【第6章】死者に権利を 咎人には償いを
第185話 引っ越し祝い
■母の懺悔と後悔
子供が悪いことをしたら、叱ってやるのが親の務めだ。
外面とか世間体だとかポーズとか、そういう利己的な理由ではなく。
全ては我が子が真っすぐに育ってほしいという願いを込めて行う。
例えその瞬間は関係が悪くなったとしても、大きくなって『あの時叱られて良かった』と自覚することなど無くても、健やかに育ってくれればそれで良い。
『大学は国立を目指そうかと思ってるよ』
『あら、もう大学の話?』
『うん。だって
『あらあら、忙しくなるわね』
『平気さ。なんてったって、母さんの息子だからね』
夫を早くに無くし、ずっとひとりで子育てをしていた私には常に不安が付きまとっていた。
口にはしないだけで悠人くんに寂しい思いをさせているのではないか、とか。
私に気を使って言いたい事も言えてないんじゃないか…とか。
無理矢理私たちのエゴで高校まで決めてしまったけど、本当は専門的な分野を学びたかったのではないか…とか。
でも…
喜々として大学のことを話す悠人くんを見て、私は自分の子育てが100点ではないかもしれないけれど、決して間違っていたワケではないと、そう思うことが出来た。
いずれ素敵な人…例えば春日さんちの美鈴ちゃんと結ばれて、素敵な家庭を築くところまで見られれば満足だわ…なんて。
これ以上は流石に傲慢かしら…
『危ないッ!!』
買い物の帰り道。
私たちの方へ突っ込んでくるトラックから悠人くんを庇う為、咄嗟に突き飛ばした。
そして私は後方へと思い切り吹き飛ばされ、宙を舞う刹那に死を確信する。
死んだ事の無い私でも分かる、『これはもう助からないな』と。
でも視界の端に写る一見無傷な悠人くんを見て、私は安堵していた。
怪我の事もそうだが、もう悠人くんは私が居なくても生きていけると思っていたから。
私の両親もきっと
悠人くんのお嫁さんやその子供の顔を見れないのは非常に残念であったが、まあそれは仕方ない。我慢しよう。
私が今際の際に見たのは走馬燈などではなく、何パターンもの最愛の息子の未来の映像だった。
そして願う。
どうか私の事など気にせず、健やかに、思うままに生きていってほしいと。
『…ここは』
終了したと思っていた私の意識は、何故か続いた。
しかもそれは病室などからではなく、自分の家で、素っ裸の状態で。自分の遺影と位牌と骨壺とその他諸々の前で眠る、痩せこけた息子の近くで再開したのだ。
色々と不可解な事は多い…というか不可解なことだらけだったけど、とりあえずこのままでは悠人くんが餓死してしまう事は分かった。
私は急いで洋服を着て、ご飯の準備に取り掛かることにする。
電子時計を見ると事故にあったとされる日から3週間近く経っており、冷蔵庫の中の食材の多くは期限が切れていた。
私はお米と冷凍しておいた野菜なんかを使って簡単な食事を作った。
『駄目じゃない。ご飯はちゃんと食べなくちゃ』
そして悠人くんを起こしたのだ。
それからすぐにとある男性が訪ねて来て、私たちの現状と超能力の世界について説明してくれた。
そしてその人は『協力しよう』とも言った。
悠人くんは明言しなかったが、そこからコツコツと何かをしているのは分かった。
高等部に進学しても成績上位を常に維持し、以前私に語ったプランを実行しているように見せても。
良くない道に進んでいるという事は、私も気付いていた。
早く問いただして、止めさせないと…
一日の行動のほとんどを制限されていた私には考える時間がたっぷりあった。
しかしそんな私の葛藤も、途中で連れてきた朽名さんの言葉にかき消されてしまう。
『悠人くんは、お母様がもう一度堂々と外を出歩けるように、いつも頑張っていますよ』
…私には止められなかった。
ちゃんと叱って、謝らせて、正しい道に進むようにしなければならないのに。
『まだ一緒に生きたい』と願ってしまった。夫との間の、たった一人の息子と、もう一度…。
それがどんなに困難で、達成できたとしても多くを失っているであろうその道に進むのを…。
止められなかった私は、母親失格だ。
_________________
【死者に権利を 咎人には償いを】編
「このサンドイッチ、旨いな」
「本当ですか!」
「ああ。また食えて良かったよ。ありがとな」
「嬉しいです…」
俺は美咲の作って来てくれたサンドイッチを食べながら礼を言う。
すると美咲も満足そうにしてくれた。
デリバリーや店屋物などが多く並ぶ歓迎会の食卓の中で、数少ない手作り料理だ。
俺は良く味わって食う。
「ん!?この煮物うっま…!」
そしてサンドイッチ以上に食卓の中で異彩を放つ"煮物"の皿から里芋を一つ摘み口に運ぶと、思わず声が漏れてしまう。
しっかりと火が通りホクホク食感かつ、優しい味が染みている。
「コンニャクも、インゲンも…ゴボウも…!全部旨い」
これはまさしく家庭の味。買ったものではないな。
何処か安心する味。そう!ずっと食べ続けられるような、そんな体に近い成分の料理。
これを作ったのは誰だ!?シェフを呼べ!
俺が心の中で美食倶楽部主宰者の如き一言を呟いていると―――
「…私が作った」
志津香が名乗り出たのであった。
「え、これを志津香が?」
「そう」
「先日あんなに指を怪我していた志津香が?」
「練習した」
「マジか…」
俺は志津香の成長性に驚かされる。
志津香…君は本当に頼もしいヤツだ…
特対に潜入して君と知り合えて本当に良かったと思っているよ…
そしてやれやれ…もう煮物をほとんど食っちまった…
「食べたいなら、また作って来る」
「おう。楽しみにしてるよ」
「わ、私もサンドイッチ以外にも別のを作ってきますよ!」
「サンキュー」
「私も…今日はお菓子だけだけど、今度は…」
「お、なごみも料理得意なんか。上手そうだもんな。そういうの」
「ま、まあね…」
女子力高そうだもんな。
「愛、私たちも特訓よ…」
「私は一通り出来ますので、いのり様のレベルアップをしていきましょう」
「そ、そうね。愛は出来るものね…」
いのりは何やら対抗意識を燃やしている。
愛は、使用人だもんな。なんでも卒なくこなしそうだし。
一人暮らしの俺はそんなに料理しないから、この家の広いキッチンを持て余すよりかは皆に使ってもらうのもアリだよな。
いや、作らせるとかそういう意味ではなく…。
「兄さん」
「ん?」
「今度"パトゥルジャン・イマム・バユルドゥ"を作ってきますね」
「は?」
なにそれ?守護霊でも出現させる呪文?
____________
「うーむ…」
「何唸ってるのよ?アンタも食べれば?」
「そうだぞ。折角の卓也のお祝いだ。食べなきゃ失礼だ」
「鷹森…しかし…」
駒込・大月・鷹森の三人は、盛り上がっている卓也たちを尻目に粛々と食事をしている。
と言っても、駒込だけは落ち着かない様子で先ほどからうんうんと唸っているのだが。
「よくあんなことがあって、落ち着いていられるな…」
駒込が、先ほどのニュース速報を受けてもなお、普段通りにしている皆に感心していた。
「まあ、ここであたふたしても何の解決にもならないしね」
「そうだな」
「それはそうなんだが…」
「アンタこそ、よく飛び出さずに残り続けてるじゃない」
「それは…」
チラリと卓也の方を見て、駒込が答えた。
「塚田さんがあまりにも動じないから…」
「そうね。まあ私もだけど」
テレビから流れた『死者が蘇った』というニュースを見て、一同にはかなりの緊張感が走っていた。
尾張の秘匿義務をものともしない、そしてこれから大きなことを起こそうと予感させる行動に、塚田宅にいるメンバーのほとんどが驚かされ言葉を失っていた。
しかし直後に放った卓也の―――
『とりあえず、飯にするか』
という一言にみな賛同し、食事会が再開したのだ。
勿論これに駒込が反論したが…
『そんなことをしている場合じゃ―――』
『理由は4点あります』
『…理由?』
『ええ。尾張が行方をくらましてから約3週間。鬼島さんや衛藤さんをはじめとした対策本部の人たちが必死に探しても足取りは掴めず、今日になって一斉に死者が
『…』
『それに対し、何も準備をしていない我々が今からいたずらに動き回っても、さして効果のある働きが出来るとは思えません』
『それは…そうかもだが……』
『2つ目は?』
光輝が次を促す。
『恐らく今頃鬼島さんがニュースを受けて、色々と対策なり次の一手を考えてくれているハズです。その前に下手に動いてその邪魔をしたくないっていうのがあります』
『なるほど…』
駒込が頷く。
鬼島の動向予想に関しては概ね同じであった。
『そして3つ目は、これはまあ…予感みたいなもんなのですが……』
『…?』
前の2つに比べて歯切れの悪くなる卓也に疑問符を浮かべる駒込。
他のメンバーは黙って待っているだけである。
『尾張は近々、接触してくると思います…』
『…一体何のために?』
『それは…』
卓也は黄泉の国へ行き、西田さくらの魂が現世に呼び戻されていることを知った。
これが尾張の仕業だとして、西田本人から俺との関係性を聞いていれば喜んで"取引"に使ってくるだろうと読んでいる。
他にも蘇らせた人間に縁のある能力者が居れば、戦力増強のために接触してくる可能性は高いと感じていた。
ただしこれは個人的な因縁なので、大っぴらに話すような根拠ではない。
なので卓也は
『…何となく、そんな気がしているだけなんですが』
と、言葉を濁した。
『何となくですか…』
『はい。もしこれらの理由を跳ね除けてまで動くメリットをお持ちなら、勿論止めません。特対本部に居たほうが入ってくる情報も多いでしょうからね。でも…』
『でも…?』
『空いてませんか?お腹』
『…………あぁ』
卓也に言われ、改めて空腹を実感する駒込。
この時の為に朝を減らしておいたので、当然の状態である
『腹が減っては戦はできぬって言いますし、とりあえず動くのは食べてからでも遅くないのでは?これが4点目です』
『……ですね』
卓也の説得に応じ、駒込は動くのを一旦止めた、というワケだった。
とはいえやはり落ち着かないのか、多少ソワソワを続けているのである。
「…でもまあ、塚田んちに来てて良かったかな、私は」
「どういうことだ?」
大月が突然そんなことを言うもんだから、思わず駒込と鷹森は耳を傾けた。
「もし今日普通に休暇取って出かけてたら、あたしもさっきみたいにパニックになりかけていたと思う。それで、鬼島さんもあたしの相手をしてられないだろうから、無駄にドキドキしてたかもって…」
「…」
「でもアイツが落ち着いて状況を見てコントロールしてくれて、言葉にしてくれたから…あたしはこうしてフライドチキン食べて万事に備えてられるんだと思う。言えないけど、ハズいし…」
「そう…かもな」
「卓也は追い詰められるほど力を発揮するからな」
まだ付き合って間もない三人だが、それぞれが卓也を理解している。
ともに死線を潜り抜け、同じ釜の飯を食い、ゲームをしたことで(一人だけだが)長年の友のような距離感になっていた。
特に駒込と大月は、米原の一件以降特に気にするようになっている。
それぞれの同期のピース生よりも、もしかしたら…
Prrrrrr…
そんなことを考えていると、何人かの携帯に着信があった。
大月と駒込、鷹森にも着信があり、それを見た三人はそれぞれ顔を見合わせた。
「言ったとおりになったね…」
「ああ」
「…だな」
それぞれの携帯には鬼島からの一斉送信で、30分後に特対職員でリモート打ち合わせをする旨のメールが届いていたのだった。
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