第113話 5日目の告白

「……」


 ソファに寝っ転がりながら、室内の電子機器の光で僅かに照らされた天井を見つめ考える。

 どうしてこうなった…と。

 どうして俺は伊坂の部屋のリビングのソファで寝ているのだろうか、と。


 そう、確か皆に作戦内容を告げて、反対はあったもののなんとか説得し、志津香に調べてもらった資料なんかを確認しつつ細部を詰めた後だ。

 清野が突然こう言い出した。







 __________







「おい卓也、部屋の鍵貸せ」

「はぁ?」


 いきなり俺が滞在している部屋の鍵を要求してくる清野。

 なんだコイツ。


「はぁじゃねーよ。明日もわざわざここに来るのめんどくせえから、泊まってくんだろうが」

「そりゃ分かるが、何でそれで俺の部屋なんだよ。いっぱい空いてるんだろ?この施設によ」

「当日は20時までに申請しねーと駄目なんだよ」

「まじかよ…」


 和久津の部屋にある掛け時計を見ると、既に22時を回っていた。

 というか、集合した時点でもう当日予約は不可能な時間だったワケだ。

 コイツなら謎のコネで何とかできそうなもんだが。


「っつーわけだから、はよ寄越せ」

「ったく…」


 俺は渋々鍵を渡す。

 だがあることを思い出し、つかつかと入口へ歩き出す清野を止める。


「ちょお待て」

「んだよ?」

「いや、知ってると思うが。俺の部屋にお前が寝られるような余分なベッドは無ぇぞ。床に寝るにしても寝具の予備もねぇって」


 そもそも部屋自体狭い。

 あの部屋に2人で宿泊していいのは大学生の貧乏旅行くらいなもんだ。


「何言ってんだ?俺がベッドで寝るんだよ。お前はここの誰かの部屋で寝ろ」

「はぁ!?」

「「「!!?」」」


 清野は俺を追い出し、自分が代わりに部屋を使うと言い出した。


「住み込みの連中の部屋はここみたいに広いから、余りのベッドなりソファなりを借りればいいだろ」

「てめ…チョーシくれてんじゃねえぞコラ…!」

「あぁ…?」


 一方的に話を進める清野に俺は詰め寄ろうとする。

 清野もまた、俺を迎え撃とうとしていた。

 ところが…


「し、仕方ないですね…それは」


 と、清野の意見に賛成する美咲の声が聞こえてきた。


「美咲…?」

「うん。清野さんも寝床が無くて可哀想だし、卓也くん、ゆ、譲ってあげたら?」

「いや…なごみまで…可哀想って、俺は…?」

「仕方ないから私の部屋に来ればいい。大きいソファと温かい家族が居る」

「志津香…」


 住宅販売のCMフレーズか。

 というか、もう清野に部屋を譲るのは決定で、俺は自分の寝床を探さなければならないのか…


「ちなみに私は部屋に誰かいると熟睡できないのでパスだ」

「ああそうかよ…」


 和久津らしいっちゃらしいけどよ。


「いやでも流石に女子の部屋はマズイから、黒瀬にでも頼んで…」

「彼ならもう寝ていると思うよー」

「…規則正しいな」


 これもらしいっちゃらしいな。

 参ったな…他に受け入れてくれそうな知り合いもいないぞ。


「ホラ、伊坂さんも!」

「なんで私まで…」

「え、なにしてんの?」

「誰の部屋に君を受け入れるかのじゃんけんだってさ。いやぁ、愛されてるねぇ…塚田くん」

「いいのか…それで」


 愉快そうにニヤニヤ笑う和久津。

 そして激しい死闘(?)の末、俺を一晩泊めてくれるのは伊坂の部屋となった。

 そういえば、この娘まだ高校三年生だったよな…大丈夫か?捕まったりしない?


 そんな心配をする俺に、どこからか天の声が聞こえてきた気がした。


(卓也…卓也…其方は先月、高校一年生の女子と浴室で一晩を明かしましたね。ですので案ずることはなにもありませんよ…)


 なるほど、既にアウト過ぎて逆に大丈夫だ!安心!!







 __________








 てなわけで、俺は現在伊坂の住んでいる部屋のリビングにあるソファで、毛布を掛けて寝ていたのだった。

 部屋は暑くもなく寒くもなく適温に保たれていたので、眠るのには丁度良い。

 ちなみに本人は寝室にしっかりと鍵をかけて寝ている。

 他の3人(志津香・美咲・なごみ)からは散々『手を出すなよ』と釘を刺されたが、誓って何もしないと宣言しなんとか自室にお帰り頂いた。

 釘を刺され過ぎて別の顔に変身するかと思ったわ。


 それと着替えなんかを取りに一旦自分の部屋に戻ったら、いつの間にか消えていた清野が先に俺の部屋に行っており、荷物を全て部屋の前の廊下に出していた。

 あのクソボケ…覚えとけよ…!



 時刻は25時くらいだろうか。

 時計の針の音や冷蔵庫の駆動音をBGMにボーっと過ごしていると、カチャリと音がして家主が寝室から出てくる音が聞こえた。

 トイレか何かだろうと思い、声をかけず寝たふりをしてやり過ごしているとーーー


「ねえ、起きてる?」


 と、向こうから声をかけてきた。


「寝てる」

「起きてるじゃない…」

「どうした?こんな夜更けに。バナナでも食べたくなったか?」

「……明日で私、家に帰れるようになるかな…?」

「…」


 伊坂はどうやら不安で眠れなかったようだ。

 俺はソファから身を起こし普通に座ると、横に座るよう促す。

 すると彼女は素直に従い、俺のすぐ横に重みがかかるのを感じた。

 お互い部屋の明かりは付けず、電子機器が発する必要最低限の光だけが照らす空間で話をすることに。



「…まあ、確率だけで言うなら、6割…行くかなってところだ」

「6割ね…」

「伊坂の見た現場での話を聞く限り、犯人は明確な悪意をもって警官たちを殺しているのは間違いない。そして志津香が調べてくれた"ここ一年の特対の死亡者記録"を見ると、同様の手口かもしれない犯行が何件かあった。敵能力者との戦闘で死亡って扱いになっているが、これらも伊坂を陥れたヤツの犯行だと俺は見ている」

「…」


 表情が見えないので、この沈黙の意味するところを俺は汲み取れない。

 悔しさか、怒りか、怖れか、不安か。あるいは全部かもしれない。

 俺に出来る事は適当な励ましではなく、粛々と俺の中にある計画書の内容を聞かせてやることだけだ。


「相手が愉快犯で、警官殺しに何の意味もないというのなら、明日の作戦で自ら出てくる。常習性も考えて、確率は半分より少し上だと思っている。しかしこれら一連の犯行に意味があって、伊坂を身代わりにしてまで特対で何かを成し遂げようとしているのなら、明日も出てこない。まあ、この確率もあくまで俺の予感だから、全然アテにならないけどな。他にもいくらでも可能性はあるし」


 笑いながらそう話す。

 こんなもの机上の空論であり、慰めにも不安材料にもならないよと。


 ただ皆にも話したが、俺が居る間に、俺だから出来る"でかい刺激"を与えてみて、捕まえられなくとも手掛かりになるような動きを見ることが出来ればいいなと、そう思って立てた作戦だ。

 決して無駄ではないハズ。


「塚田さんはさ…」

「ん…?」


 しばらく黙っていた伊坂が話を切り出してきた。


「どうしてここまで色々とやってくれるの?あなたが清野さんと交わした約束には、ここまでの協力は含まれていなかったし、明日やろうとしている事は結構リスクが伴うのに…。しかもお金が貰えるわけでも無いのに、一体どうして…」

「何となくかな」

「いや、何となくって…」


 即答する俺に納得のいかない様子の伊坂。

 本当に大層な理由があるわけでもないんだけどな。


「二人の話を聞いて協力するかしないか訊ねられた時には、既に決めてたんよ。このまま知らんぷりして帰る事は出来ないって、助けになりたいって」

「それは…ありがたいケド…」

「それに、俺には命の恩人がいてな…その人が俺に言ったんだよ。『死ぬまで、正しいと思った事を、全力で』って。だから俺は、今自分が正しいと思った事を全力でやっているだけなんだ。二人を何とかしたいと思って、そのために思いついた作戦が多少無茶でも、俺はやるって決めたんだ」

「……多少無茶ってレベルじゃないけどね」

「それに」

「それに…?」

「カワイコちゃんが困っていたら放っておけないだろ?」

「…ぷっ。何よそれ…」


 俺のキザなセリフに隣の伊坂がようやく笑った。

 そりゃあ不安になるのは分かる。

 約1年もの間なんの進展が無く、明日の作戦でも何も手掛かりが掴めなかったら解決は不可能かもしれない…そう思うとドキドキするよな。

 だから俺は少しでもその不安を解消して、明日は些細な動きも取りこぼさないようにしないといけない。

『俺が居る間に手がかりでも』なんて言ってはいるが、絶対に卑怯者を引きずり出す。

 そんな気持ちでいる。



「…じゃあ、そんな塚田さんにいい物、見せてあげる」

「いい物?」


 少し明るくなった伊坂は、ソファと同じくリビングにあるテーブルの上の、充電中のスマホを取って来た。

 そして再びこちらに戻ってくると


「誰にも見せた事無いんだけどね、はいコレ」


 そう言って伊坂が見せてきたのは、学校の制服に身を包んだ可愛らしい少女の写真だった。

 カメラに向かって満面の笑みでピースサインをしており、ポニーテールと眩しく輝く白い歯が活発さをよく表していた。


「これって…」

「私の写真。可愛いでしょ?」

「元の姿ってワケか。確か和久津も伊坂も能力者によって顔と体を変えてもらったって言ってたよな」

「そう。特対職員じゃなくて、一般の限られた客相手に商売しているっていう人なの」

「へぇ。そんな人が居るのか」

「それで、一日でも早く元の姿に戻れるように、前に撮影した写真をこうして待ち受けにしているのよ」


 願掛け…みたいなもんか。

 元の姿、元の日常を取り戻そうと自分に発破をかけて、精神を保っていたんだな。


「どう、塚田さん。やる気出た?」

「…テンションMAXになったわ」

「ふふ、よかった。じゃあ私はそろそろ寝るね。こんな時間にありがと」

「おう。ゆっくり休めよ」


 伊坂は大分落ち着いたようで、自室へと戻っていった。

 明日は頑張らないとな…








 ______________









『えー、お集まりいただいたのは他でもありません。皆様の活躍のおかげで、無事CBの殲滅に…』



 時刻は12:05

 現在特対施設の大ホールでは、慰労会と称した立食パーティが行われるところであった。

 壇上では、進行役の男性職員が会場の皆に向けてあいさつのスピーチをしている。

 職員たちはそのスピーチを、テーブルの近くで各々飲み物を持ちながら静かに聞いていた。


 テーブルはホールに不規則に並べられており、その上には既に多くの料理と飲み物が並べられている。

 食べ物はサンドウィッチやお寿司、揚げ物、煮物などバラエティに富んでおり、どれも美味しそうだ。

 恐らく食堂の人たちが朝から一生懸命作ったのだろう。感謝感謝だ。


 このようなスタイルでの開催の為、席次は無く職員は好きなテーブルについている。

 そしてスピーチが始まるまでは、ご飯も飲み物にも手を付けず歓談していた。

 同じ課・同じ班・同じチーム…関係性はまちまちだが、無事に作戦をやり遂げられた事を喜び合っているようで、その顔は間違いなく嬉しそうだ。



『それでは、乾杯!』


 進行役の掛け声で、ようやく食事がスタートした。


 午後の業務があるので流石にアルコールが振る舞われることはなかったが、お茶やジュースでも十分盛り上がっているようで、所々から大きな声が聞こえている。

 俺は最初に適当についたテーブルにゲーム好きおじさんたちが集まってきて、またレトロゲームの話題で盛り上がった。

 また、話しているうちに作戦中治療してあげた人たちが礼を言いに来たりなどして、俺は嘱託ながらにかなりの人と会話をすることになった。


 遠くでは、志津香や美咲やなごみがこちらに視線を送っているのをたまに見かけた。

 しかし、作戦遂行メンバーには作戦中は接触しないよう言ってあるので、話しかけたり近くに来ることはない。

 敵に余計な情報を与えないようにするのと、俺に味方が居ることを悟らせない為だ。

 とはいえ何かあれば流石にこちらに来るだろうから、そうしないということは俺の行動を見張っているのだろうな。

 俺が開始の合図を出すのを、な…



 しばらく美味しい食事に舌鼓を打ちながら、皆と代わる代わる他愛もない話を続けていた。

 さて、どうやって皆の注目を集めようかな…


 俺が作戦の起点となる行動を取ろうと考えていたところ、思わぬ形でチャンスが訪れる。


『じゃあー…今回の作戦で大変貢献してくれた塚田くんにも一言貰っちゃおうカナ?塚田くーん、いますかー?』

「え?」


 先ほどから壇上で話をしていた進行役の職員が、突如俺を指名し、壇上へ来るよう促してきたのだ、

 普通ならば困惑してしまうところかもしれないが、渡りに船だ。

 ここは喜んで乗船させてもらおう…


 俺がマイクを受け取ると、まず拍手が巻き起こる。

 会釈をしながら静かになるのを待つと、俺は口元にマイクを持って来て、それっぽい事を話す。



『えー、まずは今日という日を迎えられたことを嬉しく思います。これもひとえに皆様のご尽力の賜物だと感じております』


 所々から『いいぞー』とか『いよっ』と囃し立ててくる声が聞こえた。

 お祭り野郎どもの合いの手、ありがたい。


『私の能力が本作戦に貢献できたのであれば良かったです。もしまだどこか不調のある方がいらっしゃれば、後で私のところへ来てくださいね。あ、でも曲がった根性と失恋の痛みは治せないので、他を当たってください』


 またしても『ありがとー』とか『抱いてー』という野郎の声が聞こえ、会場は笑いに包まれた。

 温まって来たな…



『えー、話は変わって……皆さまご存知かもしれませんが…約1年前に、女子高校生による職員殺害という何とも傷ましい事件がありました…』


 急な話題変更と、このような場にそぐわない話の内容に、会場が軽くザワザワし始めた。

 俺の隣の進行係も、困惑している。


『犯人とされる高校生は未だ捕まっておらず、必死の捜索が行われている事だと思いますが…あの事件…』


 ザワつきが収まらない会場の中で、予め位置を把握していた伊坂の方を見る。

 視線が交わり、俺は彼女が能力を発動させたことを確認した。

 そして



『私が犯人です』



 最後の仕事に取り掛かった。


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