第217話 ずっと覚えてますから
特対本部では、大勢の職員と死者が戦っていた。
両陣営の代表である駒込と朽名から広がった戦火はあっという間に全員に燃え広がり、あちこちで炎や光線、銃弾が飛び交う戦場となった。
そして代表同士の戦いもまた、苛烈を極めている。
「っ…!見えている爆弾など…!」
「はァっ!!」
朽名の透明な爆弾は駒込の能力により早々に晒される。
しかし朽名もそんなことは承知の上で戦っていた。
爆弾と細かい瞬間移動から繰り出す体術で駒込を翻弄する。
対する駒込も、見えない武器と鍛えた体術で互角の戦いを繰り広げていた。
「ふっ…僕が見えない爆弾による不意打ちだけで能力者と渡り合ってきたと―――」
「思っていませんよ。貴方に指導を受けて、貴方の戦いを近くで見てきた私が、そんな見くびりをするワケがないでしょう…!」
「そうかい…」
「はぁ!」
駒込は急接近し見えない泉気ソードで朽名に斬りかかる。
刀身の長さをある程度変える事の出来るこの魔導具の特性を理解している朽名は、決して斬撃の延長線上に入るような避け方はせずに2度3度と攻撃を躱した。
本来であれば斬撃直後に蹴りの一発でも入れたい朽名であったが、その隙を一切見せない駒込に厄介さと成長を感じるのであった。
その後も泉気の刃が空を斬る音が鳴り響き、二人は一定の距離を取る。
「この前の様にはいかないよ」
「そのようですね」
戦場には敵味方がひしめき合っているため、誤射を恐れた駒込は先日使用した見えない武器による狙撃ができなかった。
それどころか手持ちの銃さえまともに使うことができないでいた。
また、本部ビルの所々には狙撃班が待機しており、死者の頭を撃ち抜かんとスコープを覗いている。
が、トリガーにかかった指を動かすことが出来なかった。
それは先ほどある職員が撃った一発の銃弾が死者の体にぶつかる直前に反射し、負傷してしまうという一幕があったからである。
誰かしらの死者の能力による効果。
それが分かっているので、職員は迂闊に援護射撃ができなかった。
ここは特対本部で、死者からしたら完全なアウェー。
すぐにでも取り囲まれて各個撃破されていてもおかしくはない。
しかしそうならずに粘っていられるのは、上手い事能力を使って相手を攻めづらくさせているからである。
特対本部からの離脱という一縷の望みにかけて、みな全力を尽くしていた
「ぐわぁ!」
「くっ…!ああああ!!」
とはいえ死者たちが劣勢であることに変わりはなく、特対の猛攻にひとり、またひとりと霧散していく。
そしてその様子は1対1で向き合っている二人の視界にも映っていたのであった。
「…もう勝ち目はありません。大人しく投降してください」
「…投降してどうなる?僕たちにはもう主の作る世界が全てだというのに」
「そんなモノは実現しません。貴方がたのやったことは、いたずらに世間を混乱に陥れただけの愚かな行為です。そんな愚行に先輩ともあろう者が―――」
「君には分からないさ。僕の気持ちなんてね…」
「……確かに、死んだことのない私には先輩の未練なんて―――」
「!
「!?」
初めて見せる朽名の怒りの声に驚く駒込。
怒りのまま、朽名は言葉を続ける。
「僕のように親に捨てられた能力者はピースで偏向的な教育を受け、組織に言われるがままに戦い、そして死ぬ。能力者としてどんなに立派に務めを果たしても、それが世間に認められることもない。結婚していなければ、死を悼んでくれる家族もいない。そんな人生に、一体なんの意味があるんだ!」
「それは…」
朽名は蘇り、改めて振り返ったことで、己の人生が無為だったことに気付かされた。
自分が5年前に任務で殉職した記録はネットの海のどこにも見当たらず、ただ特対の書架にひっそりと収められるのみ。
尾張が世間に訴えるために蘇らせた多くの死者と違い、悲しんでくれる人も同情してくれる人も皆無である。
死者と能力が認められる世界で名を上げなければ、自分は何者でもない。未だスタート地点にも立てていない。
スタート地点がどこかも、分かっていないのだ。
「君も他人事じゃないぞ…瓜生。君だって、僕と一緒だ。ここで死ねば君の努力は…成果は…特対というデカい存在の影に溶けて、忘れられてしまう。それを知れば望むだろう…!能力と死者が認められる世界をな……!」
朽名が初めてぶつけた、やり場のない憤り。
死者たちと一緒に過ごしていても、共感を得ることが難しいであろうピース卒業生特有の立場。
先程彼自身が言っていたように、生きているうちはピースの教育により与えられたある種の使命感と仲間のいる環境で表に出てこない感情。
それが死者として"蘇ってしまった"事で、頭をもたげてしまった。
また、卓也の用意した【ありがとうネクロマンサー】の動画内で語られた、友人や家族と時間を共有できない苦しみ。
その苦しみが自分には無いことに気付き、自分が空洞であることを分からされたのだった。
「…」
朽名の吐露を聞き、深く考え込む駒込。
戦場のど真ん中で、駒込はまるで二人しか居ないと錯覚してしまうほど静かな感覚であった。
そして少しして、自分の考えをまとめて話し出す。
「……確かに朽名さんの言うとおり、私が今日ここで死んでしまったら、残るのは少しのお墓のスペースと、事務的な記録だけかもしれません。何人かの同僚が、しばらく覚えていてくれたらいいなとは思いますが、その人もいつ殉職してしまうか分かりません…」
「そうだろう!必死に国のため国民のために尽くしても、最期はそんな悲しいことに―――」
「でも!貴方は違いますよ、朽名さん」
「…なに?」
自分と同じだと語る朽名に対して、貴方は違うと話す駒込。
その論調があまりにも妙で、どういうことかと思わず聞き返していた。
「"僕が"違う?何が違うというんだ?」
「私が生きている限り、貴方の事は忘れないということですよ」
「…何をワケの分からない事を………」
反論にならぬ反論に、思わず嘲笑する朽名。
しかし瞬間、駒込のある日課を思い出し、言葉が切れる。
「…………まさか、君はまだ……」
「ええ。人数が多すぎて、ほぼ365日毎日になってしまいましたが」
「…この5年間も、ずっと…なのか?」
「そうです」
信じられないような目で駒込を見る朽名。
またしても彼には珍しく、目を大きく見開き動揺している様子だ。
だが思わずそのようなリアクションになるのも無理はなかった。
駒込の日課とは、先輩や同期、後輩など自分と関わった全ての"殉職した職員の墓参り"だった。
仕事終わりに本部内の共同墓地へ行き少しだけお祈りをする。こんなちょっとした行為を、この5年間来る日も来る日も続けていた。
朽名が生きている内から始めていたので、実に6年は繰り返している。
「
「…」
朽名が抱く感情は、駒込も当然のように持ち合わせていた。
その上で彼は歳を重ね忙しくなる中でも、亡くなった職員のために行動を起こしているのである。
「それに、朽名さんが残した戦術や能力のデータは、私が個人的に後輩に伝えていますから」
そう言って駒込は、鼻の下に人差し指を横にしてあてる。
これは朽名が個人的に能力の勉強会を開いた際などに見せる、行き詰まった時にペンを鼻と口の間に挟むクセを表していた。
「……………ふ。懐かしいな……」
「ふふ…。万年筆でやりかけた時は肝を冷やしましたよ」
「あったな……そんなこと。よくそんなの覚えているな」
「忘れませんよ。大切な思い出ですから」
気付けば二人して笑い合っていた。
ここが戦場ではなくかつてのミーティングルームであると錯覚してしまうくらい、穏やかな空気が流れていた。
朽名には最早敵意は微塵もなく、何かしらの答えを得たような、そんな満足げな顔をしていた。
そんな朽名の体を特対職員の光線が貫いたのは、二人が笑い合った直後のことである。
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