第169話 人間失格

「朽名…さん」

「覚えていてくれて嬉しいよ。会うのは5年ぶりかな?まるで同窓会だね」


 "無関心"と"人避け"の効果がかかった広いグラウンドの中心に五人の能力者が集う。

 その内の三人は同じ特対という組織に所属しており、一人はまだ学生の身分である。

 そして残りの一人は…"元特対"だった。


「と言っても僕的にはの再会になるんだけどさ。知っている人間は君たちみたいに歳取ってるし…。まるで浦島太郎になった気分だ」


 朽名が亡くなってからネクロマンサーによって復活するまで、およそ5年の歳月が経っていた。

 しかし本人の感覚では目覚めてからまだ1ヶ月程度しか経っておらず、現実の時間との乖離をまるで童話のようだと例える。

 童話と違うのは、見た目が亡くなった当時のまま変わっていないという点であった。

 なので、彼を知る護国寺・駒込からしたらまるでタイムスリップして来たかのような感覚である。


「誰よ、コイツ」

「この人は朽名さんという我々と同じピース出身の先輩職員で、私や護国寺が超対に所属になってから指導員メンターをしてくれたこともある人だ…名前くらいは聞いたこともあるだろう」

「そうね」


 面識の無い大月に説明する駒込。

 まだ特対が、特対になる前の時代の話である。


「意識がしっかりあるみたいだが、ヤツに操られてるワケじゃないのか?」

「ははは、僕は正気さ。そして自らの意思でネクロマンサーに力を貸している」

「…だとしたらやっぱ正気じゃねえな。まだ操られていた方が、ムカつくが救いはあるってもんだ」


 護国寺が確認したかった事を自ら吐露する朽名。

 彼が宗谷修二や郡司のように不本意に協力させられていたのであれば、ここで無力化はするが、ネクロマンサーへの怒りの火に薪をくべることが出来た。

 ところが目の前にいるかつての同僚は『すすんで協力している』と言い切ったのだ。


 その発言自体がこちらを動揺させるために仕組まれた罠の可能性もあるが、そんな小細工をする必要性が薄いのと、護国寺と駒込には彼がネクロマンサーにに心当たりがあった。


「ネクロマンサーは郡司さんたち職員や一般人も、既に何人も手にかけているんですよ。そんな人間に元職員であるアナタが手を貸すなんて…」

「……死んだ事の無い君たちには分からないさ」

「復讐か…?」

「…」


 護国寺が口にした復讐という言葉。これが朽名がネクロマンサーに手を貸す理由であると、護国寺も駒込も考えていた。

 彼が5年前に命を落とした原因、任務中の味方職員による能力の"誤射"。


 その職員への強い怒り…復讐心が彼を動かしているのだと、そう思っていた。

 しかし―――


伊勢いせくんの事かい…?まあ気にしていないと言えば嘘になるが、別にそんな事じゃあないよ。それに彼がとっくに殉職している事くらい知っているさ」


 朽名はそれをあっさりと否定する。


 超対に入りたての伊勢という職員と、ツーマンセルで臨んだ任務。

 朽名は指導係として彼に色々な事を教えていたが、戦闘になった際に犯人を無力化する事は出来たものの、途中で受けた伊勢の攻撃が致命傷となりそのまま命を失ってしまった。


 だがそれはネクロマンサーに手を貸す理由になっていないと言う。

 また伊勢という職員はその後別の任務で殉職しており、その事も彼は把握していた。

『復讐する相手はもういない』

 そんな切り口で説得しようと試みた駒込の目論見は崩れてしまう。


「別にアンタに崇高な目的があろうが無かろうが関係ねえな。ネクロマンサーに味方するヤツぁ、俺の敵だ」


 護国寺が強烈な殺気を放つ。

 彼のスタンスは、獅子の面の男がかつての先輩職員であろうと変わることは無かった。

 そして目の前にいる敵を排除するため、再び気合いを入れる。



「気を付けろ護国寺。彼の能力は―――」


 駒込が護国寺に一声かけようとしたその時、朽名の後ろで爆発が起きた。

 直後、米原の悲鳴が響き渡る。


「ひぃぃぃぃいいいいああ…!」

「…ちっ。そこの女、サイコキネシスか」


 爆発の近くにいた米原に傷一つ付いていない事を確認した朽名が、大月の能力を察した。

 そしてその経験から来る彼の"読み"は的中している。

 泉気を放出し攻撃する素振りを見せた朽名から何も放たれない事を不審に思った大月は、空気に干渉し見えない爆弾から米原を守ることができた。

 戦いに身を置く者同士の【見えない応酬】が既に始まっていたのだ。


 そして、一連のやり取りで朽名が"口封じ"を行おうとした事を、特対の三人は理解したのである。


「アイツ…見えない爆発物を使うよ。それであの米原って生徒を消すつもりだったみたいだね」

「ああ。それがヤツの生前の能力だ。転移はネクロマンサーに付けてもらったもんだろうな」


 能力者としての朽名信正を知る護国寺は本来の能力と後から付与された能力を正確に把握している。

 "警戒"によりその答えに辿り着いた大月は既に米原を囲うように防壁を張り、爆弾による攻撃が及ばないよう動いていた。

 そして駒込は今の朽名の行いに…


「……朽名さん。アナタはただの生徒を手にかけようとしましたね…」

「"ただの"…ではないだろう。彼も既に七人もの人間に危害を加えている。能力犯罪者と何が違う」

「アナタやネクロマンサーがそそのかしたからでしょう…!」

「まあ…、それは否定しないよ」

「っ…!!」


 人間であれば多くの者が持つ、ちょっとした嫉妬心。それに付け込む形で、手駒を増やす協力をさせた朽名たち。

 駒込にとって米原のしたことは許される事ではないが、まだ未成年の彼を甘言で騙し利用したのが『元同僚』であり『尊敬する先輩』の一人であった事が琴線に触れた。


 朽名のしたことは、彼の怒りを爆発させるに十分な行為だった。



「なんだよ、ようやくやる気になったのか」

「これは…」


 駒込が能力を発動させると、グラウンドに無数の泉気の塊が現れ始めた。

 しかしそれは今発生したのではなく、"元から存在していた"モノ。

 朽名の能力で作り出した見えない爆弾だった。


 駒込と朽名の両名の能力を知っている護国寺は瞬時に状況を理解し、大月は空気に干渉して存在を把握していたモノが可視化されたことに若干驚きを見せる。



『見えているモノを隠し、隠れているモノを見えるようにする』駒込の能力【昼夜逆転イレギュラールール】が発動し、朽名の爆弾が全て白日の下にさらされたのであった。



「朽名さん、アナタはもう人間じゃない…!」


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