第221話 本当の使い方
「真実の…愛?」
『そ。愛の女神であるこの私が直々に、彼らには愛を、そして貴女には"伝え方"を教えてあげるわ♪』
とても楽しそうに語る女神アフロディーテ。
己が無力さを実感していた宿主に『力は持っている』と語るが、当然まだいのりにはその真意は分からない。
しかしそんなことはお構いなしに、マイペースに場を進める女神であった。
『というワケで、半分だけ貴女の体を借りるわよ』
「借り…体って、え?」
「おい、さっきから何をブツブツと喋っているんだ!俺の質問に答えろ!!」
(この人には神が見えていないの…?いや、私以外全員?)
『お邪魔しまーす♪』
「え、ちょ…!」
返事を待たずにいのりの体に飛び込む女神。
すると瞬く間にいのりの長い黒髪が、輝くブロンドへと色を変えた。
しかも比喩ではなく、本当に淡く光を放っている。完全融合(神様主体)を果たした証拠だ。
さらに体からは凄まじいほどの気が溢れており、能力者であれば一目で只者ではない事に気付ける状態になった。
「…なんだ、それは……!」
当然、男はいのりの変化に驚愕する。
人ならざる存在を間近で感じ、そして肌を刺すような気の放出に開いた目が、口が、塞がらないのだ。
「いのり…その姿は……」
「いのりお嬢様…」
気を視覚で認識する事の出来ない司と黒木も、長年一緒に居たいのりの変化には大層驚かされる。
特に、唯一この場で能力のことを知らない黒木にとっては、様々な出来事にとっくに脳の容量はオーバーしていた。
ちなみに女神は能力者では無い司達の為に、三人側と自分との間に防壁を張り、気に晒されないよう配慮を忘れていなかった。
「いのり様が…
「時間がかかって済まなかったわ…。まだこの変化に慣れてないのよ…」
現実離れした光景に逆に落ち着いていた愛からのフリをしっかり回収する、物知りな女神なのであった。
「さて、それじゃあ早速レッスンと行きましょうかね」
(レッスンって…)
「外の子たちもまとめて、ね」
そう言うと、女神は能力を発動させる。勿論それはいのりの"テレパシー能力"だ。
ただしいつもの通信ではなく、もっと別の効果が現れた。
「…」
(…あの男、一体どこに?)
死者の男は先ほどいのりたちから距離を取った時と同様、静かにどこかへ歩き出した。
その行動に女神以外の四人が疑問符を浮かべていると、解説してくれる。
「彼は、"自分の意思"で外に出ることにしたのよ」
(自分の意思…?)
「正確には"外に出る"という意思を直接脳に飛ばしたの。テレパシーでね」
(そんなことが…)
意思を飛ばすという、これまで想像もしなかった能力の使い方に驚くいのり。
あくまでも補助くらいにしかならないと思っていただけに、そのアイデアは目から鱗なのであった。
「さて、外に行きましょうかね…。三人はここで待っていて頂戴」
「しかし…、外にはヤツの仲間が…!」
「ヘーキヘーキ♪
戦闘のできない三人に待機を命じた女神は、男の後に続き屋敷の外へと出ていく。
そして男の仲間が待機している玄関前広場にやってきた。
「隊長…話は終わり―――」
「また俺を操ったのか!」
「アラ怖い。そんなんだとモテないわよ?」
全部で十人の死者を前にして、余裕な態度の女神。
自身の能力が戦闘向きではないと思っているいのりは、その様子を俯瞰で見ながら内心ハラハラしていた。
「ちっ…テレパシー能力ってのはガセだったのか…クソっ!」
「ふふ…テレパシーがただの電話の代わりだと思っているのなら、それは大間違いよ」
「なに…?」
「えい!」
女神がこの場にそぐわない可愛らしい掛け声とともにウィンクをする。
直後、隊長と呼ばれる男以外の死者が―――
「ああああぁアぁあアアアアアアァああァあァア!!」
「がああああああアああアァあああ!!」
「あ…あ…あ…!!!」
皆、頭を押さえながら苦しみだした。
「! 一体どうしたんだお前ら!!」
突然の出来事に男は動揺する。
しかし声をかけたり揺すったりしても隊員たちはずっと叫び続け、やがて意識が切れたかのように倒れてしまった。
その後、隊長以外の者たちは黒い霧となって消失する。これは生きている人間にしたら"死"を意味する現象であった。
「………お前は一体、何をした?」
「敵に能力のネタバラシをするおバカさんは居ないわ。でもレッスンだから喋っちゃう♪さっきの子たちには、愛のメッセージを
「愛の…」
(メッセージ?)
教えると言う割にはどこか回りくどい言い回しに、いのりも敵も内容を把握しきれない様子だ。
すると女神はノリノリで続けた。
「そ。愛の言葉を、人間の脳が処理しきれない量で送りつけたのよ。テレパシーでね♪当然そんなことをされた人間は廃人になっちゃうってことなの。あ、廃人って、別に松尾芭蕉になるって意味じゃないわよ?」
えげつない行為を楽しげに語る女神。余計なジョークまで交えて…。
「どうやら死者にそれをすると消えちゃうみたいねー」
(…すごい。そんな使い方、今まで考えたこともなかった……)
「どんな能力も使い方次第ってこと。テレパシーは"脳に干渉する"能力だから、それを利用して攻撃や操作なんかができちゃうワケ。色々とね」
実演して見せたのは女神の能力ではなく、あくまでいのりの能力の範疇であった。
何の力もないと思われていたものが考え方を変えただけでこんなにも鋭い牙となる事を、いのりに伝えたかったのだ。
「まあ、これまでは能力を遠ざけて、関わらないように生きてきたんだから良かったのよ。でも、これからは
(……ありがとう)
「ふふ。どういたしまして」
懐深い神の配慮に頭が下がるいのり。
ちょっとお茶目だが、風格が既に見え隠れしているようである。
(それで、そもそも貴女は誰なの…?)
「うん。でもその説明の前に、まずは彼を退けないとね…」
会話をしながらも目の前の死者をちゃんと警戒していた女神は、最後の襲撃者となった男を消すべく構える。
笑顔だが、絶対に生きては帰さないスゴ味があった。
「…まさか、失敗するとはな……。たかがテレパシーと侮った」
観念したのか、すっかり戦う気を失った男が諦めの言葉を吐く。
「そういうアナタは"物体透過"だったかしら?そんな便利な能力があれば、コッソリ屋敷に侵入して、サクッと誘拐することだってできたのにねぇ。それをあんな大勢を引き連れて、舐めてかかるからこんなことになるのよ」
「…そうか。そうだな……。確かに俺の能力は、猿山のテッペンで振り回すような代物じゃなかったな。こんな単純なことに、どうして気付けなかったんだろうな」
「さあね。ネクロマンサーとやらにノセられたんでしょ」
「………いや。むしろノセてきたのは…」
「…?」
「まあいい。やるならさっさとやるといい」
「そ。じゃ遠慮なく」
何かを言いかけた男だが、結局話すことなく引導を渡すよう促してきた。
女神も、別段興味もない様子でアッサリと先程の攻撃を食らわせ死者の男を始末したのだった。
屋敷から漏れる明かりに照らされながら、黒い霧が暗い夜空へと消えていく。
そして玄関前に残されたのは、眩い光を放ついのり(女神)だけとなった。
「さて、じゃ一旦体を返すわね。そしたら説明をしたげるわ」
(え、ええ。お願い―――)
屋敷に戻りイチから経緯を説明しようと女神が歩き出したその時。
「いのり!!」
屋敷の空から、卓也がいのりの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
(卓也くん!)
「あらら、白馬ならぬ鳥に乗った王子様ね。ま、丁度いいわ。まとめて説明しましょう」
こうして、襲撃を無事切り抜けたいのりは、卓也と無事合流することができたのだった。
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