第168話 ほんの束の間の安らぎ
「それにしても消えてなくて本当に良かったよ…」
総務の男に案内された部屋で居なくなった生徒たちと合流した俺は、現実での出来事と俺がここに来るまでの経緯を簡単に話した。
直近でやってきた稗田がある程度説明してくれていたので、それほど時間はかからなかったが。
皆の失踪が行方不明事件として扱われていること
ターゲットが全員寮暮らしの能力者であること
皆は葬送の小太刀という道具でここに送られたこと
事件の犯人が米原という生徒であること
そして、皆を助けるために俺が来たことを伝える。
逆に皆からは黄泉に送られた日の事を聞き、調査の答え合わせをさせてもらった。
やはり全員が親しい友人の名を騙って呼び出され、待ち合わせ場所で背後から突然ブスリ…ということらしい。
守屋と稗田ペアのように呼び出した本人に事前に確認しなかったのは、相手が『もしかしたら告白してくるかも』なチョイスだったから"出来なかった"んだそうだ。
確かに、そんな相手に直接『本当に呼び出したよね?』とは中々聞けないわな…。
その流れで稗田が『もし自分が狙われる立場で、今回のように萌絵と事前に打ち合わせてなかったらやられていただろう』という主旨の発言をし、高等部2年の八丁から『それってもしかして、私達に守屋さんを好きだって言ってる…?』と突っ込まれ笑いが起きた。
先程まで陰鬱な空気で心配していたが、どうやら多少は緩和したようでホッとする。
まだ解決策が浮かんだワケではないけどな。
「僕だけが皆さんと事情が違うようですね…」
生徒の中で唯一手段が違ったのは尾張だ。
彼だけは、昨日の夜いきなり家に訪ねてきた米原に正面から刺されたのだというので、やはり怨恨のセンで合っていそうだな。
犯人が米原だと分かっていたのも彼だけだった。
他は米原の能力による完全な不意打ちだから顔も見ていない。
また、尾張は能力者ですら無いようなので、そのあたりの説明もザックリした。
自分の判断で能力の事を説明するのは躊躇われたのか、稗田たちからはまだ何の説明もしていないという。
その点俺は以前に横濱の件で白縫に説明をしているし、特対にも連絡ができるので、皆を代表して話すことにした。
(というか、ここに来て説明しないワケにはいくまい…)
限られた者しか知らない世界の裏の顔
ファンタジーのような現実
ミステリー研究の言わば到達点
そんな真実を掻い摘んで話してあげたのだった。
「…そんな。いやでも、現にこうして異界に来て……」
俺の説明を黙って聞いていた尾張は、大声こそ出さないがとても驚いていた。
無理もない。言葉だけなら到底信じられない事実の数々。
黄泉の国に飛ばされたという現実があってこその説得力だ。
「詳しい説明は現世に戻って"特対"という組織からしてもらうから、それまでは他言無用だ。さっきも伝えたが、言った人間・聞いた人間、どちらも処罰が下る可能性がある」
「…分かりました」
「ちなみに、春日にもな」
「ええ、勿論です。…彼女なんか最も知りたいでしょうけどね」
「はは、そうだな」
部内で人一倍オカルトに興味を示している彼女だけが知らないなんて、なんとも皮肉な話だが…こればっかりは仕方のない事だ。
これからの活動、若干のもどかしさを感じながら頑張ってくれ尾張。
「さて、あとは市ヶ谷だな…」
「どうするんですか…塚田さん」
稗田が心配そうに聞いてくる。
状況確認と能力の説明を終え、あとは帰る手段を探すだけ…と言いたいところだが、案内された部屋には市ヶ谷昴だけが居ない。
皆が言うには、帰れないことに絶望して数日前にどこかへ行ってしまったのだと。
気持ちは分かるが、もう少し大人しくしておいてくれればという気持ちがいっぱいだ。
「すみません」
「はい?」
「生徒を一人探したいのですが、どうすればいいですかね?」
さっきの職員の男に質問する。
正直土地勘もないこの場所で俺がむやみに探して歩くより、住人の力を借りたいところだ。
流石にそれは甘えすぎだろうか。
「でしたら、ちょっと聞いてきましょうか?」
「え?いいんですか?」
「まあどこに行ったか聞くくらいなら…」
「ありがとうございます!助かります!」
「じゃあ、少しだけ待っていてください。聞いてきますので」
そういって部屋から出て行く男。
まだお願いもしていないのに快く協力してくれると言う彼には感謝してもし足りないな。
願わくば、まだ魂が肉体から離れていないと良いのだが…。
「あ、そうだ…名前」
いつまでも『職員さん』では悪いので、彼の名前を"視よう"と能力を発動させる。
そして部屋を出ると廊下の奥へと行ってしまった彼の後ろ姿をギリギリ捉え、名前を見ることが出来た。
彼の背中には【
「あの、どうかしましたか?」
急に部屋を出て廊下に突っ立っている俺を心配し声をかけてくる稗田。
確かに行動が不審だったな。
「ああ、いや…ちょっと伝え忘れたことがあったけど、行っちゃったから後で―――」
部屋に向くと、能力を使ったままの俺の目にありえないモノが映っていた。
いや、あるべきモノが映っていなかった。
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