第128話 ヤンデレラ その3

「会えなくて寂しかった」

「いや、まだ1ヶ月も経ってないじゃん…」


 逆さまの状態で会話を続ける俺。

 その姿はさながらタロットカードのようだった。

 夜の公園でこんな逆さ吊りの男と遭遇したら普通なら絶叫もんだが、生憎周りには人がいないので良かった。


 そしてヤンデレラの能力下でも、志津香に秘匿意識はあるみたいだ。

 ツタで吊られている俺の後ろに木を生やし、目立たないようカモフラージュしてくれている。

 遠目から見たら、人が地面から生えてきた植物のツタに吊られているとは思わないだろう。


 あと、こんな何十年もかけてようやく育つような木をあっという間に生み出すなんて、流石だなと感心した。

 これが俺を捕まえるためでなければどんなに良かったか……



「…それに、埋め合わせもまだしてもらってない」

「……あ」


 埋め合わせとは、大規模作戦4日目にA班に同行したことについての件だ。

 志津香を真犯人調査の仲間に引き入れた矢先、自分は任務で島へと行くことにした事で志津香が少しだけ不服そうにしていたので『今度埋め合わせをする』と言ったが、今日までそのままにしてしまった。

 あの後特対には行ったが、ネクロマンサーの件で立て込んでいて何も出来ていない。

 それについては、本当に済まないと思っている。


「悪い志津香…約束守れてなくて。もし良かったら今から…」

「大丈夫」

「え…?」


 志津香がそう言うと、俺の足に絡み付いているツタがどんどん頭の方に向けて伸びてきた。

 しかも『縛る』なんて生易しいもんじゃなく、全身スッポリと包み込むように、隙間無く。


「うおお…」

「このまま私の部屋まで持って帰る。私が面倒見る」

「俺は捨て猫か…!」

「ミルクも買って帰らないと」

「捨て猫じゃねーか…!」


 漫才みたいな事をしているが、状況はマズイぞ。

 植物はもう俺の胸辺りまで上ってきている。

 "穏便に"なんて思っている場合じゃない。

 今すぐ千切らなければ…!


 俺がとうとう能力を使おうと気を放出した時、突風と共に何かが飛んできた。

 その飛んできた何かによって、俺を吊り上げていたツタが切断され俺は地面へと落ちる。


「あだっ!」

「………誰?」

「私の兄貴を勝手にお持ち帰りしないでくれる?竜胆」


 声のする方を見ると、暗闇にひとつ小柄な少女の影があった。

 1課の暴れん坊ガール、大月渚だ。

 彼女が何故こんなところに…


「兄貴も、いつまでも芋虫ごっこやってないで、帰るよ」

「帰るって…」

「特対の私たちの部屋に決まってるでしょ」

「」


 駄目だ、この子も正気じゃない…

 ここにいる時点で分かっていたけど。

偶然通りかかって助けてくれたというご都合展開は無いようだ。


「卓也は私の部屋に持っていく。邪魔はしないで」

「邪魔なのはそっちよ」

「まあまあ、ここは私に任せてよ♪」


 睨み合う二人の間に、さらに加わる一人の職員。


「……なごみ」

「やっほ。久しぶりだね、卓也くん。元気?」

「手足が縛られている以外はな…」

「なら良かった」


 良くねーよ。


「何?アンタも邪魔するワケ?」

「んー…邪魔っていうか、いいアイデアを持ってきたって感じかな」

「いいアイデア?」

「そ」

「何よ?いいアイデアって」


 寝ている俺をチラリと見るなごみ。

 暗くてちゃんとは見えないが、ハイライトさん不在。


「みんなで持って帰ってシェアしちゃいましょう♪」

「」


 ろくなもんじゃねぇ…

 ヤンデレには色々なタイプがあると言うが、なごみのは絶対バイオレンスなタイプだ。目が怖いもん。


「なるほど。三等分にするってことね」

「美咲も入れてあげたいから、四等分かな」

「いいねソレ」

「でしょ?まあでも、まずは特対に運び込まないとね。志津香、しっかりくるんでもらえる?」

「分かった」


 俺の意見など無視して勝手に四等分の花婿(物理)にすることで合意した彼女たち。

 流石にこのままでは居られないな。


「あっ…」


 俺は力ずくで植物を千切ると、立ち上がり三人と対峙した。


「大人しくしていれば、痛くしなかったのに」

「卓也、動かないで」

「運びづらいんだけど?塚田」

「勝手なことを言うな…」


 参ったな…

 この三人を目立たず、傷つけず、素早く無力化するなんてこと、できるか…?

 敵であれば遠慮しなくて良いのだが、彼女たちは【ヤンデレラ】の言わば"被害者"だ。

 そんな三人には投げ技だって食らわせたくない…

 しかし


「なら、力ずくでも少し大人しくしてもらわないとね…」

「ごめんねー、卓也くん」

「許して…」


 このやる気満々の三人を相手に、そんな甘い考えで通用するだろうか…


 四人が臨戦態勢となり、泉気の奔流が夜の公園を満たしていく。

 そしていつかの神宿の時みたいな、刺すような圧が放たれていた。

 みんな理性はあるが、本気で俺をお持ち帰りしようとしているのが分かる。

 しかも圧が三人分だ。


「「「…………」」」

「…ん」


 もう誰も言葉を発さない。

 あとは間合いやタイミング、相手の動向を見るフェーズに入っている。

 俺を能力犯罪者のように見立てているのだろうな。悲しいぜ。


 三人は【ヤンデレラ】によって一種の催眠状態にあることも手伝ってか。

 一人の人物が近くに来ていることにも気付いていなかった。



「お困りみたいですね、兄さん」


 その人物は、俺のよく知る人だった。

 大月みたいな"かりそめの妹"ではなく。

 でも血の繋がっているワケでもない、義理の妹。

 塚田真里亜がそこにいた。


「真里亜…どうしてここに」

「悪いんだけど、今取り込んでるか…」


 大月が言葉を全て言いきる前に、彼女は影ごとどこかへ消えてしまった。


「え…?」


 事態が飲み込めていない内に、志津香となごみも姿を消す。

 代わりに地面に落ちたのは、三つの"クマのぬいぐるみ"だった。


「これ…は…」

「私の能力の効果範囲に入っていたので、彼女たちにはぬいぐるみになってもらいました。あ、勿論元に戻せますので、心配はいりませんよ♪」


 真里亜の"モノを作り替える能力"により三人のヤンデレは、物言わぬクマへと姿を変えた。

 人の顔やパチンコ玉を花束に変えるだけでなく、人を物質にすることもできるのか…。

 しかも予備動作や泉気の放出など一切感じられないほど、素早く。


 こんなのチートや、チーターや…

 いくら正気を失っていたとはいえ、1課の三人をあっという間に無力化なんて。

 俺はぬいぐるみからゆっくりと真里亜に目線を移す。


「危ないところでした…。どうせ兄さんのことだから、あの人たちには遠慮していたでしょう?だから私が代わりにやっておきましたよ」


 綺麗ないつもの瞳でこんなことを言うもんだから、思わず質問してしまう。


「…真里亜は、何ともないのか?」

「? 何がです?」

「いや、実は…」


 俺は今自分に起きている事と能力の考察を真里亜に言って聞かせた。

 俺自身おおよそしか把握できていないが、真里亜が無事な状況はイレギュラーだ。


 すると説明を聞いた真里亜はあっけらかんとした感じでーーーーー


「特に何とも無いですね。しいて言えば、兄さんに猛烈に会いたくなってここまで来ちゃいましたけど。兄さんの場所は、何故か大体分かりましたね」


 と答えた。

 ていうか、ヤンデレラの対象になると場所まで割れちまうのかよ…。

 最悪だろ、この能力。


「俺を監禁したいとかも思わないのか?」

「全然?」

「そうか…」


 個人差があるというのか…?

 よく分からないが、真里亜のおかげで何とか危機は脱したみたいで助かった。

 あとは能力者本体を探すだけだが。

 目的地は決まっている。


「俺はこれから、こんな能力をかけたアホに文句を言いに行ってくる」

「心当たりがあるのですか?」

「もしかしたらってヤツが一人だけ居る…。コイツじゃなかったらもうお手上げだけどな」

「そうですか。なら私も一緒に行きますよ。ぬいぐるみも持っていかなくちゃですし」

「済まない…」


 こうして俺と(多分)正気の真里亜で、海老寿へと向かうことにしたのだった。

能力をかけられたとしたら"あの時"しかないという予感を頼りに。


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