第186話 リモート打ち合わせ
「すまない卓也、後で空いてる部屋を貸してくれ。リモート打ち合わせの予定が入った」
光輝がふと俺にそんなことを頼んでくる。
どうやら先ほどの一斉着信は、特対職員向けの打ち合せ連絡メールのようだった。
「やっぱり、鬼島さんから?」
「ああ。卓也の言ったとおりだ」
そう言って見せてきたスマホの画面には、先の件で特対の対応に関する情報共有と方針表明を行う旨の文章が記載されていた。
注釈で、休暇中でも可能な限り参加する事とあるので、ここにいる六人も参加するのだろう。
「なるほど…。分かった。空いてる部屋を二人ずつ使ってもらえば問題は無い…けど」
「ん?」
「どうせなら、みんなでデカイ画面で見れば?」
俺は親指で買ったばかりの60型テレビを指さす。
スマホの小さい画面で見るよりも、これで全員同じ画面に入っている方が意見も交換しやすいハズだ。
「光輝のスマホをこのテレビに画面出力して、あの台にスマホを置けばカメラが全体を撮れるだろ。で、マイクは外付けのを使えばみんなの声もちゃんと拾えるから、スマホで一人ずつ参加するよりかはやりやすいと思うぞ」
「それは…助かる」
「ありがとうございます、塚田さん」
駒込さんが礼を言ってくる。
「いいですよ。打合せの間は俺たちは別の部屋に居ますんで。終わったら呼んでください」
「あ、じゃあ皆で私が持ってきたお菓子でも食べててよ」
「おう。サンキュなごみ」
話がまとまり、食事も一通り済んだので、早速準備に取り掛かる。
「じゃあ、セッティングしますかね」
「では、私は残った物を包んで冷蔵庫にしまいますね」
「じゃあ私はいのり様と食器を洗ってしまいます」
「任せて」
「あたしと冬樹で机とか拭いておくわね」
「OK。俺はカメラとかケーブルの準備しとくわ」
それぞれが役割分担を申し出て、スムーズな片づけが始まる。
「えと…私たちは……」
すると困ったように美咲が呟く。
「特対組はいいよ。打ち合せのレジュメとかあるでしょ?読んでてよ」
「でも…」
「いいからいいから。お客さんだしね」
それに、片づけにこれ以上の人数が入るとかえって効率も落ちるし。
これくらいの分量ならこの人数がベストだ。
いのりや愛たちもお客さんだが、まあしょっちゅう来てるしいいだろう。
「水鳥、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。塚田さんの言う通り資料も添付されているし、目を通さないと」
「…そう…ですね」
駒込さんの言葉に引き下がる美咲。
「んじゃあ、やりますか!」
こうして、リモート打ち合わせに向けて皆で動き出したのであった。
____________
『えー…定刻となったので、これより特対の全体打ち合わせを行いたいと思う』
60型のテレビには、打ち合わせの進行を務める鬼島とその横に衛藤・四十万、そしてPC操作の為のデジタル戦略チームの長が一人と、議事録係の職員の計五人が同じ部屋に居るのが写っていた。
そして鬼島の画面の上にサムネイルのように小さい窓で、他の参加者の顔が何人か映し出されている。
他の参加者は発言するとき以外は基本マイクはオフにしており、カメラに関してはオンにしている者も居れば、オフにしてユーザー名だけが表示されている者もいた。
ちなみに、先日の特対の一件で殉職した郡司の業務は四十万が引継ぎ、ポジションもそのまま彼が代わりを務めている。
喜びばかりではないが、ようやく彼の念願かなって出世を果たしたのであった。
『では早速、先ほどメール添付した資料の2ページ目から始めたいと思う。画面に表示してくれ』
『はい』
鬼島に言われデジタル戦略チームの者がPC操作をし始める。
しかしそこで
『…ん?』
衛藤が何かに気付く。
『どうした?』
『いや…鷹森の部屋は…なんだ?』
『鷹森くん…?』
衛藤の言葉に鬼島も四十万も、表示されていない他の職員も皆"鷹森の画面"を探し始める。
『ああ…』
そして鬼島も軽く驚いたような声をあげた。
「どうかしましたか?」
卓也の家の居間で、鷹森は何事かと言った様子で聞き返す。
だが、志津香と大月以外の三人は少しバツが悪そうな顔をしている。
それも当然だ。休暇中の職員が揃って同じ画面に入っているのだから、それを不思議に思う職員が居るのは分かり切っていた。
この中で分かっていないのは鷹森くらいなものだろう。
志津香と大月は、分かってはいるが気にした様子が無いだけである。
そして三人はできればスルーしてもらいたかったが、やはりバレてしまったかと内心ガッカリした。
『いや……君たちは…それは、どこにいるんだい?会議室じゃないようだけど…』
「塚田の家です」
「「「………」」」
『塚田…くんの家に居るのかい?君たち、六人で?』
『なんでまた…』
鬼島の質問に光輝がアッサリと答え、それを受けて衛藤も驚いている。
休暇を取得している1課の職員が六人も同じ人物の家に居るというのだから、誰が聞いても驚くだろう。
しかもそれが、ここ3カ月の間で一躍時の人となった人物の家となればなおさらである。
「塚田が先週新居に越したので、そのお祝いに皆で来ました」
いともたやすくバラされる卓也のプライバシー。
そして、それを受けて多くの職員が内心穏やかでなくなっていた。特対のマドンナが(以下略
マイクはオフになっていても、映像からざわつきが伝わってきていた。
『オホンっ!えー、事情は分かった。塚田くんの家に皆でお邪魔していて、部屋を借りて打ち合わせに参加したんだね』
「はい」
収集がつかなくなる前に鬼島がまとめに入る。
既に打ち合わせ開始予定時刻から5分が経過しており、早く進めたい意図があった。
ところが
『鬼島さん、どうでしょう。塚田もこの場に参加させるというのは』
衛藤が、卓也の打ち合わせ参加を提案してきたのだ。
『いや…しかし、彼はあくまで外部協力者で……』
『今更外部も何も無いでしょう。彼は何度もネクロマンサーと対峙しているし、向こうも塚田を意識しているような事を言っていた。むしろ遠ざける方が不自然でしょう』
『…』
『どうせ後から鷹森たち経由で断片的に聞くくらいなら、最初から全て開示して協力を仰ぐ方が余程健全ではないのか?』
『うむ…』
衛藤の意見に言葉を詰まらせる鬼島。
個人的には当然力を借りたいと思っているし、尾張と卓也の間に"見えない縁"のような物も感じていた。
だが、いきなり特対の情報共有の場に(今は)嘱託契約すら結んでいない卓也を招き入れたいかと言われると、即断出来ないのもまた事実である。
これまでも色々な案件で頼ってきたではないかと言われると耳が痛いが、それでも"宝来の依頼"という"手順"は踏んでいた。
しかし今回の情報共有は"引き金"になりかねないと踏んでいる。
この後に正式に依頼を持ちかけても、首を縦に振るかは怪しい。
だが放っておいても自然と関わってくるのは自明である。
この本音と建前、人情と効率の間で、鬼島は頭を悩ませていたのだった。
『四十万はどう思う?』
鬼島からの返事が直ぐには出ないため、衛藤は四十万にも話を振った。
『…そう、ですね。私も情報共有には賛成です。今のところ本人が望まない所でもかなりホシと絡んでいるように思えます。であれば、いっそ早めに巻き込んでしまった方が、不意の接触の際に情報不足による遅れを取るリスクを減らせるのではないかと…』
『うむ。私も概ね同意見だ。いかがかな、鬼島部長代理』
いち早い動きを求められている今、この件で鬼島が首を横に振ることは出来なかった。
『…分かった。鷹森くん。塚田くんを呼んでもらえないだろうか』
「はい。ちょっと聞いてきます」
そう言うと鷹森は立ち上がり、卓也を呼びに居間を退室する。
そして同じ部屋では、駒込と大月が鬼島を案ずるような目で見ていた。
一方そのころ、渦中の卓也は―――
____________
「八切り!"2"が2枚!4!アガリー!!!」
「やられたわ…」
「魅雷、大貧民な」
六人で大富豪をやっていた。
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