第222話 あゝ女神様

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」


 無言。

 いのりの家の客間にいる俺たち…厳密には南峯家の人たちは、言葉を失っていた。

 何故そんな状況になっているのかというと、それはお互いの情報交換をしたからに他ならない。

 そのあまりの内容に、絶句している。


 

 はじめに家の人たちには、俺がいのりからのSOSメールを受け市ヶ谷・稗田・守屋と急いで屋敷ここへ飛んできたことを説明した。

 実際は駆けつけた時には戦闘は既に終了しており、屋敷の傍らに立つ輝く髪のいのりに笑顔で手を振って出迎えられる事になった。

 一目見て普段のいのりでないことは明白だったが、まさか女神と融合しているとは思いもしなかったが…。


 そのまま女神に促され屋敷の中へと入った俺たちは、そこで愛・いのり父・母(騒ぎを聞いてあとから合流したとのこと)・世話係の黒木さんの四人に出迎えられ客間で話をすることになった。

 家の人たちが気になっているであろう、この深夜の騒動についてだ。


 まず話の前提である"能力"についての説明をいのり母と黒木さんにする必要があり、『能力者による襲撃の被害者』という事で代表して俺が説明をさせてもらった。

 後ほど特対にも説明した事を報告する。


 またそれに派生していのりといのり父から、5年前の能力発覚の事とそれによって生じた軋轢、そして俺が絡んで解決に至るまでの経緯を簡単に説明していた。タイミングとしては今をおいて他にないと思う。 

 だがペナルティがあるとはいえ母親・奥さん・雇用主いのり母に隠し事をしていたことに対する不満が出るかと思ったが、全ての話を聞き終わったいのり母が『大変だったわね、アナタ、いのり、そして愛』と言った時は、懐の深い人だなと感心してしまう。ちなみに黒木さんは少しだけ目頭を熱くさせていた。


 さらに俺も改めて礼を言われてしまい、少しだけむず痒かったのは内緒だ。



 次に俺たち四人の話をすることに。

 ネクロマンサーの正体がミリアム高等部2年の尾張という生徒である事。そして尾張と俺に個人的な因縁がある事を話した上で、ここに来る前にそれぞれミリアムと我が家が死者の襲撃を受け、それを退けたことを説明。その後我が家に集まったタイミングでいのりからのメールを受けたと伝えた。


 俺以外のメンツを見たいのり父は先日ミリアムで起きた失踪事件との関連に気が付き、そこについても少しだけ説明をする。

 報道されていない真の実行犯である米原まいばらを裏で操っていたのが尾張であり、ヤツとの因縁はその事件調査の際に生まれたと話した。(本当は特対でできた縁だが、そのあたりを1から説明するのは時間を要するので割愛した)



 そして最後に、いのりに起きた変化について…。

 彼女に宿った女神から直接話を聞いた。









 _______










「さて、ワタシのことね」


 いのりが軽く髪をかき上げると、黄金の美しい髪がふわっと舞う。

 そして―――


『体は返すわね。ありがと』

「あ…」


 いのりは元の黒い髪の状態に戻り、発していた気も収まった。

 代わりに彼女の頭上には見目麗しく神々しい女性が現れた。


『どーもー。女神やってます、アフロディーテでーす』

「軽…」


 あまりにフレンドリーな自己紹介に、思わずツッコむ。

 態度だけなら"陽気なお姉さん"という感じだが、その存在感と宙に浮く姿は普通の人間ではないことを示していた。

 しかも、この女神もミヨ様と同様のダイナマイトボディをお持ちのようで…。女神って言うのは大体こんななのか?


 …あまりこんなことを考えると、"例外"が殺しに来そうだから止めておこう。


「これ…は…」

「あらあら、まあまあ…」


 位相を下げて能力者ではない人にも見えるようにしているらしく、愛やいのりの両親や黒木さんはたまげている。

 いやまあ、普通に俺たち"能力者組"も驚いているけど…。いのり母や黒木さんなんかは特に驚いている事だろう。


『さて…どこから話そうかしらね…。出会いからでいいかしら』

「…私、いつから女神様がついていたのか、分からなかったわよ」

「そうなんだ」

『ワタシは強い"人の愛情"に惹かれる性質なんだけど、ひと月くらい前かしら…カレとそのコといのりの三人が公園に居たのよ』


 俺といのりと守屋を指さす女神。そのメンツは、米原と朽名の襲撃から撤退した時だ。

 旧部室棟で稗田がやられ、聖ミリアムから美鷹の公園まで守屋の鳥で飛んできたんだよな。丁度さっきみたいに。

 その時に居たのか。気付かなかったな。


『そこでいのりは、カレに対して…』

「あー!詳細は話さないでいいわよ!!」

『えー…仕方ないわねぇ』


 女神の言葉を遮るいのり。若干顔が赤い。

 確かにあの時のやり取りを第三者に再現されるのは俺も恥ずかしいが。


『まあ簡単に話すと、そこでいのりを気に入った私はコッソリ彼女の右目に住まわせてもらったのよ。ちょっとチクっとしたでしょ?』

「あー…確かにその時そんなことがあったかも…。でもまさか女神が…なんて思いもしなかったわ」

『カレの中のユニコーンちゃんには見られてたけどね』

「ユニコーンちゃん?」


 チーム黄泉以外の面々が突如出てきたワードに疑問符を浮かべている。

 同じ上位存在同士、認識していたのか。


『あれ、もしかして内緒だったかしら?ごめんなさいね』

「……いや、どのみちいつまでもってワケにはいかないからな…。"ユニ"、"琴夜"」

『おう』

『はい』


 俺の呼びかけに応じて二人が外に出てくれた。

 ツノの生えた小さな少女の姿をしたユニコーンと、黒い長髪で長身の女性の姿をした閻魔大王の娘。

 俺が宿している上位存在二人が全員に見えるように顕現し、傍らに立つ。

 南峯家の人たちの許容量をさらにオーバーさせちゃって、ごめんね。


「「「………!」」」

『あら、公園の時よりひとり増えてるじゃない。やるわねぇ伊達男』

「……えー、塚田荘の101号室と102号室に住んでる、女神に近しい存在のお二人です」

『霊獣ユニコーンだ。気軽にユニって呼んでくれ』

『黄泉の国から留学に来ました、椿琴夜です。どうぞよろしくお願いします』


 それぞれ挨拶をする二人。個性が出ていいと思う。

 琴夜に関してはノッて来たし。


『まあそんなワケで、ワタシたちは稀に人間に宿って、その力を貸す存在なのね。そして今回、私が気になったのがいのりアナタってワケ。オーケー?』














 ________










「…」

「…」

「…」

「…」

「…」


 そして最初に戻る。

 能力・上位存在・襲撃・ネクロマンサー黒幕などなど…

 教育委員会もビックリの詰め込み教育と実習に言葉を失う南峯家の面々。

 逆にチーム黄泉の三人はほとんどの内容を知っていたので、冷静に受け止めている。しいて言えばアフロディーテの辺りで少し驚いていたくらいか。


「へへ…イデデ!取れる取れる取れる!」


 アフロディーテを見て鼻の下を伸ばしていた稗田の耳を守屋が引っ張る。相変わらずだな…。

 そんな夫婦漫才を見て笑っていると…


「…ない」

「ん?」

「私聞いてない」


 少しの沈黙の後、いのりが何かを訴えてくる。が、要領を得ないので何を言いたいのか良く分からない。

 一体どうしたんだ?


「えっと…」

「卓也くんがそんな力を持っているなんて、私聞いて無いんだけど」

「あ、あー…言ってないね」

「相棒なのに!」


 おや?変ですねぇ。なんて…。


「そこにいる市ヶ谷たちには成り行きで知られているだけで、基本誰にも話してないからね…俺」

「…会長にも?」

「え?ああ、真里亜も知らないよ。知っているのは前に話した黄泉に行ったメンツだけ」

「ホント?」

「おう」

「他に隠し事してない?」

「あー…多分?」

「多分てなによ」

「えぇ…」


 何故か尋問されている俺。

 そして周りはクスクスと笑ったり、生暖かい目で見られている。



「ウォッホン!あー…塚田くん」

「あ、はい…」


 大きな咳払いのあと、いのり父が俺に話しかける。


「状況は概ね理解した。まだ消化しきれない部分が大いにあるが、今世間を騒がせているネクロマンサーが我が家を含め複数個所を攻めてきて、ウチはそれをたまたまいのりの中に居る女神様が助けてくれたという事だな」

『そうでーす♪』

「…ええ。彼女が居なかったらと思うとゾッとします。本当に助かりました。いのりも…ありがとな。流石は俺の相棒だ」

「卓也くん…」


失踪事件の時に交わした握手は今もまだ生きている。

相棒として、背中を預けると。彼女は守られるだけのお姫様じゃないということだ。



「それで、これからのことですが…。俺はこのままネクロマンサーのアジトに向かいます」

「アジトって…どこにあるか知っているのかい?塚田くん」

「ええ。この子が教えてくれます」

「キュキュー!」


 俺は肩に乗せている西田モモンガを撫でる。

 すると、なりきっている西田は可愛らしい鳴き声を発した。

 それで合っているかは不明だが。


「それは…人形じゃなかったのかい…?」

「ええ。流石にこんな可愛らしい人形を装備する趣味はありませんから…。この子は、ネクロマンサーによって甦らされた俺の元同僚の変身した姿です」

「え!?コレ、この前の女性なの?卓也くん」

「そうですよー」

「喋った!!?」


 またしても場が混沌とし始めている。


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