第173話 泣き虫だった死神(仮)は楽しい話を語る

「おや、もういいのですか?」


 炎熱地獄から戻った俺を入り口で出迎える職員の男。

 受付の職員と何やら話していたようだが、俺に気付くと声をかけてきた。


「ええ」

「…もしかして、探している生徒さんは…」


 一転、神妙な面持ちで話す職員の男。

 俺の横に市ヶ谷が居ない事で何かを察したのだろう。


「ああ、大丈夫です。生徒は無事でした。今はまだ…帰りたくないそうなので、一旦保留にしました」

「そうでしたか」

「というわけで、とりあえず庁舎まで戻りましょう」

「はい」


 俺は職員と一緒に地獄を後にした。

 市ヶ谷の件はあの二人に任せて、こっちは帰る方法の捜索に専念しよう。

 今日も一日頑張るぞい!













 ____________













「―――とは言うものの、どうすればいいかねえ…」


 職員と別れ、俺はそのまま庁舎1階の待合用ソファに座ると、体をだらしなく背もたれに預けた。

 知っている黄泉の住人はみな帰る方法を知らず、最高責任者であるという閻魔大王様には謁見する事すら出来ず…。

 当然だよな。他所の国から来た人がいきなり市長…いや総理大臣とか天皇に会わせろって言うようなもんだもんな。

 そんなの受付で門前払いに決まっている。


「うーん…」


 こうなりゃユニの力を借りて、正面突破するか?

 閻魔様はこの建物の最上階にいるんだろ、どうせ。話さえできればワンチャン…


(タクが力を貸せって言うなら喜んで貸すけどさ…それは無茶だと思うぜー?)

(……だよなぁ…)


 いくら平和ボケしてきていると言っても、たった一人でなんとかできるとは思えない。

 何より、話が出来ればワンチャンあるだろうか?というところだ。

 こんな放浪者の言う事を聞くメリットがないもんな。


 "置いておくことがデメリット"だと思わせる方針に変えていくか…?

 でも時間がかかりそうだな。


「うーん…」


 天井を仰ぎながらまたしても唸る俺。

 こんな不審者が市役所にいたらソッコー職員が飛んできそうなもんだが、幸いにも誰も気に留めていない。

 葛さんパワーなのか、それとも単に興味ないだけなのか…



「卓也さーん!」


 だから、この場所で話しかけてくる人はとても珍しかった。


「…あ!琴夜じゃん!」

「どうも、卓也さん。それにユニコーンさんも」

『よっ』


 数日ぶりに見る彼女は、以前とは比べ物にならないくらい明るく元気になっていた。


 文京区にある俺の新居(近日引っ越し予定)に住まい、住人の魂を黄泉に送っていた【死神代行】の少女、椿琴夜。

 人間が死に際に見せる表情が怖く仕事にならなかった彼女に、俺は『最期に願いを叶えてあげれば感謝されるのではないか』と提案してあげた。


 まだ人間世界の時間で数日しか経っていないが、この変わり様からするに、上手く行っているようだな。


「聞いてくださいよ卓也さん!実は報告したい事があってですね…」

「仕事が上手く行くようになったの?」

「え!凄い…どうして分かったんですか?」

「それはな…俺が"椿琴夜検定3級"を取得したからなんだよ」

「凄いです!流石卓也さん」


 キラキラした目で俺を見てくる琴夜。

 もはやジョークとして成立していないので、俺はもう少し話を進めてみる事にした。


「…で、あれからどんな感じなん?」

「はい!もうすでに五人の方の魂を送りました!以前はもっと時間がかかりましたが、卓也さんが教えてくれたやり方にしたら凄いスムーズにいくようになったんです!」

「へぇー…そうなんだ」

「しかも、皆最期は私に感謝していくんですよ!願いが叶ったよ、って。それが嬉しくて嬉しくて…。あとお父さんにも褒められました!」

「それはよかったね」

「はい…!」


 大層嬉しそうに話す彼女を見て嬉しい反面、『五人送った』なんて言われてしまうと一応"狩られる側"の俺としては複雑な気分でもある。

 だが彼女から『褒めてオーラ』が全開で放たれており、思わず頭に手を置いてしまった。


「偉いぞ…、よく頑張ったな」

「…!はい!ふふ…」


 少しの間頭を撫で、満足した彼女から質問が飛んでくる。


「というか、どうして卓也さんがここにいるんですか?」

『そもそもだよな…』

「ああ。実はな―――」


 琴夜には、俺がここに居る経緯を話した。


 琴夜と別れた後に探偵として人探しの仕事を請けた事。

 犯人が"葬送の小太刀"で被害者を黄泉の国へ送っていた事。

 救出の為に俺も刀に刺されここまでやってきた事。

 などなど…


「確かに卓也さんと会う前から、生きた人間が何人かここに来ていましたが…。そんな理由だったんですね」

「ああ」


 俺の話を聞いた琴夜は、合点がいったとばかりに頷いている。

 スミさんの言うように刀が使用されるのはかなり珍しいらしく、ほとんどの職員が市ケ谷たちの事を把握していた。

 そして大体の職員が「ほっとけばいずれ消える」という認識で一致しているらしい。


「んで俺が来た理由は彼らの救出なんだが、来たまでは良かったが帰り方が無くて困っているんだ」

「なるほど…そういう事でしたか……」


 俺がここに居る理由と、困っているという事を伝えると、琴夜は手を顎に当て何やら考えだした。

 一介の職員に何かを期待するのは申し訳ないが、もし手がかりでもあれば教えてほしいもんだ。


「些細な事でもいいから、何か現世への帰還のヒントでもあれば教えてほしい」

「………分かりました。私に任せてください!」


 俺の予想に反し、物凄い頼もしい返事が返って来た。


「え、もしかして方法を知ってるのか?」

「はい!お父さんに私からお願いしてみます!!」

「お父さん…?」

「はい!私のお父さんは閻魔大王なんで!」

「え―――――」














 ____________














 閻魔大王の執務室


「で、キミたちが現世に帰りたいという人間か?」

「…はい」

「「「…」」」


 琴夜の手引きで部屋に通された俺たちを待っていたのは、奈良の大仏くらいの大きさの琴夜のオトウサマだった。

 もうね…見たら閻魔大王だってわかる出で立ちと、そして威圧感。

 流石は凶悪な死者どもを相手にするだけあって、中まで怖さタップリ。


 部屋に待機していた市ヶ谷以外の生徒と、葛さんも一緒にここに来ている。

 が、生徒たちはあまりの威圧感に言葉を失っていた。

 俺だって出来れば早々にこの場を立ち去りたいが、保護者みたいな立場だし、代表で話をするのは俺しか居ないだろうということで先頭に立っている。


「お願いお父さん。この人たちを現世に帰してあげて」


 琴夜が自分の父である閻魔大王にお願いしてくれている。

 ぶっちゃけこの場では彼女だけが頼りだ。

 ここまで来られたのは奇跡だが、これでダメなら俺たちはまとめてお陀仏。


「…」


 閻魔大王が俺を滅茶苦茶睨んでくる。

 あれ、俺なんかやっちゃいました…?


「それより…」

「…?」

「娘とはどういう関係なんだ?」



 閻魔大王は、大王である前に父親だった。


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