第152話 相棒
「お待たせ」
「お。授業お疲れさま」
カフェ【ピリポ】でコーヒーを飲んでいるといのりが声をかけてきたので、俺はそれに軽く手をあげながら応える。
約束の時間よりも少し早く来てくれたのでこちらはそれほど待つことは無かった。
この時間も店内には結構な数の生徒がおり、そこまで露骨にではないが部外者の俺は生徒たちの視線を集めてしまっている。
だからいのりが早く来てくれたのは幸いだった。
ちなみにこのカフェの営業時間は18時までとなっている。
それ以外にも学園を案内してもらう途中に見かけた3ヶ所の学食は、どこも15時にオーダーストップしその後は席の利用と水・お茶の提供のみとなっていた。
大学と違い日中は生徒にそれほど自由な時間が無いし、夕食は各寮の食堂でとれるため早い時間で料理が締まるのだろう。昼休み以外の営業は完全に教職員やビジター向けだ。
「ちょっと飲み物買ってくるわね」
「ああ」
いのりはカバンだけ置くと注文カウンターへと並び、少しして飲み物を受け取り席へと戻って来た。
テーブルにホットティーを乗せたトレーを置くと、カバンをどかして俺の前へと座る。
制服姿の彼女と会うのは珍しいので、思わず見ていると
「あら。私の顔に何かついてる?」
と、訊ねられてしまう。
「目と鼻と口が少々…」
俺は誤魔化すためにふざけて返事をした。それにいのりは「そ」と短く反応する。
しかしその後————
「そんなに制服が好きなら、今度これ着て遊びに行ってあげるわよ。新居にね」
と、俺の心を見透かしているような鋭い言葉を返してきたのだった。
彼女は能力など使わなくても人の心や感情の機微に敏感で、たまに見透かされたような一撃をもらってしまう。
だが俺もやられっぱなしは悔しいので、反撃に打って出ることにした。
「…まあ、制服が好きというより、たまには制服姿のいのりも良いなって思ってさ」
自分の中で精一杯の爽やか笑顔でキメてみる。
驟雨介のようなキラースマイル、できているだろうか。
「………そ、そう?」
いのりは目線を逸らし、前髪を弄りながら照れくさそうにしている。どうやら効いているみたいだ。
大体こういう手合いは、攻めるのは強くても守りに弱い。
ましてや相手は経験豊富なお姉さまではなく、まだ16歳の…………
俺は10歳も年下の子に、何を張り合っているんだ…
急におれは しょうきに もどった。何か、しょうもないな。
「ていうか、何で俺が家買ったの知ってるの?まだ契約したばっかなのに」
空気を変えようと、先ほど少し気になったワードを拾って話を振ってみる。
購入したのはまだ先週の土曜日の話で、1週間も経っていない。皆には具体的な引っ越しの日程が決まり次第伝えようと思ったのに。
情報源は何となく察しがついているが…
「ああ。それなら、その日魅雷から女子グループにメッセージが来たのよ」
「女子グループ?え、なに、そんなグループ作ってるの?」
グループって言うと、メッセージアプリの"グループ機能"のことだよな。
「そうよ。私と愛と真里亜さんと魅雷の四人でね」
「へぇ」
ウチに遊びに来る常連だ。グループの存在を知らなかったのは俺だけか?
そしていのりは「ちょっと待っててね」と言いスマホを操作し始めた。
「ホラ、これ」
「んー?」
いのりが俺の目の前にスマホをかかげてくれたので覗きこんでみると、確かに四人の名前が表記されたグループメッセージ画面が映っていた。
そしてそこには魅雷の『【速報】お兄さん、家を買う【豪邸】』という内容が書いてあった。それに続いて詳細情報を求める書き込みと、それに答えるやりとりが書かれている。
…俺の情報は相変わらずダダ漏れだな。別に隠す気もないけどさ。
「…家の件については、分かった。仲が良さそうで何よりだよ」
「数少ない"こっち"の友人だもの」
こっち、というのは能力者の世界の事だろう。
確かに学校の友人には話せないもんな、秘匿義務のせいで。
四人は歳も近いし、丁度良い話し相手といえるのかもしれないな。
「それよりも、卓也くんが学校にいる理由…詳しく教えてよね」
「だな…」
俺はここで起きている事件の概要から、探偵として仕事を引き受けた経緯、そしてこれまでの調査結果を簡単に説明する。
いのりは説明中は一切口を挟まず、黙って聞いてくれていた。そして俺が一通り話し終わると、ゆっくりと口を開く。
「…そう。そんなことになっていたのね」
「生徒たちには、ただ行方不明とだけ聞かされている感じなんだよな」
「ええ。不安を煽らないようになのかは分からないけれど、ざっくりとね。でも警備がものすごい厳重になったり、先週は警察も大勢出入りしていたから、結構生徒の中でも憶測が飛び交っているわ。全然見つからないから、中には"神隠し説"を唱える人もいるくらいよ」
「あー…」
同じような事を言う生徒に心当たりがあった。
「でも、まさか能力者を狙った能力者の仕業だったなんてね。しかも内部の人間の。警察じゃ解決しないハズだわ」
「まだ確定じゃないけどな。それに目的も手段も、生徒の居場所も分からないままだ」
「一日でそこまで分かったのなら凄いと思うけどね」
「…早く解決してやりたいんだ。事件のせいで今も苦しんでいる生徒に会っちまったからさ……」
悲しんだり心配しているのは、なにも家族だけではない。
親しい友人、想い人、そして助けられなかったと思っている人…
結果はどうであれ、速くケリをつけないとならない。
「そ。じゃあ生徒が居なくなる前に早く行きましょう」
「ん?」
「調査よ調査。私の能力で、犯人が居ればその"心の声"を聴けるでしょう」
いのりは「決まってるじゃない」と言わんばかりに話す。
「いや、俺はいのりに————」
「『危ないから関わるな』なんて言うつもりかしら?」
「…」
「卓也くんが反対するなら私は一人でもやるわよ。だってこれは私の学校で起きている事件でもあるんだから。今は寮生だけが被害にあっているって言ったって、いつ自分がターゲットになるかわからないわ。だったら早く解決したいと思うのは私も一緒よ」
いのりの目はやる気に満ちていた。それにどこか"試すような"表情をしている。
…生き方は強制されるものではない、か。
「何か異論はある?」
「…俺はいのりに」
「ええ」
「力を貸してくれ、相棒。って言おうと思ってたんだよ」
「ふふ。そうこなくっちゃ」
満足そうにウインクするいのり。敵わないな…
誰に似たのか、すっかり周りを巻き込むほどパワフルになった彼女と一緒に、早く事件を解決しようと決意を固める俺だった。
「なにがあっても、絶対に守るから」
「"指一本触れさせない"、でしょ?」
「…そうだな。訂正するよ」
横濱の件で俺が白縫に誓った言葉を引き合いに出してくるいのり。
勿論やると決めた以上、彼女を1ミリも危険にさらすつもりはない。
「じゃあ行きましょうか。寮生以外の帰宅部の生徒はどんどん帰り始めているから」
「ああ。正門から中に向かうような感じでいこう」
俺といのりは飲み終わったカップとトレーを返却口に置き、早速学園の正門へと向かうことにした。
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17:15
「どうだ?」
「ここもダメね…」
俺たちは正門から順番に校舎や部室棟、図書館、グラウンドなどこの時間に人が居そうなところを重点的に見て回った。
しかし成果と呼べるようなものは何もない。
探る人数が多いので、いのりには『能力』や『転移』『誘拐』『泉気』などワードを絞って探知してもらっている。
そしてワードに引っかかったら、その人物に集中し怪しいかを特定するようにしていた。
これまでワード自体はいくらか聞こえたのだが、ほとんどが「誘拐事件が怖い」という内容であった。また泉気ではなく小説などの戦記だったり、求めている内容とは違っている。
やはりそう簡単には見つからないか…
いのりの【心を読む】能力はとても強力で、今回のように隠れて行動している人物を見つけるのにはうってつけだ。しかし効果範囲があるのでそこに対象が居なければ意味がないし、接近することがリスクにもなる。
それに訓練で心の声を隠すこともできるらしいので、決して万能というわけでは無かったりする。
ハマりさえすれば一方的に追いつめる事が出来るのだがな。
「あとは、こことか?なんの建物なんだここ」
「旧部室棟ね。一部の文化部なんかが使っているわ。一番最初は校舎だったみたいだけどそれが部室棟になって、それも経年劣化で近々取り壊すからほとんどの部が立ち退いて新部室棟に移ったわ」
「そうなんだ」
3階建ての横に長い木造の建物を眺めながら相槌を打つ。
昔ながらの校舎って感じだが、それが部室棟となり、そしてとうとうその役目を終えるのか。
この学校の歴史を感じるな。
「一応入ってみましょうか」
「ああ」
俺たちは1階の扉を開けて中に入る。
木で出来た扉が閉まる時に、劣化した蝶番がギイィと音を立てた。そして床は踏み込むと若干音がする。
歩くのが不安というほどではないが、やはり壁や天井など所々に劣化が見えた。
これまでも補修などはしてきたのだろうが、それも限界のようだ。
本校舎と違ってガラス張りではない"元教室"には、【文芸部】【大正琴部】【リリアン同好会】といった看板が下げられている。いのりの言う通り文科系の部室がメインのようだ。
「「!?」」
「いのり」
「卓也くん」
廊下を進んでいる俺たちは、同時に"異変"に反応しお互いの名前を呼び合う。
俺は素早くいのりの背中側に回り込み、後ろを警戒した。
そしてお互い背中合わせに話をする。
「"人避け"の能力ないし道具が使われた気配がする。そっちは?」
「"声"が聞こえたわ。『捕まえられるもんなら捕まえてみろ』とか、『迎え討とう』とか思っているわ。しかも二人いるわね…」
「今そいつらはどこに?」
「奥の階段で3階から2階に降りてきているわ」
「よし、俺たちもそこの階段で2階に行くぞ」
提案に頷くいのり。俺たちの間には一気に緊張感が漂う。
俺が先陣を切って、旧部室棟の真ん中にある階段を上る。
特対が犯人を包囲するときに使うようなフィールドが広がっているせいか、妙に静かになった。
一段上がるごとにギシギシと木造階段が音を立てているのが良く聞こえる。
敵は俺たちから見て廊下の一番奥の階段で降りてきているとのことなので、2階で姿が確認できるハズだ。
「アイツらか…」
「そうみたい」
目線の先には、丁度3階から降りてきて廊下に出た男子生徒と女子生徒の二人組がこちらを見ていた。
サーチを使うと、どちらも泉気を纏っている。
アイツらが四人をさらった犯人か…?
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