったんですか清野さん。貴方を"裏切り者"から"孤軍奮闘の英雄"に押し上げた恩人の声ですよー!」


 電話相手は卓也の親友にして、特対3課の職員、清野誠であった。

 電話の向こうの彼は不機嫌そうに、そして警戒心マックスで応じる。

 その様子は、明るく調子の良い善斑とは対照的であった。


『何だ…。恩を返せとでも言うつもりか?』

「いやいや、とんでもない!今日は僕から君に最後のお願いをしようと思ってね」

『お願いだと…?』

「ええ。今から言うところに特対職員を向かわせてください。そこにネクロマンサーこと尾張悠人が居ますので」

『尾張が…』

「情報ソースに関しては適当に誤魔化しておいてください。千葉県の―――」


 善斑は一方的に清野にアジトの場所を告げ、今回の事件での自身の役割が終了した事を確信した。














 ________














「…影人形?」


 尾張は薄暗いアジトの一室で、転送されてきた影人形に反応する。

 これまでも西田を自動オートで操り、死者の触媒としてアジト間を行き来させるという事はよくしていた。

『何故今に?』という疑問はあったが、憔悴していた尾張は命令が残っていたのだろうと深く考えずに、その影人形に近付く。


 すると、影人形の影が剥がれ、中からひとりの男が現れた。


「よぉ…!」

「!? お前は―――」


 尾張が驚いている間に卓也は距離を詰め、その驚く顔に拳を叩き込んだ。


「ぐぁ!!」


 一撃で決着が着かないよう強化せずに打ち込んだパンチだが、格闘技などやっていない尾張はまともに食らい、先ほどまで自分が座っていた椅子に突っ込んで倒れてしまう。

 部屋には大きな音が鳴り響くが、現在二人しか居ない部屋で彼を心配し駆けつける者は居なかった。


 彼に近付くのは、仇敵のみである。


「やっと会えたな…尾張」

「つか…だ…!」


 地面に倒れる尾張を見下ろしながら、卓也はこの事件の幕引きをする"探偵として"言葉をかけたのだった。



「さぁ、お前の罪を数えろ」


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