第184話 影に棲む者たち【第5章エピローグ】
■別れ
「尾張さーん!」
アジトの一室でパソコンに向き合うひとりの青年が、"ネクロマンサー"こと尾張悠人の名前を呼ぶ。
とあるビルのワンフロアを借り切ったこの場所は、尾張の"協力者"である男のアジトのひとつである。
防音・能力対策・耐衝撃など一通りの備えは揃っており、しかも同様のアジトが全国何箇所かに存在し、転送装置でいつでも行き来可能という徹底ぶりであった。
「どうしましたか?」
青年に呼ばれ尾張が近寄っていく。
このアジトは広いメインフロアに、小さい会議室が少しとキッチンやトイレなどが備え付けられた会社のオフィスのようになっていた。
青年はフロアの端っこでレトロゲームをしていた尾張を大声で呼び、それに彼が反応したのだった。
「尾張さんのスマホに『春日美鈴』って人からメッセージが届いたみたいなんですけど、そっちの端末に転送しますー?あ、中は見てないですよ、モチロン」
「…あー、お願いしていいですか?」
「はいはーい」
尾張の確認を取ると、青年はパソコンを操作し始める。
そして程なくして尾張の持つ端末に着信があった。
「ありがとうございます」
「いえいえー」
逆探知される恐れがあるため、尾張は先日自身の元々のスマホを破棄した。
しかし誰かが彼にメッセージを送ってきた場合にそれが確認できる様、青年が事前に設定を施していたのだった。
もちろん足が付かないよう、海外サーバーなどを経由して転送している。
警察権限で通信会社に訴えかけ回線そのものが止められたり、金融機関に訴えかけ携帯料金が引き落とされる口座が凍結されればそこでストップしてしまうが、それまでは使える尾張の通信手段であった。
そしてそれらは、尾張の"協力者"の仲間である青年が設定の全て行ってくれたのだ。
尾張は特対潜入が暴かれ存在を知られて以降、能力からの情報ガードは行っていたが、物理的・電子的な対策に乏しかった。
結果、特対の足を使っての地道な調査の前に敗れ、追われる身となってしまう。
それは知識面でもそうだが、必要な人材が仲間に居なかったというのが大きい。
尾張が頼った協力者は、ITや建物の設計などに精通した人材を一通り揃えており、情報保護という観点ではかなり強固な体制を取っていた。
さらに尾張の持つ【個人情報保護砲】という手札を見た際も、面が割れていない人間にかけてしまう事で関係性が露呈してしまうと、仲間への能力行使を拒否する。
あくまでも保護するのは"身バレしている者"や"作戦中表に出る者"だけで良いと、そう話した。
こうした徹底した意識が、特対や他の敵組織からの進攻を阻止する助けとなっていたのだった。
「はは…」
春日からのメッセージを見た尾張が思わず笑う。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ。どうやら僕は学校では転校した事になっているみたいで。手際が良いなと…」
「あー…」
春日から届いたのは、何も言わず突然転校と引っ越しをしてしまった尾張を心配するメッセージであった。
そして対応の速さに笑う尾張に、青年が補足説明を入れる。
「それは特対のよくやる手口ですよ」
「へぇ、そうなんですか?」
「今回ですと尾張さんは表向き『失踪事件の被害者』になっていましたから、そこからいきなり犯人にするのには難しいんですよ。『手段は何だ?』『動機は何だ?』『今どこにいるんだ』ってことになりますから…。能力の事は話せませんし、学生が営利誘拐したなんて言っても信じてもらえませんしね」
「まあ、確かに…?」
「でも真犯人であるアナタ以外の生徒が皆戻って来ているので、被害者にしておくにしても尾張さんだけはまだ見つかっていない…っていうのは座りが悪いんですね。特対的…というか警察的には『誘拐事件は無事解決しました』って旗を振りたいわけなんですよ」
「なるほど…」
「だから"架空の"営利目的の誘拐犯は無事確保し、尾張さんは本当は戻ってきていないけど戻ってきたことにして、でも転校してしまった…。これで超能力の"ちの字"も出ずに万々歳!ってワケです。おあつらえ向きに尾張さんにはご両親が居ないので、親戚の家に行くことになった等理由もでっちあげやすいですしねー。っと、気を悪くしたらスミマセン」
「問題ありませんよ、事実ですし」
「で、貴方が協力させたという米原って生徒も恐らく転校した事になってますね。向こうは捕まっていますが、表
そう言うと青年はパソコンを操作し、尾張に画面を見せた。
「ホラ、見てくださいコレ」
「…コレは?」
「ネットにアップされている今回の誘拐事件の犯人です。でも本当は"CBの大幹部"をやっていた男ですね。重罪なので、二度と品河から出る事の無い人物です」
「この人が替え玉に?」
「はい。恐らくこの後彼は拘留中に自殺するでしょう。フリですけどね。警察は世間から一時的に無能の烙印を押され、それと引き換えに能力の秘密が守られてハイおしまい…ってワケです」
「なるほど…なんでもやりますね」
一通り説明を終えた青年は犯人の顔が写っているサイトのブラウザを消すと、先ほどのメーラーを再び立ち上げる。
「で、そんな警察の工作に手を貸す事にはなりますが、さっきのメールに返信はしますか?」
「ああ…」
「その人の為に回線をそのままにしたんでしょう?」
「…」
「ウチのボスは寛容ですから、多少のリスクはあってもそれくらいの事は許してくれるんですよ。というか、その為の僕ですからね」
情報担当の青年がドヤ顔でコンピューターのマウスをトントンと爪で叩く。
彼の技術をもってすればこれしきの事、造作もないと言った様子だ。
「……では、一通返信をお願いします。それが済んだら、もう回線は切ってもらっていいので」
「はいはいっと」
尾張は春日宛に、突然の転校に対する謝罪と、心配するなと言う言葉で締めくくったメールを一通返信してもらったのだった。
これは彼にとって、世間からの別れを意味するものである。
____________
■廿六木梓は語る
特対に付随する能力者育成組織【PIECE】
そこでは、全国から集められた素質のある未成年者を超能力に覚醒させる『前期課程』と
前期課程修了者や集められた段階で能力覚醒していた者が身体能力や知識・能力向上を目指す『後期課程』が受けられる。
特対に入職することが出来る年齢まで在籍し、壊れることなく卒業できればそこから『特対1課』としての道が始まる。
1課に所属する者のほとんどは、大なり小なり『エリート意識』を持っており、それは出自によって異なる『課』の体制や、常に仲間同士競うように行われたプログラムに起因する。
しかし本当のエリートは彼らではない。
本当のエリートは、途中で秘密裏に本来のピースのプログラムとは別に"ある組織"で、ピースよりさらに厳しいプログラムを受けさせられるのだ。
そしてピース卒業の年に、その組織へと入職する。
それが【国家公安委員会】の中にある能力者だけの組織、【特殊公安部】
通称【
普通の公安が"警察のお目付け役"であるならば、特公は"特対のお目付け役"だ。
特対よりもさらに特殊な我々は、少数故に精鋭。
ピースから引き抜きがされるのも、大体数年に一人とかのレベルである。
能力者を組織に引き入れる際に、民間の能力者組織に多く見られる傾向は『開泉者・完醒者問わず誰でもウェルカム』なのに対し、特対は『多種多様な能力者歓迎』である。
これは能力者同士の戦闘で大切なのは"相性"であったり、"質より量"というのがセオリーとされるからだ。
ところが
なので判定が厳しく数年に一度しか増えない。
選ばれたら、それは最も優れたピース生であることに他ならないのだ。
『…実は、すごい人に出会ってね。私もその人みたいに動けるようになりたくて、こうして体術プログラムを履修しに来ているんだ……』
こう語る駒込瓜生といえば現役で活躍するピース出身の職員で、多くの人間が憧れている優秀な人間だ。
ピース時代の体術の成績も良かったハズだし、多少デスクワークで鈍っていてもわざわざ後期課程に来る程ではないと思った。
そこで私がここに来た理由を質問してみると、ある一人の人間の名前が挙がったのだ。
私は話だけでは埒が明かないので、特公の同僚に頼んで『CB進攻作戦:A班出撃時』の後に特対施設の映像機器で再生された動画を調べてもらった。
するとやはり、駒込先輩が隠し撮りしたと思われる映像が鬼島部長代理の部屋で再生された痕跡が見つかる。
同僚に頼みその動画を見せてもらうと、私は衝撃を受けた。
「スゴイ…」
"彼"が治療班だと認識していた私は、駒込先輩の話す人物像と乖離があった。
治療班の体術に憧れる?そんなバカな…と。
ところが駒込先輩の話す内容が真実であることは、ビデオ開始10分で理解できた。
縦横無尽に動き回り敵を倒していく様子。
様々な獲物を持ち替えて戦う様子。
怪我をしてもすぐに回復する様子。
そして極めつけは、CBのボス上北沢との一騎打ちだ。
体の巨大化は明らかに治療能力という範疇を逸脱している。
この映像を見た上で鬼島部長代理も駒込先輩も彼を治療術師と語るのであれば、それは本当の能力を知った上で隠ぺいしていると私は読んだ。
つまりは囲い込みたいと、そういう意図があるのだろう。
『―――!!―――!!』
映像の中の彼を見て、戦ったらどっちが強いかなとか、バディを組んだらどんな役割分担になるかなとか。
どんな食べ物が好きかなとか、そんな想いを馳せるようになっていった。
気付けば私は特公の上司(仮)に当たる人に、連絡を取っていた。
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