第166話 めんそ~れ 黄泉

『…ク!…タク!』


 遠くで、声が聞こえる…。朦朧とする意識の中で、俺を呼ぶ声が…

 朝目覚める寸前の半覚醒状態のような頭に、可愛い愛バの声が響き渡る。

 その呼び方をするのは、ユニだけだ。


『…ク!…タク!』


 何でそんなに呼んでるんだ?

 仕事の日だっけ?今日…

 ていうか、目覚ましをお願いした事なんて無かったよな。

 あれ、今日って何曜日だっけ…?



『タク!!』

「…!?」


 ひと際大きい声に完全に覚醒した俺は、勢いよく上半身を起こす。

 すると横には人間態のユニが必死な顔で立膝をつき俺を見ていた。

 今の今まで俺を起こそうと必死に声をかけてくれていたらしい。


「………………」

『やっと起きた…』

「…………ユニ」

『そうだよ。タクの相棒のユニだよ…!10分くらい声をかけ続けても全然目を覚まさないから心配したぜ…』

「ああ、すまない…。確か俺は…」


 聞き込みの為に米原の部屋まで行き本人に揺さぶりをかけた所、刀が飛んできたんだ。

 で、それに貫かれたところで意識が消えて…


「…ここが【黄泉の国】ってことなんだな」

『どうやらそうみたいだな』


 辺りを見回すと、森の景色が広がっている。そして所々に灯篭や大きな石柱や鳥居が設置されており、まるで"漫画に出て来る黄泉の国そのもの"のようなロケーションだった。


 空は暗く、星が見えない。夜というよりも闇に覆われている感じだ。

 それでも、そこら中にある灯篭から放たれる強めの光が照らしてくれているおかげで、遠くの方までしっかりと見えている。


「まあ、とりあえず第一段階はクリアってことで、良かった…」


 俺は立ち上がり来ているスーツについた土を軽くはらう。


「んじゃあ次は六人の生徒を探し出すとしますか」

『そうだな』


 俺とユニは初めて来るこの場所で、稗田たち六人の行方を探すため歩き出そうとした。

 その時――――


「…!」

『誰か来る!』


 俺とユニはほぼ同時に何者かが接近する気配を感じる。

 そしてユニはあっという間に俺の中へと入り、姿をくらませた。

 力を隠した方が都合が良いと判断したのだろう。ナイスだ、それに速い。


 そして数秒ののち、一人のスーツ姿の男が俺の前に姿を現したのだった。


「あー…また肉体も一緒に来ちゃったのか…困るなぁ…ホント」


 男は、心底困ったように言葉を吐き捨てた。

 手にはクリップボードとペンを持ち、スーツに眼鏡をかけたその出で立ちは、どこかの役場の職員の様だった。


「あぁ、別にアナタに言ったんじゃないんで…独り言です。すみません」

「いえ………えーと、ここは黄泉の国、ですかね…?」

「おぉ、よくご存じで。その通り、ここは死んだ者が来る場所、【黄泉】です。本当はもっと暗い場所だったんですけど、死者から『歩きづらい!』ってクレームが多くて多くて…照明を強くしてみたんですよ。アイツら足無いクセにねぇ?あはは」

「…」


 それは黄泉ジョークというやつなのか?だとしたら笑った方が良かったのかな…

うーん…分からん…


 しかし、葬送の小太刀の効果を事前に聞き実際に足を踏み入れてなお自分が黄泉の国に来たという実感が湧かなかったが、いざ言葉にして言われてみると不思議とストンと入り込んで来た。

 おそらく目の前の男から普通の人間とは違う雰囲気が出ている事と、そんな彼が至って真面目に『ここは黄泉の国だ』と言った事で説得力が増したのだろうな。


 それに今この男は、チラっと気になる事を言った。

 そこを掘り下げてみよう。


「あの、質問いいですか?」

「え?どうぞ?」

「今『"また"肉体も一緒に来た』って言ってましたけど、自分と同じようなのがここにいるんですか?」

「そうなんですよー。ここ最近、中々の頻度で魂が肉体ごと送られてくるんですよー…しかもここ2週間くらいは学生さんがよく来てねぇ…本当困りものなんですよ…」


 男は手に持ったペンを額に当てて、ハァ…っと大げさに溜息なんてついている。


「…それって何が困るんですか?」

「え?ああ…。そうですね…。まず本来は現世に置いてくるハズの肉体がセットになっている事。これが困るんですよ…」

「ほう?というと…?」

「こっちは運ばれてきた魂のこれまでの行いを調べて、【転生待ち】か【浄化待ち】かを分けています。普通か優良な魂であれば次の命を与えられる権利を得ますが、穢れた魂であれば一度"浄化"をしなければなりません」

「あー…生きている時に犯した罪を償え的な?」

「んー…少し違いますね。現世で一定の罪を犯した者の魂というのは、穢れてしまうんです。それは刑務所で何十年間過ごしたとか、その後善行を積んだとか、そういう"人間の決めた尺度"の話ではなく、魂の質の問題なんです」

「ふむ…」


 "一定の"罪のボーダーラインは分からないが、『刑期を終えた』とか『禊を済ませた』という行為は魂的にはなんの意味もなく、人間が勝手に言って勝手にやっているだけ…

 魂は一度穢れたら人間には浄化できないと。


「ただ何事にも例外はあるもので、過去に人を殺め穢れてしまった魂を持つ者が、こちらに来るときには綺麗になっていた…というケースもありましたよ」

「へぇ…」

「それで、私が言う"少し違う"というのは、魂の浄化は"罰"ではなく、穢れを次の命に持ち込まない為の行いだということなんですよ」

「あー…生まれ変わる時は、過去にあったことはチャラになってるよと…」

「その通りです。よく人間が言う『前世で徳を積んだから…』とか『前世で悪い事をしたから…』というのは、今の命には全く関係ありません。生まれに差があったり同じことをして違う結果が出てしまうのは、あくまで"たまたま"です」


 まあ…前世がどうこうと本気で思っている人はほとんどいないだろう。

 ありゃただの気休めとか慰めだ。『来世の為に善行を積む』というのも、動機付けというよりは照れ隠しなんじゃないだろうか。基本は。


「話が逸れましたね…。それで、我々が待機列に導くのはあくまで"魂だけ"であって、その魂が肉体にくっ付いたままここに来てしまうと『邪魔だから肉体は消そう』とは出来ないんです。その権利は我々にありません。なので魂が肉体から離れるのを待つしかないんです。魂が離れた肉体はここではそれほど長い時間をかけずに消滅しますからね」

「人間は魂が肉体に守られていると同時に、肉体も魂に守られているワケですか」


 その通りですと頷く男。


「それで、もう一つ困ったことがあるのですが、それが"全く予定にない人"の魂が送られてきているという事です」


 そう言えばこの前、死神代行の琴夜がそんなようなことを話していたな…


「それは、"一定の基準"に満たない若い魂が来てしまっているという事ですかね?」

「おぉ。正しく認識している人は珍しいですね。その通りです。歳は関係ありませんが、本来であれば現世と黄泉の魂の均衡をはかるために、決められた基準を超える魂を黄泉の国の人間が送るようにしているのですが…アナタを刺した刀、葬送の小太刀と言うのですが、その持ち主は全くの出鱈目に人を送って来ているようで…本当に困ります」


 困ったような怒ったような態度の男。彼としても俺たちの黄泉入国は本意ではないと。

 まあターゲットに関しては出鱈目ではなく、手駒を増やしたいという明確な意図があるのだが。

 黄泉的にはまだまだ死ぬべきではない人間の魂が送られてきていい迷惑だということらしい。


 しかし、迷惑だというのなら都合が良い…

 ここは交渉のチャンスだ…!


「あの、実は…」

「ん?何ですか?」

「俺がここに来たのは、最近肉体ごと来たっていう六人の学生を助けるためなんです」

「ほぅ?」

「もし迷惑してるんでしたら、俺がその六人だけでも連れて帰るって言うのはどうでしょう?」


 利害も一致しているし、Win-Winじゃないだろうか?


「…」


 男は小声で「なるほどね…」と独り言をつぶやきながら何かを考えている。

 そして数秒後―――


「まあ普通に無理ですね」


 と俺の提案は一刀両断されてしまった。


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