第172話 時代遅れと言う勿れ

「残るって…何故だ?」


 地獄に来た俺を待っていたのは、帰る意思の無い市ヶ谷だった。

 わざわざ…と言うと恩着せがましいかもしれないが、皆で帰るためにここまで来たのに…

 彼自身も現世に帰りたいハズではないのか?


「ここでの暮らしが充実していますからね。それに、帰る方法なんてあるんですか?」

「それは…まだ無いが」

「一応俺も百ウン十年前に色々と探してみましたが、その手段は見つかりませんでした。それを貴方に見つけることが出来るんですか?」

「分からない…全てこれからだ」

「なら、駄目じゃないですか」


 確かにそれを言われると痛いな…

『みんなで一緒に』という主旨で俺は動いていたが、彼自身に帰る意思がないのであれば少し話は違ってくる。

 これは『提案』ではなく『交渉』。

 彼の指摘の通り、俺は『交渉材料帰る手段』をまだ持っていない。

 先行投資でもしてくれれば助かるが、その気もないみたいだ。


 …それにしても、この心変わりは何だ?八丁の話では、一緒に色々と調べて回ったと言っていたのに。

 ここに長く居過ぎて、本当に居心地が良くなってしまったのか?


 俺は市ヶ谷に本当に帰る気が無いのか、確かめるためにある問いかけをしてみた。


「春日や川内も、市ヶ谷の事を心配してたぞ?」


 彼にゆかりのある人物の名前を出して反応を見てみる。

 すると―――


「…ああ、居ましたね。そんな人も。久しぶり過ぎてよく覚えていませんが…」

「…」


 この反応…嘘だな。今までと明らかに違う。

 まだ覚えていて、未練もありそうだ。これなら…


「川内は―――」


 俺は彼女を切り口に攻めてみようと思ったが、丁度邪魔が入ってしまう。


「…何だよ、客が来てんのか」

「あ、スミさん…」

「…スミさん?」


 甚兵衛を来たおじさんが俺たちの近くまでやってきて、気さくに話しかける。

 片手には槌を持っている。刀鍛冶とかそういう役割の人だろうか?


「お、おめぇもまだ肉体がまだあるな。ってこたぁ、スバルと同じ被害者か!」


 おじさんは元気にそう話してくる。

 そんな明るいトーンで話す話題でもないのだが、不思議と不快感は無かった。

 彼の人となりの成せるワザなのだろうか…。どことなく、玄田のおっちゃんと雰囲気が似ている。

 来ちまったモンは仕方ねえ!とハッキリ言われてしまい、返す言葉が見つからないけど。


「この人は、スバルを現世に連れ戻すために自分から黄泉の国へ来たそうだよ」

「あぁ?奇特なヤツもいたもんだなぁオイ!ご苦労なこって」


 タキシードの男が補足説明をすると、更に愉快そうに話すおじさん。

 だから笑い事じゃないんだけど…


「もういいですか?戻る方法もないなら、俺の所には来ないでください。それじゃ…」

「あっ、おい…!」


 おじさんの話を聞いていると、市ヶ谷が一方的に俺との会話を打ち切り立ち去ろうとした。

 確かに彼の言う通りだが、余りにも薄情な態度に俺も少し反撃したくなる。


「川内は、お前が居なくなってからもずっとお前の部屋の掃除をしてるんだぞ」

「…」

「それなのに、『そんな人も居たな』だって?彼女はあんなにもお前を想っているのに、"たった150年"ぽっちで忘れるくらいの相手だったんだな、お前にとっては」

「…あなたに俺の何が分かるんですか」


 そう言うと市ケ谷はそのまま去っていった。


 説得というよりもちょっとした意地悪みたいになってしまったのは申し訳ないが、完全な不意打ちの彼とは違い、俺はタキシードの男が言うように自分の意思でここまで来た。

『戻る方法はありません』と言われ『ハイそうですか』と簡単に諦めるわけにはいかない。


 それにこんな志半ばで再会しても、"彼女"は絶対に俺を受け入れはしないだろう。



「わざわざ来てくれたのに済まないね」

「え?」

「スバルはいかんせんメンタルが弱くてな。あれでも大分強くなった方なんだがよ…」

「そうなんですね…」


 市ケ谷を見送る俺に、意外にも二人はいたわりの声をかけてきた。

 少しだけ話を聞いてみるか…。


「…っと、自己紹介がまだでしたね。俺は塚田卓也と言います。そちらの方には先ほどお話ししましたが、現世では探偵をやっていて、行方不明になった彼を追ってここまで来ました」

「ご丁寧にどうも。私は【槐銀杯えんじゅぎんはい】、地獄で剣の修行をしている」

「俺ぁ 【蓬舞節よもぎまいふし】だ。ここで武器を作ってる。周りは鍛冶職人ブラックスミスから取って"スミさん"なんて呼んだりするぜ。よろしくな」


 ああ。だからスミさんね…納得。


「エンジュさん、スミさん。彼について、もしよかったらお話聞かせてもらえませんか?」

「構わないよ。まず何から話そうかな…」


 それからエンジュさんメインで、市ヶ谷がここに来た時のこと、そしてこの100年以上の出来事を簡単に説明してくれた。


 死に場所を求めて行き倒れていた市ヶ谷をエンジュさんが助けて

 戦いながら稽古をつけて良き好敵手に育てる


 どんな思いで市ヶ谷がここにやってきたのか

 今までどんなふうに生きてきたのか


 実際に過ごした日々のことや、市ヶ谷から聞いた話をエンジュさんスミさんが噛み砕き、分析し、俺に教えてくれたのだった。

 戦いが大半を占めていたが、今の彼を構成する考え方などが少し見えてきた。


「…つまり、気弱な頑固モンが一度諦めてしまって、今は中々『助けて』と言えなくなっているという感じですかね」

「そんなところだろうね。まあ人生の殆どをここで過ごしているから、愛着が湧いたというのが嘘かと言われると何ともだが」


 確かに。

 現世で18年、地獄で150年なら10倍弱も差がある。


「しかしさっきの反応は、現世に未練がありそうでしたよね」

「そうだね。少なくとも忘れてはいないね」

「動揺してたな、スバルのやつ」


 三人の意見は一致した。

 口では否定しているが、市ヶ谷は帰りたいと思っているに違いない。

 だから後は俺が手段というキッカケを用意して、目の前に差し出せば良いだけだ。

 それが難しいんだけどな。


「ちなみにお二人に聞きたいのですが」

「んあ?」

「なんだい?」

「生きたままここに来た人間が帰ることって出来ますかね?」


 ズバリ質問。

 そんなものがあれば市ヶ谷がとっくに聞いて実行しているだろうが、一応だ。

 俺にしか出来ないやり方かもしれないしな。


 しかし返ってきたのはやはり嬉しい答えではなかった。


「…うーん。今まで聞いたことはないかな。手段が全く無いことは無いけど、閻魔大王最高責任者が許可しないだろうね」

「あー…」

「そもそも、葬送の小太刀で送られてくるヤツがそれほど多くないからな」

「知っているんですか?あの刀の事を」

「そりゃあ俺が作ったからな」


 マジか。

 あのヤバい刀の作者、目の前にいたよ。

 流石は鍛冶職人…。


「あの刀は遥か昔に死神代行業務で使われてたんだよ。人がフッと消えてもまだ比較的大丈夫だった時代にな」

「昔は今ほど個人の管理も進んでいなかったからね」

「だな。ところが昨今じゃ現世で消息不明になんてなったら結構な騒ぎになっちまうだろ?だから俺の作る古臭い道具は使われなくなって、よく分からねえ装置が全盛になったんだ」

「よく分からない装置?」

「あー…魂のナンタラ値ってのを計測して、低い人間にナントカ波を撃って体から魂を剥がすとか何とか…」

「スミさん、説明になっていないよ…」


 うむ。

 全くわからん。


「とにかく、おめえとスバルを襲った刀は、時代に取り残された俺の過去の作品だってことだ」

「なるほど…」


 人間の俺からしたら、一撃必殺の、何の痕跡も残さない激強アイテムだと思ったが、黄泉の仕事道具としてはもう時代遅れの遺物になるのか…。

 シビアな世界だな。


「時代遅れと言ったら、私もそうさ」

「エンジュさんが?」

「…私は昔、黄泉の国に来る魂が暴れた時に、それを制圧する任に就いていたんだ」

「へぇ…」


 スミさんにつられて、エンジュさんも自分の身の上話をし始める。


「昔の人は死んでもかなりバイオレンスでね。塚田くんのような"生きた体"が無いにもかかわらず、浄化や転生に応じないのが多くいたんだよ。だからそれらの魂を私をはじめ腕利きの者が取り押さえるんだ」

「魂だけで何か攻撃をすることができるんですか?」

「魂の変化のコツを掴んで、剣や銃や槍をこさえるんだ。そして時には、集団で謀反を起こすこともあったな。"最強の剣士"も、そんな荒くれ者に後れを取らないよう鍛えていった結果だね」

「そうだったんですね…」


滅茶苦茶ハードな時代だったんだな。


「ところが最近の死者は全然暴れなくてね…穢れのある者も無い者も、素直に順番待ちさ。黄泉的には今の状態が理想中の理想なんだけどね…」


 エンジュさんは自嘲気味に笑う。


「同僚たちはみな死神代行業務か事務系に転向していき、私のような腕っぷしだけの者はお役御免という事さ。思えばスバルを助けたのも、私の錆びていく腕を磨き直したかったからかもしれないね…」

「…」

「へっ…俺らは必要ねえってこったな……」


 何とも変な空気になってしまった。

 自らを時代遅れだと語る剣士と鍛冶屋。

 黄泉の事情は詳しくないが、彼らが凄い腕の持ち主であることは明白だ。ただ時代の移り変わりに付いていけてないだけ。


 余所者の俺に解決策など浮かぶはずもない…

 が、多少励ますことは出来るかもしれない。


「あの…」

「ん…?」

「どうした?」


 俺は自分の考えを伝えてみることにする。


「昔、俺が普段顔や手を洗う時に使う水道の蛇口って、どうやって水が出てるんだろうって思ったんですよ」

「どうって…」

「そりゃあ、栓をひねってだな…」

「栓をひねると何がどこにどう作用して水が出てくるんですか?」

「「…」」


 二人は俺の質問に答えられず沈黙する。


「バイクや車もそうです。あと、俺が就業時間中の大半使用してるパソコンも…使い方は分かっていますが、どこの部品がどう作用して、動いている間どこがどうなっているかの完璧な説明って中々できないと思うんです」

「あぁ…」


 二人は確かにな、と見合っている。


「殆どの人は、生活に無くてはならないそれらの構造や中身を、完璧に把握しないまま使っているんです。何なら命も預けていたりしますよね」

「人によってはな」

「確かに水道が壊れれば水道屋を呼べばいいし、パソコンが壊れればメーカーに修理に出せばいいから、皆が皆中身を知っている必要はないんですけどね」

「まあ…」


 エンジュさんもスミさんも、俺が何を言いたいのか分からず微妙な反応を見せている。


「それって、本当は怖いことだなって思うんですよ」

「というと?」

「業者の人が『このバイクは点検したから安全です』、『このパソコンはセキュリティソフトを入れたから安全です』って言ったって、そんなの分からないじゃないですか。だって仕組みや構造を知らないんですから」

「そりゃあ、そうだな」

「普段我々は、その初対面の業者の人の言うことを鵜呑みにして、その人の保証した道具や設備に身を任せて生活しているんです。これって、考え方によっては少し怖いですよね」

「そう言われると、そうかもしれないね」


 もちろんこれはかなり乱暴な意見である。

 実際は個人を信用するわけではなく、その人が所属している企業のこれまでの実績を信頼して任せている。友達に頼むのとは違う。


 だが、俺の言いたいことの"さわり"が少し伝わったようで、二人して「あー」とか「確かにな」と呟いている。



「エンジュさん」

「ん?」

「今、死者たちは大人しく、暴れることはないって言ってましたよね」

「そうだね」

「その死者たちが"もう暴れない"なんて、誰かが宣言しましたか?」

「そりゃあ……」

「もしかしたら大人しく待機しているフリをして、爪を研いで叛逆の機会を待っているかもしれませんよね?そんな時にエンジュさんみたいな人が居ないと、黄泉は大混乱になると俺は思います」

「…」

「だから、"最強の剣士"は、黄泉に必要な存在なんです。貴方が居るから、行動を起こさないかもしれないんです」


 俺の言葉に何かを考えるエンジュさん。


「あとスミさん」

「俺か?」

「スミさんの話だと、多分今の黄泉はプログラムを使ったシステマチックな道具で仕事をしてると思いますが」

「だろうな。知らんけど」

「そのプラグラムにもし重大な欠点や故障が見つかった時…、そして直ぐにでも現世から魂を黄泉に送らなければならない事態になった時、あたふたしない為にもアナログな方法を知っているスミさんの存在は絶対必要です」

「…」

「実行部隊だけで解決できる、理解しているプログラムだけなら話は別ですけど、きっとそんなことは無いと思います」


 こちらも黙って何かを考えている。


 俺が経理課長から聞いた話だが。

 以前給料日に送金元銀行のネットバンキングがエラーで使えなくなってしまい、社員数百人分への送金を窓口に行き一件ずつ申請用紙に記入し処理をしたことがあったという。

 普段はパソコン上で記録してある口座へポチポチと総合振込するだけのところを、総務総動員で用紙に記入し、確認し、決済し何とか払い漏れがなく済んだのだと。


 便利故に一度ストップしてしまうと大変なことになってしまう。

 そして、そんな時はやはりアナログなやり方を取らざるを得なくなる。

 もっとスマートなやり方があったのかもしれないが、それはそれを"知っている者"が居ないという悲劇だ。


「お二人の存在があるからこそ、安心して仕事ができる人も居るはずです。それとも誰かに『用済みだ』なんて言われましたか?」

「「………」」


 ちょっとクサすぎたかな?

 でも、実際頼りになると思うんだよな。

 さっき市ヶ谷と戦っていた時に、エンジュさんの強さはひしひしと伝わって来たし。

 スミさんの【葬送の小太刀】はやっぱり普通におかしい性能をしている。

 二人の成果から生まれたメソッドも残っていると思うんだ。



 俺が二人の反応をうかがいながら考えていると、控えめな笑い声が聞こえてきた。


「フッ…おめえの存在は頼りになるらしいぞ、エンジュさん?」

「スミさんこそ、有事の際は頼りにしてますよ?」

「クックック…」

「ハハハ…」

「あの…」


 二人は俺を置いてけぼりにし、笑い合っている。

 しんみりした空気はすっかりと消えているから良いけど…。


 そして少しして、俺の方へと向く二人。


「面白いな、おめえ」

「私も気に入ったよ、タクヤ」

「……はあ…」


 何かご機嫌だ。

 そしてありがたい提案をしてくれた。


「スバルには俺から話しておくからよ、現世に戻る方法が分かったらここに来いや」

「私からも掛け合ってみよう。キミなら方法を勝ち取ってきそうな気がするよ」


 もちろん何としてでも見つけ出すつもりだが、その根拠のない信頼は何だ?

 なんかくすぐったい…

 でも折角こう言ってくれているし、一先ず地獄から出て"帰る方法"を探すことに集中しよう。

 もう市ケ谷が消滅する心配も無さそうだしな。


「じゃあ、市ヶ谷の件、お願いします」


 俺が頭を下げると、目の前から「おう!」とスミさんの頼もしい返事が聞こえてくる。

 そしてエンジュさんに手を振り返しながら、俺は炎熱地獄を後にしたのだった。


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