第214話 生徒たちの成長

 木曜日 23:00 聖ミリアム学園

 決起集会翌週の平日の夜。

 寮生の多くが就寝するか、起きている生徒も明日の課題や予習を間もなく終わらせ就寝準備に入ろうとしている中、"高等部寮の屋上"では数人の生徒が体から泉気や沼気を迸らせていた。


「正門に四人と…裏門に三人ですね。他にもまだ潜んでいるかもですが」


 片目を手で塞いだ守屋が他の生徒たちに状況を知らせる。

 失踪事件以降日課としていた聖ミリアムの上空からの監視の最中、彼女の"鳥"が死者と思しき怪しい集団を発見し、急いでチーム黄泉の連中を呼び出したのだ。

 彼女は鳥が見ている景色を見ることが出来る他、泉気や体温感知などの特殊効果も付与することが出来る。それによりこの日人間ではなく不審な死者が近付いてくる様子を発見できたというワケであった。


 ちなみに監視は鳥が自動オートで行い、予め設定しておいたものを発見した時だけ知らせるという状態になっている。

 なので、何事も無ければ彼女の安眠が妨げられることは基本的にはない。


「りょうかーい。同時に何射までいけるんでしたっけ?市ヶ谷先輩」

「今は3つが限界だな、八丁」

「じゃあまずは裏門からですねー。お願いしまーす」

「……【アリオト】!!」


 市ヶ谷が念じると、ただの宝玉だったものが沼気を放ちながら弓へと姿を変える。

 スミさん作の沼弓アリオト。その開放を間近で見ていた八丁と守屋は思わず後ずさった。


「本当に大丈夫なんでしょうね?ソレ…」

「ああ。塚田さんから貰ったこの【超気吸花ちょうききゅうか】があれば問題ない。でも触る時は手袋をしてくれな」

「うぅ…」


 市ヶ谷の近くに置いてある鉢植えを見て、まだ少しだけ疑わしい目で見る八丁。

 ちなみに超気吸花とは、卓也(というか琴夜)が市ヶ谷に渡した"黄泉の国に自生する花"のことで、大気中の沼気を吸収し実にため込む性質を持つ。またその実は食べる事で沼気回復効果もあるため、いざという時の沼気のストックとしても使える。


 以前市ヶ谷が『分かっていた事だが、周りに人や動物がいると武器練習も満足にできない』と卓也にこぼしたところ、それを聞いた琴夜が卓也経由でプレゼントしたのだ。

 これにより市ヶ谷はある程度体や武器から沼気を放出しても、周りにその毒性が及ぶことは無くなった。


「さぁ、行くぞ」

「はい…」


 市ヶ谷が高等部寮の屋上の端に立ち、右手で弓を持ち左手で弦を引く。すると三本の沼気の矢が現れ、発射の時を今か今かと待ち侘びていた。

 そして八丁は市ヶ谷の近くに立つと、その手で矢に触れながら裏門の方を見る。もちろん不審者の居る位置までは結構な距離がある上様々な遮蔽物があるので、肉眼では到底見る事は出来ない。


 そこで守屋の"鳥の視界"を共有してもらいながら、能力を発動した。


(【絶対命中の愛ラブアローシュート】…!)


 すると、三本の矢じりから"光の道"のようなものが伸び、やがて裏門にいる三人の死者それぞれの頭部と繋がった。

 この道は術者である八丁と矢を手に持つ市ヶ谷しか見えていない。


「行けます、市ヶ谷先輩。これなら先輩の下手くそな弓でも必中ですよ」

「オーケイ…!つか下手くそは余計だ。事実だけど」


 八丁の【絶対命中の愛】は、彼女が手で触れた物から"軌道線"を伸ばし対象ターゲットに付ける事で、手で触れた物を投げたり射出した際軌道線通りの動きで対象に飛ばすことが出来る能力である。

 軌道線の長さは最大1kmで、真っすぐ以外にも曲げたり放物線だったリ螺旋のように伸ばすことができ、目視でくっ付けた対象に好きな軌道で設定することが可能だ。


 ただし線の長さは1kmだが飛距離は発射エネルギーによるので、野球の硬球を線を付けた1km先の対象に手で投げて当てることは不可能である。その場合は線の途中でポロっと落ちてしまう。

 また、その軌道に発射した物体を乗せるためには、線の先50cmのところにある"チェックポイント"に必ず通す必要がある。

 例えば線とは真逆の方向に物体を投げたり、いきなり螺旋から始まっているような軌道線は乗せることが出来ず能力は不発に終わる。


 術者である八丁曰く、『学生の身分だと体育のバスケやサッカーくらいしか使えないわね。あとゴミ箱に投げる時くらいかな』とのことである。



「………せいっ!!」


 掛け声とともに市ヶ谷が放った矢は空高く打ち上がり、チェックポイントを無事通過するとそのまま大きな放物線を描くようにして死者の元へと飛んでいった。

 そして―――


「…対象の消滅を確認」


 頭部を矢で貫かれた死者三名が消滅した事を確認した守屋は、そのことを皆に報告する。

 敵は対象にされている事も自分たちの存在が気付かれている事も分からない内に始末される。実に見事な早業であった。


「じゃあ次は正門の四体を…」

「あ、もう稗田くん達が攻撃してます」

「ありゃりゃ、早いねー。でもま、初見殺しコンボなら…」


 守屋と八丁が呑気に会話していると、すぐに二人の予想通りの事態が起きる。


「正門の四体も消滅しました…」

「ホラね」


 稗田の【ノーサイドゲーム】発動下で、高等部1年:小川愛華の能力【鮮度抜群の檻カプセルジェイル】で閉じ込めた敵を、中等部3年:岩城丈の【砂の狙撃手スナスナイパー】で中から攻撃するという連携であっという間に行動不能に。

 そして動けなくなったところを岩城がトドメをさした…。こちらも見事な早業だ。


 この状況は様々な要素が重なって出来た結果である。


 尾張が彼らの能力を死者に共有しなかった事。

 死者が彼らを中高生だと完全に侮っていた事。

 事件後のチーム黄泉がとても逞しくなっていた事。

 これらの要素が『尾張の刺客瞬殺』という結果を導いたのだ。



『あー、萌絵?見てたと思うけど、こっちは片づけたから。今から寮に向か―――』

「いや、今から塚田さんの家に行こう」


 稗田と守屋の通話に、市ヶ谷が割って入る。

 そして皆に提案したのは、この遅い時間に卓也の家へ向かうという事であった。


『どうしてまた?そんな…』

「尾張の使いが雑に攻めてきたということは、恐らくヤツの心境に大きな変化があったと思うんだ。いや、この前撮影した動画が"かなり効いてる"と思う」

「あー、そうかもですね」


 八丁が相槌を打ち、みなが静かに聞いている。話の続きを気にしているのだ。


「これは勘だけど、この事件について大きな転機が訪れようとしているんじゃないかという気がするんだ。だから一旦塚田さんと合流して動こうと思うんだけど、どうかな…?」

「というか、塚田さんのおうちにも刺客が行っているのでは?」


 守屋が思った事を口にする。


「!? そうだ、塚田さんが危な―――くはないか。でも塚田さんが自宅から移動する前に、皆で行こう!」


 市ヶ谷のこの予感に、他のメンバーも近しい思いを感じたのか、提案に乗り皆で卓也の家へと向かうことに決めたのだった。

 移動手段は、守屋の鳥で、上空からコッソリと…。


 チーム黄泉:聖ミリアムの防衛戦

 完全勝利


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