第215話 二度目の対峙
死者による聖ミリアム襲撃と時を同じくして、特対本部にも死者が大挙していた。
数にしておよそ30体。
その内訳は、攻撃系能力を持つ完醒者や武術に優れた開泉者、銃火器の扱いに長けた者に実体化した武器を持たせたりとバラエティに富んでいる。
彼らは車で本部近くまで移動すると、正門を乗り越え一気に敷地内へと入っていく。
門を越えると大きな駐車スペースがあるだけで大変見通しが良く、本丸の様子がまるわかりとなっていた。
"情報通り"警戒のけの字も見当たらない様子だ。
そして死者たちの先頭を行くのは特対元職員の朽名である。
彼にとっては勝手知ったる古巣への潜入ということで、今回の襲撃部隊のリーダーを任されたのだった。
だが彼は、今のこの状況に"ある違和感"を覚えていた。
まず門や詰め所に誰も人が居ない事。
普段であれば24時間交代で誰かしらが立っており、外部からの来客や敵襲に真っ先に対応する役目を担う人間が今日はひとりも居なかった。
次に駐車スペースに1台も車が停まっていない事。
特対はその性質上頻繁に来客があるような組織ではないが、それでも日中は食材や消耗品などの出入り業者が駐車したり、夜も住み込みで無い職員が業務上止むを得ず宿泊したりなどで個人の車が駐車されている。にも関わらず、今は1台も停まっていなかった。
ネクロマンサー事件で大忙しなのに?誰も宿泊していない?誰も見張りをしていない?
そんなおかしな状況に疑問符を浮かべていると―――
「…やはりか」
朽名の悪い予感は的中してしまう。
もう少しで特対奇襲部隊が本部ビルに到達するというタイミングで、入り口から大勢の職員が出てきたのだった。
そして同時に、敷地内に結界が"再展開"されたことも感じる。
(おかしい…主の協力者の話では、特対本部の結界を解除しておくからその隙に奇襲をかけるという手筈だったハズ…。しかも、これではまるで…待ち伏せ……?)
協力者の作戦が失敗したのか、はたまた最初から自分たちはハメられていたのか、それとも予期せぬ何かが起きているのか。
朽名の脳内に様々な可能性が走るが、答えを確認する術は無い。
結界内では電子機器や能力での通信が不可能であり、
ただ確実に言えるのは、自分たちが窮地に追いやられているという事だった。
「そこまでだ!武器を捨てておとなしくしろ!!」
この迎撃部隊の指揮をとっていると思われる駒込が声を上げている。
その横には大月もおり、朽名はこの迎撃部隊が現"鬼島派"で構成されている事に気が付いた。
「どうするんですか!?リーダー」
「何で僕らの作戦がバレてるんですか?!」
「逃げましょうよ!」
朽名が引き連れていた死者たちも、この状況にかなり焦りを感じている。
やがてその焦りは部隊全員に伝播し、連携が崩れようとしていたのだった。
「…」
それを見た朽名は腹をくくり、なんと被っていた覆面を取るという行動に出たのだった。
以前までの獅子の面ではない、黒のマスクを外し、その素顔を特対の前で晒す。
「ちょ!リーダー?」
「…アナタでしたか、朽名さん」
「やあ、久しぶりだね。と言っても、この前ほどじゃないか」
聖ミリアム以来2度目の対峙。
だが朽名は駒込との思い出話よりも先に、自分の引き連れている部隊に声をかける。
「いいかみんな。どうやら僕たちはまんまとしてやられたようだ。残念ながら、引き返す道は…ない」
いつもは飄々とした話し方の朽名が、彼にしてはとてもシリアスな口調で非情な現実を隊員に告げる。
するとメンバーからは落胆の声や息が聞こえてきた。
それでもなお、僅かな可能性を掴み取るために彼は鼓舞するよう言葉を紡いだ。
「僕たちが助かる道は、目の前の敵を倒し、結界を解除して脱出する他ない。無理だと思う者も居るだろうが、考えてくれ。僕たちにはもう失う物は何もない…いや、何も持っていないんだ。これから、権利も、自由も、尊厳も、生活も、勝って…!掴まなければならない!」
「「…」」
「だからまず、武器を取って、一緒に戦ってくれ。僕たちはもう、1回諦めただろう?本来有り得ぬコンティニューの機会が巡って来たんだ。是非とも生かそうじゃないか」
「リーダー…」
全員が死者だからこそ、朽名の言葉に共感できた。
理不尽な死、非常な死、無力な死。それらの前に、彼らは一度諦めた…いや諦めざるを得なかった。
しかし、尾張によって理外のチャンスが巡って来た。
そのチャンスを前に簡単に諦めるなと発破をかける。そしてその言葉に火が付く隊員たちであった。
「どうしても投降はしないんですね、朽名さん」
「もちろんさ。僕らはとっくに死ぬ覚悟はできている」
かつての先輩後輩が、今は立場の違う敵同士の長として対峙する。
生前の先輩とも、聖ミリアムの時の先輩とも違う顔に、駒込は一層気を引き締めた。
そして―――
「行くぞ、みんな!!」
「総員、対能力・対武装陣形!油断するな!」
戦いの火蓋が切られた。
________
さらに時を同じくして、塚田家
(卓也さん、門の外に死者の気配が)
(…何人いる?)
(十人ほどです)
(分かった…門の内側までは入れてやってくれ)
卓也はテレビの電源を切ると、少し準備してからやって来た
玄関から一歩踏み出すと、街灯と月明りに照らされた年齢も性別もバラバラの十人の死者が、広い庭に立っているのが確認できた。
さらにその中には、西田さくらの姿もあった。
「よう西田。随分と今日は友達が多いな」
「…」
卓也がいつもの調子で話しかけるも、彼女からの返事はない。
ただ黙って、卓也を視界にとらえている。
「…そっか。もうそこには居ないんだな……」
先日西田自身が危惧していた尾張による"意識のはく奪"。
今の西田はその予感通り、心無き自動人形へと成り果ててしまっているようだった。
「ここを攻撃しに来たって事は、大分余裕が無いみたいだな。もうちょっと粘るかと思ったけど、予想よりもヤワなメンタルだったか」
あえて挑発するような態度を見せる卓也だったが、誰一人反応することは無く、独り言で終わってしまう。
自棄になった以外の可能性も頭の片隅に置きつつ、対話ではなく戦闘をしに来たであろう気を放つ死者に合わせ、臨戦態勢に入る卓也であった。
(ユニ、建物と外周に結界頑丈に頼むな)
(任せておけ!)
(サンキュー)
思い切り戦えるよう準備を終えた卓也は、目の前の死者に立ち向かうのだった。
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