第127話 ヤンデレラ その2

「よくウチの場所が分かったね」


 俺は玄関に落ちているドアノブを拾って元の場所にはめ込み、能力でドアを修理しながら美咲に尋ねた。

 彼女には我が家の場所を教えた覚えはない。

 もし情報がダダ漏れだとしたら、その原因を突き止めておきたい。


「鷹森さんから聞きました♪」

「そうか…」


 光輝のせいか…。

 まあ口止めも特にしてなかったから仕方ない。

 大方、俺が「光輝に聞けと言っていた」とでも言われたのだろう。


 でもこれ以上の流出を防ぐためにも、「今度からは自分で教えるから、聞かれたら俺に言って」と伝えておこう。

 それよりも――――


「もうすぐ晩御飯が出来ますからね、卓也さ……あ、アナタ…♪」


 ドアノブを破壊して侵入し、空の鍋をかき混ぜ続け、脳内では夫婦のような設定になっている美咲。

 これは完全に"ヤンデレ"の症状が出てますね…おくすり処方してもらわないと。


 もしかして俺は、一昨日清野が話をしていた【ヤンデレラ】の能力による攻撃を受けているのか?

 一体いつ?どこで?なぜ俺が狙われた?誰が術者だ?


 頭の中で様々な疑問が浮かんでくるが、今は全て分からない。

 当然美咲に聞いてもわかるハズもなく…。

 考えても仕方ない事は一旦全て置いて、目の前の対処に当たることにしよう。

 こういう手合いはまず…



「いつもありがとな、美咲…」

「…アナタ」

「美咲が待っているこの家に帰りたいから、俺は仕事を頑張れるんだなって思うよ」

「………嬉しいです」


 俺は美咲の肩に手を置き、目を見つめながら泉気を封じる。

 これでいきなり能力で吹っ飛ばされたり呼吸を止められる心配は無くなった。

 ヤンデレは何がキッカケで攻撃性が増すか分からないからな。

 あとは…


「そうだ、洗濯物取り込まないと…夜は湿気がおりてくるからね」

「あ、それなら私が後でやりますよ」

「いーよいーよ。それより美咲の美味しいご飯が早く食べたいな」

「…わかりました。もう少し待っててくださいね♪」


 そう言うと、美咲は引き続き何も入ってない鍋の前に立った。

 そして楽しそうに鼻歌交じりで空気をかき混ぜている。

 どうやら【脳内おままごと同調作戦】は上手くいっているようだ。

 洗濯物というのも嘘だ。今日は何も干していない。


 泉気を封じたのでもう能力で攻撃される心配は無いとは言え、ここに居てもいつまでも事態は好転しないと判断した俺は、そのまま何もないベランダに出て、スリッパを履き…


 能力で強化した足で大ジャンプをし、部屋を飛び出した。








 ___________________













「あー…ヤバい」


 夜の住宅街をサンダルで駆けながら、ひとり呟く。

 自宅から逃げ出した俺は、スーツにサンダルでアテもなく移動していた。

 なんとか持ってこれたのは家の鍵とサイフとスマホだ。


 いち早くこの能力を解除させないと、マズイ事態になる。

 この状況がヤンデレラによる効果だとして、清野が言っていた"周囲の異性"というのが俺の場合は能力者もそこそこいるという点が、非常にマズイ…


 篠田とかだったら包丁で刺されるくらいで済むだろうが、能力者の場合は不意打ちで無力化されてしまう可能性がある。

 そうしたらそのまま連れ去られて、どこかに監禁されしまう…なんてことも有り得る。

 あー恐ろしい。


 とにかくまずは状況整理とヤンデレラ本体の確保を優先せねば。

 そう思った俺は、家から少し離れた所にある運動公園に向かった。

 この時間なら人はそんなに居ないだろうし、もしヤンデレラに"射程距離"なんてものがあれば術者の存在に気が付きやすいハズだ。



「…ここだ」


 公園に着くと、なるべく中心の見通しが良いところに向かった。

 遮蔽物が少なく、相手からもこちらからも確認がしやすい場所。

 一番近い"隠れやすそうな建物"からも50mは離れている、そんな開けた場所だ。


 そして目的の場所に着くと、周囲を警戒しながらスマホで"ある人物"に電話をかけた。


 Prrrrrr…Prrrrrr…


 少しのコール音のあと、相手が電話に出た。


『なんだよっ!?』

「清野、今少しいいか?実は大変なことが起きて—————」

『こっちも今それどころじゃねえんだ!後でかけ直す!!』

「あ、ちょ…」


 そこで強制的に通話が停止してしまった。

 かなり焦っていたようだったが、まさか向こうも能力の影響で襲われているのか…?

 だとしたら早く術者を叩かないとヤバ…


「うおおお!?」


 突然、俺の右足が引っ張られ、そのまま体ごと持ち上げられてしまう。

 見てみると、地面から生えた植物のツタが俺の足を縛りあげていた。

 そして地面から高さ3メートルくらいのところで宙づりとなる。

 まるで忍者の罠にかかった警備兵の気分だ。


 こんな木遁忍術が使えるのは、俺の知る限りでは一人しかいない。



「…会いたかった、卓也」

「志津香…」


 遠くの方からゆっくりと近づいてきた志津香は、宙にぶら下がる俺を見上げながら輝きの無い瞳で微笑んだ。

 街灯の明かりに照らされ、どこか影のある表情は、とても綺麗と言えるものだった









 ___________________









「~♪」


 控え室では男がパソコンを使い、その日のディナーまでの売上確認やメイトバイト店員のワースケ(ワークスケジュール)作成を行っていた。

 かなり気分が良いようで、鼻歌交じりに楽しそうに画面に向き合っている。


「店長、楽しそうっスね」

「…え?そうかい?」


 これからミッドナイト(22:00~6:00シフト)に入るメイトの男子大学生が、陽気な店長の様子に思わず声をかける。

 そして店長と呼ばれた男の方も、満更ではないと言った様子だ。


「何か良いことあったんスか?」

「ん~………まあね」


 様子が気になり少しだけ掘り下げてみたが、画面を見たまま思わせ振りな事しか言わない店長にこれ以上の情報は得られないと思ったメイトは、社割を使い25%オフとなった夕食の"晴海庵ラーメン"を食べ進めることにした。


 控え室内には、ラーメンをすする音とマウスをクリックする音だけが聞こえている。

 やがて食べ終わったメイトが丼を持ってキッチンへと向かった。


「入ってきまーす」

「はーい、お願いします」


 控え室にひとり残された店長。

 もう後十分もしないうちに、キッチンとフロアのディナーのメイトが戻ってくる。

 それまでの束の間の静寂だ。



「いやぁ…今頃、一昨日の彼らも楽しんでくれてるかなぁ…」


 誰もいない控え室で独り言を漏らす。

 彼の上機嫌の理由は、決してその日の店の売上が良かったからなどではなく、自分と同じ感覚の共有が出来ているであろうことを想像しての高揚だった。


「そろそろ発動したかなぁ…。彼らにも"ヤンデレ"の良さ、分かってほしいなぁ…」


【ヤンデレラ】の能力者である男は、卓也と清野が自分と同じ趣味嗜好になることを望みながら、店の事務仕事をこなすのであった。


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