第183話 革命の鐘の音が聞こえる
10月下旬の土曜日 昼過ぎ
「お惣菜買って来たわよ」
「からあげからあげー」
「おーう、サンキュー。そこに置いておいてくれ」
近くの弁当屋でお惣菜のオードブルセットを買ってきた七里姉弟が元気良く帰って来る。
皿やコップ、飲み物の準備などをしていた俺は、その大皿容器に入った料理を机の空いてる場所に置くよう指示した。
既に机には宅配ピザやサラダなどが並べられており、かなり大きい机にもかかわらず大分埋まってしまっている。
が、"今日の参加人数"を考えるとこれでもあっという間に無くなってしまうだろうな。
「卓也さん、運ぶのをお願いします」
「あーい」
台所では先程まで聖ミリアムで授業を受けていた真里亜といのり、そしていのりの付き人の愛が盛り付けの必要な惣菜や簡単な料理などの準備をしてくれていた。
新しい台所は中々の広さなので、三人並んで立っても問題ない。
さて
何故こんなパーティーの準備をしているのかと言うと、なんと今日は俺の引っ越し祝いをする日なのだ。
聖ミリアムでの事件解決から三週間ほどが経ち、三年半お世話になったアパートを引き払った俺は、先週末に無事本合五丁目の屋敷へと引っ越しが完了したのだった。
これほどスムーズに引き渡しからアパート解約までが済んだのは、ひとえに早く物件を手放したい不動産屋の尽力といえる…。
今週は仕事終わりにちょくちょく【
前の家からの荷物がそれほど無いので、荷ほどきに苦労する事も特になく。一先ず最低限生活に必要な居間や台所・風呂トイレ・寝室などの整頓を優先的に済ませた。
おかげで問題なく快適に過ごせている。
そしてウチによく遊びに来る人間には、引っ越しが完了した旨と新しい住所をグループチャットで伝えておいた。
すると皆から次の休み…つまり今日遊びに来るという連絡が来たのだが、いのりが『引っ越し祝いをやろう』という提案をし、皆もそれに賛同し今日の回が開かれることになったというワケだ。
ところが昨日になって光輝から個別メールで連絡が入る。
内容は、『特対の人間に引っ越し祝いの件が知られ、是非祝いたいと言う人間が何人かいるのだが連れて行っても良いか』というものだった。
メンツを見て、今回のミリアムの件でお世話になった人も居たので、参加を許可することにした。
もとより断る理由も無かったんだけど…。その追加メンバーというのが凄かった。
初期メンバー
・俺
・いのり
・愛
・真里亜
・光輝
・魅雷
・冬樹
追加メンバー
・志津香
・美咲
・なごみ
・駒込さん
・大月
うーん…錚々たるメンツだ。
どういう経緯で知られることになったのかは気になるが、まあ今の家は広いから問題は無いハズだ。
「! 来たか…」
引き続き準備をしていると家のチャイムが鳴ったので、廊下にあるカメラ付きインターホンの受信機へと向かう。
外門の映像を確認したところ、やはり訪ねてきたのは特対のメンバーだったので、俺は玄関の戸を開けて外門までの道をサンダルで歩いて出迎えに行った。
「ようこそ、みんな」
「卓也、連れてきたぞ」
先頭にいる光輝の後ろに目線をやると、五人の特対メンバーが私服で並んでいた。
そしてその中から代表して駒込さんが紙袋を持って俺の前へと出る。
「塚田さん、引っ越しお疲れ様です。これ、つまらない物ですが…」
「お、ありがとうございます」
渡された紙袋の中には赤ワインが入っていた。
今日は脂っぽい料理がいっぱいあるから、これは嬉しいな。鴨のパストラミ〜クリームチーズ乗せ〜の時にあけよう。
思わず喉が鳴る。
「こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ」
「お邪魔します」
皆を入るよう促すと、外門の鍵を閉めて母屋へと歩きだす。
見ると志津香や美咲やなごみも袋を持っており、何やら手土産の予感をさせている。
何だろう…お菓子かな?
「広…」
大月が思わず声を漏らす。
絶賛パーティー準備中の居間を見ての感想だろう。
これだけの人数が囲める食卓なんて、俺だって中々見たことが無い。
見慣れているとしたら、この中だといのりと愛くらいなもんだろうな。
ちなみに、俺もまだ全然飯時が落ち着かない。
これまでは適当にテレビを見ながらパンとかを食ったりしてたけど、今はとにかく広い机を一人で使っているせいで寂しさが際立ってしまうのだ。
テレビを点けているからまだマシだが…無音だったら寂しくて死んでしまうかもしれない…なんてな。
「皆は適当にくつろいでいてよ。もうすぐ準備は終わるからさ」
席に座っているよう指示して、俺は残りの準備に取り掛かろうとした。
しかしそんな俺に、志津香と美咲が質問をしてきたのだった。
「あの、卓也さん」
「ん?どしたの二人共」
「実は私と竜胆さん、今日の為にお料理を作ったんですけど…」
「うん」
「おー、マジでか」
なんと、二人の袋には手料理が入っていた。
これは嬉しいな。
なんかデリバリーを追加しようかと思っていた所だったから、渡りに船だ。
「じゃあそっちの奥の台所に愛がいるから、二人共渡してもらえる?」
「愛…デスカ……?」
「あ、うん」
美咲に聞き返される。
そういえば、二人は面識はなかったな。
「背の高い子がいるから、その子に渡してよ」
「卓也とはどういう関係?」
「? えーと…」
改めて聞かれると難しいな…
いのりの使用人で、俺に告白をしたことがあって…
そんなこと、言ってもな…
「兄さん!ウエットティッシュどこー?」
「あ、おう!」
どう説明したものか考えていると丁度よく冬樹から呼ばれたので、俺はその流れに乗っかることにした。
「すまん、とにかく台所にいる誰かに渡してくれればいいから!」
「…はい」
何か湿っぽい二人に指示をして引き続き準備を始める。
大丈夫…だよな?
「塚田」
今度は大月が話しかけてくる。
色々な意味で忙しいな。
「おう。どした?」
「あれからどう?体に異常は?」
「またそれか…」
「またって何?心配してるんじゃん」
大月は先日の一件以降、俺が"黄泉の国"、そして"地獄"に行ったことの後遺症が無いかをしつこく聞いてくるようになった。
いくら大丈夫と言っても信じてもらえず、力こぶを作って「パワー!」と茶化すと「は?イミわかんないし」と睨まれる。
嘱託として特対本部でB班職員の治療をした時に、何人かから能力の使い過ぎを心配されたが、その時同様大丈夫な事の証明が中々難しい。
大月曰く「いつ反動が来るか分からないでしょ」とのこと。
今日ウチに来たのも、たぶんそれの確認だろうな…。
こうなった原因は、現世に帰還した際の"市ヶ谷の変化"を目にしたのが大きいのだろうな…
____________
■黄泉の国からの帰還後のこと
美鷹市内の公園に辿り着いた俺と五人の生徒たちは、特対の転送能力者によって本部へと向かう。
転送先がそこそこ大きな会議室で、そこに鬼島さんや駒込さんや大月がいた。その他にも何人かの職員がおり、何やら会議をしていたみたいだった。
よくよく見ると【ネクロマンサー対策本部】の打合せの時に見かけた事のある職員が居たので、恐らくそれ絡みの会議をしていたのだろう。
まず鬼島さんが俺たちの帰還を喜んでくれた。
ミリアム生の間や警察内部では、被害者…特に最初の方に居なくなった八丁や市ヶ谷の生存は絶望視されていただけに、無事な様子を見て安心と驚きが入り混じった感情だったのだろうな。
しかし直ぐに市ヶ谷の様子がおかしい事に気付いたようで、その事について質問された。
なので俺たちがこれまで何処に居たのか、そこで何があったのかを説明し、彼の変わり様を説明するための土台を準備することに。
昼間に捕らえた米原から事情聴取をしていたようで、狙われた対象などある程度の経緯は把握していた。
おかげで説明がスムーズに進み助かったが、地獄・黄泉のくだりは皆ほとんど信じていなかったらしく(無理もないが)俺が真実だと伝えた時はかなり驚いていたのが印象的だった。
そして市ヶ谷本人の口から、途中で自暴自棄になって自ら地獄へ行ったこと、白髪化はその時にあてられた沼気というエネルギーのせいだということを伝えた。
そして証拠として、安全な距離を取ったうえで市ヶ谷には少しだけ沼気を放出してもらう。
するとサーチを使ってそれを見た対策本部の面々が目を見開いた。
普段は黄色っぽいエネルギーが、黒…寄りの灰色になっているのだ。
明らかに異質なエネルギーを放つ市ヶ谷に、話の信憑性が数段上がった。狙い通りだ。
ちなみに俺は市ヶ谷の隣に居たが、炎熱地獄の時と同様具合が悪くなったりはしなかった。
てっきりそれはユニコーンが守ってくれているのだと思っていたら、琴夜のマスターになった事で沼気が効かない体になったということだった。
なんか、どんどん…まあいい。
そして、生徒一人一人の黄泉体験を話し終えたところで、鬼島さんに一報が入る。
『尾張悠人がネクロマンサーだ』という一報が…。
俺の心は【やっぱり1割:まさか2割:何故7割】の配合だった。
名前が視えない時点で関係者だという事は分かっていたので、最初は米原のように未成年の不安定な心に付け込まれ協力させられているのだと思っていた。
直接話した感じは好青年で、パーティー会場で接したネクロマンサーとは似ても似つかぬ印象だった。
学園でも、いつでも俺を消す機会はあったんじゃないのか…と。こちらを試しているのか…?
彼の動機や都合など、考えても全く答えには辿り着かないんだけどな。
ともかく、尾張がネクロマンサーであることが分かり特対はバタバタし始めた。
そして緊急会議が開かれる事になり、俺たちは全員"参考人"としてそれに出席させられたのだ。
会議では獅子の面の男改め、元特対職員:朽名と尾張の決定的な会話の音声データが流され、これまで衛藤さんが網を張っていたところにようやく引っかかったのだと、一部の職員が喜んでいた。
駒込さんから後で聞いた話では、今日まで衛藤派の人たちは能力ではなく"足で地道に"調査し怪しい人物をマークしていたのだという。
第一段階として絞ったのは【都内に住む年齢が二十歳未満】の人間だとか。俺がパーティ会場で話した玩具屋のくだりを参考にしたらしい。
そしてその中に、尾張がいたのだ。
彼が度々怪しい人物と話すところや、登録されていないのに泉気を纏う場面などが、違法スレスレの調査で目撃されていた。
そんな手を使うほどに、衛藤さんの怒りが凄まじかったということだ。
これに関しては何とも言えないな…。
『学園調査組』として話を振られた俺たちは、代表して俺が今回聖ミリアムで起きた失踪事件の内容と、それがネクロマンサーの件にどのようにリンクしているのかをかいつまんで説明する。
他の五人とは事前に口裏を合わせ、"向こうの住人の厚意"で黄泉から帰してもらえたという事にしているので、皆にもそのように説明した。
ユニコーンや琴夜の説明も特にしていない。俺たちだけの秘密だ。
一旦会議が終了した後、鬼島さん経由で玄田のおっちゃんと服部理事長を呼んでもらい、助けた五人と保護してもらっていた守屋萌絵を交えてさらに別の会議を行った。
そこで、今回の事件の"本当の内容"を共有し、その上で一般に公表するための"嘘の内容"を作る。
途中、仕方なく鬼島さんから理事長に超能力の説明をしたが、何とか受け入れて貰えた。
かなり驚いていたのは言うまでもないが。
そして、最終的に決まったシナリオはこうだ。
失踪事件は探偵である俺が、行方不明の五人を見つけ出したことにする。
犯人は身代金目的の営利誘拐で、騒ぎになりづらい寮暮らしの生徒を標的にした。(この架空の犯人役には収容中の能力犯罪者を使うらしい)
市ケ谷の白い髪は本人に染め直すか聞いたところ『このままがいい』と答えたので、極度のストレスでこうなったという設定に。
ちなみに本人は『ストレスに弱かったのは本当ですし』と笑いながら話していた。
肝心の米原と尾張は、急きょ【転校】したということになった。
米原は収容所に、尾張は追跡中だが一先ず誘拐事件を解決したことにするためそのような処置にするんだと。
鬼島さんの決断に躊躇いもなかったし、こんなことはこれまでも何回もあったんだろうな…
服部理事長は二人の生徒が犯罪に手を染めた事実に複雑な表情を浮かべていたが、五人の生徒が無事で帰ってきたことに心底安心したようだった。
見ると生徒たちも、表情がほころんでいる。本当の本当に終わった事を実感したのだろう。
そんな中で市ヶ谷は何やら思う所があるのか、真剣な表情をしていた。
まあ、今は置いておくか。
とまあそんな感じで、現世に帰ってからも大忙しな俺だった。
五人の生徒は疲れているだろうからその日も特対本部にある部屋に泊まっていったが、俺はいのりを家に送ってそのまま帰宅したのだ。
その時やたらと駒込さんと大月に心配され、泊まって精密検査やらなんやら受けて行けと言われたのを丁重にお断りし家路についた。
いのりには何があったかをたっぷりしっかり説明させられ、自宅に着くころには23時になっていた。
しかもそこから、まだ家に居た真里亜にも同じ内容の説明を寝る直前までさせられ、完全に開放されたのは土曜日の26時だった。
ちなみに真里亜はその日も泊まっていった。
以上が『聖ミリアム生徒連続失踪事件』の結末である。
____________
「いいから検査受けなって、子供じゃないんだから」
「いいって…!」
滅茶苦茶しつこく食い下がる大月。
心配なのは分かるがいくらなんでも過保護すぎる。どうしたというのだ。
「駒込さん、何とかしてくださいよー」
思わず近くに居た駒込さんに助けを求める。
すると…
「塚田さん。悪いけど、私も大月に賛成だ」
「えぇ…」
「ホラ」
2対1になってしまった。
駒込さんはなんやかんやで味方してくれると思っただけに、俺は窮地に追い込まれてしまう。
「先日、私たちの目の前で塚田さんが例の刀に刺された時に思ったんです。塚田さんもただの人なんだなって…」
「え…」
そりゃあ俺は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースではないしな…硬化しなきゃ刃は体を貫通する。
いや、そんなことが言いたいんじゃない事は分かってるけどね。
「これまではどこかで安心感と言うか、頼っていた部分があったんですけど。それは間違いだという事に気付きました」
「あたしは頼ってないけどね」
「だから、ちゃんと助け合って、ちゃんと心配することにしたんです。私も大月もね…」
「駒込さん…」
「あたしは心配してないけどね」
俺は米原の使った刀が"葬送の小太刀"だと分かった上で『あえて刺された』とは言わずにいた。
情報の出どころを問われた時に大変だからだ。
その結果、二人には心配をかけてしまったみたいだな。
でもまあ、これはこれでいいと思う。
俺が人間だと言うのは事実なのだし、死ぬときは死ぬし、気絶するときはするだろう。
だから、頼りにさせてもらいたい。俺も輪に入れてほしい感じある。
("ただの"ではないけどなー)
(癒しと冥府の支配者ですよねー)
(そこ、うるさいよ)
瞳の住人がツッコんでくるが、俺は普通の生活をまだ持っている。
両立できるよう、過ごしているんだ…
「兄さん、テレビ点けていい?テレビ!」
「ああ、いいぞ」
「やったー!」
「食べる時は消しなさいよね、冬樹」
冬樹が購入したばかりの60型テレビに興奮している。
今回の任務の報酬50万円から奮発して、部屋の広さに合うよう大きめのを新調したのだ。
今までは狭い部屋だったから小さいテレビを使用していたが、流石にこの贅沢な広さの居間に小さいのはな…と思ったのだ。
しかしこれでブルーレイとか見ると普通に感動するのだが、レトロゲームをやると"粗さ"が結構目立つ…
まあ、さして問題ではないが。
「うーん…なんか面白いの無いかなー」
冬樹が適当にザッピングを始めるが、興味を引く番組が無いようで中々チャンネルが止まらない。
土曜日の昼間は散歩とか流行のファッションとか、中学生が見るようなもんはないよな。
そしてとうとう一番興味を引く番組がやってなさそうなNHKに辿り着いてしまう。
「あら、速報だって。何かしら」
丁度チャンネルを変えた時に、パリっとしたスーツを着た女性アナウンサーが、焦った様子でニュース原稿を読み上げ始める。
「皆さん、お料理ができました…ニュースですか?」
「速報ですって」
台所で準備をしてくれていた愛といのり、続いて真里亜・志津香・美咲が続々と居間に入ってくる。
料理などを机に置きつつ、ニュース番組の異様な雰囲気に目を引かれていた。
そして直後、その速報の内容に驚かされることとなる。
『えー…本日正午過ぎから都内の交番や110番に、"死んだハズの人間が蘇った"という通報が相次いでいる模様です…!今確認できているだけでも同様の通報が20件は入っているそうです。繰り返します。本日正午過ぎから―――』
「「「………」」」
みな言葉にしなくとも同じ感覚を共有したであろう。
これは、ネクロマンサーから世界への"宣戦布告"であるということを―――
【聖なる地獄門】編 終
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