第153話 放課後の幼馴染

「それにしても、面白い人でしたね…」

「塚田卓也さんの事?確かに他の人とは違うよね」


 春日は歩きながら今日の出来事を反芻し、中でも特に印象深かった出会いを隣にいる尾張に話した。


「塚田卓也さんって言うんですか?探偵さん。そういえば名前、聞いて無かったです」

「結構噂になっているよ。前会長のお兄さんで、南峯さんと家族ぐるみの付き合いをしてて、シスター花森と仲が良く、3年の佐藤さんに首を絞めさせてたって」

「えぇ…」


 彼が列挙した内容はどれも事実である。

 名家生まれの生徒が多いここ聖ミリアムであるが、やはりそこはお年頃…こういった話題にはみな喜んで飛びついてしまうのだ。

 加えて最近悪いニュースばかりで気が滅入っている生徒たちは、無意識に楽しく明るい話題に注目していたのだった。


 とはいえ、話題に上がる名前がみな高等部で人気の女子ばかりなので、男子生徒はざわついていた。

 それぞれ違った魅力を持ちつつもこれまで浮いた話の一つもなく、かといって誰も攻め込めない聖域サンクチュアリィとなっていた四人に一気に距離を詰めた人物がいるとなれば、騒ぎになるのも無理は無い。

 途中で前生徒会長の兄だという情報が回り"前会長派"は歓喜に包まれたが、シスター派・いのり派・聖来派は引き続き戦々恐々としている。中には「もう手とか繋いだのかな…」と勝手に絶望している者もいるくらいだ。

 女子生徒はその様子に「男子ってバカばっか…」と冷ややかな目線を送っているが、男子生徒が苦手な佐藤聖来が大人の男の首を妖しい笑みで絞めていた事には一定の驚きを見せた。


 さらに卓也が探偵だという事を知らない生徒の間では、学校の中を見て回る行動を踏まえて彼が「警察関係者」「新理事長」「学園買収を目論む外資系企業の手先」という意見で別れた。

 卓也は総務の人間に「目立たないように」と言われていたにもかかわらず、その約束は全く果たせていなかったのだ。



「じゃあ、さようなら。悠人くん」

「うん。また明日ね」


 それぞれの家の前で別れの挨拶を交わす二人。

 別れと言っても、家が隣同士かつお互いの部屋の窓を開ければすぐに顔を見合わすことが出来る距離である。

 今でこそほとんどないが、初等部くらいまではほぼ毎日夕飯後に窓を開け他愛もない話をしていた。

 それくらい近い距離に住んでいるのだ。


「あ、悠人くん」

「ん?」

「お母さんがね…いつでも夕飯食べに来ていいよって」

「…ああ。うん、今度お邪魔するね」

「うん…」


 最後に微妙な空気となったが、二人はそれぞれの家へと入っていった。














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「あら、美鈴ちゃん。何か楽しい事でもあった?」

「んー?なんでー?」

「だってアナタ、鼻歌なんて歌ってたじゃないの」

「えー?私歌ってたー?」


 夕食時

 春日家の食卓では、長女である美鈴が何故かご機嫌なことについての話が進もうとしていた。

 テーブルには美鈴の弟の希望である豚の生姜焼きに、ごはん・味噌汁・漬物・サラダと栄養バランスが考えられたラインナップが並べられている。


 どうやら先ほど、食べながら美鈴が無意識のうちに鼻歌を披露してしまったようで、それについて真っ先に母親が反応してしまったのだ。


「ねーちゃん男ができたんだー」

「なにっ!?まさか、悠人くんと…」

「あら」

「あんた生意気な事言ってんじゃないわよ!違うから、お母さんお父さん」


 美鈴の3歳下の弟がからかうようなことを言うと、父親がそれに強く反応する。美鈴はすぐにそれを否定し、母親は「大きくなったわねぇ」と娘の成長を実感した。


 春日家では基本的にこうしてみんなで揃って夕食をとる。たまに父が仕事で遅くなったり、弟が部活の関係で夕食を外で済ますことがあるが、ほぼ毎日家族四人で食卓を囲む。

 食べる際にはテレビは消すのがこの家のルールなので、自然と会話が増えていくのだ。


 美鈴はちょっとオカルト好きで、背伸びしたい年頃の、至って普通の礼儀正しい子に育っていた。



「美鈴ー!早くお風呂入っちゃいなさい!お父さんが入れないでしょー」

「今行くー!」


 2階の自室にいる美鈴に声をかける母。これも春日家のお馴染みの光景である。

 美鈴にはついついオカルト関係のネット記事を読み漁っていると時間を忘れて没頭してしまう癖があるので、いつも母に注意され、それでも寝不足になり毎朝起こされているのだ。


「明日は起こさないわよー!」

「今行くってばぁ!起こしてよー!」


 階下の母が段々と怒りだしているので、ようやく美鈴は重い腰を上げることにしたのだった。












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「おかえりなさい、悠人くん」

「ただいま、母さん」

「今からお夕飯作っちゃうから、休んでてちょうだい」

「ありがとう。これ、食材ね」


 尾張家の玄関には宅配ボックスが置いてあり、ネットスーパーで注文した食材がここに届けられるようになっている。それを悠人が帰宅ついでに夕刊と一緒に回収し母に渡すのが日々のルーティーンとなっていた。

 悠人から夕飯の食材が入った袋を受け取ると、早速料理の支度を始める母。

 今日のメニューはたまたまお隣の春日家と同じ生姜焼きなのであった。


 トントントンという玉ねぎを切る小気味よい音を聞きながら自室でどこかにメールを打つ悠人。

 途中美鈴から着信があったが、それを一旦無視し、メールのやりとりを続ける。

 階下から味噌汁の良い匂いがし始めた所で美鈴にメッセージアプリで『ゴメン。あとでかけるね』と送り、母の夕飯の準備を手伝うため1階へと降りた。



「じゃあ悠人くん。悪いけど、朝にまた起こしてちょうだいね」

「うん。大丈夫だよ、母さん。おやすみ」

「おやすみ、悠人くん」


 挨拶を済ませると、悠人がゆっくりとドアを閉める。

 お隣さんとは対照的に、子供が親を起こすと約束し一日が終わる尾張家なのであった。


「…ん?」


 自分も就寝しようと階段を上がろうとしたところ、家のチャイムが鳴った。

 時刻は夜の11時になるところだ。

 こんな時間に家に訪ねて来るなんて普通じゃないと思いつつ、悠人は家のドアを開けた。


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