第213話 契約不成立

『……』


 時間は、【お願いネクロマンサー】の動画が投稿された直後にさかのぼる。

 とある廃倉庫で尾張の戦闘部隊と一緒に待機していた清野は、スマホでくだんの動画を見ていた。

 そして全て見終わると、おもむろに立ち上がり同じく待機している戦闘部隊のひとりに話しかける。


「おい」

「…あ?何だよ急に」

「お前じゃねえ。尾張に話しかけてんだよ。聞こえているなら出て来い」

「ワケの分からない事を―――」


 しかし直後、話し掛けた死者の意識は途切れ、"その奥"にいる目当ての人物の意識が出てきた。


「―――どうかしたのかい?清野さん」

「尾張…お前、イエス・キリストを蘇らせることはできるか?」

「藪から棒だね…。流石にできないよ、昔過ぎてね。もしそんなことが出来るのなら、キリシタンは大騒ぎに…」

「じゃあ、14年前に死んだ俺の母親は甦らせることが出来るか?」

「…それは、一定の成果をあげてからだと」

「やるやらないの話じゃねえ。出来るかどうかを聞いているんだ」

「それは…」


 終始威圧的な態度の清野だが、核心をつく問いかけに押し黙ってしまう尾張。

 そして、なんとか捻りだした返しも…


「…それも、報酬ということで理解してほしい」

「……」


 その返しは悪手で、清野の全身からは凄まじい殺気が放たれた。

 周りの死者も何事かと集まり、全員が二人の会話に耳を傾ける。


「…申し訳ない。試してみたが、10年以上前の人間の魂は呼び寄せることが出来なかった。君の母も、無理だった」

「……………チッ。お前の"ごっこ遊び"に付き合って損したぜ…」


 尾張が素直に謝罪をすると、清野は悪態をついた。

 そして、次の瞬間―――


「ぐあっ!」

「うお!」

「がっ…!」


 尾張の人格が宿っている死者以外が全員、清野によって細切れにされ消滅した。

 清野が作り出した水のカッターは凄まじいスピードと切れ味で死者の体を切り裂いていった。

 やられた者たちは言葉を発する暇もなく、あっという間の出来事である。


「何を…」

「契約はお前の違反という形で不成立だ。違約金はテメェの命で支払え」

「くっ…!」


 清野の言うことはもっともで、二人は清野母を蘇らせるという条件で結んだ協力関係である。


 が、そもそも清野は適当な理由をつけていい加減な仕事をし、母が復活した時点で裏切る気でいた。

 なのでお互い様といえばお互い様なのだが、それでも契約の前提が崩れてしまったことは彼の逆鱗に触れてしまった。


「あーあ…ガキの人形遊びに付き合って時間を無駄にした……」

「人形遊び…だと…」

「ああそうだ。お前は死者が普通に暮らせる世界だとか言って、計画に使える人間や邪魔な人間を殺してきたよな。これまで」

「………」

「どうせ成就したあとに蘇らせて、ハイおしまいとでも思ってるんだろう?俺からしたら、人の大事にしてるモンを勝手に売って、同じ金額渡したから許せって言ってるようなモンだ」

「それは…」

「冗談じゃねぇぞクソガキ。そこにあった思いはどうなる?動いて話せて記憶がありゃそれでいいってか。いつでもお前の意思で操れるのにな。これが人形遊びじゃなくて何だ?」


 怒りをぶつける清野。

 自分が理不尽な死を経験していて、それを他人にもやって、それで『理不尽なき世界』を謳っていることが、清野からしたら滑稽すぎて吐き気すら感じるほどだった。

 ダメ警官に言われたくはないが…


「お前は良いことをしているつもりかもしれねえがな。一度でも能力で人を殺したヤツはな…」


 清野は尾張に、自分の変わらぬ信条をぶつける。


「ただのイカれた化物なんだよ」

「…………」


 何も言わない尾張。

 細かい表情までは死者とリンクしないので、この沈黙の意味するところが絶句なのか熟考なのかそれとも別のなにかなのか、一見すると不明であった。


 しかし、もはや清野には尾張の心情など関係なく、ただ己が信条に従って目の前の化物を狩るのみである。


「―――!」


 音もなく、先程まで周りにいた死者と同様、尾張の人格が乗った死者を細切れにする清野。

 これは言うまでもなく、尾張に対する宣戦布告であった。













 ________














「彼の様子はどうだ?」

「ボス」


 とあるアジトで、尾張の協力者二人が話をしている。

 もちろん"彼"とは、尾張悠人その人の事である。


「ようやく落ち着いて、今眠っています。彼のお母さんが看病してくれてたんで助かったっすね」

「そうか」


 情報担当の男が尾張の状態を話し、ひとまず危機を脱した事に安心したもうひとりの男であった。

 というのも、尾張は卓也の用意した動画を見て、過去の映像がフラッシュバックし体調を崩してしまったのだ。

 一時は吐き気が収まらず、治療系能力ではなく精神系能力を用意しなければならないほどまで追いつめられてしまった。

 母親の献身的な看病をもって、なんとかご飯を食べられるほどまでに回復したというワケである。


「大変だったが、良かったな。誰かさんの見せた動画のせいで…」

「ちょ…!だって仕方ないじゃないっすか。てっきり彼の手下が作らせたもんだとばかり…」

「……そうだな。まさか彼を攻撃する意図がある動画が仕込まれているとはな…」

「ええ。しかも、その3つの動画に関して言えば、最後に"例のお願い"を見るよう時間を若干ずらして、再生数と時刻のコントロールまでしてますよ」


 卓也の動画は3つとも、情報担当の男が尾張に見せていた。

 本人も言うように見せたこと自体に悪気は無く、またネクロマンサーのワードで検索した時にその3つは上から『権田の配信』→『死者たちの感謝の動画』→『尾張母の事故再現VTR』の順番に並びやすくなるよう調整されていた。

 これらは廿六木の助言で行われた微調整である。


 再現VTRから見ても威力は充分あったが、そこで動画視聴を中断してしまった場合に他の2つのメッセージが届き切らない場合があった。

 それを相談したところ、投稿にひと工夫が加えられたのだ。


「それにしても、特対も本気っすよね」

「ん?どういうことだ?」

「だって、田武さん、動画内で彼の本名喋ってるじゃないですか。あれって特対の人が手引きして言わせてるっすよね」

「確かにな…」

「そりゃ先に能力者のことを世間にバラさせたのは尾張くんっすけど、意趣返しみたいなことするんだなって思いましたね」

「…」


 特対があっさり尾張の本名を公開させるという戦略を取った事に少し違和感を覚える男。

 そして少し考えた後、自分の考えを情報担当の男に伝える。


「なあ、これって本当に特対がやったことなのか?」

「ん?どういうことっすか?」

「いや、なんとなくなんだが…少し特対の戦略っぽくない気がしてな」

「うーん…確かにそれはまあ…そうっすけど。尾張くんはかなり本部で恨みを買うような事をしてたみたいですから、堪忍袋の緒が切れたんじゃないっすか?」

「…」

「え、じゃあ特対じゃないとして、我々は一体誰に攻められてるんですか?」

「それは…」


 その先の言葉が出てこない男。

 尾張母の見た目や本名など、使用している情報は警察のものである。

 しかし毛色が違っている。

 その事には情報担当の男も何となく理解しているが、代わりが出てこない。

 パズルの欠けている穴にハマるピースが見つからないのだ。


「…そろそろ上から撤退命令が出るかもな」

「…もうっすか?」

「多分な。準備だけしておいてくれ」

「ウス…」


 二人は答えらしき物が得られないまま、この日の話し合いが打ち切られた。


 そしてその少し後、尾張は自身の戦闘要員を使い襲撃作戦をする準備を始めたのだった。

 諦めによる自棄からか、それとも戦略による行動なのか。

 誰にも分らない。



 襲撃場所は特対本部・聖ミリアム学園・塚田家・南峯家の4か所であった。


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