第182話 それぞれの潮時
その男は言った。
一緒にこの"理不尽"だらけの世界を変えよう、と。
能力を持つ者が待たない者より優遇されるのは許されるのに、"超能力"を持つ者が持たない者を超えるのは許されない世界は間違っていると。
人よりも優れているのに、常に罰に怯え、大切な人と全てを共有できない十字架を背負わされる世界を壊して創り直そうと。
そう勧誘して来た。
母さんは生物学上では既に死んでいる。
でも今も、生前と変わらぬ様子で過ごしている。
2年間で僕の能力も成長し、見た目も機能も生きている者と殆ど変わりはない。
でも、もう世界では"居ない者"となってしまった。
自分ひとりでは買い物はおろか、新聞も宅配ボックスの中身も取りに行けない。誰かに見られたらそれだけで終わりだからだ。
僕が朝目覚めさせてからは、物音ひとつ立てるのもリスクだ。
僕が帰宅して母さんが夕飯を作ってくれている間は、僕はメールや電話など一切の応答が出来ない。誰が作っているんだという事になるから。
男の言う事にはとても共感できた。
理不尽に命を奪われ、蘇ってもがんじがらめの母さん。
何の罪もないのに、罰だけが残ってしまった。
だから僕は決めた―――
もう一度、死者に人権が与えられる世界にしようと
僕の能力で蘇らせた人間は食事を必要としない代わりに、定期的に泉気を補給する必要がある。
泉気の補給は僕からでなくても問題ない。能力者であれば誰でも良い。
ガソリンスタンドや飲食店のように、将来的には【泉気補給スポット】なるものが町中に出来れば、普通の人でも半永久的に生き続けることができる。
また、僕が死んでも問題ない。
コピー能力者の魂は既に見つけてあるから、その死者にコピーさせた僕の能力で僕自身を復活させ、死霊術もずっと使うことが出来る。
そうすることで、この世界から理不尽な別れを取り除くことが出来るのだ。
だが、今の条件を満たすには最低でも『能力者の存在が公にされている』必要がある。
現在の秘匿義務がある世界では駄目だ。
そのことを以前男に相談したところ、公表するためのプランはいくつかある、とのことだった。
そしてそのトリガーとなりえるのが、僕の持つ【死霊術】なのだとも言った。
男とは協力関係を結び、早速僕は行動に移した。
特対に潜入し、能力実験・情報操作、そして過去に亡くなった能力者の情報収集を行った。
「死んだ能力者を仲間にできる」というこの能力の強みを活かすためには、特対のデータベースはうってつけなのだ。
案の定特対は職員から犯罪者に至るまで、あらゆる能力者の死亡データを保有していた。
その中でも"有用な能力"とは別に『無念のままに死んだと思われる人間』を重点的に調べた。
僕に協力的な人間は、多ければ多いほど良いのだ。
僕の能力で復活させた人間は大きく
【①完全に手動の操り人形】
【②簡単な命令を遂行する自動人形】
【③生前の性格と記憶そのままに自立している人間】
の3パターンに分けられる。
蘇らせてみて全く協力的でなければ①か②にせざるを得ないのだが、どちらもあまり効率が良いとは言えない。
①は能力を意のままに行使できるが、僕の意識がそっちに完全に持っていかれてしまうので連携が取れないし
②は複雑な動きが出来ない為、能力によっては真価を発揮できない事がある。
しかし蘇らせた人間が協力的であれば③のパターンが可能となり、僕との連携が取れ、能力を使い慣れた者が高い精度で行使できる。
そして"悲しい最期"を迎えている人間ほど、僕の計画に賛同してくれる③のパターンになり得るので、特対では優先的に探した。
可能であればその人間の遺物・遺留品なども入手して…。
潜入・調査をするにあたり何人かの特対職員には死んでもらったが、計画が実現すればまた元の生活に戻ることが出来る。
致し方ない経費だ。少しの間我慢してくれ。
また、徐々に一般人にも行使して、ちょっとした噂を流布させている。
下準備とでも言うべきか。
願いを叶えたりなんだりして、良い噂として浸透しつつある。
塚田卓也
特対での僕の調査が終了した原因の男だ。
概ね情報収集は完了していたとはいえ、邪魔な存在だった。
パーティー会場では咄嗟におちゃらけて【愉快犯】を演じ、計画と伏兵の存在から特対の目を逸らさせようとしたが、直後に彼が復活させた【ヘヴィーリスナー】のせいで操っている死者の見分け方までは知られてしまうことに。
その後偶然彼を学校で見かけ、嘘の呼び出しでシスター花森を引き離しこっそり消そうとしたが、先に美鈴が接触してしまい失敗に終わる。
しかし幸いなことに米原の働きで黄泉に送られてきた為、彼が魂だけになった頃合いで現世に戻ろうかと思っていた…のに…
"全員帰還"というまさかの離れ業を成し遂げられてしまった。
ユニコーンとかいう謎の存在を使役しているし、それ以前にあの体の巨大化…
もはや1対1で正面から挑むのは得策ではない。
それに加えて、おかしな強さになった市ヶ谷先輩まで彼に懐いている。
彼からは謎の引力でも出ているのか…?
現状、僕の計画に対する脅威度は
単純な強さだけでない、"何か"がある。
僕も、計画を実行に移す潮時なのかもしれない…
____________
「悠人くん。いま朝ごはん作るから待っててちょうだいね」
「いや、違うんだ母さん。実は…」
尾張は昨日からの出来事を簡単に説明した。
昨日の夜に襲撃されて家を空けていた事、今は一日経った夜であるという事を。
「………大変だったのね。じゃあ、作るのはお夕飯かしら」
「…お願いしたいのは山々なんだけど、もしかしたら特対の連中が僕の存在に勘付いているかもしれないんだ。だから一旦隠しアジトの方へ…」
尾張が母へ説明している丁度その時、家のインターホンのベルが鳴った。
こんな時間に勧誘や営業の類でない事は明らかである。
であれば、隣人か、或いは…
「母さんは階段の影に隠れてて…」
「え、ええ…分かったわ」
尾張は自分が来客の対応に出る間、母に今居る2階の部屋ではなく階段の辺りで待機するよう指示した。
もし訪ねてきたのが特対で、しかも複数での挟撃に出た場合母が離れすぎていては守れないと考えた。
また、春日が訪ねてきた場合でも決して母の姿を見られるワケにはいかないので、付かず離れずの階段に待機するよう指示を出したのであった。
「はい」
2回めのインターホンが押されたタイミングで玄関近くの廊下に設置された受話器で返事をした。
すると受話器から女性の声が聞こえてくる。
『夜分遅くにすみません。わたくし警察庁から参りました廿六木 梓と申します。近くで事件がありまして、少しだけお話聞かせて頂いても宜しいでしょうか?』
訪ねてきたのは、もうすぐピースを卒業する予定の特対見習い廿六木であった。
「………少々お待ちください」
尾張はこれが罠だという事は分かっていた。
だが外の気配を察知し、あえて家の中へ招き入れるという選択をしたのだった。
「お待たせしました。どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
「お話はリビングでお聞きしましょう。鍵はそのままでおあがりください」
まだ幼く、とても警察関係者とは思えない見た目の少女を一人家に招き入れる。
廿六木は履いていた革靴を丁寧に揃えると、廊下へと足をかけた。
「突然で申し訳ありません。お邪魔しま―――」
行儀よく挨拶をする廿六木だったが、全て言い切る前に言葉が止まる。
「……あ…ぐっ……!」
廊下に立つ廿六木の左胸からは白刃が伸びており、徐々にその根元が鮮血で赤く染まっていった。
いつの間にか後ろに立っていた朽名が廿六木の小さい体から泉気ソードを引き抜くと、そのまま廊下に倒す。
うつ伏せの少女がフローリングに血溜まりを作り始めたタイミングで、朽名が家のドアを閉め鍵をかけた。
「尾張さん」
元特対職員が、主であるネクロマンサーに近付く。
「朽名さん。ありがとう」
「いえ…それよりも、スミマセン」
「ん?」
「"スペアの体"を失ってしまいました」
午前中に駒込との戦闘で体を一つ消失してしまったことを詫びる朽名。
しかし尾張は何てことないといった様子で「ああ…また作ればいいよ」と答えた。
「それともうひとつ…スミマセン、まさか米原のターゲットが尾張さんだとは知らずに…」
「そっちも平気。収穫はあったしね」
ターゲットが自分の主とは知らずに今まで協力していたことに謝罪をする朽名だったが、そっちも問題ないと言う。
「あっちで色々と収穫もあったしね」
「そうですか…」
尾張は、卓也のユニコーンの力の片鱗を思い出し、正面からかかってはいけない相手だと認識できたことを"収穫"だと感じた。
なので、朽名が『米原は自分を狙っている』と見抜けなかったことに対して、さして気にはしていなかった。
「…朽名さん?」
謝罪する声を聞き、それに聞き覚えがあると尾張の母親が階下まで降りて来た。
そして、廊下に伏している廿六木にも気付くと…
「あら、その子は…」
「ああ、訪問者は警察の手の者だったよ。彼が始末してくれたんだ」
「悠人くんのお母様。お世話になっております」
主の母にお辞儀で礼儀正しく挨拶をする朽名。
その横で尾張は粛々と段取りを組んでいた。
「彼女は一先ず死霊術で操って、『異常なし』って報告させないとね」
両親の理不尽な死と【死霊術】という特異な能力により死生観が既に壊れている尾張は、まるで些事であると言わんばかりに話す。
だが次の瞬間―――
「!? 危ないッ!!」
たまたまお辞儀で目線が下がっていた朽名だから気付けた。
廊下に伏し息絶えているハズの廿六木が少し動いたことに。
あとはあっという間だった。
彼女は一瞬で立ち上がり、手から刃状のエネルギーを放出させ尾張に向けて切り込んだ。
しかし朽名が見事と言える速さで間に割って入り、斬撃を自らの体で受ける。
そしてそのまま付与してもらった転移能力で尾張と母親をアジトに飛ばしたのだった。
だが朽名の体は上半身と下半身に真っ二つに切られてしまい、今度は自分が廊下に伏すことになってしまう。
「…バカな……!何故…」
「ふふふ…"残機"がまだ、ありますので…」
年端もいかぬ少女の微笑みを聞きながら、朽名はまたしても消滅してしまうのだった。
「…さて」
少女は男が消滅したのを確認すると、スマホを取り出しどこかへと連絡し始めた。
コール音が鳴っている最中、刺された胸の辺りを手でさすり、冷たい感触にちょっと顔をしかめる。
やがて相手が電話に出ると、話をするのだった。
「お疲れ様です、廿六木です」
『ああ、ご苦労。首尾はどうだ?』
「はい。やはりネクロマンサーは尾張悠人でした」
『…そうか。証拠はあるか?』
「ちゃんとアナログにボイスレコーダーで会話を録音してますよ。あとで送りますね」
『よくやった。今からそちらに人を送る。君はゆっくり休んでくれ』
「はい。それではよろしくお願い致します…衛藤さん」
会話を終えた廿六木は、スマホをしまわずにまたどこかへと電話をかける。
「もしもし。廿六木です」
『どうした?』
「今衛藤さんに尾張悠人がネクロマンサーであるという事を伝えました」
『やはりそうだったか。よくやった』
「はい。これで最低限の仕事はしましたよ。そんなことより…」
『ん?』
「塚田さんに今朝会いました」
『どうだった?』
「はい。やはり彼は私たち【公安委員会】に相応しい人間だと確信しました」
『ふっ…君も好きだねぇ』
「ええ…ふふ」
灯りの点いていない尾張家の窓から差し込む月明かりが、廿六木梓の妖しい微笑みを照らしているのだった。
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