第223話 放棄
「無事敵襲を凌いだ我々は…」
「あー…そこからだと半分が回想で終わっちゃうから、巻きで」
「分かりました、卓也さん」
愛が水曜の19時10分までかかる勢いで状況をまとめ始めたので、それを制した。
引き伸ばしだと言われてしまうからな。
「つまり、これから本体と分離したそのモモンガが、本体の位置…アジトまで案内してくれるということですね」
「そうだ」
「ちなみに本体は、以前亡くなった卓也さんの同僚女性ですと…」
「そうでーす♪」
「ま、その辺は一旦置いておいて…」
「む…」
そんなところを掘り下げられたら、いつまでたっても出発できない。
「というわけで、いのりの無事も分かった事だし、これから敵のアジトに乗り込む。念のため市ヶ谷と稗田と守屋はここに残って屋敷の防衛をしてほしい。いいか?」
「承知しました」
「任せてよ塚田さん!」
「代わりに尾張の事をぶん殴っておいてくださいね、塚田さん」
「原型が残っているといいけどな」
俺の頼みを快諾してくれる三人。
大丈夫だとは思うが、再びこの屋敷に敵が襲撃しに来ないとも限らないからな。
その時に防衛してくれる戦力が多い方が良い。
本当は市ヶ谷と二人でアジトに行く予定だったが、流石に相棒を連れて行かないワケにはな…。
まあ俺たちの依頼はまだ完全解決していないから、ある意味相応しいメンツとも言えるか。
「じゃあ、行くわよ卓也くん」
「…ああ」
それに今のいのりは強い。
女神ありきではあるが、敵に後れを取る事はないだろう。
「では、屋敷の者に車を出させるから待っていてくれ」
「ありがとうございます。いのりのお父さん」
「娘を、頼んだぞ」
こうして俺といのりは、西田の本体がある場所へ向かうことにしたのだった。
________
「ここです。この建物の地下に私の本体がある気配がします」
「ここが…」
午前零時すぎ、千代田区某所。
南峯家の車で送ってもらった俺たちはそこから歩いて移動し、西田ナビに案内される事10分。
到着したのは、厚労省が管轄している研究施設だった。
敷地面積はグラウンドを除いた小学校ぐらいの広さで、正面の大きな門と高いフェンスが5階建ての建物をぐるりと囲んでいる。
今は就業時間外だからか、月明りと街灯以外に施設を照らす光は無かった。
まさか国の施設の地下がアジトだったなんて驚きだ。
これが何を意味するのかは、まだ分からないが。
「しかし、どうしたもんかな…」
侵入方法を考えながらとりあえず外周をぐるりとしてみる俺といのり。
こんな深夜に不審者感満載だが、いのりが居てくれたおかげで多少は薄れるから助かった。
そもそも人通りが少ないのだが、もし居たとしても『飲み終わって帰宅しなければいけないけれど、別れを惜しんで歩きながら駄弁っているカップル』くらいに見えてくれれば御の字だ。
俺と市ヶ谷だけならこうはいかなかったな。
それよりも、どうやって地下へ侵入しようかという問題だ。
扉を開けるという行為自体は俺の能力であれば比較的容易に行える。自動ドアだろうがシャッターだろうが、硬度を下げてやれば入る事はそう難しくない。
しかしこういった施設には必ずセキュリティが存在する。
地下への階段の場所も分からない状態で迂闊に侵入し、セキュリティが作動してSEC○Mなんかが駆けつけて来てしまったらアウトだ。
階段の場所はユニか琴夜に偵察してもらうとして、警備が来たら最悪さっき女神から聞いた『人の意識を操るテレパシー』で凌ぐか…
「ちょっと、卓也くん…!」
「ん?」
なるべく穏便に済ます手段(それでも不法侵入はするけど)を模索している俺を、いのりが呼ぶ。
「どうした…?」
「アレ見て、アレ…!」
「アレ…?」
指さす方向を見ると、フェンス越しに明かりが見える。どうやら照明が施設のある場所を照らしているようだ。
そしてもう少し集中して見てみると、そこにはなんと開きっぱなしのドアがあった。
「罠…よね?」
「罠…だな」
こんな研究施設で、開きっぱなしのドアがライトに照らされていいハズがない。
どう考えても敵の罠だ。
しかもよく見るとドアには何枚か張り紙がしてあり、『Welcome!』『Hello!』『Go To Basement』等とふざけたような内容が書かれていた。
「どうする?卓也くん…」
「…そうだな」
怪しさ全開ではあるが、チャンスなのもまた事実だ。
地下に行きたい俺たちと、地下に誘うようなあの張り紙。
仮に待ち伏せやトラップが仕掛けられていても、ユニやアフロディーテの力があれば問題は無いだろう。
最悪なのは全く関係ないところへ転送されてしまう事だが…。
うーん………
「…………よし、行くか!」
悩んだが、結局行くことにした。
こんな時間に正式な手順で入れる手段はないし、ユニたちならどんな罠も問題ないという自信があったからだ。
「分かったわ」
「センパイ!毒を食らわば皿までですよ!」
『あたしが守るから心配すんな!』
『私も…死者の気配であればすぐに分かりますから』
『ワタシは楽しく見させて貰うわ♪』
こうして、能力者二人と死者一人と上位存在三人で仲良く虎穴へと飛び込んでいく事に決めたのだった。
________
「誰も居ないわね…」
「ああ…。人の気配がしない」
『死者も、先程の西田さん以外は居ないようですね』
建物内部へと侵入した俺たちは、すぐに地下へ降りる階段を見つけ進んでいった。
降りた先には広いメインルームがひとつと、そこから小さい会議室のような部屋が何部屋かあるような、会社のオフィスのような作りをしていた。
ちなみに西田の本体は早々に見つかり、今は拘束してある。
自動操作されている様子はなく止まったままだったが、また尾張に乗っ取られないとも限らないから意識を戻すのは保留にしておいたのだ。
かといってこのまま晒しておいて誰かに消されても困るので、手足を重くして横たわらせておく。
どうか影で暴れ回りませんように…。
「んー…なにもないですねぇ。確かにここはネクロマンサーのアジトだったんですけど…」
「ふむ…」
西田の言うとおり、潜入したは良いがここには罠も手掛かりも何もなかった。
以前使われていたのは間違いないそうなのだが、今はあらゆる痕跡が消されており空きオフィスになっている。
つまり、ここを放棄してしまったということだ。
前は外から感知できなかった西田の本体も、今は感知出来ている。
一体敵陣営に何が起きているんだ…?
「前はパソコンを使っている男の人と、その上司っぽい人と、ネクロマンサーとその母親と呼ばれている人の四人は居たんですよ」
「ネクロマンサーと母親以外の二人はどんな見た目をしてた?」
「すみません、流石に顔までは…。虫に化けてコッソリ忍び込んでいたんで、正面には回り込めませんでした」
「いや、まあ無理もないか」
まだアジトとして機能していた時は、少なくとも尾張に協力者が二人いたのか。
まあ西田より先に蘇った死者という可能性もあるから、必ずしも外部協力者とは言い切れないけどな。
prrrrrr
「っ!」
アジトを散策していると、突然電話のコール音が鳴り響いた。
最初は自分かいのりの携帯かと思ったが、どうやら違うらしい。
「あの机の引き出しからみたいですよ」
俺たちが音の出どころを探していると、モモンガがあるデスクの前で止まり教えてくれる。
駆けつけて引き出しに手をかけてみると意外とアッサリ開き、中に一台のスマートフォンが置かれていた。
「怪しいですね」
「ああ…。泉気は纏っていないみたいだが」
「取ったらドカン、なんてことにならないわよね…」
それは嫌だ…。
でもこんな小さいスマホに搭載できる火薬なんてたかが知れている。
体を強化しておけばなんら問題ないハズだ。
「引き出しから持ち上げたら作動する仕掛けがあるかもしれないから、いのりと西田は少し離れたところで警戒していてくれ」
俺の指示にうなずくいのり。西田も静かにデスクから離れていく。
そして俺は恐る恐るスマホを持ち上げ、何も作動しない事を確認すると、鳴り続けているスマホの画面を操作し電話に出た。
『あぁ、やっと出てくれましたか』
スピーカーモードにした電話からは、聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
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