第194話 続・出世欲の強い男

 突然現れた四十万さんは、突拍子もない提案をしてきた。

 そして、始めは鬼島さんか衛藤さんに頼まれてやってきたのだと思ったが、それにしては言い方が少し不自然なことに気付く。

 俺は今でも特対に協力はしているから、言うとしたら『派閥に入れ』とか『下に付け』が妥当だ。

 しかし今、彼は『組もう』と言った。もしかして、単独で動いているのか?

 確認する必要がある。


「四十万さん」

「おう」

「俺はこれから、誰よりも早く尾張を見つけるつもりで動きます。なので、誰かの下に付くつもりはありません」


俺は自分の方針をハッキリと伝えた。


「そうか。でもまあ、それでいいぜ。指揮はお前。俺や俺の部下はサポートに回る。それなら組むか?」

「随分と高待遇ですね」


 とりあえず話だけでも聞いてみるか。

 とはいえ、のんびりお茶しながら、というワケにはいかない。

 出勤時間だからな。


「とりあえず、駅まで歩きながら話を聞きます」

「分かった。じゃあ行くか」


 こうして俺たちは、駅に向かって歩きながら話をすることにしたのだった。









 _______










「四十万さんは、鬼島さんや衛藤さんと一緒にやらないんですか?」


それほど駅まで離れていないので、早速本題に入ることにした。

俺は『俺の下につく』という四十万さんに疑問をぶつける。


「…俺はよ、元々は郡司さんの下で動いていたんだよ。まあ、役職が上がってからはチームを持つようになって、俺が先頭で動いてたんだけどな。横濱の時に居たろ?」

「ああ」


 俺は手際よく【手の中】のメンバーを収容施設に運んでいった人たちの事を思い出す。

 あの人たちが四十万さんの部下でありチームメンバーか。


「で、ネクロマンサーの一件で郡司さんが殉職して、俺がその座を引き継いだまでは良かったんだが、人員が衛藤さんにほとんど持っていかれちまったんだ」

「元"郡司派"の人たちが…ってことですか?」

「そうだ。元々郡司さんを慕って付いてたような人たちが、復讐に燃える衛藤さん派に入るのは火を見るよりも明らかだろ。そして出来上がった"低いお山の大将"が俺だってワケだ」


 自嘲気味に語る四十万さんだが、その表情は決して曇っていない。

 むしろ上昇志向を漲らせ、強かに爪を研いでいるように見えた。


「まあ俺と郡司さんじゃタイプが違いすぎて、順当に引き継いだとして結構な人間が離れていったと思うけどな」


 冷静に自己分析し、そう話す。

 中々派閥というのも大変なんだな。


「だから、業務ガワだけ引き継いだスカスカの地位をいち早く固める為に、手柄を立てなくちゃいけねぇんだ。それにはどっちかの後ろをついて回ってたんじゃ駄目なんだよ」

「なるほど…」


 四十万さんの置かれている状況と目的は理解した。

 鬼島さんと衛藤さんを出し抜かなければならないという点は一致している。

 だがもう一つ確認することがある。


「どうして声をかけたのが俺なんですか?」


 傍から見れば俺が鬼島さんと懇意にしているのは明らかだ。

 なのにわざわざこうして俺をヘッドハントしに来たのはどうしてだ?


「ダメ元ってのが前提にありつつ、理由は2つだ。1つは、お前が一昨日共有した音声データな。あれを俺も聞いたんだが」


 尾張がメッセンジャーを使って勧誘しに来た時の隠し撮り音声のことか。

 俺はすぐにそのデータを共有し、ヤツの目的が職員に知れ渡ることになる。

 まあ、MeTubeでアッサリ判明したけどな。


「わざわざ尾張がお前に言いに来たのを見て、二人に特別な因縁があると踏んだ。だからもしかしたら誰の協力も借りず一人で探し出すかもと予想したんだ」


 概ね当たり。

 黄泉の国での俺の力を見た尾張が西田を使って仲間に引き入れようとした。

 俺は西田を利用しようとした尾張を許さない。

 この因縁を、四十万さんは情報を知らないなりに嗅ぎつけたワケだ。


「もう一つの理由は?」


 俺が尾張との因縁から一人で動こうとしている可能性を読んだのは分かった。

 他に理由があるとしたら何だ。


「前にも言ったと思うが…」

「?」


 四十万さんは少し溜めて、いつもの怪しい笑みを携えて話す。


「お前からは出世の匂いがするから、だな」

「……なるほど」


 これ以上ないくらい清々しい理由を俺に伝えたのだった。


『報酬はいらないから何でもやらせてくれ』と言う人間よりも、『報酬さえくれれば何でもやる』と言う人間の方が信用できると語る人がいる。

 四十万さんも後者の部類だ。

 正義感や忠誠心も勿論持っていると思うが、それよりも余程分かりやすい"利害"を前面に押し出し動いている。


 俺が組むとしたら、丁度よいかもしれないな…



「っと、駅に着いちまったな」

「ですね。もし良ければ今日の昼頃、神多に来てもらえませんか?続きをそこで話したいのですが」

「ああ。こっちとしてはありがたい。昼頃になったら神多のへんに行くから、前渡した携帯番号にかけてくれ」

「分かりました。では後ほど」


 俺は突然訪ねてきた四十万さんと駅で別れる。

 気持ちはほとんど決まっているが、昼に具体的な話をする約束をして、俺は会社に向かう電車へと乗ったのだった。


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