第114話 逃走中!

「みなさん落ち着いてください!相手は複数の職員を殺害していると思われる危険な人物です!特に、単独では絶対に追わないでください!医療チームの方はもしもの時に備えて治療の準備を…その他の方は待機でお願いします。捜査系の方は急いで塚田職員の居場所を…」


 先ほどまでお祭りムードだったホールは一変し、今はとてつもない緊張案に包まれている。

 この3日間、規格外の治療能力で作戦に多大なる貢献をしてきた嘱託職員 塚田卓也が突如1年前の『警察官殺害犯』として名乗り出て、逃走を始めたのだ。

 犯行の状況や能力からして卓也が犯人である可能性は低いハズだが、何故か皆それを否定しきれず混乱していた。

 そんな中、1課職員水鳥美咲の素早く的確な指示出しにより、ホールはなんとかパニックにはならずに済んでいるという状況だ。


 もちろんこの状況は、事前の打ち合わせ通りだ。






 __________






 4日目の夜

 作戦の詳細が卓也から説明され、皆はそれぞれの役割を聞いている。


「なんとか俺が皆の注目を集める状況を作り出すから、そしたら伊坂はすかさず俺に『警察官殺しの犯人である』という誤解を付与してくれ」

「わかったわ」


 まず伊坂の能力で、他の職員には卓也を殺人犯だと誤解してもらう。


「その後俺が犯人だと名乗り出てすぐに会場から逃げるから、美咲には大勢の人が俺を追わないようストップをかけてほしい。総動員となったら犯人と話をする機会ごと失ってしまうから、俺を追うのは少数精鋭が望ましいな。そのあたりのコントロールを任せるな」

「はい」

「頼んだぞ」


 混乱に乗じて、1課のエースであり信頼も知名度も人気もある美咲が会場の流れを握る。

 この大胆な囮捜査の目的である"犯人からの接触"を誘う為には、パーティ会場に居る大勢の職員が一度に卓也を探し始めるのでは都合が悪い。

 なので卓也についてあることないこと吹聴してもらい、なるべく卓也を追わないような空気を作る指示をした。


「あたしはー?」

「なごみには美咲と同じく会場のコントロールをお願いしたい。もしも美咲だけではパニック状態が制御できないようなら、同じく影響力のあるなごみも参加してなるべく変な動きが無いようサポートしてくれ」

「ん。わかった」


 同じく知名度のあるなごみも美咲の補佐に入ってもらい、より強力に会場の流れを作るよう頼んだ。


「卓也、私は?」

「志津香と和久津は監視役をお願いしたい。美咲となごみの誘導が上手くいけば俺を追跡するのは鷹森や黒瀬といった手練れの職員になるハズだ。それに紛れて"意外な人物"が動きを見せたら、それを俺に無線で伝えてくれ」

「判断基準はどうするんだい?」

「まず分かりやすいのは4課だ。開泉者が俺を追跡するのはおかしいという状況を美咲に作ってもらうから、それでも動き出すようならそれは俺とがあるか、何かヤツだと見る。もちろん中には状況に耐えかねて逃げ出すヤツもいるだろうし、誰が動いても止める必要はない。ただ報告だけは頼む。俺は能力で相手の名前が見えるから、二人からの報告にあった人物が後で教えるよ。明日以降調べてくれ」

「わかった」

「なるほどね。思い付きにしては先の方まで考えていることに感心したよ」


 志津香と和久津には、目立たず会場の大勢の職員に紛れて動くよう指示を出す。

 内容は監視と報告。美咲となごみの誘導が上手く行っていれば、卓也を追跡する人物をある程度絞り込むことが出来る。

 その上で追跡に相応しくないと判断した人物が居ればそれを報告し、接触して来れば卓也が対応、来なければ卓也が去ったあと残りのメンバーで調べるという二段構えの捜査だった。


「そりゃどーも…。あとは和久津の能力で視て、2課3課の戦闘向きじゃないような能力者が動いたらそれも報告してほしい」

「知らない人間はその場で能力探知を行使するという事か」

「ああ。それ以外の判断は二人に任せるから、適宜頼むよ」

「任された」

「ん」


 和久津は1年間能力調査の仕事に就いて居なかったため、嘱託も合わせて会場には知らない能力者がそれなりにいると思われる。

 だからそういう人間が動きを見せたらその場で能力調査を行い、やはり4課の職員と同様動くべきではない人間であれば報告を入れてもらおうということだ。


「清野はパーティ会場には入れないから、俺が逃げた後に清野に合流するカタチにしよう。どこかでステルスを使って待機していてくれ」

「ああ」

「それ以降は常に俺の近くで姿を消しながら待機してくれ。犯人と思しき奴が現れたら、拘束とパーティ会場への運搬を頼む。くれぐれも殺すなよ」

「分かってるよ。今回は流石にな」

「それと美咲となごみ以外の無線機の調達を頼む。会場をコントロールする立場の二人は俺との連絡用無線機を付けていたらおかしいから、用意はなしだ。恐らく特対から"俺追跡の連絡用無線機"が配られるだろうから、それ付けてあとは流れに沿って動いてくれ」

「へいへい。朝イチで借りてくらぁ」


 清野は大規模作戦には参加しておらず当然パーティ会場には顔を出せないので、彼の仕事は卓也と合流してからとなる。

 いのり誘拐事件の時に卓也に使った水のヴェールを身に纏い、姿を消しながら近くで待機。

 卓也が犯人と判断した場合にそれを拘束し、パーティ会場まで運ばせるという役割を与えた。


 また、卓也と和久津と志津香の連絡用の小型無線機の調達をお願いする。

 それに対し二つ返事をする清野は、周りから恐れられ疎まれながらも太いパイプがあることを証明していたのだった。


「助かる。臨機応変に、みんな頼むぞ…」


 卓也の呼びかけに返事する一同。

 この作戦は不確定要素が多く、卓也自身でさえ誰が動き何が起きるか分からない。

 そのためそれぞれの対応力が問われる非常にシビアな作戦となっていた。


 しかし、卓也はこの作戦で絶対に犯人の尻尾を掴むと意気込み、皆もそれを信じて疑っていなかった。

 嘱託職員にその親友の悪徳警官、偽りの4課職員二人に、皆から信頼され好かれている1課の三人。

 この一見すると滅茶苦茶な集まりが、誰もたどり着けなかった真実の扉を開こうとしていた…








 __________








「済まない美咲、気が動転して動けなかった…。見事な対応だったぞ」

「ありがとうございます」

「しかしどうして親友が…」

「ええ…」


 黒瀬は、卓也の突然の行動に明らかに動揺していた。

 多くの同胞と美咲を助けてくれた恩人であり、親友と呼ぶ彼が何故…と。

 そして、卓也はそんなことをするハズはないと分かっていても頭がどうしても疑ってしまい、心の底から信じることが出来ないでいたのだ。


 もちろんそれは伊坂の能力の影響であり、彼が"犯人でない"事の証明でもある。

 その事が確認できた美咲は、隣で話をしていて内心ほっとしていた。

 だが肝心の犯人がまだ捕まっておらずまだまだ予断を許さない状態なので、美咲は気持ちを引き締め自分の役割を果たすべく動く。



「鬼島さん…」

「…大変なことになったねぇ」


 同じくホールの片隅では、鬼島と駒込が状況を整理している。

 本来であればこのような状況で真っ先に動くのは鬼島か衛藤であったが、伊坂の能力の術中にいるため初動が美咲よりも何手か遅れていた。


 鬼島と駒込は卓也が単騎で上北沢を撃破した事を知っている人物であり、卓也の頼みを聞くために真っ先に動いた美咲を、鬼島は『強い力を持つ卓也にみだりに職員を近づけさせないよう素早く手を打った』と行動を高く評価した。

 会場のイニシアチブを取りコントロールしたいと思っている美咲からしたら、邪魔も入らず評価もされるという一挙両得な展開となった。


 一方で鬼島は、普段ならば『先の展開はどうなるんだろう』と卓也の行動に心を躍らせるシチュエーションであるハズなのに、伊坂の能力で卓也への疑いの気持ちが強く現れそれを非常に不快に感じているのだった。

 まるで自分でない感情が心に住み着いているような、そんな得体の知れない気持ちを抱えていた。



「美咲はここで指令を。俺は親友を止めに行ってくる!」

「はい、気を付けて!」


 黒瀬は未だざわめきが収まらない会場から、親友を止めるために走り出した。

 伊坂の能力下においても卓也を討伐するのではなく、あくまで説得し、理由があれば聞き、そして罪を償わせるため動いている。

 交流した時間は極めて短いが、美咲と自身を救ってくれた恩を感じ、その恩を返すために足を動かすのだった。


 そして美咲も、黒瀬と、この施設のどこかに居る卓也を案じ言葉を紡いだ。

 この作戦が始まってしまえば、特対職員も、特対殺しの殺人犯も、みな彼を狙って動き出すのだから。


「大丈夫よ、美咲」

「なごみ…」


 不安そうな表情の美咲の肩に手を置き、なごみが元気づける。

 なごみもまた、親友と自身を救ってくれた卓也の事を案じていた。

 卓也については最初、美咲と志津香の恩人という認識であったが、駒込から自分を拷問した【CB】の女幹部に対して正気を失う程怒っていたという話を聞き、胸の中にモヤモヤしたものが生まれていたのだ。

 そして同時に卓也が決して完璧な存在などではなく、笑いもすれば怒りもする自分と同じ人間であることを再確認し、助けなければと強く思うようになった。


「私たちは卓也くんに余計な負担をかけないよう、ここで精一杯足止めをしましょう。それが今できる最大の手助けよ」

「…そうですね」


 無線機も持たず通信能力もない二人には、もはや卓也に声を届ける事も出来ない。

 だが、今は自分の役割を全力でこなすことで貢献しようと、改めて誓い合う二人であった。



「今のところ、何とか上手く行ってるね」

「ああ。順調だね」


 二つあるパーティ会場出入口のひとつ、その近くに監視役の和久津と一先ず仕事を終えた伊坂が並んで立っていた。

 二人は他の職員には気付かれないよう、会場から出ていく職員を監視し卓也に伝えていた。

 和久津の長い髪で耳に付けた無線機を隠し、どこかで潜伏している卓也に知らせる。


 既に何人かの職員が二人の近くを通り、出入口から外へ出ていった。

 鷹森や黒瀬といった腕利きの職員から、捕獲用の能力を有した職員がパーティを組んで追跡している。

 そして卓也の読み通り混乱に乗じて数人がこの会場を後にしていた。

 和久津はその者たちの見た目の特徴と能力、名前など一通りの情報を伝える。


「あとは、もし犯人が塚田さんに接触してきたら…」

「最後の大仕事だね。責任重大だぞ、伊坂くん」

「問題ないわ。塚田さんがこんな大変な役を買ってくれているんだもの。それに比べれば私なんて…!」

「ふふっ…そうだね」


 二人が水面下で捜査を始めてから早一年。

 伊坂は世間では行方不明者・異世界では賞金首として今も消息を絶っており、和久津も表向きは自殺をし、世間からも異世界からも居なくなった。

 しかし二人の社会的な命を差し出してなお、伊坂に冤罪をかけた犯人の調査は芳しくなかった。


 そこに突如現れた、嘱託職員が一人。


 特対の暴れん坊の差し金で二人に接触をし、その後快く協力すると言った。

 瞬く間に他の職員の信頼を得て、周りにはゲーム好きなおじさんから1課のエースまでバラエティに富んだ人物が集まり出した。

 和久津の旧友とも仲良くなり、決して交わる事の無いと思っていた美咲・なごみ・志津香・清野を仲間に引き入れ動いている。


 和久津は卓也の分析力や状況判断能力を高く買っているが、それを上回る狂気の部分に一目置いていた。

 今回犯人を誘い出す手段として、二人だけでなく自身の立場をレイズ上乗せするような作戦を提案してきたのだ。

 それも、『いい事思いついちゃった』と恐ろしいほど軽く話してきた。

 一年間、必死に綱渡りをしてきた彼女たちに笑顔で綱渡りで追い越していく。

 そんな彼を二人は、まるで"台風"のような人物だと評している。


 ある者は引き寄せ、またある者は強い力で吹き飛ばす、モンスター級の台風。

 その台風の中心で、二人は自分の役割を全うしていたのだった。



「…」


 和久津たちとは違う方の出入口で、竜胆志津香は静かに目を光らせている。

 丁度ペアになる仲間が居ない彼女だが、普段から誰かとつるむことがないのでひとり佇んでいても誰も話しかける事は無かった。

 だが本人は自身の仕事がやりやすく、満足している。


 そんな彼女だが、美咲たちと同様"男性職員人気"は非常に高く、2・3・4課に隠れファンが多く存在していた。

 しかし人気の彼女の頭の中は、「卓也の役に立ちたい」という想いでいっぱいなのだった。

 自分の危機に颯爽と駆けつけてきた白馬ユニコーンの王子。

 話も合い、考えを的確に汲んでくれる卓也の事を気付けばずっと考えている。


 ピース出身者の多くは18歳になるまでの貴重な時間を過酷な訓練に全て費やしているため、世間一般の青春時代というものを送ることが出来なかった。

 そのため回し読みなどをしている少女漫画の影響を受けて、恋に恋する乙女が育つことも決して珍しいことではない。(オモテには出さないが、本質的な部分で)

 そして同期の誰かと集まって過ごすような事が少なかった志津香もまた、異性というものに対する情報が少なかった。


 志津香にとって卓也との出会いは、些か刺激が強すぎたと言える。

 今も彼女は乾坤一擲の卓也を全力でサポートする為、心を燃やし監視の任に就いていた。

 表情は変わらないが、たまに鼻息荒く頑張っている。











 _________________










「誰か来たみたいだぜ」

「ああ…」


 姿は見えないが、近くにいる清野から声が掛けられる。

 特対施設の6階で合流した俺たちは、伊坂を陥れた犯人が接触してくるのを

 そして職員の居住エリアの廊下の先、俺から20メートルくらい離れた場所に"最初の訪問者"が姿を見せた。



「よぉ、式守」

「…」


 俺の前に現れた彼女の名は式守 澄歌。

 3課に所属する、格闘技術に優れた職員だった。

 そんな彼女が、何も言わずこちらをじっと見ている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る