第135話 二人の悪徳警官 その5

「そして、必死に金を集めていたお前が急に羽振りが良くなったってのも、不思議だよなぁ…何かが解決し…」

「…もういいですよ、そういうの」

「あ?」

「どうせもう調べがついてるんでしょ?そうやってジワジワと詰められるのもイヤですしね……。認めますよ、業平正平を殺したのは俺です」


 清野の追求の触りの段階で、早々に白旗をあげる柘植は自らの行為と罪を認め、素直に白状した。

 清野は真偽が不明の時でも誰にでも強気にふっかけるので、先ほどの追い込みは"通常通り"と言えるが、このように相手が早期に観念するのは清野のスタンスの効果であることを示している。


 そして柘植はポツポツと、犯行に至った動機と、その手段を話し始めた。


「俺の妹は、よく分からないけど、臓器の病気だった…。助かるには、臓器の移植をする他ないって医者は言ってましたよ。しかもとても難しい手術らしくてね、それをするには莫大な費用と、長い順番を待つ必要があった。一般家庭のウチにはそんな大金もないし、妹に残された時間も無かった……」


 それほど大変な手術であれば、時間も費用もかかってしまうのは仕方のないことだった。

 そしてタイミングによっては移植が間に合わずに亡くなることもある。

 日本では、1年間で希望者に対して実際に手術を受けられる人の割合が3%行くかどうかだという。

 柘植は自分の妹がまともな手段では助からないことを理解していた。


「両親も本人も諦めていたよ。もう仕方ないんだ、どうしようもないんだ、ってね…。でも俺はなにか手段はないかと色々と探していたんだ。そんな時に、が俺を訪ねてきたんだ」

「あの人?」

「あの人は俺に色々としてくれたよ…。闇医者の居場所や、妹に適合する臓器の持ち主の情報…」

「それが業平正平ってことか」

「そう。そして、俺に"不思議な力"を与えてくれたんだ」

「「……!」」

「…って、こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないですけどね…」


 妹を治療する為の情報や手段を与えたという人物は、柘植に"能力"までも与えたと語る。

 それを聞いた瞬間に、二人の脳裏には『ある予感』がよぎった。

 だがすぐにはその話題に触れず、引き続き情報を出させるため静観する。


「その能力で業平正平から手術に必要な臓器と血液を奪い、それを闇医者に提供したことで、手術は無事に成功し妹は助かりました」

「…そうか」

「清野さんの言う俺の羽振りが良くなったってのは、能力で業平正平から奪った『妹に必要のない臓器と血液の余り』を闇医者に売ったからですね。はじめは当然闇医者に莫大な費用を要求されましたが、貴重な血液と臓器は闇医者もストックしておきたいとのことで、結果的には少しだけプラスになりました。それに、心配事もなくなって、少し浮かれていたんだと思います」


 人懐っこく、素直で、組員からの評判も良かった柘植から語られたのは、妹を助けるために行った一連の犯行内容だった。

 端から見れば組に入りたての若者とそれを可愛がる組員という関係性も、柘植からしたら妹を助けるための臓器を持った人間でしかなく、一緒に行動していたのも好意からではなく単に殺す機会を伺っていたに過ぎなかったのだという。



「とまあ、今回の件に関してはこんなとこですかね。いきなり超能力だとか言われて頭がおかしいと思われたかもしれないですが―――」

「…いや、信じるよ」

「……そうですか。でもこれを俺の犯行だと立証することは…」

「もうその必要も無いな」

「?…それはどういう―――」


 その時、柘植は背中に何かが刺さるような感触があった。

 見ると、液体で作られた触手のようなものの先端に"注射器"が付いており、柘植の体に薬液を注入している。


 これが清野の仕業であることも、何が注入されているのかも、柘植には分からない。

 ただひとつ言えるのは、自身の体から急激に力が抜けるような感覚がするということのみだった。


「こ…れは……」


 立っていられず膝から崩れ落ち、地面に仰向けに倒れてもなお、柘植には自分の身に何が起きているのかは分からない。

 しかし、注射器を手に取りゆっくりと近付いてきた清野が事情を知っているということは、ボーッとしてきた頭でも理解できたのだった。


「何を…したんですか?」

「お注射だよ。お前の言う超能力を使うためのエネルギーの発生を抑制するためのな」

「!……それはどういう……」

「能力者はこれを打たれたら能力を使えなくなるが、そんな風に脱力したりはしねぇ。そんな風になるのは、お前が、死霊術で甦った死者だからだ」

「……死者」


 生きている人間と死霊術で甦った死者の見分け方。その方法のひとつに『泉気抑制剤を打つ』というものがある。

 それは抑制剤を打つことによりネクロマンサーが施した能力効果が弱体化し、死者ならば思考力や運動能力の低下を引き起こすといった影響が出てくるのだ。


 この情報は、先日卓也が泉気を出せるようにした【全ての財宝は手の中】のメンバー飯沼の能力【ヘヴィーリスナー】により発覚した事実だった。

 特対には【能力解除】の能力を持つ者がいるにはいるが、全ての職員に対してしょっちゅう解除を行うのは現実的ではない。


 しかしこの方法が分かったことで、まず職員には全員数分で効果が切れる抑制剤の摂取を実行した。

 そして次に、朝一番に定期的に経口摂取できる抑制剤を服用し、自分が気付かぬ内にネクロマンサーの支配下に無いかを確認する作業が義務付けられた。

 もし何か異変があれば可能な限り直ぐに連絡する事で、ネクロマンサーがその者を操り死者がさらに増えたりする二次被害を防ぐことができ、また直近で接触した人間を割り出し正体を探るといった効果も期待できる。

 ハガキではネクロマンサーの居場所や名前といった情報を引き出すことは出来なかったが、効率の良い見分け方が分かったことで『内部に敵を抱えているかもしれない』という不安が取り除かれることとなり、精神的負担がひとつ減ったのであった。

 現在特対は別の切り口から手掛かりを探るのと共に、抑制剤の増産体制を取っている。

 いち早くネクロマンサーを確保する為に。



「柘植、お前は単に能力を授けられたんじゃねえ。一度殺されて、その上で能力を付与された動く死体となって操られていたんだ」

「……そう…か。俺はもう、死んでいたのか…」

「言え。お前に能力を与えたのは、一体どんなヤツなんだ?」

「…………確かソイツは、こ―――」


 何かを喋ろうとしたところで、柘植の意識は途切れた。

 特対のパーティー会場で見た宗谷修二たちと同じような症状である。


「解除されたんですかね」

「だろうな…クソッ」


 行き場のない怒りが口から暴言となって飛び出す。

 悪意があったとはいえ、業平正平を殺害した柘植もネクロマンサーの傀儡でしかなく、見方によっては犠牲者とも言えた。

 妹を助けたかった兄は無事その目的を果たし、代わりに自らが犠牲となってしまったのだ。



 後日、超能力のことなどは伏せられた状態で、業平正平を殺害したのは柘植だということが公表された。

 その柘植も直後に自殺をし、表向きは詳しい動機などが分からないまま事件は終了となってしまう。

 業平組も、柘植の家族も、ただ悲しみだけが残る結末となった。


 そして清野の報告により、特対にはネクロマンサーが関わったことによる民間人初の死亡者として記録された。

 だが、これはまだほんの氷山の一角だということを、多くの人間がうっすらと感じているのであった。












_________________













「ヤンデレになった女ぁ?んなもん俺のとこには来てねぇぞ」

『マジかよ…』

「ヤワだからオメーだけ食らっちまったってだけだろ、どーせ」


否、ヤンデレラの能力は清野にもしっかりとかけられていた。

だが、条件を満たす女性が居なかった…!一人も…!!







【二人の悪徳警官】 完


5章へ続く。


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