第204話 次の段階へ
【尾張
四十万さんからそんなタイトルのメールが送られてきたのは、依頼をした週の金曜日の夜の事だった。
尾張 広恵というのは尾張の母親の事か。
メールを開いてみると本文には簡単なあいさつ文しかなく、情報は添付ファイルにまとめられていた。
早速開いてみると、一番上には顔写真と全体写真、名前や年齢などの基本情報が載っている。
そしてその下に生い立ちや尾張悠人との関係性、死亡した時の状況など細かく載っていた。
・尾張 広恵 享年48歳
・31歳の時に結婚し、その後長男悠人を出産。
・41歳の時に夫が病死し、その後は女手一つで悠人を育てる。
・悠人が15歳の時に酔っ払いの運転する車が二人の歩いている所へ突っ込み、広恵は息子を車から庇って衝突しその後地面に激突。死因は外傷性ショック死。
・近所付き合いは良好。誰にでも分け隔てなく優しい性格。
他にも学生時代の事とかが詳細にまとめられていたが、知りたかったのはここらへんだな。
そしてやはり、尾張の目指す"理不尽無き世界"のルーツはここだな。
若くして(今も若いけど)両親を病気と事故で亡くしている。
能力を得たのは、ヤツが実験だなんだと活動し始めたタイミングからするに、母親の死の直後から半年以内というところだろう。
大人になる前に理不尽な死にあい、死者を操る能力を持ち、そして協力していると思われる何者かに吹き込まれ、こころが歪んでしまった。
目的を達成する為に手段を選ばない、人の命を軽んじる性質が感じられる。
しかし、同じように大切な人を亡くした相手には慈悲深いような対応をしたりする…と。
(あんなでも警察である)清野を引き入れたのも、アイツの境遇に感じる物があったのかもしれないな。
「よしっ…」
情報の整理を終えた俺は携帯を操作し、真里亜と、市ヶ谷たち【黄泉送り組】のグループにメッセージを飛ばす。
尾張母の見た目と死因が分かったので、早速手を打つことに決めた。
元々明日は『アフターケア』の名目で聖ミリアムを訪問する予定だったから、その時に皆に協力を申し出てみよう。
あとはこの前知り合った少年たちと…もう少し『役割の無い死者』の話を聞ければベストだな。
尾張は今、足のつかない所で自分の計画が順調に進んでいると思っている。そしてそれは概ね間違っていない。
未だ特対の誰もヤツの足取りが掴めず、逆に世間のネクロマンサーへの注目と関心は高まるばかりだ。
なので、ここらでそろそろ揺さぶりをかけないとならない。
人的資源の乏しい俺が出来る持続可能でエコな方法で…
「来たか…」
二組から返信があった事を確認した俺は、朝早くミリアムに行くのでさっさと就寝することにしたのだった。
__________
「尾張くんの首尾はどうだ?」
「あ、ボス」
とあるアジトで、尾張の協力者二人が尾張の様子について話をしていた。
声をかけられた情報担当の男がパソコン作業を止め、自分のボスに向き合っている。
ボスと呼ばれた男の方は腕を組みながら遠くの席にいる尾張を見ていた。
「今のところプラン通りみたいっすね。蘇生作業は一段落して、今は駒の配置とか諸々情報収集っす。自分も手伝ってます」
「そうか」
順調と聞いて微笑む男。
男の方も連日飛び込んでくるニュースを見て、計画がつつがなく進行していることは分かっていた。
それでも何か潜在的、顕在的なリスクがあれば早めにヒアリングし先手を打とうとここに足を運んだというわけだ。
「強いて言えば、彼が気にしている塚田っていう人と折り合いが良くないらしくて、気にしているっすね」
「拘るな…。どうしてそこまで?」
「彼曰く、単体の戦力でその人に敵う能力者を知らない、とのことっす」
「そんなにか。…しかし一人の強者が与える影響なんて、今の状況ではたかが知れてると思うがな。今や相手は特対全員と言えるワケだしな」
「僕もそう思うんですけどね。やたら気にしてて」
「ふむ…」
男は何やら考えている。
男の思考も特対の方針と似ており、一人の能力者の仕事には限界があると思っていた。
なので特定の個人に固執するよりも、一人でも多くの特対職員を削るか、多くの能力者の魂を復活させるかした方が有益であると感じている。
だがそんなことは尾張とて承知しているハズだとも思っている。
そして、その上で拘る塚田という人間に少し興味が湧いていた。
あまり話したがらないが、少しだけ黄泉の国に行った時に"何かあった"と考えるのは自然である。
「…ところで、尾張くんは今何を?」
「あー…休憩中は僕が用意したテレビゲームをやってるんですよ。なんか、あんまりやったことがなかったらしくて」
「ゲームか。そういうところは年相応だな」
「っすね」
今から気を張ってもしょうがないので、適度にガス抜きをしているのなら安心だと語る男。
そして話を切り替える。
「さて、当面抱えるもう一つの問題である死体維持の為のインフラの件だが…」
尾張が蘇らせた死者の活動には限界があった。
それは、体を維持するために必要な内蔵泉気が切れたときである。
なので死者と恒久的に共存する世界の実現のためには、死者に泉気を外部から補給する設備・施設の確保は急務であった。
「はい。交渉には土地とかインフラに強い企業と交渉するのが早道かなと思いました。少し強引かもしれないですけど、早急に話し合いの席を用意したほうがいいですね。これ、候補の企業っす」
「用意がいいな」
情報担当の男が紙の束を渡す。
それはインフラ整備を進めるため仲間に引き込むべき企業のリストであった。
そしてその中には、南峯財閥の名前も入っていたのだった。
「休憩が終わったら、尾張くんと話そうか」
「はい」
尾張と卓也。
2つの陣営が、同じようなタイミングで次のフェーズへと進もうとしていたのだった。
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