第151話 信じて待って

「思った通り、小川さんと岩城さんは前日に誰かに呼び出されていたようです」

「そっか…。ありがとな」


 図書館3階で調査していた俺に真里亜が合流し、報告をしてくれる。

 というのも、現地調査をしに図書館に来た俺たちはたまたま自習授業をしていた高等部1年の小川愛華と中等部1年の岩城丈の所属するクラスに遭遇した。

 そこで真里亜が、行方不明が発覚した前日の二人の様子を聞き込みしてくれたのだった。


 そして聞き込みの結果、二人とも"誰かに会いに行く"と言っていたのをクラスの何人かが聞いていたそうだ。

 "誰に"という情報までは得られなかったが、市ヶ谷と同じ手口が使われたことから犯人が同一である可能性がより高くなった。

 真里亜の人望と行動力に感謝だ。


「そちらはどうでしたか?」

「こっちは…イメージが何となく固まったよ」


 春日が本を読んでいた席から視界に入らない場所というと、3階奥の文献とかが置いてあるスペースと一部の個室くらいなもんだった。

 どの階もそうだが、図書館の本棚は初等部の生徒にも配慮して背の低い物がメインに使われている。

 背の高い本棚は、文献や学術書の類など小さい子が見ない上にサイズの大きい本を置くために使われている物くらいだ。

 なので、入り口からでも割と遠くまで人の行き来を確認する事ができる。


 市ヶ谷は身長が175cmあるそうなので、3階で彼の姿が見えなくなる場所は背の高い本棚のスペースと、その本棚に隠れる個室に限られる。

 つまり現場となったのは、今俺と真里亜が立っているこのあたりのエリアだろうな。


「ここに呼び出して、後から能力で飛んできた犯人にどこかへ飛ばされたと…」

「ああ。もしくは犯人が2階か1階からこのあたりの様子を感知して能力を行使する。その後何食わぬ顔で堂々と図書館から出ていったか…。まあ能力に関しては犯人に聞いてみないと何ともだな」

「そうですね」


 そもそも2度目の図書館調査は犯行現場を固めるために提案したものだったが、川内の証言から十中八九ここが現場という事が解った。

 なのでこの場所を調査しても、これ以上得られる情報は無さそうだ。

 それよりも残りの一人である八丁の前日の行動を調べておいた方がいいな。



「————です!」

「———だ…——だし」


 場所を移すため真里亜に話し掛けようとしたところ、別の場所で何やら男女の話し声が聞こえてくる。

 しかも穏やかな雰囲気ではない。


「なんでしょうかね」

「ちょっと行ってみよう」


 俺と真里亜は声のする方へと歩いて行く。

 この辺りは午前中にも来たオカ研の部室がある場所だ。


「もう、しつこいですよ。米原くん」

「しつこいってなんだよ…お前の為を思って…!」

「何の騒ぎですか?」

「あ、会長…と、探偵さん」

「…どうも」


 まさにオカ研部室の前で話していたのは、春日と、昼間のカフェで声をかけてきた米原副会長だった。

 白熱ムードだったが、真里亜のおかげで何とか落ち着いたかな…?


「自習時間ではないあなたたちが騒いで、授業を真面目に受けている生徒に迷惑をかけるなんて言語道断ですよ。それに米原くん。貴方はもう生徒会役員となったんですから、皆の見本となるべき生徒という事を自覚してください」

「…はい」

「それに春日さんも、活動に熱心なのは良いですが、自習時間だけでなく普通の授業時間でも活動するなんて部の品位を下げているというのが分かりませんか?どの部活も節度を守ってやっているのですから」

「すみません…」


真里亜の指摘に恐縮する二人。少しだけ可哀想になる。


「それで、何があったんです?トラブルでしたら私も解決に助力しますから、聞かせてもらえますか」


 叱るところは叱り、優しいところは優しく、そして解決へと導く。

 なんてよくできた生徒でしょう…。兄は嬉しいぞ。


「…午前中にそこの探偵さんと事件の話をしたら、いてもたってもいられなくなって一人で調査をしてました…。あ、別に探偵さんのせいだって言うワケじゃないですよ!」

「分かってます。事件の調査に協力してくれたことは聞きました。ありがとうございます」

「いえ…。それで何か変わったことは無いか午後も授業をサ…サボって調べていたら、米原くんが来て…話をしてきて…」

「おい…!」

「あまりにもしつこいから、少しヒートアップしちゃって…それで」

「声が大きくなってしまったと」

「はい…」


 春日がここにいる経緯は分かった。

 だが彼女の言う"いつもの話"とは何だろう。それが米原がここにいる理由にも繋がるのか?

 そんな俺の疑問を、真里亜はすぐに聞いてくれる。


「米原くんも、今は授業中のハズですがどうしてここにいるのですか?」

「…」

「米原くんは私がここに一人でいると思ったから来たんです。私に生徒会補佐の話を持ちかけるために」

「…チッ」

「どういうことですか?」

「はい。米原くんが副会長にほぼ内定したあたりから、オカ研を部に昇格させるために【特別報奨】を融通するからと、生徒会補佐のメンバーになれと言ってきていたんです」


 生徒会補佐…そんなポジションがあるのか。


「生徒会の正式なメンバーではありませんが、生徒会運営をサポートしてくれる生徒の事を言うんですよ、兄さん」

「そうなんだ」

「はい。生徒会長は選挙で、生徒会役員は会長の推薦で決まりますが、補佐は役員の推薦と本人の同意で決まるんです。最大四人まで選ぶことが出来ますが、別に運営に問題が無ければ選出しなくても問題ありません」

「業務が回らなくなりそうな時にお願いするパートさんみたいな感じか」

「ええ、その認識で合っています。補佐は本人の内申点にも加点されますが、他の部活や委員会と兼任も出来るので、優秀で『生徒会に引き入れたかったけど部活があるから断られた』って人になってもらう場合が多いですね。補佐がいる部活は【特別報奨】として予算にプラスになりますから、受ける側・送る側双方の組織にメリットがあります。委員会はそれが無いので内申点だけになりますが」


 確かに活動中部員にちょくちょく抜けられたら困ってしまう所もあるだろうが、居るだけで予算アップならば許可してくれる可能性も上がるか。

 上手い事メリットを用意しているな。


「じゃあ米原くんが強引な勧誘をして、春日さんがそれを断って口論になったと」

「はい…。私なんて特別仕事ができるわけでもないのに」

「…」


 多分、米原は春日のことが好きなんだな。それで強引に、遠回りに迫っている。

 だが当の本人には全く通じていない。それどころか好感度がどんどん下がっているワケか…。

 ストレートに思いを伝えられない米原の気持ちも分かるが、いい加減やり方を変えた方がいいと思うな。


「…帰ります」

「あ、ちょ…」


 これまでの行いを暴露された米原は居づらくなったのか、さっさと退散してしまう。

 どうかこれからは、引くことも覚えてくれ…。



「…すみません、会長。変なところをお見せしてしまい」


改めて頭を下げる春日。


「いえ、それはいいのですが…」

「それより春日さん、一人で事件の調査をしているのか?」

「あ、はい。自分の信じたことを信じ抜こうと思って…」

「その調査、もうこれ以上は止めるんだ」

「…え?」


 面食らったような顔をする春日。


「四人の生徒が行方不明になるような事件だ。いち生徒の君が一人で動くのは危険すぎる」

「でも…」

「私もそう思います」

「会長まで…」


 落ち込む春日。

 だが相手は中々尻尾を掴ませない強者だ。それを能力を持たない春日が追っていると知った以上、止めないわけにはいかない。

 だが彼女には彼女なりの理由がある事を、本人の口から語られる。


「私があの日、市ヶ谷先輩から目を離してなければ、あんな事にはならなかったのかなって…急に思っちゃって……」

「春日さん…」


 彼女も川内と同じように"責任"を背負ってしまっていた。

 春日も川内も【ただ最後に話しただけ】【ただ名前を使われただけ】に過ぎない。

 それでも「じゃあ関係ないね」と割り切る事は難しいだろう。


 今回の件は相手が入念に準備した上で実行された犯行であり、それを彼女らが咄嗟に覆すことは難しかっただろう。けど"自分に市ヶ谷を助ける選択肢があった"と思い込んでしまうのは仕方のない事だ。

 そのせいで罪悪感に苛まれてしまうのも、年端もいかない彼女らでは無理もない。


 だから俺が今できるのは、少しでも彼女らの背負っているものを肩代わりしてやることだ。


「春日が言っていた、市ヶ谷が図書館で消えたって話さ、アレ…もう一人証言者が居たよ」

「…ホントですか?」

「ああ。市ヶ谷はある生徒の名前を騙って図書館に呼び出されたことが分かったんだ」

「じゃあやっぱり」

「春日の言っていた内容が事実である可能性がさらに高まった」


 少し嬉しそうにする春日。


「俺は春日を信じてこのまま調査を続ける。だから春日も、俺を信じて待っていてくれないか?市ヶ谷くんは俺が連れて帰ってくるからさ」

「…探偵さん」


 戸惑う春日を真っすぐ見据え、言葉にして伝える。

 俺はその為にここに来たんだからな。


「…わかりました。もう勝手に調査するのは止めます」


 俺の思いが通じたのか、春日からもう調査はしないとハッキリと言葉で聞くことが出来た。


「でも、もし手が足りなくなったら言ってくださいね。私、生徒会補佐はしませんが、探偵補佐なら喜んでやりますから」

「その時は頼むよ。特別報奨は、カフェで好きなモノ奢ってやるってことでどうだ?」

「ふふ…期待してますね」


 何とか春日を巻き込まずに済みそうで、内心ホッとしていた。

 話せないことだらけの中で説得は非常に気を揉んだが、最良のカタチに収まったのではないかと思う。

 あとは、何としてでも四人の生徒を助けないとな…。











 ________________













「良かったんですか兄さん。あんな約束して」


 図書館から出て開口一番、真里亜が俺に質問をしてくる。


「約束って、春日との約束か?」

「ええ。もしかしたら市ケ谷くん…だけに限らず行方不明の生徒全員、もう殺されているかもしれないんですよ。なのにあんな…」


 確かに2週間前にさらった生徒を、身代金を要求するでもないのに生かし続ける理由はない。普通に考えたらとっくに殺されている。

 警察や教職員、生徒の中でもそう考える者も少なくないだろう。

 そして真里亜は、俺が"約束破り"だと非難されるのを心配してくれている。


「それでも、彼女まで巻き込まれて危ない目にあうよりかは、俺が嘘つきだと罵られる方がよっぽどマシだよ」

「それは…そうかもしれませんが」


 複雑な表情を浮かべる真里亜。


「あと能力者だけを狙うところに、まだ生かされているかもしれないという期待が持てるんじゃないか。何かに利用しようとしたとかさ」

「楽観的すぎますよ」


 そうだよな。


「…もういいです。生きているという前提で、少しでも早く見つけてあげましょう」

「ああ」


 こうして真里亜と俺で、放課後まで聞き込みや新たな痕跡がないかをチェックして回った。

 痕跡の方は収穫が無かったが、八丁も行方不明が発覚する前日に誰かに呼び出された事が判明した。

 これで四人全員が同じようなシチュエーションだったことが確認できたのだった。


 そしてあっという間に放課後になり、俺は真里亜と別れ昼間のカフェへと足を運ぶことに。


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