第174話 パパはエンマダイオー

「娘とはどういう関係なんだ?」


 物凄い形相で睨んでくる琴夜パパ。

 ていうか顔コワ 机デカ 部屋広…


「この前話したでしょ。仕事についてアドバイスをしてくれた人が居るって」

「ああ…」

「それがこの人よ」

「うんうん…!」


 俺はめっちゃ頷いた。

 デスメタルのライヴに来ている客くらい、それはもう、上下に。


「卓也さんは私に(、仕事に)とって大切な(事を教えてくれた)人なの!」

「何ィ…?」

「ちゃんと正確に伝えよう、琴夜」

「キサマにお義父さんと呼ばれる筋合いはないッッッッッッッッ!!!!!!」

「ッ―――!」


 咆哮ほうこう――――


 黄泉の国、ひいては地獄の長の咆哮は、それだけで必殺の一撃になりうるのだと理解した。

 空気が張りつめ、衝撃波が発生し、肌を突き刺すような圧が襲い掛かる。

 普通であればこれだけで戦意喪失しひざまずいていただろう。


 かろうじて俺の心が折れなかったのは、皆を現世に戻すという使命感と、『お義父さん』などとは断じて言っていないという事実に支えられたからだった。


「大きな声で叫ばないでよ!お父さん!」

「ム…すまん」


 あれだけの迫力だった閻魔大王が、娘に叱られてシュンとなってしまう。

 娘を溺愛しているんだな…。

 あと奥さんにも頭が上がらなさそう。


「ねえいいでしょう?私の恩人で、生きたままここに送られてしまった被害者なのよ」

「いや、しかし…」

「そもそも昔に職員が現世に忘れていった仕事道具葬送の小太刀のせいでこうなっちゃってるんだから、こっちの責任でもあるでしょう?」


 先ほどスミさんや琴夜に聞いてわかったのだが、現世にある"魔導具"と呼ばれるものは、大きく分けて二種類ある。

【人間が作ったもの】と【人間じゃない者が作ったもの】だ。

 葬送の小太刀は後者で、それを遥か昔に死神代行が現世で紛失し、それが人間の間でひっそりと伝えられて現代まで継承されてきたという。

 きっと世界中にある神秘のオーパーツと言ったものは、こういう事情が絡んでいるのだと考えられる。

 それに悪趣味な神様なら、なんて可能性もあり得るだろうな。


「いや…うーん?まあ、そう…なのかな?」

「そうよ!」


 琴夜は俺たちが不本意にこちらへ来てしまったのは、責任の一端が黄泉の国の職員にある事を主張し説得してくれている。

 そして閻魔大王も娘の言葉に圧されて、首を縦に振りそうだ。

 あと一息…!


「閻魔大王様…」

「ん?何だ、葛茂翼よ」


 後ろで話を聞いていた葛さんが声をかけて来る。

 どうしたんだろう…?


「私からも、彼らを現世に帰すようお願いしたく思います」

「何…?」

「葛さん…」


 何と、まさかの葛さんからの助け舟だ。

 ありがたいが、自分のボスにそんなことして大丈夫だろうか?


「お前までそんな事を言うのは珍しいな…。ちなみに理由を聞いてもよいか?」

「はい。現世では、今ここに居ない者も含めて七人が二週間のうちに忽然と姿を消したことになっております。しかも限定された地域内で、です」

「うむ。そうであろうな」

「人さらいや人身売買が横行した昔と違い、現代の日本で立て続けに七人も居なくなったとあれば、現場は大きな混乱状態にある事は想像にかたくないでしょう」

「そうだな」

「我々職員の主たる目的は『現世と黄泉の魂の均衡』であることに違いありません。しかし我々の仕事の不手際で現世に大きな混乱を招き、それを素知らぬ顔で見て見ぬフリをするというのは如何なものかと」

「…」


 葛さんの理詰めで、納得とはいかないまでも、琴夜のゴリ押しではなくちゃんと"考え"始める閻魔大王。

 一人の職員が昔忘れていった刀が今、俺たちの追い風となってくれているのだから感謝しかない。

 そもそも刀を忘れていなければここに来ることは無かったという考えもあるが、ネクロマンサーによる強行手段で生徒たちが殺されていたかもしれないとなれば、これで及第点だ。


「それと…」

「何だ?まだ何かあるのか?」

「先ほど槐銀杯と蓬舞節から、それぞれ"防衛"と"業務用の道具"についての打合せがしたい旨の連絡と、両名から『塚田氏ともし話をするなら現世に帰してやるよう頼む』という伝言を預かっております」

「あの二人がか…!?」

「はい」

「そうか…。しかも打合せの申し出を向こうからするとはな……」


 エンジュさんとスミさん…市ヶ谷の件だけでなく、帰るための援護まで。

 何とお礼を言えばいいのやら…


 そしてこちらに振り向いた葛さんは、俺に軽くウィンクする。


「葛さん…」


 かっこよすぎ…


「どうでしょうか?彼らを帰してやるのは」

「うむ…」


 深く考え込む閻魔大王。

 もう俺たち六人は状況を見ている事しかできないでいる。


 そして、少しして…


「…正直、事なかれ主義のお前からワシへの進言が出て来るとは驚いたぞ」


 と、閻魔大王が葛さんに話を振る。


「そうですね……自分でも驚いています。ただ…」

「ただ?」

「黄泉に来たばかりの彼から私をいたわる言葉が出た時は、もっと驚きました…。自らの意思で来たとはいえ、右も左も、戻れるかさえ分からないこの土地で、他人の気遣いをする人間が居るんだなと…。そんな人を、直接助ける事は出来なくても、見捨ててしまったら、最低だなと思いました」

「……そうか」


 何の気なしに言ったのだが、そこまで感謝されると少しムズ痒いな…



「………よし分かった。特別中の特別に、キミたちを現世に戻してやろう」

「「「!!」」」

「本当?お父さん」

「ああ」

「ありがとうございます。閻魔大王様」


 生徒たちはそのジャッジを聞いた瞬間沸き上がった。

 絶望とも思われていた現世への帰還が叶うということで、無理もないことだ。

 俺だって嬉しい…!


「良かったですね」

「葛さん、ありがとうございます…」

「いえ。お役に立てて良かったです」


 葛さんと握手を交わす。

 想えば最初から最後までずっと世話になったな。

 接したのは短い時間だったが、彼とは良い酒が飲めそうな気がする。


「今度機会があったら飲みましょう」

「あはは。それではいつかあなたが黄泉に来て浄化か転生待ちしている間、私の家に招待しますよ。そこで美味しいお酒と料理を振る舞うことを約束しましょう」

「楽しみにしてます」


 これで死んだあとの楽しみが増えたな。


 そうだ…

 ちょっと反則かもしれないが、葛さんにもう一つお願いをしてみよう。


「すみません、あと一ついいですか?」

「はい。何ですか?」

「実は―――」


 俺は声を潜め気味にして、葛さんに耳打ちする。


「―――分かりました。そんなことで良ければ、あなた方が帰還するまでには調べておけますよ」

「助かります…」


 俺は葛さんに調をお願いした。


「塚田さん、やりましたね!」

「ああ。みんなもよく耐えたな…!」


 次に俺は、市ヶ谷以外の生徒たちと喜びを分かち合った。女子二人は抱き合ってきゃーきゃーと騒いでいる。

 誰ひとり魂になることなく、この瞬間を迎えることが出来たのだ。

 本当に良かった。


「何から何まで、ありがとうございます」

「気にするなって、尾張。災難だったな」

「いえ…僕なんてまだ1日だけですし」


 帰ったら速攻で駒込さんと合流しないとな―――

 あと、市ヶ谷のところに行かないと…


「卓也さん!」

「お、おう。本当にありがとな、琴夜」

「いえいえ。アドバイスの恩返しが出来て私も嬉しいです」


 現世での縁がまさかこんな風な結果をもたらすとは思いもしなかった。

 世の中、何があるか分からないな…なんてしみじみと思う。


「じゃあ、また何かの機会があれば、よろしくな」

「え、何言ってるんですか?私も卓也さんと一緒に現世に行きますよ?」

「ん?」

「ん?」


 一緒にって、彼女は元々ここの住人だろ。


「あ、現世に行ってそのまま業務をするのか」

「いいえ。塚田さん(の瞳の中にユニコーンさん)と住んで、一緒に社会勉強です♪」



 瞬間、執務室が凍った気がした。



「…何でそんな話に?」

「ユニコーンさんと裏で話してて、卓也さんの素晴らしさを聞いてるうちに一緒に居たくなっちゃいました!」

「いや、ました!って…」


 つかいつの間にそんな話を…


(ごめん、タク…)

(…)


 姿は見えないが、ユニは非常に申し訳なさそうにしているのが分かる。

 まあ、それはいいんだけど……


 先ほどから怖くて閻魔大王の方を見れない。



「オイ小僧…」

「…………はい」


 声が怖い 低さが怖い オーラが怖い



「娘を連れて行きたかったら、ワシと勝負しろ」



 世の中、何があるか分からないな…


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