第193話 サンブンノイチ

 死者の件から2日後の月曜日



『えー、亡くなられた方が蘇るという、衝撃的なニュースが週末に流れたわけですけど…いかがですか?』

『そうですね。にわかには信じがたいと言いますか…そんなバカなと言いますか。ただ、そのニュースを後押しするように、例の動画が公開されていますからね…』

『はい。では都内の警察署や交番への問い合わせから、その直後に動画サイト【MeTube】に投稿された動画の内容等を時系列順にパネルにまとめましたので、確認していきましょう―――』


 出勤前に俺は居間で朝食をとりながら、テレビから流れているニュースを見ていた。

 画面の中では局アナとコメンテーターがファンタジー感溢れる尾張の仕掛けに対し、真と偽、両方の要素を述べている。

 また番組の所々で、蘇った人の家族などの取材コメントが流れ、尾張に感謝する様子が映っていた。

 まだ調査の裏も取れていない状態で白黒ハッキリつけるようなコメントをすることは無かったが、番組は終始"蘇りは良いもの"だというニュアンスを含む構成で進んでいったように見える。



『なんか、感謝されてますね、ネクロマンサーさん』


 俺が飯を食っている横には、実体化したユニと琴夜が揃ってテレビを見ていた。

 そしてニュース番組を見た感想を琴夜が呟いたのだった。

 やはり、俺と同じような感想を抱いたようだ。


「琴夜もそう思うか?」

『はい。能力の真偽についてはあまり触れていませんが、暗に亡くなった人が戻って来て良かったねーって言ってますよね』

「そうだな」

『でも、止めるんですよね?』


 こちらを向き、そう問いかけて来る琴夜。

 俺は手に持ったスナックパンを皿に置くと、真っすぐに見つめ返し、ハッキリと口にした。


「やるよ。俺は誰よりも先に尾張を見つけ出して、殴る」

『そうですか』

「…その為には、二人の力が必要になる。どうか引き続き、俺に力を貸してほしい」


 座ったままではあるが、俺は頭を下げる。


 これまで俺は事件解決の"協力者"として動いてきた。

 特対職員ではないから、鬼島派閥も衛藤派閥も関係なく、出来る手助けをしてきたに過ぎなかった。

 しかし今は違う。

 俺には尾張を追う理由が出来た。


 スタンスとしては"見つけ次第確保"の姿勢を取っている鬼島派に近い。それに大月や駒込さんなど親しい職員も多く居る。

 だが、でなくては駄目だ。

 俺が見つけ出し、そしてぶん殴る。そこは譲れない。誰かが見つけた後に強引に殴っても意味がないんだ。


 協力する振りをして情報だけ貰い、ある程度のところで抜けるという早道も存在するが、それは身勝手に鬼島さん達を利用しているようで宜しくない。


 かといって"見つけ次第殺す"姿勢の衛藤派閥とは、とてもじゃないが協力関係は結べそうにない。

 下手したらこの先敵対関係になる可能性だってあるぐらいだ。

 だからこことも組めない。


 つまり俺はひとりで尾張を見つけ出さなければならないのだ。

 これまでみたいに無所属の志津香や光輝に情報収集を依頼する事も出来るが、職員である彼らに自分のワガママの為だけの要請は出来ない。

 ヘタをすれば特対への利敵行為とみなされかねない行動を友人には頼めないからな。


 情報も、ノウハウも、人員もない俺が特対を出し抜くには…

 攻めには琴夜の【死者を見分ける能力】、守りにはユニの【防衛力】。

 二人の力が必要なのだ。


 見ただけで死者を見分ける事の優位性は言うまでもない。

 さらに一昨日の件で尾張にこの家の住所はバレていたので、この屋敷全体に強力な結界を張ってもらい、許可なく部外者が侵入する事が出来ないようにしてもらっている。

 性能は折り紙付きなので、暗殺の恐怖に怯えることなく安眠することが出来た。


 ユニと琴夜は、俺が気兼ねすることなく協力を頼める数少ない相手なのだ。



『今更水臭いぜ、タク。どんなことがあったって、あたしたちはタクの味方だ』

『そうですよ。それに貴方は私たちのマスター。するのは"お願い"ではなく"命令"のハズでは?』


 頭を下げる俺に笑いながら答える二人。

 どうやら最初から一緒に戦うつもりだったようだ。


「…ありがとな」


 そんな二人に改めて礼を言う。


「でも、マスターとその従者…っていうのは少し違うな」

『『?』』


 俺の訂正に疑問符を浮かべる二人。

 他に何が?と言いたげだ。


「運命共同体…の方がしっくりくるな」

『…ふふ。なんですかそれ』

『かっこいいな、ソレ』

「はは」


 満更でもないような反応で良かった。



『でも、具体的にはこれからどうするんですか?見つけるのは大変そうですけど』

「そうだな…。とりあえず"戦力を削る"のと、"炙り出し"かな」

「なんだそれ?」


 恐らく、尾張はもう機が熟すまで人前に出てくるつもりはないだろう。

 だからやる事は二つ。


「後者は考え中だからまだ実行には移せないが。前者は、一昨日西田が戦闘要員を尾張が用意しているというのを教えてくれたから、それをなるべく多く、秘密裏に消していく」

『私の出番ですね』

「ああ。もし俺が普通に生活していて、街に死者が居たらどんどん教えてほしい。そいつらに仲間のフリをして近付いて、もし戦闘要員だったら人気ひとけのないところに誘い出してそのまま消す」


『ここではし辛い話がある』とでも言えばいけるだろう。

 死者の間だけの"符丁"などがあれば、できれば早いうちに聞き出しておきたいものだ。


『"事故被害者広報担当"と"元能力者戦闘担当"を見分けるのはどうするんだ?』

「そこは会話の中で引き出すしかないな。"任務"とか"能力"なんてワードを出して反応を見る」

『なーる』


 先に『どんな能力なんだ?』とふっかけるのもいいだろう。

 脇の甘い奴なら案外教えてくれるかもしれない。ただの事故被害者には無縁の話題だしな。


「ただ、できれば死者は全員消しておきたいんだけどな…」

『何故ですか?』

「これも西田の言だが、尾張によって死者は"いつ自由意思を奪われるか分からない"ということだったろ。だからこれと"死者に能力を付与する機能"を合わせると、戦闘要員とか関係なく死者全員が兵士になりうるんだ」

『確かに…。自分の支配下にある人に"能力"と"命令"を一斉送信できるとなると、大惨事になりますね』

「ああ。既に遺族の人たちは人質に取られてるようなもんだ…」

『思ったより状況は悪いな…』

「だからこっそりと、俺の面は割れているかもしれないから出来れば顔も隠すか変えるなりして、街に潜む戦闘要員は減らしておきたい…」


 真里亜に頼めば見た目完全な別人にすることが容易だが、平日は俺の能力で髪の長さや体型を弄るくらいが関の山だな。それでもやらないよりかはマシだが…。

 接触の直前だけでも姿を変えるようにしよう。


『でも仕方なくとはいえ、事故被害者を消したらまたニュースになりそうですね』

『だな。カメラの前で遺族がこれ見よがしに泣いて、警察の仕業です~!とか言ったりしてな』

「それはあるかもな。でも、最初だけさ、このムードは」

『え?』

『どういうことです?』


 俺の見立てに疑問符を浮かべる二人。


「ヤツが語った『死者が普通に暮らせる世界』な…。ありゃ根本的に受け入れられないと思うんだ」

『それは、制度とかそういう事でですか?』

「それもある。金銭的、制度的、人道的…そんな世界が実現しそうにない理由は挙げだしたらキリがないよ。でも、本質はもっとシンプルだ」

『なんだよ…?』

「"能力が使えて死ぬことのない"人間を、生きてる人間が受け入れるワケがないと俺は思ってる」

『ああ…』


 別に日本人がどうとかいう話ではなく、人類はこれまで脅威となる他種族を排除したり支配することで"人類を確立"してきた。

 動物園の中の動物だって、檻の中にいて、知能が低いから存在を許されていると言える。


 もしライオンやオランウータンが人類を殺す武器を作ることが出来て、それを使う頭があれば、あんな風に近くに置くことはないんじゃないだろうか。

 猫や犬の大好物がヒトの肉なら、家の中で放し飼いされるだろうか。

 極端だが、そんな話。


 尾張が生み出したのは、人間と何ら変わらぬスペックに加え"超能力"を備えることが出来る、心臓や首を吹き飛ばしても死なないかもしれない存在。

 それらと今後も同じように暮らすことが出来るか?俺は難しいと思う。


 今は悲しい結末を迎えた人たちの"再会の物語"として、美談になっているが。

 尾張という個人が支配できる人間を真の仲間だと認めることが出来るだろうか?

 存在を認知し大量に社会復帰してしまった後で、風向きが変わって生きている人間に牙をむくかもしれない。


『認知された後は絶対に意思を奪う事はしない』と尾張に念書を書かせれば安心か?

 有り得ないな。

 そんな状況になる前に阻止するのは当然として、仲良く死者と暮らす世界なんて実現しない。


「尾張が死者を完全に復活させる能力者だったらワンチャンあったかもしれないけどな」

『そうですね。そんな事出来る能力は今まで聞いたことありませんが』


 長年生きてきた(?)琴夜が言うんだから、存在しないんだろう。


「…しかし、歴代の強い能力者と戦わなくちゃならない可能性があるのはキツイなぁ…」


 尾張に協力するかどうかは置いておいても、厄介だよな。


『歴代と言っても、そんな昔の人は呼べませんよ?』

「ん?そうなん?」

『はい。黄泉の国で転生するまでの待ち時間は、人間の時間でせいぜい10年くらいですから』


 特別な理由があって転生を先送りにされなければね…と補足して、そんなことを言う。


「え?じゃあベートーヴェンとかアインシュタインとかピカソとか、アーサー王とかクーフーリンとかは襲ってこないの?」

『まさかぁ。漫画やアニメの話じゃあないんですよ?』

「…そう」


 笑われてしまった。

 有名画家を呼べるのなら、紫緒梨さんに会わせてあげられたのに…なんて思ったり。

 しかしまあ、ここ10年以内の敵なら特対に蓄積もあるし『打つ手なし』なんて事にはなりづらいだろうな。

 良かった。


「…っと、そろそろ支度しないと」


 ニュース番組の左上に表示されている時刻を見て、俺は着替えるために動き出すことに。

 ともかく、今日から"二つの目標"のため色々とやらなくてはな…。











 _______













(戸締りなんてしなくても、この家には何人たりとも入れないぜ?)

(そういう事じゃないんだよ、こういうのは)


 スーツに着替えビジネスカバンを装備した俺は、強力なユニの結界が施された屋敷外門の施錠を済ませる。

 ユニの言うように、扉も窓も全開で出ても問題は無いだろうがな。


(じゃあ、琴夜は死者の発見、よろしくな)

(はい)

(ユニは、結界と他に何かあれば適宜頼む)

(任せろ!)


 二人に改めてお願いをし、俺はまだ通い慣れない最寄り駅へ向かって歩き出した。

 すると―――


「よぉ」


 俺に話しかけて来る一人の男が居た。

 どうやら、俺を待っていたようだ。



「…四十万さん」

「俺と組まねえか?塚田」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る