第192話 サンブンノニ

 特対本部 部長室


 超能力犯罪を取り締まる部署のトップが使用する部屋。

 普段はあまり使われる事の無い部屋に、今日は四人も職員が居た。

 この部屋の主であり、特対部長の【神楽かぐら あまね】が椅子に座り、デスクを挟んで正面に鬼島・衛藤・四十万の三人が立っている。

 三人は緊張した様子で、部長が言葉を発するのを待っていた。


「―――昨日から、警察関係各所への問い合わせの電話が鳴りっぱなしです。担当者を大量増員してもなお、休む暇がない程…だそうです」

「「……」」

「また、大臣や公安、一部能力のことを知る官僚からも早々に事態の収束に当たるよう責付せっつかれています」


 神楽が淡々と現在置かれている状況を説明し、他の三人はそれを黙って聞いているだけである。

 まだ相槌などを打つ段階ではないことを理解しているからだ。


 三人の大人が発言のタイミングを計るくらい、神楽からは言葉にならぬプレッシャーが放たれていた。


「皆さん、闇に葬ってきたネタが骨と一緒に墓の中から掘り起こされて公開される、またはそれで脅される事に怯えているというのもありますがね…」


 自業自得ですね…というようなニュアンスが若干込められているが、誰もそこには触れない。


「…しかしそれを置いても、世間は混乱に陥りつつあります。昨日公開された何とかチューブの動画ですか?あれもかなり流行っているみたいですね」


 流行などに少し疎い部長に説明しようと、三人の中で一番の若手(?)である四十万が発言をする。


「はい。仰る通り昨日公開された元人気配信者のMeTube動画が、公開されて数時間のうちに1千万再生を超えていました。現在動画サイトの運営を通じて元動画の削除は完了しておりますが、コピーが次々と出回っており、ネット上から完璧に消すのは不可能な状態となっております」


 四十万の口から、今年の1月に亡くなった配信者がアップロードした"ネクロマンサーと超能力の暴露動画"についての説明がされる。

 問題となったオリジナル動画自体は既に削除済みだが、そのコピーを第三者が上げて、それを削除してもまた別の誰かが…と、イタチごっこの状態が続いており、完全に閲覧を規制するのが困難であることが伝えられたのだった。


「まあ、ネットに一度出回ってしまえばそうでしょうね。仮にその動画サイトでは見れないようにしたとしても、個人のサイトや海外のサイトで永遠に追いかけっこでしょう…」

「…確かに」

「それに、そんなに必死に削除を繰り返していれば、興味を持っている人間にとっては好奇心に注ぐ燃料にもなり得ますしね」

「は…申し訳ありません」

「いえ、初動としては正しいですよ。何もしなければ相手はどんどんつけあがります。無駄でも、抵抗を見せるのは大事ですから」


 職員の対応に一定の評価をする神楽。

 確かに解決には至らないが、付け入る隙を極力見せないようにするのは当然であると語る。


「さて、それでは三人とも…」

「「「はっ」」」

「超能力に関する世間への対応に関しましては、私の方で行います。三人には、一刻も早くネクロマンサー・尾張悠人を無力化し、これ以上被害が広がらぬよう努めてください」

「「「承知しました」」」


 神楽の指示に同時に礼をする三人。

 そして、それぞれが課せられたミッションを解決する為、部屋を出ていくのだった。




「ふぅ…」


 部長室に一人残された神楽がため息をつく。

 そして体の大きさに合わぬ椅子に体を預け、天井を見やる。

 その様は、年端もいかない娘が背伸びして父の書斎の椅子に座っているようであった。


 神楽 周 よわい十三

 巫女として今代の特対部長能力者統括の任に就いた少女である。


『お疲れー、アマネっち。元気ないねー。ダイジョブ?』

「ああ、カミサマ…」


 神楽が見上げている天井に突然現れたのは、巫女である彼女に憑き裏で能力者社会のバランスを保ってきた"神"である。

 その神が気さくに、呑気に、軽そうに

 自身の依り代である神楽を労った。


「…ついにこの時が来てしまったのか、と憂いていたんですよ……」

『あーね。てか、もう情報化社会だし、いつまでも隠し通せるもんでも無いっしょ。それがたまたまアマネっちの代だったってだけの話じゃん?』

「…いちいち親指と人差し指と小指を立ててチャラい手の形にしないでください…威厳を保ってくださいよ、威厳を」

『いやいや、本気出したら俺の威厳エグすぎるから押さえてんのよ』

「はぁ…」


 二度目の溜息。

『溜息を吐くと幸せが逃げる』なんて言われているが、幸せが逃げて何も残っていない時に吐きたくなるのが溜息だろうと強く思う神楽であった。


『まあそう溜息つきなさんなって。これからはダイバーシティ多様性の時代よ?能力世界だってどんどん変化していったっていいじゃん?あ、ちなみに商業施設の事じゃないぜ』

「…まあ、そうですが」

『てか、そのためにんでしょうが』

「そう…そうですね」

『な?つーか、これからっしょ』

「…そうと決まれば、進めましょうか」


 神の説得で幾分か元気を取り戻した神楽は、こういう日の為に進めておいた計画を実行に移すことを決意し、早速動き始めたのであった。















 _______










 ■衛藤派閥


 部長との会議から30分後

 特対本部の大会議室の一つには衛藤派閥と呼ばれる職員たちが着席し、リーダーの衛藤からの言葉を静かに待っていた。

 そして、全員の前に立つ衛藤が皆を軽く見回し、言葉を発する。


「…皆も知っての通り、尾張が大々的に動き出した。昨日から死亡事故の被害者にアピールさせたり、これまで我々が治安の為に守ってきた秘密を世界に向けて動画で発信させたりと、やりたい放題だ」


 ゆっくりと、しかし皆が確実に聞こえるよう、ハッキリと話す。


「しかもヤツは敵である我々だけでなく、計画に必要な能力を確保する為に、同じ学校の生徒まで殺害しようとした。事故被害者の為、事故被害者の遺族の為と謳っているが、最早ただのイカレた殺人鬼だ」


 親友の死だけでも衛藤個人の動機としては十分すぎるのに、尾張はこれ以上にどんどん罪を重ねている。

 尾張確保は、特対職員全員の総意として疑いようがなかった。


「ヤツがこれまでしてきた事、これからしようとする事を絶対に許すな!ヤツは全ての人に混乱と悲鳴をもたらす怪物だ!だから―――」




 ■鬼島派閥


 同時刻 別の大会議室。

 こちらも、鬼島を慕う多くの職員が着席し、リーダーの言葉を待っていた。

 そして…


「死霊術の力は非常に強力だ。世界にとって猛毒にも、良薬にもなり得る。もし彼が力に目覚めたばかりの頃に我々がいち早く接触出来ていたら、事件調査に大いに役立っていただろうね…」


 衛藤とは対照的に、怒りの感情を一切見せずに淡々と"もしも"の話をする鬼島。


「殺人事件において"最大の目撃者"たりえる被害者自身に話を聞けるんだ。これほど有用な力は無いだろう」


 鬼島は、道を違えていなければ今頃尾張は皆に感謝される存在になり得たと…そうならなかった現実を憂いているようであった。


「まだ17歳そこらの彼がこのような暴挙に出て、死者を数百体も用意できるほどの泉気を確保して、今も我々の目から逃れ続けるほどの環境を、ひとりで用意できるわけがない。必ず、裏で手を引いている者が居ると私は踏んでいる」


 そもそも、特対職員の誰かが接触する前に能力の説明を受け、泉気の消し方を教わり特対のデータベース登録から逃れるということが、まんま非公式組織のやり方を踏襲していた。

 故に、その手引きした人間を確保する事も、特対の使命であると考える。


「…こんな話で尾張の肩を持つワケじゃ決してないんだ。一般の人々の為にも、彼の確保は職員全員の使命だと考えている。しかし彼の確保だけで全てのうみが取り除けるとは思えない。だから―――」





「尾張を必ず殺す!」


「尾張は生きて確保する!」





 それぞれのリーダーの言葉に、職員たちが強く返事をする。

 同じ特対内の二つの大きな派閥が、それぞれ別の方針に基づき動き出したのだった。














 _______











 一方そのころ…

 派閥会議とほぼ同時刻に、薄暗い倉庫の中で二人の男が出会っていた。


「…泉気のメッセージ、見たよ」

「そうか…」

「僕の本体は出られないから、メッセンジャーで申し訳ないけど…ありがとう、僕の取り組みに賛同してくれて…」



「清野さん」



 薄暗い倉庫の中で、尾張のメッセンジャーと、特対3課の清野誠が邂逅していた。











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いつも見てくださりありがとうございます!


タイトルの長いサブタイみたいな部分を削除しました。

主題は変わらず【現実ノ異世界】なので、引き続きよろしくお願いいたします。

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