第208話 探偵の男

「ここです!」

「ここって…寮だね」


 突然川内に声をかけられ連れて来られた先は、先日の事件でも足を運んだ"高等部寮"だった。

 そして真里亜と三人で中へ入り、寮母さんに挨拶を済ませ通されたのは1階の食堂。

 一体ここに俺を連れてきて、どうするというのだ…?


「寮長、探偵さんをお連れしました」

「おお、でかした!お手柄だよ、みなもちゃん!」


 川内は俺たちを食堂まで連れて来ると、そのまま食堂内に居た女生徒の元へと駆け寄っていった。

 寮長と言っていたが、俺は彼女の指示で呼ばれたという事か。


「彼女は高等部3年の【芝崎しばさき 百合ゆり】さんです。今年の高等部寮の寮長をしています」

「へぇー…」


 隣に居る真里亜が補足説明をしてくれる。

 なんでも各寮では、毎年寮母さんの補佐をする"寮長"を寮生の中から選ぶのだという。

 主な仕事は寮生と寮母さんの橋渡し役や、寮で行われるイベント等の運営責任者などがある。

 また、寮内のことで生徒が学校に何かを要求する際は、まず寮長ならびに寮母さんへと話をするしきたりにもなっていた。


 意外とバタバタする大変な役どころらしい。


「いやー、すみませんね、急に来てもらっちゃって…」


 真里亜から簡単な説明を聞いたところ、川内と話し終わったらしい寮長がこちらに来て話しかけてくる。


「はじめまして、探偵さん。私はこの寮の寮長をしております、芝崎百合です。妹さんにはいつもお世話になっております」

「ああ、どうも。真里亜の兄の塚田卓也です」

「先日は警察もさじを投げた難事件を見事に解決されて…。貴方のご活躍は私の耳にも届いておりますよ」

「はぁ…」


 俺が黄泉の国から生徒を連れ戻した件、表向きはたった一つの真実見抜く名探偵の俺が名推理でスパッと解決したことになっていた。

 でも本当は探偵でもなんでもないので、その評価には少し後ろめたい気持ちがあったり。


「それでですね、実は探偵さんに折り入ってお願いがありまして…みなもちゃんに連れてきてもらったというワケなんですよ…」

「お願い?」

「はい」

「まあ、一応聞くだけ聞くけど…」

「実はこのあと、この食堂で"庶民授業"なるものを行うのですが、探偵さんにはそれに出て頂きたく思いまして…」

「ああ、何か休日とか放課後にやってるっていう…」

「そうです、それです」


 これもこの前寮に訪れた際、真里亜から教えてもらった。

 お嬢様お坊ちゃんたちに一般常識を教えるという取り組みだ。


「…それに何で俺が?俺、なんも用意してないけど」

「えと…それは」


 俺の当然の質問に口ごもる芝崎。何かトラブルでもあったのだろうか?

 入り口のホワイトボードには来月の"庶民授業"の予定まで表示されているから、突然彼女が担当にされたということは無いハズだが。


「すみません塚田さん。実はこれにはワケがあるんです」

「川内」


 離れたところに居た川内がこちらに来て、事情を説明してくれた。


「―――実は、高等部寮では10月・11月と、庶民授業の観客動員数勝負をしているんです」

「勝負…」

「事前に何をやるか告知したりして、この食堂に何人見に来たかの数で競っているんですよ。それで、参加者十六人の中で一番多かった人がカフェのサービス券総取りっていう…」

「はぁ…」


 ここでそんな賭けが行われているのは意外だ。

 でもまあ、可愛らしいモンだけどな。


「…」


 真里亜が目を瞑って横向いてる。

 小言を言いたいけど、言わずに黙認してくれるということだろう。

 そして川内は、元生徒会長が居るというのを忘れて説明を続ける。


「それで寮長もやる気になってたんですけど、先週行われた授業でとんでもないゲストが来たんです…」

「とんでもないゲスト…?」

「何と、あのSOMYの津夛良木つたらぎ社長が来たんです!!」

「まじか」


 言わずと知れた日本製ゲームハード【ゲームステーション】の生みの親だ。

 なんなら俺も聞きたい、その授業。


「その日は男子を中心に多くの生徒が殺到して、動員数112人を記録したんです!」

「あの子…父親のコネを使って…!卑怯よ…」


 説明する川内の横で「ぐぬぬ…」と悔しそうにする芝崎。

 ハンカチでもあれば引き千切りそうだ。


「なぁ川内」

「なんですか?」

「それまでの動員数一位は何人くらいだったんだ?」

「えーと、30人くらいでしたね」


 およそ4倍か…

 津夛良木社長にしては少ないなと思ったが、いち学園の寮内で行われるちょっとしたお話会に100人超えならスゴいか。


「寮長も対抗して、ご両親のツテを使って"タラシ"の【松下まつした しゅん】くんに来てもらえるよう手配してたんです」

「ああ、あのマツシュン」


 こちらも言わずと知れた国民的アイドルグループのメンバーだ。

 さっき卑怯とか言ってたけど、人の事言えないじゃん。


「ところが先程、急な仕事が入って来れなくなったと連絡が…」

「あー…まあ多忙だろうしね」

「………」

「………って、いやいや…その代打で出ろってこと?」

「はい!」


 元気よく返事する川内。

 はい!じゃねーよ…


「ヤダよ!!なんで俺が大人気アイドルの代わりなんてしなきゃならないんだよ!」

「そこをなんとか…!私、シュンくんに頼りっきりで、自分で話すこと何も考えてなかったんです…!」


 顔の前で両手を合わせ懇願する芝崎。


「俺の方が考えてないわ」

「…探偵さんなら自分の体験談とか、皆が知らないこともアドリブで色々と話せるだろうから。進行は私がやるんで、どうか…。この際動員数は最低でもいいんで、今日の30分を凌いでくれればそれで…」

「いや、失礼だな!それはそれで」


 そりゃ今をときめくアイドル男子を期待してた人からすりゃ当然だけどよ…


「お願いします!」

「私からもお願いします!」


 芝崎と川内に頭を下げられてしまう。

 確かに市ヶ谷との午後の稽古は14時からで、庶民授業は13:15からの30分。

 時間的には余裕はあるけど…


「真里亜からも何とか言ってくれよ」


 俺は助けを求めるべく隣にいる妹に話を振ってみた。

 すると―――


「いいんじゃないですか、出ても」

「え…?」


 意外な返事が返ってきたのだった。


「兄さんは、事件解決の為にあんなに頑張ったんだから、少しぐらい皆からチヤホヤされてもいいんじゃないかなって思ったんです…」

「いや、でもそれは…」


 "探偵の俺"から話せる事なんて、何もないぞ…?

 俺が出来る事はせいぜい"探偵のフリ"くらいなもんだ。


「探偵とか探偵じゃないとかは関係ありませんよ。だって、死ぬほど頑張ったのは紛れもない事実なんですから」

「そうだけど…。それにチヤホヤって、マツシュンの代わりなんて俺には荷が重すぎるんだが?」

「いいえ。きっと来てくれますよ。兄さんは自分のしたことをもっと自覚するべきです」

「んー…」


 まさか妹に加勢してもらえないとは思わず、考え込んでしまう俺。

 自分のしたことって言われても、金目当てで始めた依頼だったし、皆の前では能力者では無く探偵を演じなければならず、しかもジョニーズ事務所のアイドルの代打…

 些か向かい風が強すぎると思うが。


「お願いします…!」

「…!」


 芝崎と川内は必死に頼んでいる。


「兄さん」


 妹は微笑んでいる。


「…………はぁ。分かったよ。俺で良ければやるよ」

「本当ですか!?」

「ありがとうございます」


 俺が引き受けると言うと、パッと笑顔になる二人。

 そして素早く…


「よーし…川内ちゃん。早速代打が決まった事を通知付きで告知してくれる?私はパワポで資料を作るから」

「はい!」

「1時間もないからね…頑張るぞ!」


 早速"庶民授業"に向けての段取りを組み始めたのだった。


「改めて引き受けてくれてありがとうございます」

「おう。まあ、津夛良木サンほど訴求力の無い代打で悪いが、なんとかやってみるわ」

「いえいえ。今、川内ちゃんが頑張ってプログラム変更の告知を作ってくれているので。私は簡単なスライドを作らせてください」

「よろしくな」

「ところでお二人とも、お昼ご飯はまだですよね?」

「そうだな」


 これからって時に連れて来られたからな


「もし良ければ、食堂ここで食べていきませんか?二人前くらいなら私が頼めば出してくれると思うので」

「お、いいのか?」

「はい。前金と言うワケではないですが、ここで食事をして頂ければヒアリングも同時にできますし」

「私はいいですよ、兄さん」

「じゃあ、ご相伴にあずかろうかな」

「はい。じゃあお願いしてきますね」

「ちなみに、メニューはなに?」

「えーと…確か麻婆豆腐定食だったと思います」


 うわ、最高。


「あそこの四人席に座っていてください!」

「あいよ」


 こうして、俺は急きょ高等部寮の"庶民授業"に参加する事になったのである。














 ________












『みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます―――』


 食堂の準備室で待機している俺の耳に芝崎のナレーションが聞こえてくる。

 彼女の庶民授業、タラシのマツシュンを招いての【アイドルの世界】が中止となり、代わりに俺が登壇する事になった。

 テーマは【探偵の世界】

 アイドルも探偵も庶民関係ないじゃんと思うが、最初に破ったのはSOMY社長からだからそこはもういい。


 とにかく、俺は今から探偵だ。

 実際は違うけど、ひとたび食堂舞台に出れば、俺は探偵…

 大丈夫…俺ならできる…


 千の仮面を持つ俺なら大丈夫―――

 舞台の上なら、俺はたとえ泥団子でも旨い旨いと食べることが出来る…


『―――それでは、出て頂きましょう!塚田さーん!』


 芝崎のアナウンスを合図に準備室から食堂へと出ていく。

 すると、大勢の生徒が席に座って、俺の登場に対し拍手をくれた。

 多いな…100人は超えているかもしれない。


 特対のパーティ会場で告白をした時とはまた違う、謎の緊張感が俺を支配する。


「えー…ただいまご紹介に預かりました、探偵の塚田です。本日はタラシの松下くんの代打で参りました。急な変更でガッカリされた方も多いかと思いますが、どうぞお付き合いください」


 俺が挨拶をし頭を下げると、再び拍手が巻き起こった。

 本番開始1時間弱前の予定変更告知にも関わらず、これだけ集まってくれたのは奇跡だな。

 見ると、知った顔もチラホラ…

 真里亜、いのり・紫緒梨さん、先ほどのチーム黄泉六人、佐藤さん・小笠原さんなどなど…


 市ケ谷はこちらに手を合わせ侘びている。

 恐らく彼が川内に俺のことを話したことが今回の契機となったのだろう。

 まあ、ここまで来たらいいけどね。


「それではまず簡単に自己紹介から」


 俺は横に居る芝崎に目で合図を送る。

 するとモニターに映し出されているスライドが切り替わった。

【探偵の世界】という主題の画面から簡単な俺のプロフィール画面に。


「改めまして、塚田卓也です。探偵を名乗っていますが、普段は会社員をしています。ちなみに元生徒会長の真里亜は妹です」


 スライドに沿って一通り自己紹介を終えると、今度は芝崎との会話形式での仕事紹介に入る。


「えー、それでは早速探偵のお仕事について聞いて参ります。これまでどんなご依頼があったのですか?」

「はい。皆さんがイメージする探偵の仕事と言うと、"浮気調査"とか"身辺調査"何かがあるかと思いますが、私は比較的危険な仕事をしてきましたね」

「危険な仕事、というと…?」

「例えば、要人の身辺警護なんかですね。依頼主を2日間護衛するという内容だったんですが、銃を持った相手が襲ってきたりとか…」


 会場がざわつく。

 映画の中のような話にかなり驚いているようだ。

 そしていのりは苦笑いしている。横濱の件を思い出しているのだろう。


「あとは、とある組織への潜入調査とか」

「おお…スパイ映画みたいですね」

「確かに、今思えばそうですね。身分を偽って、ある事件の調査のため潜り込んだんですが、そこでも戦闘は避けられませんでした」

「ということは、塚田さんは大分肉体派の探偵さんなんですね」

「はは。回って来る仕事は結果的にそういうのばかりでしたね。でも、鍛えておいてよかったと思いました」


 能力者になってからの俺は、運よくRPGのように徐々に敵が強くなってくれて助かった。

 もし西田の件のすぐあとに上北沢CBのボスが襲ってきていたら太刀打ちできなかっただろう。

 精々逃げるのが限界だ。

 そう言う意味で、新見兄との出会いは俺にとって僥倖ぎょうこう以外の何物でもない。


「今回のミリアムの件でも…」

「そうですね―――」


 その後も、能力の事には触れず俺の探偵エピソードを披露していった。

 芝崎とは事前に話す内容を打ち合わせていたので、話は滞りなく進んだ。



「えーそれでは…観客の中で塚田さんに質問したい事がある方はいますかー?」


 芝崎がお客に呼びかけている。

 が、内心俺は一仕事を終えた感覚でいた。

 どうせ飛んでくる質問なんてカワイイもんだろうと高をくくっていたからだ。

『好きな食べ物は』とか、お年頃だと『彼女はいますか』とか、そんな程度だろう。


「えー…では、高等部3年の佐藤聖来さん」

「え?」


 なんと、質問をするために挙手していたのは真里亜の友達の佐藤さんだった。

 改まって質問する事なんてあるか…?


「塚田さん」

「はい」

「話によると、お仕事の為に随分と体を鍛えてらっしゃるという事で、見た目もガッチリされているみたいですが」

「あ、ああ…そうですね。体が資本なんで、普段から鍛錬は欠かさないようにしています」

「では、見せてもらえますか?」

「ん?」

「筋肉を見せてください」

「んん?」


 何かよく分からない要求をしてくる佐藤さん。

 確か彼女は筋肉フェチだったが、まさかこんなところで見せて来いと言うとは…

 しかも数人の女生徒から軽い拍手が起こっている。

 ていうか真顔ヤメロ。


「お願いします」

「はぁ…」


 ここで全力否定してもなんか変だし、まあ軽くひと笑い頂こう。

 俺は背広を脱いでワイシャツ姿になると右腕の袖を肘の辺りまでめくり、右拳を左肩の辺りに持って行き"前腕伸筋群"を見せるようにし、叫んだ。


「パワー!!」

「あ、そういうのいいんで」


 一刀両断された。


「腹筋をお願いします」


 拍手が巻き起こった。

 大丈夫か、この学校。


「聖来さん。いくらなんでもこんな公衆の面前で…」

「いいじゃないですか!真里亜さんはお背中流す時に背筋とか見ているからいいかもしれませんが…!」

「オイ、お背中流すってなんだ真里亜」

「…」


 目を逸らすな。


「確保!」


 誰の号令か分からないが、それをきっかけに複数の生徒が俺を押さえにかかってきた。

 額に【人】って書かれたスタンプ押されてないよな?


「ちょお、ストップ!一旦落ち着こう!」

「100人に勝てるワケないだろ!」

「お客様!おさわりは別料金ですよ!!」

「違う、そうじゃない」


 力づくで押しのけることもできず、数の暴力で揉みくちゃにされているその時―――



「みなさん…何をしているんですか……?」



 表情は笑顔だが、とんでもない怒気を含んだ声で入り口からそう話すのは、シスター花森だった。


「あ、シスター花森…助けっ…!」

「みなさーん…」

「「「ヒィ…!」」」



 こうして、俺の庶民授業は観客がシスター花森からお説教を受けるというカタチで終結した。

 そして、観客動員数はまさかの130人で暫定一位に躍り出たのだった。


 授業が終わると俺は市ヶ谷に稽古をつけ、夕方には真里亜と姿を変えての調査を行い、翌日以降も俺の作戦は順調に進んでいった。


 そして休日が開けて数日後…

 いよいよ決行日が訪れる。


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