第212話 決起集会のゆくえ

 決起集会が開催された土曜日

 結果から話すと、革命の狼煙のろしは上がらなかった。

 まずそもそも革命家たちの旗振り役をすべき存在である、尾張が不在であった事が大きい。


 しかしそれも、分かっていた事ではある。

 尾張は特対に正体がバレたと判断すると、今日まで徹底して身を潜めた。

 蘇らせた死者たちへの説明には顔を隠した朽名を使い、俺に接触する時は死者の意識を一時的に支配し話をする。

 そうして必死に隠れ、機が熟すのを待つつもりでいたのだろう。世論が『死者を受け入れる』という思想に傾くのを…。


 ヤツが何をキッカケに計画を次のフェーズに移すかは不明だったが、時間をかければ敵の有利にしかならないと判断した俺は、どこにいるかも分からない尾張を闇雲に探すのではなく、出て来ざるを得ない状況を作る作戦を立てた。


 始めにヤツが布教活動に利用したインフルエンサーを逆に利用し死者たちに集まるよう呼びかけ、尾張にリーダーとして出てくるようお願いをさせる。

 これは、革命を謳う割に『いつまでも安全な所で隠れたままの人間は信用できない…』と思う人の心を利用した強制二択。

 尾張が出てきたら確保すればいいし、出て来なければその事実を公開する事で死者側のモチベーションを下げるという算段だ。


 もちろん俺や特対の人たちは最初から来るハズがないと思っていたので良いが、尾張を信じていた死者はそうではない。

 代理である朽名を通して尾張の思想を聞き共感し、感銘を受け、権田の号令で澁谷に集まって来た。

 それぞれが理不尽な最期を迎え、志半ばに散った者たち。

 そんな連中は、当然尾張は姿を現して、先頭に立つモノだと思っていた。しかし来なかった。


『リーダーが決起集会に来なかった』という事実は、当日澁谷に来られなかった連中に大きな衝撃を与えるだろう。

 尾張が来ず、信じて現れた"死者たちが消えていく"澁谷の様子は撮影しておいたので、後日動画投稿サイトにアップする予定である。


 権田が動画内で『特対に追われている』ということに少し触れていたが、もっとちゃんと話し合いをして今の尾張と特対との関係を死者に理解させていれば、あんな人通りの多い場所に事前に告知している状況でのこのこ出ていくワケがないという意識は共有できたハズだ。

 しかし尾張は死者たちとの話し合いを怠ってしまった。


『理不尽の無い世界』などという甘言で期待させるだけさせて、自分は雲隠れ。

 そんな砂の城よりも脆い信頼関係など、壊すのは容易い。



 肝心の当日の澁谷の様子だが、決起集会関係なく土曜日正午のハチ公前は人で溢れかえっていた。

 尾張の顔も分からない連中はキョロキョロと周りをうかがいながら探していたという。

 そして正午から30分経っても何も起きず、死者たちのテンションが落ち着き始めたころ、特対が動く。


 特対は一般人と死者の見分けがつかない為、少々強引な手段を取った。

 それは、泉気抑制剤を霧状にして散布し、ハチ公周辺の人間すべてに摂取させるという手段であった。

 近くに潜伏していた職員が専用の機械で散布を始めた所、死者だけが身に付けている物を残し消滅。

 現場は一時騒然となったが、鬼島派・衛藤派両陣営が事態の収拾にあたった。


 また同時に、ハチ公前から少し離れた場所では別の作戦が進行していた。

 権田にDMを送ってきた連中の対処だ。


 準備段階の話。

 まず無いとは思うが、生配信を見た尾張が権田に直接接触してくる可能性があった。

 直接会いに来ることは100%無いにしても、何らかの方法で『お前に情報を提供したヤツは敵だ!』と指摘されれば、権田が揺らぐかもしれない。

 なのでまず権田を早々に消して、配信の情報を訂正される可能性を潰した。


 その後は廿六木の知り合いの能力者(恐らく特公)と四十万さんの部下の二人で権田に成りすまし、DMを送って来た用心深い連中をある場所に集まるよう誘導した。

 メールのやりとりでこっち側には能力者が混じっていることも把握していたので、四十万さんには『抑制剤以外の捕獲方法の用意』をお願いしたところ専用の能力者を用意してくれ、死者を複数人捉えることが出来たのだった。


 鬼島派・衛藤派は死者を消すだけだが、四十万派は明確なリターンを持ち帰ることが出来、決起集会に関して言えば他を出し抜くことに成功した。


 それが土曜日の大まかな内容だ。

 そして―――

















 ________













 日曜日 14:00 塚田家 居間


「いやぁ、お前のおかげでさっそく鬼島さん達よりも手柄を立てることが出来たぜ。はっはっは!」

「協力関係を結んだ以上、そこんトコロはちゃんと考えてますから」

「手を組もうぜって申し出ておいて良かったぜ、ホント」


 上機嫌な四十万さんの声がウチの居間に響く。

 というのも、今日は昨日の作戦実行の結果を踏まえて我が家で今後の方針を打ち合わせることにしたのだ。

 集まってもらったメンツは四十万さん、四十万さんの右腕である【友瀬ともせ】さん、志津香、廿六木の四人である。

 俺の協力者代表メンバーといったメンツだ。


「でもよく捕獲用能力者を急きょ準備できましたね。元々四十万さんのチームには居ないと聞いてましたが」

「そこはアレよ、人望よ人望」


 ハチ公前とは別の集合場所に現れた、四十万さんの用意した能力者の女性。

 彼女の使う【硝子のウィンドウ花園ショッピング】は、条件を満たした者を泉気で作り出した専用のショーケースに小さくし閉じ込めるという能力だ。

 その中では能力が使えないなど一定のルールを強いることが出来、まさに『生かさず殺さず』の状態にすることが出来るのだった。

 そして現在、四十万派の職員が絶賛尋問中だ。


「何が人望ですか。無所属フリーの彼女に必死に頼み込んだんでしょ」

「おま、バラすなよ…」


 友瀬さんが呆れたように話す。

 彼は横濱のホテルにも来ていたな。

 四十万さんが最も信頼する職員なのだろう。


「いいですねぇ、四十万さんは」

「何だよ廿六木の嬢ちゃん」

「だって、協力した見返り手柄がちゃんと貰えてるんですもの。私だってたくさん協力したのに…」

「私も」

「何だよ何だよ、塚田ぁ。お前は釣った魚にエサはやらねぇタイプかぁ?廿六木と竜胆が寂しがってるぞ?」

「あのな…」


 見ると志津香は真顔でこちらを凝視しており、廿六木はイタズラしてやったりといった感じで笑っている。

 しかし甘いな、廿六木。俺は釣った魚は愛でるタイプだ。


「あ、どこ行くんです?塚田さん」

「ちょっと…」


 友瀬さんの問いかけを適当にはぐらかすと、俺はおもむろに台所へと向かう。

 そして少しして、お盆の上に飲み物と"あるモノ"を乗せて戻ってきた。


「ホラ、廿六木」

「…えと、これは」

「午前中に買ってきた、有名店の"抹茶シュークリーム"だ。ウマイぞ」

「…よく私が抹茶好きだって知ってましたね」

「俺の情報網を舐めないでほしい」


 まあホントはこの前の撮影の時に、差し入れたチョコ菓子の中でプレーンやホワイトチョコなど沢山ある中で、わざわざ抹茶味を選んでいるのを覚えていたからなんだけどな。

 味変ではなく一番に選ぶって事は、それなりに好きなのだろうと判断した。


「塚田さんはなんでも知っていますね」

「何でもは知らないさ。知ってることだけ」

「ふふ…」

「ま、そろそろそんなことを言う頃だろうなと思ってたからよ」


 ていうか、『何でも知ってる』はこっちのセリフだけどな。


「んで、志津香にはこっち」

「あんみつ…」


 志津香が和スイーツ好きなのは何度も話してて知っていたからな。

 こっちも有名店の人気商品で、味は間違いない。


「あとほうじ茶な。廿六木には紅茶」

「ありがとう、卓也」

「俺らにはないのかよぉ、塚田ぁ」

「俺と四十万さんと友瀬さんはコレね」


 そう言ってそれぞれの前に皿と飲み物を置いていく。


「お、いいねぇ」

「きんつばですか…?」

「ええ。近くに美味しい和菓子屋があって、そこのお気に入りです。それと緑茶です」

「前言撤回。マメだねぇ、お前さんは」


 こうして五人で会議前のお茶とお茶請けを楽しんだ。



「さて、じゃあ本題に入るか」


 一通り食べた所で四十万さんが話を切り出した。


「これからどうするつもりだ、塚田」

「そうですね…。まずは少し様子を見ます。まだ尾張が我々の動画を全て見ていない可能性がありますからね」

「確かにそうですね」


 友瀬さんが俺の意見に同意する。


「まあ見ていなくても、澁谷の一件は流石に知らないという事は無いでしょうけど。自分の仲間があれだけ一斉に消えましたからね」

「そりゃそうだろう」

「その上で、これから尾張が取ると思われる行動は大きく3パターンあると予想します」


 俺は皆に親指・小指以外の3本を立ててみせる。


「まず、尾張が何のダメージも無くこのまま計画は続行する…というのであれば、引き続き死者を復活させ世間に超能力とネクロマンサーをアピールし続けるでしょう」

「現状維持、だな」

「そうです」

「でもそうなりにくいよう、先手を打ったと…」


 廿六木が俺の言葉を先回りしてくれる。


「ああ。俺が本多くんたちと撮った動画のおかげで、尾張が広報部隊として復活させた死者が次々とMeTubeやテレビカメラの前で"延長しない"ことを表明しましたね」


 あの動画を公開してから今日までの出来事だ。

 ある俳優は、生前に撮影途中だった映画を最後まで撮り終え、そのタイミングで消える事をテレビで話した。

 またある漫才師は、最後に入場料無料で新作漫才ライブをすると自身のブログで発表した。

 他にも様々な業種の死者が連鎖的に様々な媒体で"自身の最期"を宣言したのだ。

 みんな、"死者としての永遠"を選ばなかった。


「もしめげずに次々と死者を蘇らせたとしても、先人たちの辿った軌跡は残り続けます。我々が新たに何かしなくても、やがて考えるでしょう。蘇った自分はどうするのか…と」


 死者として生き続ける事を良しとするかどうかは完全に個人の判断だから何とも言えないが、少なくとも最初に呼ばれた組の多くは選択しなかった。

 その事実が残ったのは大きい。

 これで今後も広報と役職無しの多くは無力化できる可能性が高い。


「一番厳選した最初の組を簡単に消せたことが良かったですね」

「その通りです友瀬さん。最初という事で尾張も特に"世間から同情を引くメンバー"を集めたと思いますが、それがダメとなると今後同じことを続けても、言葉は悪いですが質は下がる一方です。もし質を度外視して適当に蘇生すれば、死者から犯罪を犯す者が出て世間に最悪の印象が…なんてことも有り得ますからね」


 尾張の最も正攻法な手段を妨害した事になる。


「次に、尾張が自分のやっている事が間違いだと気付いたパターンです」

「降参する、ということですね」

「ああ。お願い動画を見て自分のやってきた事を振り返って、その罪の重さに気付き…。自分の創ろうとしている世界がそんなに望まれていない事に気付く…なんてことになったりして」

「想像できねえな」

「そうですね。まあこれは薄い可能性ですが。もし尾張が素直に姿を現し、特対に出頭してきた場合は俺たちにとって最悪のパターンですね」

「追い詰めたのは私たち、捕まえたのは特対」

「そう。志津香の言うように手柄尾張だけまるっと取り逃がす。良くない展開です。せめてウチに現れてくれればマシなんですが…」


 特対に行けば最悪即殺されるしな。

 それは俺の望むところではない。


「まあ、そうなったらもうお手上げですね。どうしようもないですよね」

「そうだな。まあ可能性は低いだろうし、そこは一旦置いておこう」


 確かに精神的にも状況的にも追い詰めはしたが、こんな簡単には折れないだろう。

 そんな弱くはないと信じたい。

 そうなったらもうコントロール不能だ。


「最後の行動ですが、ヤケクソです」

「ヤケクソ…ですか?」


 思わず聞き返す友瀬さん。


「はい。俺の揺さぶりと妨害で計画が頓挫とんぞしどうにもならなくなった尾張が、戦闘要員を引き連れてウチにカチコミに来る…とか」

「そんな上手くいくかねぇ?また身代わりいっぱい用意してるんじゃねえの?」

「そんな余裕が残っているのなら、また追い詰めます。『もう止めろ』とキレてくるまで続けるだけです」

「ということは、それが塚田さんの望む展開…というワケですね」

「おう。本人がタイマンしに来たら最高なんだけどな」


 何て、ありえない願望を口にしながら、もう少し具体的な動きを話し合ったのだった。


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