第207話 稽古で学ぶ
「さすが私立学校だけあって、豪華ですねぇ…」
追って連絡する事を伝え稗田たちを授業に戻らせた俺は、市ヶ谷(と無理矢理ついてきた真里亜と廿六木)と一緒に聖ミリアムの道場にやって来ていた。
廿六木が驚くように、この学校の道場は1階に弓道場とダンスなどをする多目的室、2階に長刀・剣道場、3階に柔道場が入った豪華な総合施設になっている。
1階は建物内の6割ほどを多目的室が占めており、弓道場は人が弓を射る部分が屋根の下にあり、的がある場所までが野外という建付けとなっていた。
2階と3階は1フロア全てが剣道・柔道のための施設となっており、それに加え更衣室やシャワー室、ミーティングルームなども完備している。
生徒は、授業や部活をとても良い環境で行うことができるのだ。
「とりあえず昼まであいてるのが2階だけだったので、ここでいいですか?」
「おう。つか、よくおさえられたな」
「塚田さんの名前と理事長権限をチョロっと」
「よくやるな…いいけど」
俺がここに来た理由のもう一つが、"市ヶ谷への稽古"だ。
閻魔大王との共闘の際に刀以外の武器術の鍛錬が必要と感じた俺は、失踪事件後に師匠の元へ市ヶ谷を連れて行った。
すると師匠から『お前はワシに早く死ねと言うのか』と軽く注意されてしまう。
確かに気軽に考えていたけど、新見兄妹の
しかも師匠はご高齢だから、こんなことを繰り返していたらあっという間に寿命が尽きてしまう。軽率だった。
俺が謝罪し要求を取り下げると、師匠から『お前がある程度まで稽古したら、その仕上がりを見てやる』と提案してくれたのであった。
そこで事件後から適当な場所で市ヶ谷の修業に付き合うようになった、というワケである。
「まず何からやりますか?」
「そうだなぁ」
動きやすい服に着替えた俺と市ヶ谷は軽く柔軟をしている。
弓は午後に弓道場をおさえてあるし、刀の扱いは既に極めているから…。あとは槍、ハンマー、双剣、杖、鎌か。
「じゃあ、ハンマーから行ってみるか」
「はい」
市ヶ谷はポケットから宝玉をひとつ取り出すと、念じ始めた。
するとその宝玉がみるみる姿を変え、やがて身長ほどもある巨大なハンマーが現れたのだった。
スミさんが市ヶ谷のために作り託したという複合兵器、【七ツ星】…その内のひとつ【沼鎚アルカイド】だ。
普通に振り回したら道場などひとたまりもないので、沼気抑え目の解放かつ道場の硬度を強化して稽古をする。
傷がつくのは避けられないが、それは俺の能力で修復可能だ。
稽古と言っても、特定の流派を履修したワケではない俺が教えられるのは武器を持っての立ち回りのみだ。
市ヶ谷と普通に戦う中で、俺が敵役として攻撃しながら色々と指導を行う。
こういうとき相手がこうするからこうしたほうがいい、とか。
この姿勢だとこの攻撃に対応出来ないからやめたほうがいい、とか。
師匠や新見兄にしてもらった事を、今度は自分が教える立場になる。
自分の動きのチェックにもなるし、俺にとっても有益だ。
「そのハンマーは…魔導具ですか?」
準備の様子を見ていた廿六木が口を挟む。
事前に掴んでいたであろう"市ヶ谷の本来の能力"と異なる現象にそう結論を出すのは仕方ない事だ。
一応黄泉からの帰還直後に鬼島さんたちに"黄泉に行っていた証拠"として沼気を見せており、その際に本来の能力を失っていることは報告している。
きっとその報告も廿六木は把握しているだろうな。
ただし七ツ星のことを知る人間はそれほど多くないので、このハンマーの正体は掴めていない…といったところか。
「…魔導具かもしれないし、そうじゃないかもしれないな」
廿六木の問いに俺はあえてはぐらかしてみせた。
別に市ヶ谷自身は隠す気は全く無いのだが、懇切丁寧に説明してやる義理もない。
それに彼女が本気で知りたきゃ、いずれ答えにも辿り着くハズだ。
それがどれくらいの早さか知っておいても損は無い。
「教えてくれないんですね。情報料が必要ですか?」
「そういうワケじゃないが…支払う
「そうですねぇ…私のスリーサイズと身長・体重くらいしか持ち合わせはありませんね」
「遠慮しとく」
「残念」
さして残念そうでもなく答える廿六木。
てか真里亜から殺気漏れてるから、あんま刺激すんのやめてくれる?
「ちょっと、兄さん…」
「ん?」
次は真里亜が近付いて来て、俺にしか聞こえない声で話しかけて来る。
「いいんですか?彼女にそこまでお話しして…」
「ああ、情報をってこと?」
「そうです。兄さんは彼女の事を信用していいと言ってましたが、どうも何かある気がするんです…」
「だろうね」
「……だろうねって」
先ほどから廿六木に対し懐疑的な真里亜は、俺があまりにも情報を流すことに対して警鐘を鳴らしてくれる。
だが俺も彼女に何かがあることくらいは承知していた。
その上でのやりとりだ。
「今俺たちはお互いの情報や引き出しを探り合ってるからな。会話がフワフワと気持ちが悪いのはそのせいだ」
「はぁ…引き出し…」
「そう。彼女と会うのは今日が2回目なんだが、前回は他に特対の職員が居て、しかも彼女自身の身分を若干偽っていたんだ。ホラ、丁度真里亜に『危ないから学校休んでくれ』ってお願いした時の…」
失踪事件真っ最中のあの時の話だ。
「そんな人に、こんなに色々と教えているんですか?」
「ああ。でもまあ、利害が一致している内は問題ない。力を貸してくれるって言うのは本当だ」
「そうでしょうか…?」
「それよりも、前回わざわざ偽っていた身分を晒してまで単独で接触してきたという事は、よほど直接確かめたい何かがあるんだろうなと踏んだんだ。だからこうしてお互いに探り合っているワケ」
彼女は自分が掴んでいる情報を小出しにしつつ、知り得ていない情報を俺から引き出そうとしている。
俺は彼女が何処まで知っていて、何を知りたいのかを探る。
小気味良いやり取りに見えるが、ジャブの応酬とも言えるな。
「それで、その"何か"って言うのは分かったんですか?」
「いいや、全く。彼女はもう欲しい情報を掴んだかもしれないし、まだかもしれない」
俺は市ヶ谷のハンマーを興味深そうに触っている廿六木を横目で見る。
虚実を混ぜて話しているであろう彼女は、自分の事を素直にさらけ出しているように見えて、肝心なところは見せていないように思う。
手ごわい相手だ。
「…まあいいです。私は警戒してますから、兄さんは進めてください」
「おう」
呆れたように言う真里亜。でも心配してくれるのはありがたい。
「あの、塚田さん」
「どうした?廿六木」
「まず、私が市ケ谷さんと戦っても宜しいですか?」
真里亜との話が終わったところで、意外な提案をしてくる廿六木。
市ヶ谷から稽古の話を聞いたのだろう。
「いいのか?結構強いぞ、アイツ」
「心得ております。ですが私もピースと特公でそれなりに鍛えていますから、何かの勉強になるかと思いますよ?」
「なら、ありがたく受けるよ。市ケ谷もそれでいいな?」
「ウス」
戦闘のパターンは市ヶ谷にとっても多いに越したことは無い。
それに廿六木の実力の片鱗が見られるのであればそれもありがたいしな。
「…行くぞ」
「いつでもどうぞ」
一定の距離をあける二人。
市ケ谷は右手をヘッド部分の近く、左手を柄の中央やや下寄りに持ち、柄の先端を相手に向けるような形で横に構えている。
左半身が半歩前に出ているのは、右足で踏み込んで相手に猛チャージをかける為だろう。
対する廿六木は、相手を正面に見据える形で立ってるだけ。
予備動作や起こりが読みづらいな。
しかも武器は何も持っていない。
模擬戦だから能力の使用は禁止しているし、果たして…
「ハァッ…!!」
気合いと共に踏み込む市ヶ谷。
廿六木との距離があっという間に縮まり、そこから渾身の横薙ぎを繰り出す。
が、姿勢を低くし難なくかわした廿六木は素早く柄を持つ市ヶ谷の手首を捻りエモノを落とさせると、足をかけながら体を引っ張り倒した。
「っ…!」
重心を揺さぶられあっけなく仰向けになった市ヶ谷の上に廿六木が乗ると、右手の人差し指をおでこにトンと突き、そこで勝負は決した。
市ヶ谷が使い慣れていない武器だったとはいえ、見事な動きだったな。
「強いな…アンタ」
「犯罪者と戦わなければならないので、これくらいは…ね?」
先に立ち上がった廿六木が市ケ谷の手を引っ張って起こす。
市ケ谷はあまりの実力差に笑っている。
能力者同士の戦闘において、体術は戦力のイチ要素に過ぎない。
だが基本であり奥義でもあるため、強くて困る事は何もない。
彼女は小さい体でも強敵に十分立ち向かっていける強さを持っている。
「いかがです、塚田さん?」
「いや…強いな。筋力に頼らない、華麗な動きだ」
「ありがとうございます。でも、貴方の"超人モード"の前では成す術がありませんね、きっと」
「…」
廿六木は何でも知ってるな、
「とりあえず、昼まで稽古オナシャス!」
「おう。廿六木も、引き続きよろしく頼む」
「ええ。私で良ければ」
この後も三人でめちゃくちゃレッスンした。
_______
昼
聖ミリアムは土曜は午前中で授業が終わるので、現在は昼休みではなく放課後になる。
カフェなどは全てではないがいくつか開放されているので、生徒たちは学校で食べてもいいし、街に出かけて食べてもいいことになっていた。
市ヶ谷とは一旦別れ、午後にまた弓道場で稽古をすることになっている。
廿六木は準備の為に職場へと帰っていった。
今日の夜にまた連絡する、とのことだ。
「兄さんは、お昼はどうしますか?」
「そうだなぁ…何かテキトーにカフェで―――」
「あ、塚田さん!」
俺が何を食べようか思案していると、唐突に声をかけられる。
声のする方へ向くと、そこには先日知り合ったばかりの生徒が焦った様子で立っていた。
「あれ…川内?どうしたの?」
市ヶ谷が失踪中、甲斐甲斐しく彼の部屋の掃除をし続けていた健気な少女、川内さんだ。
確か先日市ヶ谷が告白して、恋人同士になったんだよな。
そんな彼女が、一体俺に何の用だ?
「スミマセン、ちょっと来てください!」
「あ、ちょ…」
「兄さん!」
俺は何故か川内に、強引にどこかへ連れて行かれてしまったのだった。
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