第137話 上位存在

「俺"ないけん"って初めてなんだよなー。楽しみだぜ」

「私もよ。どんなとこかしら、新しい私たちの新居は」

「…なんでお前らが付いてきてんだよ」


 本合五丁目のお屋敷に向かう道すがら、俺は何故か内見に付いてきた七里姉弟に冷たい視線を送る。


 営業の人と14時に現地集合をしていたので、適当な時間に最寄り駅に向かったところ偶然二人に遭遇。だが今日は遊んでやれないからといって別れたハズなのに、本合三丁目駅で再会した。

 早い話が、尾行つけられていたというわけだ。


 別に居るから邪魔というわけではないのだが、あまりギャーギャー騒がれても困る。

 もし住人の連続死の原因を取り除けるならこんなお買い得な物件はないので、こちらは調査も内見も本気だ。

 そこに遊び感覚で介入されてもなぁと言う感じである。

 戦闘になれば滅茶苦茶頼もしい二人だが、さて…変な事に巻き込んでしまっては申し訳ない。

 どんな驚異が巣くっているのやら。


 期待と不安が入り雑じった気持ちで、俺は例の家へと向かった。



「こんにちはー塚田さん…と、そちらは?」

「弟と妹みたいなもんです。お気になさらず」

「はぁ…」

「どうもー」

「こんにちは」


 戸惑う営業さんと、それに行儀よく挨拶する二人。

 その後も割りと社交的に振る舞う姉弟(特に姉)に安心しつつ、一番外側の立派な門をくぐり本宅の扉を目指して四人で歩いた。


 途中に灯籠や枯山水、といっても手入れする人がいないので今はただの砂場だが、それら高級日本料亭の庭にありそうなモノを目にしながら、家屋の入り口へと辿り着いたのだった。


「ここです。今鍵開けますね…と。あ、中を見る際はこれ使ってください」


 営業さんが引戸の鍵を開け玄関に入ると、スリッパを3足置いてくれた。

 飛び入り参加なのによくあったなぁと感心していると、俺はあることに気がつく。


「あれ、自分のスリッパは?」

「あ、私は外で待っているんで」


 オイ…。どんだけ怖がってるんだ、この家を。

 不動産屋なら付いてくるもんだろ、フツー。

 表情にこそ出さないが、こりゃあ相当ビビってるな。


 …まあいい。さっさと原因を取り除けるのならやってしまおう。

 もし呪術の類なら、ユニの力を借りて。


(ご主人)


 俺がユニの力を当てにしていると、当の本人から声をかけられた。

 声をかけられたと言っても、俺だけに聞こえる心の声で。


(ご主人、いるぞ…)

(どしたユニ?いるのは分かってるけど)

(違う。あたしじゃなくて、この屋敷にいるんだ。あたしと同じ―――人間よりも"上位の存在"が…)

(……本当か)


 ユニはサラっととんでもないことを告げる。


 上位存在——————


 それはつまり、ユニコーンやミヨ様たちのような存在のことを言う。

 人間からは決して接触する事が出来ない。あちらから俺たちの"位相"へと降りて来てくれないと、話す事はおろか、触れる事、認識する事も叶わない。

 そんな存在だ。


 俺は"神のゲーム"において、担当であるミヨ様が途中で幽閉されてしまったことにより、ゲーム終了時の『俺の記憶を消す役目』が不在となってしまう。

 なのでイレギュラーだが、今も6月の全ての出来事を覚えている。

 また、純潔の輝石により偶然霊獣であるユニコーンをこの目に宿し、マスターとなった。


 二つ(厳密には俺をサポートしてくれた女神様を入れると三つ)の上位存在と接触するなんて、俺は相当珍しい人間なのだそうだ。

 以前ユニが言っていた。


 そして新たにこの屋敷に、四つ目の上位存在となる『何か』が居るのだという。

 どんだけ縁があるんだ…。

 だが上位存在が"良縁"だけとは限らない。ゲームを主催した神のように、人間の命を何とも思わない者もいる。

 もしここにいる上位存在が、屋敷を買った人間の連続死亡事案と関係しているというのなら、明らかに危険な相手だ。


 こちらにはユニが居るとはいえ油断できない…かと言って放っておくことも出来ない。

 中々の案件を掴んじまったもんだ。


(なあユニ。この中のヤツって、やっぱ危険かな?)

(さぁ?流石にまだ分からないけど…)

(けど?)

(あたしが守ってやるから大船に乗ったつもりでいなよ!)


 頼もしいな…。流石は【護・聖・癒】の属性を司る霊獣。

 緊急事態っぽいから、ここは存分に甘えちゃおう。


「ホラ、行こうぜ!兄さん」

「お、おう」


 俺は姉弟に引かれながら、家の中を捜索することにした。










 ___________











「うわー、廊下なげー…」

「ここから庭が一望出来ていいわね」

「本当にお屋敷なんだな」


 俺たち三人は玄関から入ってすぐの居間と台所と風呂と一つ目のトイレを見終わり、長い廊下を歩いていた。

 屋敷の廊下は全ての雨戸を開けると、非常に開放的な景色が広がるようになっている。

 縁側で日向ぼっこなどしたら、さぞかし気持ちが良いだろうなと思えるようなシチュエーションだった。


 また、廊下の所々にある戸を開けるとその先には和室があり、離れ以外の家の部屋は全てこの廊下で繋がっていることがうかがえる。

 部屋の奥に部屋があるのではなく、全ての部屋は入り口が廊下と接するひとつのみということらしい。

 平屋建てだとそんなもんなのかな。住んだことないから分からないけど。


「一つ一つの部屋も今のお兄さんの部屋より広いわね」

「言うな…」


 この家の一部屋に我が家が負けるたぁ、泣けるぜ。

 格差社会か、これが…くっ。



(ご主人、あの蔵にいるぜ)

(……そうか)


 どうやら格差に嘆いてる暇はないみたいだ。

 ユニが俺に上位存在の位置を知らせてくれ、緊張が走る。あの大きめの蔵に…いる。


(どうする?)

(行かないワケにはだが…二人には内緒でまず接触したいな)


 相手はこちらの事情なんて考慮してくれないだろうし、こんな都心でバトルになんてなったらとんでもない事件になる。

 であれば、まずは俺だけで話を付けてしまいたいというのが本音だ。

 特別交渉に向いているというワケではないが、上位存在を認知している俺がこの中では最も適任なハズ。


 どうして住人を殺すのか。もし止められるのであれば止めるようお願いをする。

 決裂した時も事を構えるのではなく、一旦引き下がり交渉材料を揃えて来る。

 その為には、やはり一人で行くのが望ましいと判断した。


 問題は、姉弟に詳細を話さずにしばらく離れるなんてことが今できるだろうか、という点だ。

 普通に蔵へと向かっては、おそらく付いてきてしまうだろうな。

 どうしたもんか…


(あの蔵とご主人の位相を上げることならできるぞ)

(本当か?)

(うん。というかそれをしないと相手と話もできないし)

(まあそれもそうか)

(その間は二人はご主人を認識しづらくなるよ)


 それはありがたい。

 とはいえあまり長い間話してしまうと、二人が心配して俺を探し始めるかもしれない。

 焦らず急がないと。



「よし、二人とも。今から各々見たいところを見ていいぞ」

「え?」

「別に皆で回ればいいじゃない」

「ホラ、買ったときに自分の部屋がイメージしやすいかなってさ。どの部屋もパッと見た感じ同じような作りだったけど、収納とか若干違ってたりするからさ。皆で回ったら細部までは見られないだろ?」

「買うの?お兄さん」

「もしかしたらね」


 苦しいか…?流石に俺がこんな豪邸を買えるとは思えないよな。


「…じゃあ、見ようかしら」

「俺も!」

「じゃあ適当に、15分くらい好きに見ようか」


 良かった。素直な子達で…。

 俺の提案を飲んでくれた二人は、それぞれ好きな場所に向かっていった。

 俺は作り出した猶予期間を無駄にしない為、早速蔵に向かうことにする。


(ユニ、頼む)

(あいよー)


 ユニの掛け声とともに、体が薄い光に包まれる。

 これで上位存在と同じ位相に来れたのだろうか。


(さ。今なら目視で蔵の中の"何か"を目視できるぜ)

(そうか。じゃあ早速…)


 俺は玄関から自分の靴だけを取り廊下に戻ると、ガラス戸を一つ開けそこから外へと出る。

 薄い岩が何個も連なって出来た道を進み、やがて存在感のある大きな蔵に到着した。

 土壁に漆喰で仕上げられたそこは、本来であれば米や酒を保管するために作られたのだろうということが想像できる。今は、上位存在が根城にしているらしい。


 緊張で思わず喉がゴクリと鳴る中、意を決して重そうな扉に手をかける。

 すると鍵はかかっておらず、思ったよりもすんなりと開いたのだった。


 中には当然荷物などは無く、綺麗になっている。


 しかし何もない蔵の奥で、髪の長い女性が膝を抱えて座り込んでいるのが見えた。


 黒い衣に包まれたその女性は俺の存在に気付くと、顔にかかる髪の間から綺麗な瞳を覗かせ、俺をじっと見つめる。

 そして—————


「あなた、誰ですか…?」


 と、透き通るような声で、俺に問いかけたのだった。

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