第205話 恩を売る
土曜日 9:35
俺は色々な用事を済ませるため、再び妹の通う聖ミリアムへと来ていた。
その用事のひとつというのが、市ヶ谷たち失踪事件関係者への"あるお願い"だ。
服部理事長には事前に許しを貰っており、10時から失踪事件に関連する生徒(と、守屋と稗田)を会議室に集め、表向きは"メンタルケア"を行うことになっていた。
勿論生徒たちには話をしてある。
メッセージアプリで話を持ちかけたところ、授業は少し抜けてもらう事になるが皆二つ返事をしてくれたので助かった。
あとは、市ヶ谷にいくつか用件がある。が、それは授業が終わる昼過ぎで問題ない。
急なお願いにも関わらず理事長に快諾してもらえたのは、先日の事件を解決した名探偵:塚田卓也としての信用の成せるワザだろうな。
…なんて、実際の事件の謎はトリックなどではなく超能力で、理事長にはそれを既に説明済みだ。
だから俺の探偵としての肩書が偽物だという事は知られているので、俺の個人的な依頼を請けてくれたのは単純に理事長の懐の深さ故のことである。
感謝しなければな。
「―――塚田さん」
「…君は」
許可証を貰うため総務部を目指して歩いていた俺に、思いもよらぬ人物が声をかけてきた。
その人物とは、前回もここで会ったな。
「確か…廿六木さん、だっけか?」
「はい。覚えて頂けて光栄です」
失踪事件調査の時、助っ人として来てくれた駒込さんと大月が連れてきた"現役ピース生"の少女。
もうすぐ特対に入るので、社会科見学の名目で同行していた見習いだったが…
今目の前に居る彼女は、とてもそんな感じではないな。
「今日はどうしたの?」
「実は、塚田さんに用があって―――」
「いや、そうじゃなくて」
「…?」
「見習いのフリはいいの?」
今俺と話している少女からは、何というか…ベテラン?いや、歴戦の強者のような風格が漂っている。
とてもじゃないが『もうすぐ特対に入ります!フレッシュ!』って感じはしない。
ピースで訓練を受けているから、もちろん普通の18歳でない事は分かっている。多分前回会っていなければ『ピース出身の子は若いのにこんな迫力があるんだなー』と思っていただろう。
だが、彼女は違う。あまりにもかけ離れている…。
余裕も自信もまるで隠そうとしていない。
理由は分からないが、前は極端に猫を被っていたのだろう。
ではそれを止めたのは何故だ?
「………ふふ。今日は諸先輩方が不在でしたので、いつも通りの私でここに来ました。それに、これからお願いする事に関して猫を被ってもメリットは無いなと判断しましたので…」
「ふーん…」
諸先輩…駒込さんと大月の事か。
二人が居ないから本来の彼女のままで俺の前に姿を現したと。
するとやはり彼女はただの現役ピース生ではないのか…
「それで、そのお願いって言うのは?」
「はい。貴方をスカウトしに来ました」
またか…。
前回は護国寺だったが、今回はこの娘。
手を替え品を替え俺を引き入れるつもりらしいな。
「貴方を、我々【特公】へと引き入れたく思います」
「いくら頼まれても俺は派閥には……」
ん?
「…トッコー?」
「はい、特公です」
俺はてっきり衛藤派閥に入れとでも言われるのかと思ったが。
トッコー…聞いた事の無い単語だな。
本当は【ぶっこみ】って読んだり、疾風と書いて【かぜ】と読んだりしないよな?
「正式には【国家公安委員会 特殊公安部】で、略して特公です」
「ああ、そういう…」
「まあ、特対のお目付け役のような組織ですね。そこを代表して私が来ました」
まだ二十歳にも満たないこの娘が特対を見張る役を担う組織の代表か…
確かに目の前で微笑んでいる少女、一見すると幼く見えるが、仮にその特公の責任者をしていると言われても信じてしまうくらいの何かがあった。
しかし、それと俺が特公に入るかは全くの別問題だ。
「折角来てもらって悪いが、俺はどこにも入るつもりは無いんだ」
「でしょうね」
「…」
何なんだ、この娘は。
「そう怪しむような目をしないでください。私も、初めから塚田さんに良い返事をしてもらえるとは思っていません。なので、まずは"お手伝い"をして、信頼を獲得するところからかなと」
「お手伝い?」
「はい」
「俺がこれからすることが分かってるみたいな口ぶりだな。そもそも何も考えてないかもしれないぞ」
俺がここに来た本当の理由はまだ誰にも話していない。
あくまで脳内だけのプランだ。
漏れようが無い。
「撮影に来たんじゃないんですか?」
「……………」
この娘は一体…
「そんな警戒しないでください。私は塚田さんと仲良くなりに来たんですから」
「仲良くねぇ…」
そんな事をかわい子ちゃんに言われたら、普通は小躍りするレベルで嬉しいもんだが…
そんな状況でないのは明白だ。
「…でも、仲良くなるには、隠し事があったらダメですよね。まずは相互理解から…ですね」
微笑みながらそんなことを言う。
自分から言うあたりがまだまだ怪しいが。
「ちなみに、別に私は心を読めるワケではありませんよ?ただ、電子系能力者の同僚に頼んで、四十万さんと貴方がやりとりしているのを見させて貰っただけですから」
そんな能力で…
つか、俺のプライベートわい。
迂闊にいかがわしいサイト行けねーじゃん。コワ…
「それで、どうして撮影?」
「尾張さんのお母様の事を調べていて、その同級生にコンタクトを取る。人員に乏しい塚田さんが取りうる手段の中から可能性が高そうなのを言ったら当たった…というワケです」
少ない情報からよくもまあピンポイントで…
大したもんだ。
「…それで、どう力を貸してくれるの?」
「そうですねぇ…私の能力は【生命力を操る】というモノなんですけど」
あまりにもあっけなく自身の能力を明かす廿六木。
もちろんブラフという可能性もあるが。
「嘘ではないですよ?言ったじゃないですか、まずは相互理解からって。私だけが塚田さんの能力を知っているのは、フェアじゃないですからね」
「俺の【服だけを溶かす液を飛ばす能力】は筒抜けなワケか」
「ええ。なので溶かされないよう、ボディペイントで来ました」
ニコニコとそんなことを言う廿六木。
まあ彼女ほどの情報収集能力なら、知られていても不思議ではない。
しかし、信じろ信じろと手札を晒して距離を詰めてくるこの娘を果たしてどうしたものか…
能力に関しては申し分ないし、また、人手が足りてないのも確かだ。
しかし、鬼島派でも衛藤派でもない、未知の組織の人間を仲間に引き入れていいのか…?
「もし手を取ってくれるのでしたら、映像機器やセットももちろん、私を尾張さんのお母様に変えて、車にはねさせることもできますよ。何せ私、生命力が沢山ありますから…よりリアリティのある映像が撮れます」
そこまで分かっている、か…
「…そこまでしてくれる理由が分からない」
「言ったじゃないですか。貴方を特公に引き入れるためのポイント稼ぎだって」
「絶対に入らないけど、力は貸して欲しいかな」
「いいですよ。絶対に堕としてみせますから」
俺たちはお互い目を見合わせる。
何が分かるでもないが、廿六木の瞳の奥にあるモノを確かめる。
底は全く見えないが、少なくとも俺を陥れようという感じでは無い…と思う。
「そんなに見つめられたら…………。男の子がいいですか?女の子がいいですか?」
「異世界人か」
そんな世間知らずいねーよ。
「……………分かった。君の力を借りたい」
「はい。宜しくお願いします」
上品にお辞儀をする彼女は、育ちの良いお嬢様のようだった。
とても特対相手に事を構える可能性のある組織に所属しているとは思えない。
しかし秘めた能力は本物だ。
「早速だが、その撮影の件を皆に話すためにこれから打ち合わせがある。君のことは警察の協力者として紹介するから、そのつもりで」
「はい」
成り行きで とどろきが なかまに くわわった▼
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