第164話 派閥争い

土曜日 7:10



「塚田さん」


 早朝の聖ミリアム。

 昨日と同じくバスで敷地内まで入って来た俺は、停留所で降りたタイミングで声をかけられる。

 聞き馴染みのあるその声の方を振り向くと、スーツを着た三人の特対職員が立っていた。


「駒込さん、大月」

「おはようございます、塚田さん」

「おはよ、塚田」


 CB作戦中、FLHとして常に行動を共にしていた駒込瓜生さんと、兄妹スールの契り(?)を結んだ大月渚が居た。

 鬼島さんが送ってくれた増援と言うのはこの二人か。

 それと…


「えーと…そちらは?」


 もう一人、見た事の無い職員がいる。小柄で儚い感じの、とても戦いに身を置くようには思えない女子職員だ。

 まだ二十歳はたちそこらに見えるのだが、能力特化型の職員と言った所か?(中学生と言われても通りそうな見た目だ)


 特対は能力者集団である性質上、フィジカル面が優れていない者でも任務の最前線に立てる。

 能力さえ優れていれば、基本的に格闘戦などする必要が無いからだ。以前までの美咲がそうだ。

 それでも駒込さんや大月のようなピース出身者は徒手空拳の訓練をある程度履修しているから、一見して華奢な者でも普通に強かったりする。

 果たしてこの娘は…


「初めまして、私は【廿六木とどろき あずさ】と申します。来年度から警察に入るので、今日は社会科見学でここに参りました。よろしくお願いします、塚田卓也さん」

「ああ、よろしく」


 この娘、まだ特対所属では無かったか。それにしては随分と落ち着いた雰囲気だな。


「鬼島さんから指令が出た時に、ピースの教育担当から『この娘を勉強の為に連れて行ってくれ』って言われたんです。まあ開泉者だから基本は後ろで見てもらうだけですけどね」

「はい。ご指導ご鞭撻の程宜しくお願いします」


 ペコリと頭を下げる廿六木。

 まだ正式所属していないピース生ということは、年齢は十七か十八歳か。どうりで若く見えるワケだ。


「あれ、でもどうして俺の名前を?もう二人から聞いたの?」

「ああ、それは…」

「貴方の先日の活躍は、ピースでも結構有名なんですよ。おかげで私もファンになってしまいました」

「え…?」

「だから今日は本物に会えて嬉しく思います」


 なにそれ怖い。俺の話が行ったこともない施設で独り歩きしているという事なのか。

 情報ソースは一体どこだ…


「すまない…私のせいだ」

「駒込さんの?」


 観念したように謝罪する駒込さん。しかし彼のせい、とは一体…?

 俺が良く分からない状況に疑問符を浮かべていると、それを察した廿六木が解説してくれた。


「先日、先輩である駒込さんがピースにやって来て、体術プログラムを受け直したいって言ってきたんです。何でも『体術の重要性を再認識した』とかで」

「…現役ピース生の時は私も結構成績が良かったのですが、やはり定期的に使わないと錆びてしまうもので。彼女たちと一緒にちょくちょくプログラムを受けさせてもらっていたんです。まあ…講師は困惑していましたが…」

「へぇ…」


 バツが悪そうな顔をする駒込さん。立派な事だと思うけどな。


「それで、私たちからしたら『プロ野球チームに所属した先輩が卒業した高校に定期的に通って一緒に練習する』みたいなものなので、どうしてか理由を聞いてみたんです。そしたら…」

「そしたら?」

「…」

「任務での貴方の活躍を、一緒にプログラムを受けていたピース生に延え…いい感じに語り出したんです。如何に素晴らしい活躍をして、それで自分も気付いたのだと」

「あぁ…」


 なるほどね。

 そりゃあ駒込さんだけは間近で俺の戦闘を見ていたから、色々と知ってるわな。


「一応"誰が"というところは言わなかったんですけどね…」

「CBの作戦でアンタと一緒に動いてた人間なんて一人しか該当しないでしょうが…」


 呆れたような、バカにしたような言い方をする大月。

 流石は清野に次ぐ狂犬っぷりだ。先輩にも物怖じしていないぜ。


「それで、駒込さんのご高説の犠牲しゃ…素晴らしい語りに魅了された私みたいな人間が、ピースには少なからず誕生した…というワケです」

「…面目ない」


 さっきからこの娘、口から毒が漏れ出ているぞ…

 冷たい微笑の裏にとんでもない毒の舌を隠し持っているな。


「でも、よくよく見れば、少し逞しくなりましたか?厚みというか…」

「本当ですか?それは、やった甲斐がありました」


 少し嬉しそうな駒込さん。

 俺も彼の能力者としての矜持に救われたし、先輩として大いに尊敬している。

 そんな人に影響を与えたのであれば、嬉しく思うと同時に少し気恥ずかしい。


 だが、体を鍛えることは戦う者にとって必ず良い結果を導くはずだ。

 なので是非これからも続けてほしい。



「そんなことより、調査行くんじゃないの?」

「あ、ああ」


 道端でいつまでも駄弁っている俺たちに痺れを切らした大月が促してくる。

 少し長話が過ぎたかな。


「それで塚田さん。どうするんですか、これから」

「はい。今から米原という生徒の住む寮まで向かいます。そこで話を聞いて、生徒の行方や誘拐の手段を…」

「…ん?」


 俺が段取りを説明していると、近くに一台のワンボックスが停車した。

 生徒や教職員の送り迎え、あるいは出入り業者の類かと思っていたが、降りてきた一人の男に駒込さんが反応する。


「護国寺…どうしてこんなところに」

「よォ、駒込。それに大月」


 護国寺…どこかで聞いたことある名だな。特対の職員だよな…多分。


「どうしてアンタがここにいるのよ」

「おいおい…相変わらず口の利き方がなってねえな。ま、いいけどよ」

「出撃指令は出ていなかったハズだが」

「俺らがここに来たのは別件だ。お前らの邪魔をするつもりはねぇよ」

「どうだか…」


 俺ら…ということはあのワンボックスの中に何人かお仲間がいるのか。スモークフィルムのせいで見えないけど。

 そして大月たちと随分と不仲だな。

 露骨にバチってる大月はアレだが、駒込さんも割と嫌悪感を出している。ちょっと意外。


「それともう一つ…おい塚田」

「…ん?」


 急に護国寺から声をかけられる。


「お前だよお前」

「…何か?」

「お前、さっさと特対に入れ。そんで衛藤さんの下につけ」

「おい…護国寺…!」

「アンタ何言って…」


 急にスカウトをしてくる護国寺。しかもご丁寧に"派閥"まで指定して…。

 あとめっちゃ偉そうだな。顔もイカついし。


「お前も知っての通り、先日の一件で親友郡司さんを失った衛藤さんは今、死に物狂いでネクロマンサーの野郎を探している。そしてこの先はヤツらとの激しい戦いになることが予想されるが、そん時にお前の力が役に立つ。しかも衛藤さんがお前に是非来いと言ってくれているが、こんなことは普通滅多にねえぞ」

「お、おう…」


 一方的にまくし立てる護国寺に思わず引いてしまう。


「耳を貸す必要はないよ、塚田」

「そうです。ネクロマンサーの確保は特対全員の使命ですから、誰の下につくなど関係のない話です」

「へっ…鬼島派筆頭みてぇなお前らがよく言うぜ。まあ、決めるのは塚田だがよぉ。なあ、オイ」


 バスター神宿の時ほどではないが、一触即発の三人。

 そしてボールはまたしても俺にパスされてしまう。

 けどまあ、期待を持たせるようなことはできないよな。


「いや、特対には入らんし、衛藤さんの下にもつかんよ、俺は」

「塚田さん…」

「そうかい」

「もちろん、ネクロマンサー確保に協力は惜しまないけどな。派閥とかそういうのは面倒くさいからパスだ」


 もちろん、世話になった分の恩は返すつもりでいる。

 しかし、じゃあ鬼島さんの下につくかと言われればそれはNOだ。

 あくまでも俺と鬼島さん同士での貸し借りの話であって、入る入らないは別問題である。今のところはな。


「…ま、気が変われば連絡してくれや。その時にはもう解決してるかもしれないがよ。じゃあな」


 そう言って護国寺が車に乗り込むと、そのまま駐車スペースへと向かって走り出していった。

 それだけの為にわざわざ停車してきたのか?

 ていうか、学園には何の用があって来たんだろう。別件とか言ってたけど。


「塚田さん、すみません。うちの人間が…」

「あ、いえ…少し驚きましたが。それより鬼島さんと衛藤さんって仲悪いんですか?」


 俺は事情に詳しそうな駒込さんに話を聞いてみることにした。


「…確かに特対には派閥という物は存在します。ですが特段二人の仲が悪いという事はありません。ただ…」

「ただ…?」


 少しだけ言いよどむ駒込さん。何か二人の間に特別な事が起きたのだろうか。


「"ネクロマンサーの処置"について、意見が真っ向から割れている状態でして」

「処置…ですか?」

「ええ。鬼島さんはネクロマンサーを見つけたら、確保して事情を聞いて、その上でどうするかを決めるという『いつも通り』の方針で進めています。ですが衛藤さんは親友である郡司さんの命と尊厳を踏みにじられたことで怒り心頭になっていて、見つけ次第処分しろと言っているんです。更生も情報収集もないから、生かしておくだけで危険な存在であると」

「なるほど…」


 生かして連れて帰ろうとする鬼島派と、即殺しようとする衛藤派。

 確かにこの意見の割れ方では、一緒に組んで調査は出来ないな。

 探し出すという段階までは一致しているけど、見つけてからがまるで真逆の方針では、協力関係が成立しない。

 だから同じ捜査本部の人間でも、この二人と護国寺達で指示系統が異なっていたのか。


 なんともまあ…な話だが、衛藤さんの気持ちも分かるだけにコメントし辛い話だ。

 郡司さん本人に「仇は取る」と宣言していたから、収容所で長生きさせるつもりは毛頭ないんだろうな。

 ていうか、即殺だと"うってつけのヤツ"がいるよな。


「もしかして清野にも、衛藤派に入れとか声かけられたりして」


 清野と驟雨介は捜査本部に入っていないが、方針で言えばよく似ている。それに強さも相当だ。

 ネクロマンサーの件だけでも協力しろとか言われてもおかしくないんじゃ…


「はは…」

「?」


 俺の質問に苦笑いする駒込さん。

 代わりに答えてくれたのは大月だった。


「アイツは断ったってさ」

「あ、そうなんだ」

「しかも藤林の話によると、スカウトしに行ったのは護国寺じゃない別の人間だったらしいんだけど、返事が『次ナメた口きいたら、お前をネクロマンサーのお友達にしてやるよ』だってさ。アイツの方がよっぽど危ないヤツよ」

「あらら…」


 多分やってるゲームのガチャが爆死して、マックス不機嫌の時だな。

 そこに横柄な態度の勧誘が重なってそんな言葉が飛び出したのだろう。


「まあ、衛藤派には彼の手綱を握れる者は誰も居ないという事で、協力関係は結べていません。鬼島さんも今のところ彼に何かを頼んでいる様子はありませんしね」

「なるほど」


 唯一清野が言う事聞きそうな鬼島さんが頼まないんじゃ、この件にアイツが絡んでくることは無いな。



「皆さん、そろそろ行きませんか」

「…っと、そうだよね」


 またしても話し込んでしまっている俺たちに、今まで静かに見守っていた廿六木が声をかけてきた。

 いいかげん寮に行かないとな。


「探偵さーん!」


 そう思っていた矢先に、再度俺を呼ぶ声が聞こえてきてしまった。

 見ると、かなり焦った様子の春日が俺の方へと走ってきている。どうかしたのだろうか。


「はぁ…はぁ…はぁ…」

「どうしたんだ春日。そんなになって」


 俺の近くまで来た春日は膝に手を置いて息を必死に整えている。

 どうやら校門から停留所のあるここまでの遊歩道を全力ダッシュしたみたいだが、何かトラブルでもあったのか?


「はぁ…はぁ…すみません…悠人くんを…見ませんでしたか?」

「尾張悠人?いや、今日は見てないけど、どうかしたの?」

「今朝、いつも朝イチで取っているハズの朝刊が郵便受けに入りっぱなしだったので、悠人くんが珍しく寝坊でもしたのかと思って連絡したら、全く繋がらなくて…」

「それで…?」

「そう言えば昨日の夜は悠人くんの部屋の雨戸を閉める音がしなかったなって…。あ、いつも寝る直前に閉めているんですけど。それで私の部屋から悠人くんの部屋をよく見てみたら、少しだけ開いたドアの隙間から廊下の電気が点けっぱなしなのが見えて…。もしかして倒れてるんじゃないかなと思って、家に入ってみようとしたら鍵が開けっぱなしで、中には誰も居なかったんです…!」


 相当動揺している春日はかなり早口めに事情を説明してくる。

 しかし、このタイミングでの行方不明は流石に気になるな…

 今までのターゲットの特徴である【能力者】と【寮暮らし】、そのどちらにも該当しないのでは直ちに関連付けるのはアレだが。


「親御さんも不在だったのか?」

「いえ…悠人くんは二年前に事故でお母さんが亡くなってからはずっと一人暮らしです。ウチのお母さんも気にかけて、よく夕飯に誘ったりなんかしてたんですけど…」

「そうか。このことはもう誰かに言ったのか?」

「お母さんに言ったら、警察に連絡するって…それで私、もしかしたら学校に来ているかもしれないからちょっと待ってって。そしたら探偵さんがいて…」


 そういう事か。


「一旦落ち着いて…深呼吸してみようか。そんなんじゃぶっ倒れてしまうよ」

「あ…はい」


 まずは春日を落ち着かせる。焦りと不安で顔が真っ青だ。


(塚田さん)


 春日が深呼吸している間に、駒込さんが俺に小声で耳打ちしてくる。


(はい)

(その尾張さん?という子の家には特対職員を向かわせるよう手配します。能力者が絡んでいる可能性があるのなら、ヘタに一般人を巻き込むのは危ないので…)

(そうですね…わかりました)


 初動で特対が入ってくれた方が調査もやりやすいだろう。

 春日が通報する前で良かった。


「春日、聞いてくれ」

「はい…」

「ここにいるのは俺の知り合いの刑事さんで、今尾張の家に警察官を手配するよう頼んでくれるって」

「ほんとですか…?」

「ああ。この学園で起きている事件と関係があるかもしれないから、住所だけ伝えたら春日は一旦帰るんだ」

「でも…」

「大丈夫。尾張も市ケ谷も必ず見つけるから。な?」

「………わかりました」


 納得してもらえた。しかしまたしても約束が増えてしまったな。

 しかも米原の件と関連があるとは言い切れない生徒だ。

 だが、一つずつ解決していくしかない。


「私が捜査員の手配と彼女を家まで送りますよ」


 尾張の件を受け持つと廿六木が名乗り出てきた。


「いいんですか?任せても」

「はい。それくらいなら私でもできますし、"学園の件"は三人居た方が良いですからね。社会科見学はまたの機会に…」

「そうですか。助かります」

「いえ…。さ、春日さん。タクシーを拾いますので、車内で住所などを教えてください」

「あ、はい」


 そう言って段取りよく春日を送っていく廿六木。

 流石はピース在籍だけあって、特対所属前でも対応がバッチリだ。


「それじゃあ塚田さん…我々も」

「ええ。行きましょう」


 俺と駒込さんと大月の三人で、米原の暮らす寮へと向かうことにした。


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