【第5章】聖なる地獄門

第136話 サラリーマン、家を買う

 9月のとある日の昼下がり。


「あー!そこ宝箱あるよ!そっちじゃなくて…!」

「むっ…タンブリンが手強いな」

「ちょっと、義妹さん。狭いんだけど?」

「年下の貴女に妹と呼ばれる筋合いはありませんよ」

「いのり様、お昼なんですが、ここなんてどうでしょう?」

「あら、いいわね。美味しそう」

「…」


 ここ最近の我が家の人口密度は異常に高かった。

 それもそのはず…男の一人暮らし用の部屋に六人も客が居るのだから。

 舎弟の二人は7月の末から通うようになり、光輝は8月の中旬、真里亜といのりと愛は…なんか知らん内によく通うようになった。


 光輝と冬樹は床に座りゲームをやっているのでいい。

 愛も基本は部屋の隅で立ちっぱなしでいる。勿論これまで何度も座るように言っているのだが、遠慮して聞かないのだ。

 問題はいのり、魅雷、真里亜の三人娘。コイツらがただでさえ狭いベッドの上でギャーギャーと騒ぐおかげで、滅茶苦茶窮屈になる。


 俺だって本当ならベッドに寝転がりながら、光輝がプレイしているところにあーでもないこーでもないとアドバイスをしたいのに、狭すぎてそれが出来ない。

 賑やかなのは楽しいが、流石にこの部屋でこの人数は手狭だと感じた俺は、仕事帰りに近くの不動産屋に行くことに決めたのだった。








 ___________________









「どうも塚田さん。今日は新しい賃貸物件を見にいらしたんですか?」


 パリッとした濃紺のスーツに身を包んだ営業マンが、にこやかに対応してくれる。

 ここは自宅の最寄り駅の近くにある、ブースが二つしかない小さな不動産屋。

 夜の七時ともなると他の客はおらず、店舗に行った俺はすんなり話を聞くことができた。

 今住んでいる家を決めたのもここで、営業担当とは懇意にしていたこともあり、まずはこの人に話を聞くことにしたのだった。


「具体的な事は特に決めてないんですけどね…ちょっと今のところが手狭になったから、引っ越そうかなー…なんて思って来てみたんです」

「そうでしたか。あ、もしかして、彼女さんと同棲でも始めたんですか?それならあそこは確かに狭いですね~」

「いやいや、そんなんじゃなくて。ちょっと友人が頻繁に来るようになったもので、どうせならもう少し広い部屋をと」

「なるほどですね…であれば、ご予算や要望などから聞いちゃいますね」


 世間話のような内容からスムーズにヒアリングが始まり、俺は自分の要望を営業の人に伝える。

 といってもそこまで贅沢は言わないつもりだ。

 次の家はゲーム部屋兼寝室とリビングは別室になっていて、風呂トイレが別。このあたりを最低条件としたい。

 結構贅沢だと思うかもしれないが、俺には特対から貰った約1000万円の軍資金がある。

 普通だと当然足が出る一方だが、また割りの良い仕事をこなしていけばしばらくは暮らせるだろうという、なんとも刹那的な考えのもと条件を話した。


 俺の要望を聞き営業の人がいくつか物件をプリントアウトして持ってきてくれる。

 予算がそこそこあるおかげか、最初の条件の中からでも選り好みすることができそうだった。

 あとは職場からの距離だとか、周りに遊ぶ場所があるかとか、そういったプラスαで決めれば良いだろう。



「…あれ?」


 紙の資料をめくりながら色々と話していると、ふと店内の壁に貼られた一つの物件に目が行く。

 それほど目立たない場所にあるそれは、本合ほんごう五丁目—————かの有名な東京大学のある場所の付近の、閑静な住宅街にそびえ立つ結構な日本家屋の物件だった。


 広さは…平屋建て6LDK…広いな。

 金額は……いちじゅうひゃく…六百五十万円…!?

 なんだその壊れ価格は…。おかしいだろ、その設定。

 ゼロが二個は足りないんじゃないか…?

 もしかしてドルと間違えたとかか?


「あの、あそこの物件は…?」

「え……あ!」


 気になって聞いてみると、露骨に動揺する営業の人。

 やはりワケありらしい。


「見ますか…?これ」

「じゃあ…まあ」


 恐る恐る指をさす営業の人に、俺は見たいという返事をする。

 すると、とても"乗り気でない"様子でプリントアウトした紙を持ってきてくれた。


「どれどれ…」


 紙を受け取ると、どんな物件か早速見てみることにした。

 先ほどまで饒舌だった営業の人は、何故か緊張した様子で俺を見ている。

 一体何なんだ…?


 えーと、場所は本合五丁目で、日本家屋の平屋建て6LDK…敷地内には蔵や離れもある。

 中は全室冷暖房完備で、風呂もそこそこのでかさに追い焚き機能とジャグジー、ミニサウナ付き。

 トイレもウォシュレットと便座暖房がある。


 そして最後に『心理的瑕疵しんりてきかし』と書かれていた。



瑕疵かし』とは、不動産取引において必ず必要な【重要事項説明】の中で使われる用語だったな。

 元々は『傷』という意味の瑕疵は、不動産取引では『物件の欠点や傷』のことを言い、平たく言うとワケあり物件であることを示す。

 それは大きく4つに分類される。



 ・物理的瑕疵

 最も分かりやすい瑕疵で、物件の物理的な欠陥や問題のことをさす。

 ちなみに、シロアリなどによる建物内部のダメージを『隠れた瑕疵』と言う。


 ・法律的瑕疵

 取引する土地に法令上の建築制限が課されている場合など、法令等により取引物件の自由な使用収益が阻害されているような場合を言う。


 ・環境的瑕疵

 匂いや騒音など、建物そのものではなく不利益をもたらす周りの環境要因をさす。

 ゴミ屋敷が隣にあり匂いがひどかったり、すぐ横を電車が通り騒音や振動が大きいなどもこれに該当する。


 ・心理的瑕疵

 過去に物件内や周辺で事故や事件・トラブル等が発生した物件をさす。

 いわゆる"事故物件"と呼ばれることも多く、物件そのものの性能や機能に問題は無くても、住む人にとって嫌悪感や抵抗感の強いものを言う。


 最近ではテレビでも取り扱われたりして、不動産屋に行ったことが無い若い人でも言葉自体は知っていたりする。

 そしてこの家は、この4つの瑕疵の中で、過去に事件・事故があったということらしいが…


「あの…」

「はい…」

「こんなスゴイ条件の家がこんな安く売られているって、一体過去に何があったんです?」

「…」


 俯き黙ってしまう営業の人。

 ケタが2つも下がるという事は、相当な何かがあったんだろう。

 買う買わないは別にしても、とても気になるな。


「…実は」


 少しの沈黙の後、ようやく重たい口を開いた彼から驚きの言葉が飛び出してきた。


「過去にこの家を購入されたお客様が、次々に謎の死を遂げまして…」

「謎の死…」

「あ、もちろん事件とかではないんですけど。今まで健康だったのに急に病気で亡くなられたり…突然心臓麻痺で亡くなられたり…」

「そうなんですね…」

「はい…」

「でも、一人や二人亡くなられたくらいで、そんなに価値って下がるもんなんですか?」

「いえ、二人ではなく…」

「…?」

「三十人ほど…」

「え…」


 いや、死に過ぎだろ…屋敷に絶対殺人鬼潜んでるって。

 ていうかよく十人目以降のヤツも購入したな、オイ…


「それで、亡くなられた方のご遺族が売却されて、次の購入者の誰かも亡くなられて…を繰り返している内に、こんな価格に」

「あー…」

「我々もできれば手放したいのですが…なんかタダであげたらあげたで、呪われそうで…」


 まあ、気持ちは分かる。

 おっかねえわな、ヘタなことすると。


 しかし、これは能力者が絡んでいそうな気配がプンプン匂うぜ…

 特対の目から逃れられているという事は、よほど上手くやっているのか?

 偶然にせよ故意にせよ、事情を聞いてしまった以上このまま放っておけないよな。

 プロとして—————


「この物件…今度内見をお願いしてもいいですか—————」

「え—————」



 俺はこの怪しい家を調べることにした—————


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