第134話 二人の悪徳警官 その4

「よぉ…よく来たな」

「業平の親父」


 指定された時間に【アネモネ】に行くと、業平組の人間が大挙していた。

 店は通常営業はやっておらず、接客をする女の子は一人もいない。

 ただしお酒は飲めるよう最低限の店員は待機していた。


「まあゆっくり飲んでけよ…と言いたいところだが、そうもいかねぇ。こっちゃせがれが殺されてるんだ…犯人には"死んだ方がマシ"と思えるような地獄に落ちてもらわなくちゃいけねぇ」

「そうか…」


 事件発生から今日まで、業平組の組員が躍起になって犯人捜しをしているのは清野たちも当然把握していた。

 組長からしたら、組の重要なポジションかつ実の息子を失っているので、その怒りは計り知れない。

 そして組のメンツを守るのと同時に、犯人に落とし前を付けさせるために、清野に力を借りようとここに呼び出した。


「今日お前さんをここに呼んだのは、情報を貰うためだ」

「情報?」

「掴んでるんだろ?警察は犯人についての情報をよ。それを提供してくれたなら、好きなだけ酒を飲んでいいぞ」

「なるほどね」


 組長が清野を呼んだ理由はズバリ、犯人の情報提供だ。

 警察が犯人に関する情報を得ていると踏んだ組長は、個人的に仲の良い清野を呼び出し、普通では手に入らない情報を聞こうと動いた。

 しかし清野は—————


「やれる情報はねぇよ」


 と、堂々と返した。


「そりゃあ、何も掴んでねえってことか?」

「さぁな」

「大したことじゃなくてもいいぜ。些細なネタでも…」

「話せることは何もねぇな」

「そうかよ…だったら」


 次の瞬間、組長と清野と藤林が同時に銃を構える。

 そしてそれに遅れること数秒後に組員たちが銃を構えた。

 清野と藤林が組長に、業平組の全員は清野に向けて各々の銃を向けている。

 店内は一触即発の空気となった。


「できればお前さんに銃なんか向けたくねえんだ…。俺たちはこれまで持ちつ持たれつだったろ?何か知ってるなら話して…」

「お巡りとヤクザが持ちつ持たれつ?笑わせんな。これまではただの飲み仲間だったってだけだ。てめぇに果たす義理なんざ何もねぇよ」

「………なら」

「――!」


 組長が部下に発砲命令を出そうとした瞬間、藤林が目の前にある机を思い切り蹴り飛ばす。

 普段客と女の子が酒を飲むための高級そうなガラステーブルは宙を舞い、組長の方へと飛んでいった。

 加減はしているものの、当たり所が悪ければあっけなく死んでしまうような危険な攻撃。


「オヤジぃ!」

「っクソッ!撃て!」


 組長は部下が咄嗟に盾となり庇ったため無事であったが、その隙に清野と藤林はカウンター裏に隠れようとしたため慌てて部下に撃つよう命じる。

 だが紙一重で二人は隠れ、皆が銃を構えた瞬間に避難していた店員と合流した。

 そして清野は組長への手土産を入れた紙袋に隠していたサブマシンガンを取り出し、激しい撃ち合いへと発展したのだった。









 ___________________









「いてぇ…」

「チクショォ……!」

「ぐぅっ…!」


 静まり返った店内に男たちの呻き声が聞こえている。

 彼らは腕や足を抱え、痛みに苦しんでいた。

 この場で立っているのは清野と藤林、そして一緒にカウンター裏に隠れていた店員だけである。

 戦闘のために呼ばれた組員はみな、二人によって立ち上がれないような状態となっていた。


「…あれ?」


 戦闘後の光景を黙って見ていた店員が、あることに気が付く。


「あの…」

「どした?」

「その銃って…偽物なんですか…?」


 清野の手にあるサブマシンガンを指さす店員。

 店員が清野にそう聞きたくなるのも無理はなかった。

 なぜなら倒れている組員は、誰一人として死んでなどいないのだから。


 みな痛がってはいるが、二人の銃から放たれた弾はその体を貫通することはなかった。

 ある組員の白いスーツは、その色を損なうことなく今も輝いている。


「銃は偽物じゃねーけど、弾が非殺傷の特別製でな。知り合い(技術開発部)に頼んで作って貰ったんだ」

「はぁ…」

「つっても当たりゃ棒で突かれたような衝撃はあっから、いてーけどな」


 店員もわざわざ言われずとも、大の大人が床でのたうち回る様子を見ればそれは理解できる。

 しかし組員の方は間違いなく二人を殺すつもりで銃を撃ってきていた。

 にもかかわらず、手加減してなお余裕な二人に、只者ではないと感じる店員であった。


「行くぞ藤林」

「はい」

「…待て」


 店を去ろうとする二人に声をかけたのは、組長だった。

 弾を何発か受け、悲鳴をあげる体に鞭を打って呼び掛ける。

 その様子は先ほどまでの上からの高圧的な態度ではなく、懇願に近い様子だった。


「いてーだろ。寝てろって」

「…頼む……!正平の仇を俺の手で討たせてくれ…」

「ダメだ。何も意地悪で言ってんじゃねえ」

「それは分かってる…けど…!」


 清野は初めから、組の人間を能力者から守るために動いていたのだ。

 事件発生からこの一週間、清野は犯人を調べつつ組長の命令で動いている者を見張り、妨害し、遠ざけ、なるべく犯人と接触しないよう画策していた。

 相手はヤクザを平気で殺すような人物であるため、間違っても相手のテリトリーや正体に近付きすぎないよう気を付けていた。

 ゆえに今夜の招待は清野にとっては好都合で、組の人間が少しの間ウロチョロしないように初めから無力化するつもりだった。


 そしてこれから、業平正平を殺害した犯人を捕まえに行こうとしている。

 いくら組長の頼みでも、連れていくことは叶わない。

 場合によっては"犯人不明"で片付けなければいけない案件に首を突っ込ませるわけにはいかなかった。


「おら、行くぞ」

「ええ」


 痛みに耐え、すがる組長を背中にし、清野は犯人のもとへ歩きだしたのだった。











 ___________________










「よっ」

「あ、アレ!?清野さん」

「こんばんわ、柘植くん」


 ガールズバーから少し離れた人気ひとけの無いコインパーキングで、清野をバーに招待した柘植がコーヒーを飲みながらブロック塀に腰を掛けていた。

 ボーッと、声をかけられるまで雑居ビルに囲まれて窮屈な夜空を見上げていた。

 しかし清野から声をかけられ、あからさまに動揺を見せる。


「二人とも、どうしたんですか?組長オヤジに呼ばれたんじゃ…?」

「ええ。でももう終わりました」

「あ…そうですか」

「呼ばれたのはお前もだろ?柘植」

「え…」

「若い男衆は大体集まってたのに、お前がただのメッセンジャーなワケねえだろ。ってことは最初からフケる気でいたってことだ」

「…」


 若く、フットワークも軽くそこそこ腕のたつという評価の彼がバーに居なかったのはおかしいと追求する清野。

 その言葉に一瞬つまる柘植だったが、すぐに理由を話し出す。


「いやぁ…直前になってやっぱり怖くなっちゃって。昨日銃をいっぱい用意してるのを見たら、ドンパチやるんだなって分かっちゃって…はは」


 彼の言葉は至極まともだ。

 いくらヤクザとは言え、二十歳そこそこの青年が本物の銃を前にしたら怯んでしまうのも、普通に考えれば無理もない。

 しかし、清野は彼の言葉など一切聞くつもりはなかった。


「怖いって、よく言うぜ。てめえに目をかけた男は殺せても、撃ち合いは嫌ですってか?」

「え…?な、なに言ってんすか。俺が兄貴を殺したって言うんですか?冗談は止めてくださいよ…!いくら清野さんでも――――」

「Rhマイナス」

「――!!」


 清野の突然の言葉は、まるで呪文のようにその場の時を止めた。

 普通の相手に言っても聞き返されるか無視されて終わるであろうその言葉に、清野の中で疑念が確信に変わる。


「殺された業平正平が確かそんな名前の血液型だったんだよな。お前知ってたか?」

「あ、まあそりゃ珍しい型ですし。自分でもよく自慢げに話していましたし…近くに居ればそりゃ……」

「お前の妹と同じ血液型っていうのは偶然か?難病を患っている、お前の妹と」

「……」


 9月の神多の夜は、思いのほか肌寒い。

 だがそれは決して、気候のせいだけではなかった。

 街に潜む悪鬼の放つ冷気のせいなのかもしれない。


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