第133話 二人の悪徳警官 その3

 僕は射撃訓練場で一心不乱に拳銃を撃ち続けた。

 遠くの人型の的に向けてひたすら鉛玉を発射する。

 規則的なリズムで火薬の炸裂音が響き、的の頭部と胸部に次々と穴が空いていった。


 仕事に身が入らない。

 よく分からない部署に飛ばされ、他人に話せないことが大量に増え、そして…

 僕のキャリアの道は途絶えた。


 お祖父様は肩書きなど関係なく立派だ…なんて言いながら、僕自身は肩書きにとても執着していたらしい。

 このショックを受けている心を俯瞰で見て、初めて気が付いた。

 そしてやる気がすこぶる下がってしまった。


 しかし、自分のミスや落ち度が招いた結果ならともかく、いきなり後天的に覚醒し、特対以外の所属は原則できないなんていくらなんでも理不尽すぎる。


 納得できずモヤモヤだけが溜まっていく。

 それを数㎝の鉛の塊に乗せて体外へと出そうと試みているが、あまり効果はないみたいだ。



「ふぅ…」


 一息つき、僕はベンチのある場所まで移動するとフワフワと宙を移動してきたペットボトルの水を掴み、軽く口に含んだ。


 いや、受動態なのは正確じゃないな…。

 僕の能力で小麦粉を操り、ペットボトルを自分のところまで引き寄せたんだ。

【粒子状の構造物を操る】僕の能力で………


 僕の憂鬱の元凶であるコレは、中々に便利だ。

 砂でも砂糖でも塩でも操ることができ、固めて壁を作ったり、こうして物を運んだりすることができる。

 僕が普通のサラリーマンなら、きっと手放しで喜んだのだろう。

 でも警視監になりたかった僕にとっては本当に邪魔でしかなかった。


 渡せるものなら渡したい。

 売れるものなら売りたい。

 なんでよりによって僕なんかにこんな強そうなのが…

 少し余裕があると、こんなことばかり考えてしまう自分がいた。



「お前射撃上手いな」


 そんな僕に声をかけてきたのが、先輩だった。

 地下の細長い特対の射撃訓練場が、僕たちのファーストコンタクトの場所だった。


 ここにいるのだから能力者だということはすぐに理解した。

 しかし初対面の人間にいきなり『お前』なんて、随分尊大な態度だなと感じた。


「こんなのいくら上手くたって、意味ないですよ…」


 僕は拗ねたような態度でそう答えた。

 些か子供っぽかっただろうか。

 しかしそんなの全く気にする様子もなく、先輩は僕にこう言ったのだ。


「そんなことねえだろ。少ない弾で殺せた方が、書く書類が少なくて済むし」


 この人は頭がおかしいんじゃないかと思った。

 いや、今もおかしいと思っているけど。

 この後、別の職員から特対の狂犬、死神、暴れん坊などと呼ばれていることを知った。



 そして、とある任務で一緒になった僕は


「やめろ!殺すな清野!!」


 上司の制止を振り切り、能力者の犯人を躊躇なく殺害する先輩を見たのだった。








 _______________








「くそっ…!コレだからアイツを連れていくのは嫌だったんだ…。折角の情報源が死んだ!」

「なんで鬼島さんはアイツを使うんですかね…」


 同じ作戦メンバーがこんなことを話している。

 とても厄介そうなトーンと言葉で、先輩に聞こえるくらいの音量で…。

 交番勤務の先輩をたまにこうして使うのが、部長代理だ。

 どんな意図があるのか…はたまたそんなものは無いのか…。

 困るのは、事件の真相に近付くための情報が欲しい現場の人間なのだが。


「ふぅーーー…」


 先輩はというと、そんな愚痴など知らぬ顔で呑気にタバコを吸っていた。

『一仕事終えたわ~…』と、とてもリラックスした状態だったので思わず近づいて


「どうして殺してしまうんですか?」


 と聞いてしまった。


 当然向こうからは「あ?」と威圧感たっぷりで返ってくるものだと思っていた。

 そういう人だと聞いていたから。


 ところが反応は全く違ったものだった。


「…アイツらはな、法律で裁かれることがねえんだ。普通に一般人の振りしてナイフで殺したってなら別だが、能力による犯罪を立証する仕組みはないし、そんなの公に出来ねえからな」

「そうですね」

「アイツらは法律に守られていないかもしれないがな、法律に裁かれることもないんだ。中には有用な能力だと言って、ワンルーム飯付きで特対の為に働くことが許可されてやがる」


 そう。

 捕まえた能力犯罪者の処理は特対に一任されている。

 なので便利な能力・強力な能力を持つ犯罪者は、特対の為にその力を振るうことを条件に、監視のもと一定の自由が与えられることもある。

 もちろん制御ができるようなヤツなら…というのが前提にあるが。


 そのために品河にバカでかい収容施設があるのだ。

 殺すだけならでかい収容施設ではなく、火葬場を用意すべきだから。


「けどよ、それなら一般人の被害者の気持ちはどうなる?力の無い人間はどう思うよ?散々能力で人を苦しめてたヤツが、捕まってからもその能力の高さゆえにぬくぬくと寿命まで暮らすんだぞ。なんなら特対の人間からは『よくやった』と感謝までされるかも知れねぇ」

「……」

「いくらそんな事実を一般人が知らないからって、許されていいワケがねぇんだ。だから俺は手の届く範囲の犯罪者は殺す。能力者全員が『一般人に危害を加えたら問答無用で殺されるんだ』と自覚するまでやる」


 どういうわけか、この時の僕はお祖父様とは違うベクトルの"正義"を先輩に感じた。

 力の無い一般人のためを思っての、行き過ぎた正義。

 悪が正義を騙っているのか、正義が悪を騙っているのかは分からない。


 僕は、彼の話す言葉に夢中になっていた。


「お前さ。復讐ってのは、何だと思うよ?」

「え…?」


 突然少し話の毛色が変わった。

 被害者の気持ちを言っているのだろうか。


 急に話を振られた僕は即答できずにいると、どうやら意見を求めていたのでは無いようで、続きを話し出した。


「俺は復讐ってのは、"天罰を神の代わりに人が下す"行為だと思ってる」

「はぁ…」

「悪いことをしたら悪いことが起きる。こんな当たり前の事を誰もが忘れないようにするための必要な行為だと思っている。そして力を持たない人の代わりに俺が復讐をしてる。それが俺が殺す理由だ」


 それが先輩の動機…

 それが先輩の正義… 

 周りからは理解されにくいかもしれないが、先輩は自分の地位や名誉など気にせず能力者でない人間に寄り添っている。

 彼の操る水は、その精密過ぎる動きで、敵は倒すが決して一般人を傷つけたりはしないだろう。

 そしてこれからも弱い人を助ける…


「…ありがとうございます」

「なにがだよ」


 僕はこの作戦のすぐ後に、退職願と異動願を一緒に上司に持って行った。

 神多交番に勤務できないなら、記憶を消して警察を辞めますと。

 些か行き過ぎた交渉だったが、通って良かった。

 『藤林元警視監』の孫が清野のところへなんて…と噂もされていたが、僕は楽しみで仕方が無かった。


 半ば洗脳教育を施されたピース出身の連中や、社会人ぶっている他の連中よりもよっぽど面白いハズだ。

 どこへ向かい、どこへ辿り着くのか…この正義の行方を特等席で見させてもらいますね…



「オメー…志願してここに来たんだってな。物好きな奴だよな」

「今日からよろしくお願いします」


 配属初日。

 先輩は勤務中にもかかわらずタバコを吸いながら居住スペースでくつろいでいた。

 僕が行く事は知っていたハズだが…まあ、らしいっちゃらしいけど。


「とりあえず、ホレ」

「え…」


 先輩が差し出してきたのは握手の為の手でも無ければ、歓迎の飲食物でもなく、"ゲーム機のコントローラー"だった。


「ここじゃアイアンファイター格闘ゲーム強い方が序列が上だから」

「言っておきますが、僕は国家試験の合間に結構やっていたので強いですよ」

「バーカ。息抜きにやってたヤツに俺が負けるワケねーだろ」



 これが僕と先輩の出会い。

 神多交番タッグの結成秘話だった。











 _________________












「清野さん!!」


 交番に元気よく入って来た男は、二日酔いでヘバっている清野を大声で呼ぶ。


「ウルセー…でけえ声出すんじゃねーよ…いてて…」

「あ、すみません!」

「こんにちは、柘植つげくん」

「あ、藤林さん。ちわっす」


 柘植と呼ばれた男は、業平組の若手構成員である。

 歳はまだ20で、清野たちとはゲームの趣味が合うということで仲良くしていた。

 本来ヤクザと警察という相容れない組み合わせであるが、清野は業平組長ともよく話す間柄だ。


「そういやオメー、最近羽振りがいいみてーじゃねーか。前は必死こいて金溜めてたのによ。今度酒奢れよな」

「ちょ…勘弁してくださいよー。それより組長から伝言があります」

「伝言?」

「 『明日の夜9時に、ガールズバー【アネモネ】で待ってるから来い』だそうです」

「…」

「…」



 これはヤンデレラの裏側で起きていた、ドタバタ事件。


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