第176話 決意の七ツ星
「"
「"閻魔
二人の男が叫び、拳をぶつけ合う。
技名を付けているだけの、"ただのパンチ"。
だがその威力は絶大で、さらにそれがぶつかり合う事で衝撃波が生まれ、気の奔流が起こり、轟音が響き、闘技場の空気を揺らした。
非常に頑丈なバリアで守られているハズの観客席でさえ、痛くて痛くて震える。
「……」
その観客席で、FOS団・副団長の尾張が二人の男の戦いを食い入るように見ていた。
声も出さず、他の誰とも意見を交換することなく、ただじっと戦いの様子を見る。
「すげぇな、尾張は…」
「……稗田くん」
観客席の一番前、バリアすれすれの場所で立っている尾張に話しかけたのは、彼と同学年の生徒。
卓也と同じく、本来ここへは来る予定の無かった招かれざる客、稗田秀和。
そんな彼が突然尾張を褒めた。
「よくそんな近くであの二人の戦いを見れるな…」
「え?」
「俺なんて、塚田さんが変身した辺りからホラ…鳥肌がおさまらねえよ」
そういってワイシャツをめくると、彼の腕にはポツポツと鳥肌が立っていた。
余りのパワーに、体が本能的に警告をしているのだ。
それは直接殺気を向けられるのとはまた別の恐怖である。
「だからよ。そんな風にじっくり見れる尾張はすげえなって」
「…多分、僕は皆と違って能力者?じゃないから、そういうのに鈍いんじゃないかな?」
「うーん…そういうもんか?」
そう言って尾張はまた観戦に戻ってしまう。
服で隠れて肌は見えないが、直視できる程に平気な様子の尾張なのであった。
一方そのころ、市ヶ谷は…
____________
「…!…!」
炎が燃えさかり、溶岩が流れる暗い地の極で、必死に素振りをする市ヶ谷。
トレーニングとしての他に、集中したり雑念を払ったりして"心を整える"意味合いで行う事の多い素振りだが、彼は全然集中できていなかった。
頭の中には先ほど卓也に言われた言葉が無限リピート・ヘビーローテーションしているのだ。
『"たった150年"ぽっちで忘れるくらいの相手だったんだな、お前にとっては』
「…っ!」
歯をギリリと噛み、強く刀を振るう。
苛立ちと無力感が混ざり合い溜まっていく。それを刀に乗せて体外へと排出しようとするのだが、一向に消えてゆかずどんどん溜まっていくのだった。
(たった150年?そんなに生きた事無いクセに、アンタに何が分かるって言うんだ…!)
(一瞬だって彼女を忘れた事なんか無い…!)
(戻れないんじゃ、どうしようもないだろ…!)
(俺は出来なかった…!)
自分の中に並列意思でも生まれたかのように紡ぎ出される言葉たち。
卓也の言葉が的外れならば、右から左へ素通りするだけである。
しかしここまで市ヶ谷の体内に残り続けるということは、それほど彼にとって刺さる一言であるのに他ならないのだ。
「ヒドイ剣だね、スバル」
「…師匠」
「いくら刀でも、そんな雑念がこびりついた刃じゃ何も切れないよ」
「…すみません。少し考え事をしていました」
剣の師である槐銀杯に指摘され、素直に謝罪する市ヶ谷。
自分でも酷い有様なのは理解していた。
100年以上も師事してもらっていてこんなんではガッカリするだろうと感じている。
「よぉ…二人とも」
「スミさん…」
エンジュに少し遅れてスミさんもスバルの元へとやってくる。
二人ともそれぞれ総務部に『卓也への伝言』を頼み、その後色々と用事を済ませここへと来た。
「上じゃ面白い事になってるぜ」
「面白い事…かい?」
愉快そうに話すスミさん。
笑いを必死に堪えているのが分かる。
「閻魔大王とさっきのタクヤがよ、闘技場で勝負するってんだ」
「ほう…」
「……」
「勝てば現世に帰れるんだとよ」
「おお、"あと一歩"だね」
エンジュとスミさんは既に勝負の詳細を把握していたが、あえて内容を少し変えて話す。
閻魔大王を知っている者であれば絶対無理だと思うような条件にし、ズレた感想を言う。
それを受けた市ヶ谷は、当然のリアクションをした。
「無理だ…」
「ん?」
「あの閻魔大王を倒す?そんなの無理に決まっている…!」
「でも、生徒も全員加勢していいらしいから、なんとかなるだろ!なぁ?」
「ああ。全く方法が無かった時に比べれば大きく前進だね。後でお別れを言いに行かなきゃ…」
「あの人たちじゃ何人束になっても敵いっこないですよ!!!!」
呑気な態度の二人に思わず声を荒げる市ヶ谷。
それを受けた彼の師匠は一言
「なら何故スバルは助けに行かないんだい?」
と放つ。
「何故って…そんなの…だって、勝てっこないし……」
「タクヤがようやく手繰り寄せた現世への蜘蛛の糸を、切れそうだから、危ないからと言って指をくわえて見ているだけなのか?死を覚悟して皆を助けにここに来たタクヤを見殺しにするのか、オメーはよぉ」
「……」
スミさんからも責められ、黙り込んでしまう市ヶ谷。
これは、市ヶ谷の心の迷いを取り除くための二人の計画だった。
「スバル」
「…?何ですか、師匠」
「私はね、閻魔大王と昔サシでやり合ったことがあるんだ」
「え…」
「ただの腕試しのつもりだったのだが、1年間お互い飲まず食わずで戦ったんだよ」
エンジュの口から初めて聞く話に、市ヶ谷は耳を傾けていた。
「それで結果はどうなったんですか?」
「結果は引き分け。決定打を与えられず、どちらも同時に体力切れで寝てしまったよ」
「それは………凄いですね…」
人間とはスケールの違う戦いに、
「そんな私が100年以上稽古をつけたスバルが弱いはず無いだろう?何をそんなに諦めているんだい?」
「…師匠」
「ひとりで私や閻魔大王に"勝つ"のは一万年と二千年早いけど、1発かまして、皆を助けに行っておいで。それで免許皆伝だ」
「……」
「居るんだろ?現世に会いたい人が」
「!」
「顔を洗って、会いに行きたまえ」
エンジュの優しい導きに、何かを吹っ切った市ヶ谷。
彼の生来の心の弱さは、長年師事していたエンジュにはとっくに気付かれている。
修行中は"諦め"に起因する開き直り状態で実力を十二分に発揮できていたが、卓也に出会ってから再び弱い心が首をもたげていた。
なので、卓也に引き渡す前に"最高の状態"にしたいというエンジュの意図があった。
ちなみにエンジュは、卓也たちが現世に戻れないという心配は最早していない。
閻魔大王との決闘の話を聞き、スミさんと二人で大笑いした。
「………師匠」
「何だい?」
「今までお世話になりました。俺、行ってきます」
「ああ」
市ヶ谷の目に炎が宿る。
川内が薪を置き、卓也が火種を作り、エンジュが空気を送ることでようやく着いた決意の炎は、100年超の修行の成果を発揮する原動力となり得るのだった。
「おいおい、そんなナマクラで閻魔大王のとこに行こうってんじゃねえだろうな」
「スミさん…」
スミさんの指摘を受け市ヶ谷が手に持っている刀を見る。
幾度となく打ち込んだ刀は刃こぼれしており、もうすぐ新調する予定の素振り用のものだった。
確かにこれでは一撃入れただけて砕け散ってもおかしくないと感じる市ヶ谷。
「おめえの武器は用意してある。ついてきな…」
「え…」
代わりの武器の話をする暇なく、スミさんによって市ヶ谷はある場所へと連れて行かれることになった。
____________
第四層 叫喚地獄
八層あるうちの真ん中に位置する地獄に連れてこられた市ヶ谷。
黙って先を歩くスミさん。
そして一番うしろを歩くエンジュという構成である。
何度か訪れたことのある市ヶ谷だが、改めてこんなところに武器なんてあるのだろうかと疑問を浮かべていた。
「ここだ」
ようやく目的地に着いたスミさんは、あるモノを取りに向かう。
「ここって…"沼気の沼"ですよね」
「そうだね」
市ヶ谷の疑問にエンジュが答える。
沼気の沼は文字通り沼気が湧き出る巨大な沼のことである。
ここから発生した沼気が地獄全体に広がり、各所のエネルギーとなるのだ。
故に沼気濃度は地獄で最も高い道理である。
「ホラよ」
スミさんが沼の近くから持ってきた物を市ヶ谷の手の上に乗せる。
ビー玉よりもやや大きい黒い宝玉が七つ、鎖で繋がれていた。
「これは…?」
「俺がスバルのために作って、100年間"沼気に漬け込んだ"武器だ」
「武器…」
「お前がエンジュと修行を始めて50年くらい経った辺りで作り始めたんだよ。お前がエンジュを超える戦士になるようにってな」
「スミさん…」
鍛冶職人であるスミさんが、市ケ谷のためだけに丹精込めて作成した武器。
それを沼気に直接漬けてじっくりと寝かせた。
纏う沼気はそんじょそこらの黄泉の住人の比では無い。
「この星も見えねえ地の獄で、いつか見られるようにと願いながら作った7種の武器。その名もズバリ【七ツ星】よ!!」
一つの宝玉に一つの武器。
それが七つ連なった市ヶ谷専用の魔導具。
普通の人間には扱えない、中まで沼気たっぷりの武器。
「さぁ、それでタクヤを助けに行ってこい!!」
「…はい!ありがとうございます!!」
スミさんから最後に背中を叩かれ、市ヶ谷は闘技場へと向かった。
卓也と皆と一緒に現世へと帰るために。
【七つ星】
■沼刀ミザール
■沼槍メラク
■沼弓アリオト
■沼鎚アルカイド
■沼双剣メグレズ
■沼杖ドゥーベ
■沼鎌フェクダ
スミさんは意外とロマンチスト。
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