第167話 それぞれの再会

「いやいや、そこを何とかっ!」


 俺は頭の上で手を合わせお願いする。

 生きたまま黄泉の国ここに送られてきた六人(俺を合わせると七人)を助けてほしいという俺の要求に対して、目の前の職員らしき男はアッサリと「無理だ」と断じた。そのため、必死に食い下がっているのだ。

 この人は何か押しに弱いような、そんな気がする。


「何とかって…無理ですよ、そんなの」

「いやホラ、クーリングオフとかあるでしょ?頼んだ魂と違う!ってことで、ここは一つ…」

「通販じゃないんですから…」


 その後も何度か食い下がってはみたが、意見を変えない男。

 押しに弱いのは間違いないが、どうやら権限がないみたいだな。


 さて、そうなると誰に頼めばよいか…


「とりあえず、このままでは埒が明かないので行きましょうか…」

「ん?どこへですか?」

「"総合受付"ですよ。あそこの洞窟を抜けた先にある建物内にあります。死んだら全員がそこに行きます」


 男が指さした先に確かに洞窟の入り口らしきものがある。

 てか総合受付って…役所だなマジで。


「そこに行けば、現世に帰してもらえますかね?」

「さぁ…?私はただ、イレギュラーがこの辺りに入って来たという連絡を受けて様子を見に来ただけの、ただの総務部職員にすぎませんから…」


 この人、総務だったのか…

 何処の世界の組織も、総務は大変だな。

 色んな業務を兼用してて…と言えば聞こえはいいが、"何でも屋"になっているのだろう。俺の所属する会社もそうだ。


「もしかして、灯篭の灯りが消えた時も貴方が交換を?」

「え、よく分かりましたね…」

「いえ、何となく…。総務は大変ですよね…」


 有事の際は最前線、扱いは殿しんがり…ってか。

 押しに弱い感じもそういう部署にはハマり過ぎているな。ちょっと可哀想だ。これ以上この職員に無茶を言うのは止めておこう。


「……ふふ。そんな風に気遣われたのは家族以外では初めてですよ」

「ははは。現世の会社も、営業が強いところのバックオフィスは扱いが雑だったりしますからね。特に経営陣が営業上がりばかりだと」

「そんなもんなんですね…」


 二人して苦笑いする。

 まあ、ウチの会社の社長は理解がある人だから助かっているけど。

 営業部社員からの扱いが良いかと言われると決してそんなことはないが、いざという時に社長が庇ってくれるかもしれない…そう思えるだけで大分違うもんな。


「……私は実行部隊死神代行と違ってノルマなど無いので、そんな無責任な立場から言わせてもらいますと…」

「…?」

「現世、戻れると良いですね…」

「…絶対戻りますよ」


 俺は黄泉の国の総務職員の応援(?)を受けながら、総合受付へと向かうことにしたのだった。

 総合受付への道すがら自分の黄泉の知識をアップデートするため、ユニの事や琴夜と接触した事は伏せながら四方山話的に色々と話を振ってみたところ、様々な事情が聞けた。


・葬送の小太刀で貫かれた生徒たちは現在総務の監視下で匿っていること。

 匿うと言っても、心が折れて魂が抜けるまで総務に押し付けているだけみたいだが。


・魂は寿命で死ぬ予定の分と転生待ちの数をベースに、死神代行が送る分を調整して均衡をはかっているという仕組みなのだとか。

 魂が穢れていない状態で死んでも、直ぐに復活とはいかずかなりの期間待つ必要があり、黄泉の国には結構な死者の魂が待機しているらしい。

 もしかしたらその中に、"彼女"もいるかもな…なんて。


・魂の浄化が決まったら、この先の建物の更に先の入り口から"地獄"へと行き、穢れをはらう為の行をするのだとか…


 主な情報はこんなところだ。



「そろそろですね…見えてきました」

「おぉ…」


 照明がバッチリきいた明るい洞窟を二人で抜けると、そこには10階建ての建物がそびえ立っていた。

 相変わらず空は暗いが、先ほどの森よりも明るいそこには、まんま市役所のような施設が存在している。

 メインは1階入り口ではなく、大きな階段の先にある2階入り口の様だ。矢印で『受付はコチラ』と導線が引かれている。


「どうしますか?先に受付で交渉してみますか?それとも肉体ごとやってきた人達に会いますか?」

「あー…じゃあ、生徒たちに会わせてください」

「分かりました。案内しますね」


 俺は職員に案内され、1階入り口からエレベーターで4階へ上がり、第3会議室へと案内された。

 歩いて向かっている途中で、随分と近代的な施設に対しツッコミを入れると、『近代に生きている人が死んで来た場所が平安時代のような場所だと戸惑うから、時代に応じてアップデートしている』のだそうだ。


 あと、単純作業の自動化のためRPA導入を提案したところ、上長に却下されたらしい。

 そういうの毛嫌いする人いますよねと言うと『そうなんですよ…』と少し怒っていた。


 そして―――


「塚田さん!」

「稗田くん…それにみんな…」


 通された部屋には、市ヶ谷以外の五人の聖ミリアムの生徒が居たのだった。














 ______________________
















 高等部寮 米原部屋前


「塚田っ!」

「…っ!」


 大月が叫ぶ。

 治療術のエキスパートと認識している卓也が黒刀に貫かれ、回復するいとまもなく消え去ってしまったことで思わず名前を呼んでしまったのだ。


 一方で大月が叫ぶのと同じタイミングで、駒込は走り出した。

 強化しているはずの卓也の体がいとも簡単に刀に貫かれたことにはかなり驚いたが、消え方から卓也が死んだのではなく"転送に類する能力"で飛ばされたのだと判断し、その術者であると思われる米原の部屋への突入を試みた。


 そして大月もすぐに駒込と同じ考えに至り、駆け出す。


「はぁ!」


 駒込が米原の部屋のドアを思い切り蹴る。

 古巣ピースに戻り体術プログラムを再履修した彼の蹴りはここ最近の中で最も鋭かった。

 彼自身咄嗟に強く蹴りを繰り出せた事と、卓也によって柔らかくされたドアの感触に、敵の攻撃を受けてなお自分たちの為に最善を尽くした卓也の胆力に思わず笑みがこぼれるのを感じる。

 大月が後ろで良かった…。見られていたら、きっと冷たく『気持ち悪い』と言われていたに違いないと、そう感じていたのだった。


「ひっ…!?」


 突入した部屋の中では、米原が葬送の小太刀の"鞘"を持って狼狽えていた。

 二人の追手にもだが、鞘の効果である"刀の呼び寄せ"に全く反応がない事が彼を焦らせている。

 葬送の小太刀が手元に戻ってこないので、次の攻撃が繰り出せないのだ。


「大人しくしな…!」


 駒込の後ろで大月が能力を発動させようと泉気を放つ。サイコキネシスで体を縛り、その間に駒込が泉気抑制剤を打つ算段だ。

 打ち合わせなど無くとも、これまでの任務で何度も踏んだ手順…それを今もやるだけ。

 一方の米原は卓也が刀を破壊したおかげで、反撃の手立ては無かった。


 だが、駒込が背広の内ポケットから抑制剤を取り出そうとした瞬間、空間が歪むのを二人は見た。


「…悪いけど、捕まえられては困るなっ…!」

「っ!?」


 米原の後ろに、獅子の面の男がテレポートで現れたのだ。

 その男は米原の肩に手を置くと、再度能力発動の為泉気を漲らせる。


「さよならだ…!」


 大月が対象を米原から獅子の面の男に変え、駒込が抑制剤を2本取り出した時、米原と男は部屋から転移して行ってしまった。


「………ちっ…!跳ばれたか…」


 あっという間に逃げられてしまった事に悔しさを噛みしめる二人の特対職員。

 つい先ほど何らかの結界が展開されたことを感じ取っていたが、それを気にする様子もなかった。


 しかし大月がある事に気付く。


「…今のヤツ、まだこの学園内にいる」

「"深緑の檻"か…。護国寺達が張ったようだな」

「…!グラウンドの方だ。行くよ!」

「分かった」


 大月は念のためサイコキネシスで周囲の空間に干渉し、米原と獅子の男が近くにいないかを確認したところ、見つけることが出来た。しかもそれは彼らの居る寮の割と近くで。

 それを聞いた駒込が、すぐに護国寺の仲間の誰かが展開していた

【入場可・退場不可の深緑の檻結界】であることに気付く。


 そして二人は大急ぎでグラウンドへと向かうことにした。













 ____________













「ここは…アジトじゃない…」


 米原を連れて自分の拠点へと跳んだはずの男は、自分がまだ学園の敷地内にいることに驚いた。

 しかし瞬時に特対で使われている結界の効果の一つであることを察し、この場に近付いてくる者と戦う為に臨戦態勢を取る。


「よォ。まさかお前の方が先に釣れるとはなぁ…。そっちのガキは知らんが、お友達か?」


 正門の方からゆっくりとした足取りで近づいてきたのは、特対1課所属の護国寺である。

 外から結界内に転移してきた段階で『転移で脱出を試みる』と確信していた彼は、予め転送先に設定しておいたグラウンドここへ焦ることなくやってきたのだ。


「まあいいや。お前らどっちもとっ捕まえて吐かせてやる」


 護国寺の体から強烈な泉気がほとばしっている。

 優先順位で言えば"2番目"のターゲットである獅子の面の男を捕まえて尋問すれば、捜査は大きく進展すると考えた彼は力づくの姿勢に出た。

 話し合いなど最初から考えていないのである。


「護国寺…!」

「何だよ…これから良いとこなんだから邪魔するなよ駒込」


 少しして、駒込と大月が寮からやってきた。


「お前たちの目的は最初からその男だったのか」

「いいや?ターゲットではあったが最優先じゃねえな。たまたま保険が効いたってとこだ。ま、捕まえるのには変わりねえがな」


 鋭い目で獅子の男を睨む護国寺。

 直接睨まれたワケではないが、近くにいた米原が小さく悲鳴を漏らす。それほどに鋭い殺気を放っているのだ。

 だが獅子の男の方は面が邪魔で全く感情が読めなかった。


 しかし直後、男は意外な行動に出る。


「…随分と頼もしくなったじゃないか、真也、瓜生」

「あぁ?」

「…?」


 突然親しげにファーストネームで呼ばれ、二人はそれぞれ不快感と疑問符を浮かべた。

 自己紹介をした覚えも無ければ、馴れ馴れしく呼ばれる筋合いも無い護国寺は強く反応する。


「なんだテメェは…馴れ馴れしく呼んでんじゃねえぞ」

「おいおい……あんなに面倒を見てやったのにその態度は酷いじゃないか…」

「なにが―――」


 身に覚えのない話に反論しようとした護国寺だったが、獅子の面を取った男の顔を見て駒込と共に驚愕した。


「…アンタは―――」

朽名くつな…さん」

「覚えていてくれて嬉しいよ。会うのは5年ぶりかな?まるで同窓会だね」



 獅子の面の下からは、亡くなった当時と全く変わらぬ様子の"元特対職員"【朽名くつな 信正のぶまさ】の顔が出てきたのだった。




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